第35話 蛇の道は蛇

「いかん!危ない!」


「パンッ!」


「うおっ!」


 のっぴきならない、二発目の銃声がとどろく直前、月明かりに照らされて、飯成と目があった俊介と都真子は、反射的に冷たい地面にへばりついた。


 ふたを開けてみると、その音は、度を失った飯成が、引き金を引いたことによって、鳴りわたった響きではなかった。


 言うなれば、ナンブという銃から、放たれた一発の銃弾によって、飯成の右肩はぶち抜かれ、苦悶の声を上げて、もんどりうって倒れた飯成の右手からは、握っていた銃がすべり落ちた。


 飯成を射たのは道内射撃大会一位の梶田で、もし、その一発がなかったら、俊介と都真子のどちらかは、飯成の銃弾の餌食になるところだったのだ。


 してみれば、まるで西部劇のワンシーンのように、文字どおり、早撃ちガンマンの正確無比な腕前に、にわかガンマンの飯成には、とうてい勝ち目はなかったのである。


「危ないところでした!そうでなければ、やられていましたよ!」


 俊介と都真子は、梶田のもとにかけよって頭を下げた。


「間に合ってよかった!」


 梶田もほっと一息、安堵の息を吐いた。


 やがて、おおぜいの警官と救急車もやって来ると、飯成は、救急車のストレッチャーに、くくりつけられて、痛みをこらえながら、歯がみをして悔しがった。


「ちくしょう!どうして居場所がばれたんだ!」


 鼻田は居丈高な口調で、飯成をたしなめるように言った。


「警察の目は節穴じゃないぞ!お前の乗った貨物船が、正直に答えてくれたんだ!おまけに、成り済まし名簿のおかげで、お前らの動きなんざ、手に取るようにわかったんだよ!」


 病院に同行した俊介と都真子は、飯成の肩の手術が落ち着いたところで、有無を言わさぬ口調で、ぐいぐいとやりこめた。


「いよいよ、あんたも年貢の納め時ね!練馬大留とのいざこざの件は三人とも、そろって、面が割れてるわ!大留が、まざまざと、顔を覚えてるからね。足出ともう一人は誰なの?もう一つ、ここが肝心な点だけど、襲撃は合院の指示ね!包み隠しなく言いなさいよ!どうなの?」


「ああ、もう一人はチンピラで羊会の使い走りで、五島ってやつだよ。今頃、どっかの家に成り済ましで入ってるんじゃねえかな。いずれにせよ、大留は、橋にも棒にもひっかからないゴロツキだから、俺が代わりに叩きのめしてやったのよ!合院さんが出る幕じゃないってことだ」


 都真子は、飯成の、ぬけぬけと、よくまわる口上を聞いて、いまいましそうに言った。


「そう、ウソをつくと、どんどん、罪が重くなるわよ。二枚舌は使わない方が身のためよ。それじゃ、有田と三原を殺そうとした件だけど、これは殺人未遂だから、当然のことだけど、とりわけ、大きい罪よ。まるっきり、二人が生きてるとは夢にも知るはずはなかったでしょうけどね」


 飯成は、心臓がとまりそうになるほど色を失って、本心が口をついて出た。


「えっ!二人とも生きてるのか?」


「おどろいた?運のいいことに、車が沈む寸前に、窓を割って出たそうよ。それにしても、またぞろ、罪を重ねたわね。合院なんかにくっついたばかりに、あんたの人生は滅茶苦茶ね。ここらで、洗いざらい、正直に吐いてしまって、一からやり直したらどう?そうそう、ついでに、羊会での成り済まし詐欺の件もあるしね、本当のことを喋らないと、軽くても二十年はムショ暮らしね」


 飯成は、二人が生きていると聞いて、合院に恐ろしい剣幕で罵られるのを想像して、背筋にぞっと悪寒の走るのを感じた。


「そりゃ、うんざりだ、まいったな!くわしくは知らないが、日本にも、何とか取引って聞いたことがあるんだが……」


 合院のことは、とことん、吐かないくせに、飯成からは、思わぬ申し出があった。


 俊介は、不意に飯成が、もつれる舌で、わけのわからぬことを言い出したのを聞いて、素っ気なく答えた。


「ん!司法取引のことか?」


「そうそう、それだ!」


 飯成は、目を火花のようにきらめかせて、かりに警察にとっ捕まるようなことがあっても、他人の犯罪をちくることで、自らの罪を減刑することができるぞと、合院が口にしていたことが頭に浮かんだのである。


《俺の頭だって、まんざら、バカじゃないからな、警察を相手に取引ってやつをしてやらあ!》


「俺は、別の犯罪グループや仕舞冠太と裏でつながるやつを知ってるんだが……こういう情報を話したら刑が軽くなるんだろ?」


 かりに飯成から、成り済ましグループや仕舞冠太の名前が、わずかでも飛び出てくるならば、ヒョウタンからコマの如くに、俊介たちにとっては、咽喉から手の出るほど、文句なしに、欲しい情報の提供となるのだ。


 俊介は、即刻、鼻田に打ち明けると、了承を得た。


「どんな情報か聞こうじゃないか!」


 飯成は、得意げな顔で、長広舌をふるった。


「よく聞けよ。横州市には、もともと拝見寄クラブと赤屋敷という二つの成り済ましグループがあるんだよ。この二つの成り済ましグループと羊会が、大留の家の件で失敗をやらかしたんだ。何しろ、一軒の家に、別々に成り済ましを入れたもんだから、トラブって厄介なことになって、そこで協定を結ぼうとなったんだ。合院さんと俺は、ムダで馬鹿々々しい協定に大反対して、その会議自体をぶっつぶしちまおうと乗り込んだときに、仕舞冠太の話を有田が出したんだ。すると、拝見寄クラブの六門社長が苦しまぎれにごまかしたってわけよ。それで、俺も合院さんもピンッときてな、こりゃ、六門のところ冠太がいるのは間違いないなって思ったわけよ」


 俊介も都真子もおぼろげながら、成り済まし詐欺を警戒していたが、実際にグループが存在し、そればかりか、水面下でそこまで動いていようとは、寝耳に水だった。


「二つの成り済ましグループがあることも、仕舞が拝見寄クラブのもとにいることも、はっきりとした証拠がなければ、取引のための作り話と言われても仕方がないだろう」


 飯成はにんまりとして言った。


「証拠ならあるさ。なぜって、俺は、羊会の本部から持ち出した協定書の写しをもってるからな。そこには、羊会も含めて三つのグループの署名もあるし、例えば、赤屋敷ってのは、鳩飼野八重ってババアがやってるグループだが、ババアが優先権をもっている成り済まし先が載ってるから行ってみな。堂々と、成り済まし人がでかい顔してるのがわかるぜ。どうだい、罪を軽くしてくれるかい?」


「いい加減なことを言って混乱させたらただじゃおかないわよ」


 都真子は、調子に乗っている飯成に釘を刺したが、成り済ましグループへの疑惑は、ますます強まったのを感じた。


「まあ、調べてみりゃすぐわかるさ。それから、拝見寄クラブだが、拝見寄ホテルの六門桐生社長が、ホテルにあるクラブの部屋を管理しながら成り済ましの仕事をしているんだ」


「そんなことは協定書にはないでしょう。なぜあんたがそこまで詳しく知ってるわけ?」


「それはホテルには羽交寿和子っていう、羊会のメンバーがいるんだよ。そいつに調べさせたのさ。ホテルの地下に従業員が入れない部屋があって、そこには見知らぬ二人の男が出入りしているんだが、その内の一人が、テレビや新聞に出ていた仕舞冠太であることをつかんだんだ」


 俊介は羽交寿和子と聞いてびっくりして、都真子と顔を見合わせた。


《羽交辰夫の妹ではないか!なぜ羊会とつながりがあるんだ?》


「そりゃ、ビッグな情報ね!調べてみる価値はありそうね。わかったわ。じゃ、司法取引については、まったく無罪になることはないだろうけど、弁護士を入れて正式にやるから、それまでせいぜい肩の傷をなおすことに専念しなさいよ」


 都真子も俊介も、飯成の情報提供に胸をどぎつかせて病院を出た。


「やつは、ああやって情報を流し、敵対するグループをつぶしにかかりたいんだな。骨の髄まで合院に毒されているってわけだ」


「寿美子は意外だわ。一度会わないとね」


 飯成の話は、ことのほか、波紋を呼び、捜査はあらたな方向に動き出した。


「会社の中に入れないとはどういうことだ!壊してでも中に入るぞ!会長に会わせろ!」


 羊会の本部からトレーラーで逃げ、八草沢興業の本社ビルで密かに降りた合院は、八草沢会長に助け船を出してもらいたくて門を叩いた。


 どうせ、有田も三原も死んでいないのだから、羊会のことは、何でもかでも、まるごと、彼らに押しつけて、警察をまるめこんでしまおうと考えていた。


 それにはどうしても会長のお墨付きが必要なのだ。


 天下晴れて、ホテルを手に入れて有頂天になっていた合院は、自分を邪魔する者は、警察だろうが何だろうが、ひねりつぶしてやると慢心を強めていた。


 合院は、しつこく、八草沢会長に面会を求めたが、けんもほろろに、門前払いを食わされたため、業を煮やして、会長室にじかにねじこもうと、エレベーターの方角に駆け出した。


 そのとたん、たちまち、何人かのりゅうとした男たちが現れて、合院の行く手をはばむと、力ずくで押さえつけるなり貨物用のエレベーターに押し込んだ。


「欲張りな男だ。始まりは、忠誠心のあるいい奴だと思ったが、飼い犬のように従順に従えばよかったのに、じっとしていることは無理だったようだな。ホテルは、一旦は渡したが返してもらおう。やり過ぎたようだ」


 八草沢会長が、会長室に連れ込まれた合院に口を開いた。


 合院は、はっとして、目の前に平然として座っている鳩飼野八重に、視線が釘付けになった。


 してみれば、野八重の運営する赤屋敷を潰そうと、あることをしたのが間違いの始まりだったと、今になって気づいても、こうなると後の祭りだった。


《会長と野八重はつながっていたのか!》


 新参者の弱点は、古くから作られた関係を知らないところにある。


 鳩飼野八重は、ぎらついた目で合院をにらむと、言い放った。


「尾空家の件を、警察にたれ込んだのはお前だね!こんな男は、木津根湖に沈めてしまうかね」


 身体を縛られ、口には猿ぐつわをされた合院は、目をむいて、何か言いたそうに身体を揺さぶった。


《こんなことで俺の人生はあっさり終わってしまうのか》


 とかくするうちに、会長室には、意外な人物が続々と現れた。


 こともあろうに、仕舞冠太や四倉明、一人のアメリカ人もやって来たのだ。



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