だいだらぼっち

語理夢中

だいだらぼっち 日本創世記

 昔々の御話し。

 それはまだ、神と人の区別が曖昧な頃の御話し。


 大陸は世界に一つ、全ての台地は地続きに一つに繋がって存在していました。

 今より世界は冷え、大地は緑に覆われ世界の支配者は植物でした。


 その大地の東の地には日族と呼ばれる民族が暮らしていました。

 隣り合って中族と呼ばれる民族が暮らし好戦的な中族は日々、

 日族の地を奪おうと戦いを仕掛けていました。


 或る日、日族の地でのことです。

 太陽がまだ準備体操をしている時間に、大地が大きく揺れて隆起し

 噴水のように土石を吐き出しました。

 木組みで建てた粗末な家に住んでいた男は急な激震に驚いて飛び出すと

 吐き出された土石の中央のくぼみに大きな男の子が寝ているのを見つけました。

 赤ん坊の見た目をしているのに、その体躯は男のそれを凌ぐほどの大きさでした。


 男は柏の大きな葉を何枚も敷重ねて男の子を乗せると自分の家へと運びました。

 赤ん坊なのになんて重たいことか、まるで大きな岩を乗せて運んでいるような気持ちでした。

 何度も何度も柏の葉を代えながらなんとか家に連れて帰ると男の子は薄目を開けて男に笑いかけました。

 その笑顔のなんと可愛く可憐なことか、理由はそれで充分だったのです。

 男はそこで将来を決めました。

「今日からオラがおめぇのお父ちゃんだぞ、おめぇの名前は大地から産まれた大介だぞ」


 大介は瞬く間に大きく大きくなりました。

 一年もすると杉の大木を片手で引き抜けるようになり、二年もすると遠く離れた村まで5日で水路を一人で掘り、3年もすると山を動かせるようにまで成長しました。


 大介は村の仕事を大いに助けました。片手で田畑を耕したり、一日で見渡す限りの土地を開墾したり、日当たりの悪い土地では山を移動させたりしました。

 村人は大介の働きぶりと温厚な人柄を慕い、困ったことが有れば大介の父と大介になんでも相談するようになりました。


 大介の父も人の良い男で、大介には人の助けになれ、嘘をつかない男になれと事ある毎に言って含み、大介の素直な性格に慈悲と奉仕の心を加えて育てました。

 大介も頼られる事が嬉しく、村人の助けになることは何でもしてあげたいと思うようになりました。


 そんなある日、大介と父のもとに悲しい知らせが届きます。


 狩りに出ていた村の若者が中族に殺されてしまったのです。

 日族の若者は戦いを避けて森に逃げましたが、彼らの遺体のことごとくが背中に槍を射られて死んでいました。


 怒った大介は中族へ報復しようとその地を睨みました。

 ですが、それを止めたのは父と村人達でした。

 日族は如何なることがあろうと戦わない。私たちが戦えば死んだ若者の魂の決意が汚れると言って報復を止めました。


 追悼の為に大介は若者達が殺された地に立つと、大切な村人達の悲しみを思い、昨日まで笑って一緒に畑仕事をした若者達の戻らない笑顔を思い、雷鳴の如き咆哮をあげて泣き叫びました。

 滴り落ちた涙の雫は木々をなぎ倒し、瞬く間にその地を沼地に変えました。

 ぬかるんだ地に両手を差し入れると腰を落とし、大きく息を吸って力むと一気に大地を掴んだ両手を開きました。大介の両手の動きに合わせて大陸は南北に裂っして

 二つに分かれました。


 中族の住む地から切り離されたその地は、族の暮らす根の地、裂して出来た島。日本裂島と呼びました。

 そうして中族と隔たれた地となった日本で日族は平和な日々を送れるようになり、益々大介に感謝するようになりました。

 村々では大介を称えて崇める歌が作られました。


「ここは~どこじゃ~にっぽんじゃ~♪日本は豊かな地~♪日本は平和な地~♪

 誰が作った日本を~♪大介だら~♪だいだら~♪」


 みんな野良仕事の際には、この歌を口ずさみながら仕事に励むのでした。


 平和な日々が続き、日族の人数が増えて豊かになり日本各地、各々が好きな地に住むようになりました。

 それでも助けが必要な時は大介を頼り、大介もまたそれを助けました。


 強い雨の降りしきるある夜に、一人の女が大介の元を訪ねました。

 葦で編んだ笠を被った女は自分の住む地の開墾で困っていると言いました。

 その地には何人が寄ろうと動かせない石があり、開墾の妨げになっていると告げました。

 大介は女を抱えるとその地を目指す為に立ち上がりました。

 立ち上がるとその頭は雲を遥かに凌ぎ、風が生まれる場所を通り過ぎた

 高さに達しました。

 女はそこで初めて世界が丸いのだと知りました。


 女の案内した地に到着しました。

 女が指さしたその石は土の下からちょこんと頭を出していました。大きさは大人の頭くらいのものでした。

 大介は地面に指を指し込んで石を摘まもうとしました。しかし石は土が深くなるにつれて裾野が地中に広がっています。土を除けて全体を確認すると、それは大介が両手で抱えるほどの大きさも有りました。


 大介は他の地を開拓するように女に促しましたが、女はどうしてもこの地で暮らしたいのだと、かぶりを振って聞きません。

 しかたなく大介はその石に取り付き引き抜こうとしました。

 大介の力を持ってしても、なかなか巨石は動きません。それはまるで大地そのもので有るかのように、大地に根差しているかのように頑丈でした。

 大介は全身の力を振り絞って巨石を引き上げにかかりました。それは日本を作ったとき以上の力です。

 バリバリバリッと大地を引き剝ぐような音と共に巨石は引き抜かれました。

 その大きさは大介の腰ほどの高さ、下部の大きさは大介の横幅の倍は有る巨石でした。


 大介が仕事を終え、その場に尻もちをついて女を見ると女は笑っていました。

 その顔には喜びと言う感情よりも冷笑と言う憎々しさが張り付いていました。

 そして、三日月のように冷たい形をしていた唇が信じられないことを告げました。


「愚かな坊や、お疲れ様。終わりの始まりよ」


 大介は見たことも無い表情と女の発した言葉から、初めて自分に向けられる人の悪意と言う感情に触れてその存在を知りました。

 そして今まで感じたことの無い冷たい感覚が心の臓から全身へ広がるのを感じました。


「私は中族よ、この地が私たちの物にならないのなら、、、沈めてしまうことにしたの。あなたに引き抜いてもらったその石はただの巨石じゃないのよ、要石と言ってこの島を支える大切な役目を負った石なの。それを引き抜いてしまったらどうなると思う」


 そう言って女が声を上げて笑い始めるのに合わせて大地が揺れ始めました。

 慌てて立ち上がり水平線を見渡すと日本全体が揺れて海を掻きまわしています。

 大介が引き抜いた要石が有った場所を中心に大地が揺れ、小さかった揺れが次第に大介でも立っていられない程の揺れに変わりました。いつの間にか女の姿はありません。


 このままでは女の言った通り日本が沈んでしまいます。

 大介は要石を引き抜いた穴に戻しましたが、地震で崩れた穴に元通りに戻すことができません。無理やりに押し込むと揺れは多少収まりました。

 ですが既に日本裂島の一部では大地の陥没が起こり、陸が海に浸食され初めています。


 大介は穴の隙間に周囲の山々を運んで来て押し込みました。

 要石があったように、元になるように、元よりも強固に山々を幾つも重ねて押し固めました。その時の押し込んだ圧力で岩石が溶け、溶岩を内包した活火山になりました。その後この山は噴火を繰り返し、死と再生を繰り返す山、不死山ふじさんと呼ばれるようになります。


 なんとか地震を納めた大介は疲労のあまりにその場で倒れ込んで寝てしまいました。

 暫くして目を覚ますと、父や日族の皆が大介を囲んでいました。

 みんなの顔には日族の若者を失ったときと同じ悲しみの色が浮かんでいます。それに加え大介に対する怯えや恐怖と言った向けられたことのない感情が見えるのです。


 大介は改めて周囲を見渡し、形を一変した大地を目にしました。

 夕日に晒された水浸しの台地はまるでただれた傷を負って倒れ込んでいるように見えました。その地に住む日族の民にどのような苦難が起こったのかは想像に難しくありません。

 大介は自分がした事の重大性に頭が白くなり、体温を失いました。


 父の問いが聞こえました。

「大介ぇ、大介がやったことなのか?」

 目を落とすと父が悲しい顔をして返事を待っています。怒ってはいません。憐れむような顔をしています。

「おで、おでは、、、」

 大介は説明をしたかったのです。

 言われて、頼まれてやったのだと、結果をしらずにやらされたのだと。

 ただ、大介にはその語彙がありません。

「おでは、おでは、、、」

 伝えたいことが伝えられずにそれは感情となって涙に変わります。

 幼いころに何度も言われた父の教えが頭に浮かびます。

『人の助けになれる男になれ、嘘をつかない男になれ』

「おでぇ、おでぇ、、、」

 父は大介の言葉を黙って待っています。

「おとうちゃん、おでが、おでがやっちまったんだぁ」

 父はそれを聞くと表情を硬くして地を睨みました。

「ちげぇ、ちげぇんだ、おでがおでがやったけど、おではおでは」


 日族の民の小さな言葉が大介に投げつけられます。

「出てけ」

 小さな言葉が次々に大介に投げつけれます。

「出てけ 出てけ 出ていけ」

 大きな言葉になって大介に投げつけれていきます。

 その中に投石が混じり大介に当たります。

 そんな石、大介の体躯からしたら痛くも痒くも無いはずなのに、痛いのです。

 痛くて堪らないのです。痛くて痛くて涙が止まりません。

「ごめん、ごめんよぉ。おではぁ、おではぁ、おおおぉおぉでぇ」

 大介は堪らなくなって頭を抱えてその場から逃げ出しました。

 その一瞬、脇目に見た父は皆を制して両手を広げていました。


 大介は南へ走り去ると二度と戻りませんでした。


 大介の父は村の復興を終えると大介を追い、同じように南を目指しました。


 南の地では同じように大介が起こした地震で甚大な被害が起きていました。

 それに加え、取り乱した大介が走り過ぎたことで緩んだ大地がさらに陥没したり、

 隆起したりと被害を拡大させていました。大介が起こした地震と走り去ったときの被害で日本は四つに割れ、各地に湖が誕生した程でした。


 南端の地、そこから更に海を渡った地に父は達しました。

 その地の日族の村人は大介が居る場所を知っていると言いました。そしてその大介を殺すのだと言いました。二度と同じ悲劇を起こさないためなのだと。

 父は必死に止めましたが聞き入れられません。

 地震を起こしたのは大介です。その罪は償わなければならない。けれど体は大きくとも可愛い息子に変わりません。まだ子供です。沢山の大人に囲まれ、責められ、あまつさえ寄ってたかって命を奪われるなど親として見過ごせませんでした。

 大介の父は心中を語りその役目を自分に任せてもらえるように必死に頼み、聞き入れらました。


 村の主、名を天照大御神あまてらすおおみかみと言いました。

 天照大御神は大介の父を母屋へ呼びました。

 そこで大介の父は大国主命おおくにぬしのみことと言う若者から大介を葬るのに使うようにと金剛宝杵こんごうほうしょと言う鉾を渡されました。

 その鉾は不思議な妖気を放ち、持ち柄は大人の手でも片手では指が回らないほど太く、切っ先は三俣に分かれ全長は六尺もありました。

 大介の父が切っ先を見上げると光を切っ先に集めて輝いていました。

 息を呑んで見つめていると天照大神が父の名を訪ねました。

 瓊瓊杵尊ににぎのみことですと答えると、真っ直ぐに瞳を合わせて告げました。

「瓊瓊杵尊、この国を再び平くするため鉾を振るいて汝の役目を果たせ」


 瓊瓊杵尊は教えられた場所へと向かいました。


 険しい森を掻き分け、ぬかるんだ沼地を足掻き、痕跡を追って突き進みました。

 そのとき頭にあるのは父が子を思う気持ちだけでした。

『大介、父ちゃんが行くぞ。父ちゃんが行くから待っていろ』


 大介の痕跡を追ってきた或る日、急に痕跡がそそり立つ大岩のにぶつかって途切れました。左右見渡す限りにその大岩は続いていました。

 とても素手で登っていけるような傾斜ではありません。


 大介を追い始めてもう十年以上が経っていました。

 その場に座り込んだ父も、すっかり老いています。父と言うよりも翁と呼ばれる年になりました。日に焼けて干からびた手をさすります。肉も無く骨ばって血管が所々に弱々しく浮いています。

 足の指にはとっくに爪がありません。髪に纏わりついて固まった泥もいつの頃か自身の一部のようになりました。

 何もかもが変わってしまいました。そして自身で分かるのです。命の終わりが近い事が分かるのです。それでも唯一つ変わっていないものはこの心にあります。思いがあります。その思いが言葉として零れます。

 つぶやくよりもささやかに、ささやくよりも貧弱に。

「だぁいぃすぅけぇ、  とぉちゃんがぁ、  きぃたぁぞぉ  さびしかったろぉぉ」

 乾いた風が砂を飛ばすような声で言ったのを最後に、父の目から命の光が失せようとしています。日に焼かれ過ぎたその瞳はとうに色素を失い白濁に濁っています。


 そのとき大岩の頂上から声が駆け下りて来ました。

「お父ちゃんか!お父ちゃんか!」

「大介かぁ!大介なのかぁ!」


 父が最後に寄りかかり大岩だと思っていたものは大介そのものでした。

 大介がその巨躯を起こすと、十年前よりも更に大きくなっていました。ですが、その姿はもう父の焼かれた瞳には見えません。

 けれど、見えなくとも大介だと分かるのです。見えなくともまぶたの裏に浮かぶのです。

 初めて大介が向けてくれた笑顔が、父になると決意したあの日が、二人で汗を流した日々が、寝食を共にした幸せな日々が脳裏に今日の事で有るかのように浮かぶのです。

 声のする方へ瞳を向けます。目に見えなくとも大介だと感じます。

「お父ちゃん会いたかったよ。寂しかったよ。ひとりぼっちだった」

 大介は零れた涙に父が打たれないようにそっと父をすくいあげました。

 そして何度も頬ずりをしました。

 父も喜びで取り戻した力で大介の濡れた頬を精一杯抱きしめました。


 再開を喜び合った二人でしたが、父は大介に言わなければならないことがあります。

 大介に大地に下ろしてもらうと父は大介に伝え始めました。

「大介、どんな理由があろうとお前のしたことで沢山の人が死んだ。沢山の人が傷ついた。今も苦しんでいる人がいる。その罪に対して罰を受けなけきゃならねぇ」

「お父ちゃん、でもでも、おではね」

 話そうとする大介を父は制しました。

「いいんだ大介、分かってる。お前だけが悪いんじゃねぇ。俺も同罪だ。だからよ、一緒に罰を受けるからな」

 父はそれだけ言うと鉾の切っ先を天に向けて地に突き立て、その上に仰向けに飛び込みました。大介が止める間もなく鉾の根本まで深々と貫かれました。

 父は大介が居るであろう方向に向かって手を広げ。

「おいで、可愛い私のむすこ、だいすけよ。わたし が いっ てし まう まえに」

 大介は父の言葉と行動の意味を理解しました。こっくりと頷くと父の胸に抱かれるように大介は父に覆い被さりました。

「お父ちゃん、これで俺、もう寂しく無いんだな。一人じゃないんだな」

「そう だ だいすけぇ ずーっと いっしょだぁ」

 鉾は不思議なことに、大介の心の臓に向かって突き進むと、その体を貫いて三本の切っ先を天に誇って止まりました。

 その下には哀れな親子の躯が二体。けれどその顔はとても幸せそうでした。


 瓊瓊杵尊と大介の体は長い年月を掛けて山へと変化し、後に高千穂峰と呼ばれる地になりました。現代でも高千穂峰には二人を貫いた逆鉾が残っています。


 日族の民が大介を称えた歌もいつの頃から形を変え、童歌として歌い継がれました。

「ここは~どこじゃ~にっぽんじゃ~♪日本は豊かな地~♪日本は平和な地~♪

 誰が作った日本を~♪大介だら~♪だいだら~♪ 誰が四つに裂いたか日本を~♪大介だら~♪だいだら~♪そんな~ことをするから~♪だいだら~はぼっちだら~」

 と歌われるようになり、今日こんにちまで【だいだらぼっち】と呼ばれるて伝えられました。



                 了









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