間違いだらけの鉄道えがき

 しんしんと雪が降り積もる終端駅で、最終列車が発車のときを待っていた。人影のない、たった一両の列車を見送るため、老齢迫る駅長がコートを羽織りプラットホームに立っている。

 駅長の白手袋が、宵闇にぽつりと浮かぶ信号機を真っ直ぐ指した。

「出発進行」

 次の瞬間、私はテレビを消した。


 某映画の冒頭を視聴していた私でした。


 駅員が信号機を指差しさ確認喚呼かんこする取扱い、旧国鉄に準じて取扱いを定めた鉄道会社ではやりません。信号喚呼するのは乗務員だけです。

 国鉄を手本にせず、独自の取扱いを定めた会社なら実施しているかも知れませんが、この映画の舞台は国鉄線です。


 駅員が腕を上げると、乗務員は合図だと判断します。それが取扱いにない動きであれば、乗務員は動揺します。取扱いと同じ動作なら、乗務員は駅員の意思とは無関係に取扱いを実施します。

 危険です。

 なので「余計なことをしてんじゃねぇよ」と、怒られます。


 真面目がこじれて硬すぎる駅長なんだよ、田舎の単線区間なら安全側だよ、車掌も駅長のことがわかっていれば動揺しないよ、そんなに目くじら立てないで、名作映画を楽しもうよ。


 そうなんです。元車掌という商売柄、もったいないことをしていると思ってしまいます。


 で、別のドラマ。


 焼け野原の真ん中。爆撃により破壊された路面電車が復旧し、ついに走り出すときが来た。比較的被害の少なかった、ほんのわずかな複線区間の片側を、たった一両の電車が往復するだけだ。

 運転士は、力強くハンドルを握った。

「出発進行」


 これはおかしい!!

 駅から先の安全を駅長または信号扱者あつかいしゃが出発信号機を介して保証し、特定の列車に対して走っていいよと指示をして、出てきた信号現示げんじが「次の信号機までその区間の最高速度で運転出来る」を意味する進行だから「出発進行」です。

 長々と書いてしまいましたが、要約すれば

信号機が現示」

という意味です。


 復旧区間は線路が敷いてあるだけなので、出発信号機がありません。むしろ爆撃されて、信号機自体がありません。あったとしても、自動制御の閉そく信号機です。

 単線区間をひとつの列車が行ったり来たりするだけなら、その区間を走っていいよと許可する、世界にひとつしかない証明(スタフまたは責任者)をひとつの列車に乗せる、スタフ閉塞式を施行します。


 ただしこれは、鉄道の場合。路面電車すなわち軌道では、同じ電車でも走る法律が異なるので、違う取扱いになるのかなぁ、どうなんでしょう?

 実際は、運転士の注意力だけで運転したと思いますよ。存在しない信号機を喚呼したら「お前、どこ見てんだ!」と怒られます。

 私は車掌見習中、道路信号を喚呼して怒られました。


 ここまで語っておいて

「知らないんだから仕方ないじゃない」

「獅子文六先生『七時間半』でも、石炭レンジを料理ストーブって書いてあったじゃない」

「職員しか知り得ない情報をお客様が知っているのは嫌でしょう?」


 そうです。

 鉄道に秘密が多いのは、外部に漏れると安全が脅かされることが、たっっっっっくさんあるからです。正直、専門語を言われると引きます、用語によっては警戒します。


 ここまでの話で、何人の読者に理解されたよ、気にしすぎだよ、どうせわからないよ。

 いいえ。趣味人マニアは、そうはいきません。

 ましてや「元車掌」を公言している私は、描写を間違えるわけにはいきません。お前どんな仕事していたんだよ、とご指摘を受けてしまいます。


 そんな私が書いた

「臨時高速貨物列車異世界行き」

https://kakuyomu.jp/works/16816927862417235806

 電気機関車の乗務経験はなく、そもそも運転士でもありませんが、どうやって異世界で電気機関車を走らせるかを考えました。

 が、安全に関わるから書けなかった設定があります。乗ったことがないから、それで本当に走るのかは、わかりません……。


 結果、異世界転移した運転士が、ヒイヒイ言いながら電気機関車のブレーキを掛ける話になりました。

 あれ……? こんなつもりでは……。

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