第6話 観察

 厚はその後もちょくちょく大学の帰りに彼女の店へ寄った。


 神社へお参りしたついでとか、本屋へ行くところとか、最初のうちは店に立ち寄る口実をひねり出す努力もしたのだが、すぐに美波には猫が目当ての猫フェチと認識されてしまい、もうそれでいいやと思って否定はしなかった。猫じゃらし風のおもちゃを持って行って遊ばせているところを目撃されては、否定もしにくかった。


 そう思われている方が都合も良かった。じゃらしている間はクロに話し掛けやすい。彼としては、ただ猫と遊んでいるのではなく、少しでも謎を解明する手掛かりを得ようと観察しているつもりなのである。


 しかし、黒猫と会話をするのは骨が折れた。

 質問に答えないから、最初のうちは無視されたのかと思っていたら、どうやらボディランゲージで答えることもあるようで、こちらがそれを見落とすと会話をやめてしまう。ほんのわずかの身振り──耳を動かすとかしっぽの先をちょいと曲げるとか──を見落とさなくても、その意味が厚にはわからないこともある。


 しょくさいの手入れをしに店から出て来た美波に言われてしまった。

 「またクロに話し掛けてる」

 「いや、まあ…くせなんだ」

 「動物に話し掛けるのが?」

 「言葉が通じてるような気がすることって、あるじゃないか」

 「まあ、それはあるわね」




 入学当初はまわり中を初対面の人間に囲まれ、会話一つするにも、まだ読めない相手の反応を読もうと緊張する。程度の差こそあれ、誰でも緊張するものだろう。


 大抵の人間はそんな内心の緊張を押し隠し、実際以上に親しげに振る舞うものだ。やたら愛想を振りまく人間もいて、表面上はあっという間に親しくなったように見える。


 そんな周囲の様子を見ていると、実際以上に孤立感も感じやすいものだ。一人でいると周囲の流れに乗り遅れたような気がして、あせりや孤独感に悩まされやすい。デリケートな時期というわけだ。


 そんなデリケートな時期の長さは人によって違う。


 美波は、早くもその緊張する時期から解放されつつある自分を発見して、われながら意外だと感じていた。


 一定の時間が経つと、なんとなく気が合う同士、一緒に過ごす時間が長い相手が定着してくる。そのようにして成立した女子六人のグループに、美波は気づいたら収まっていたのだった。


 高校まではいつも友達作りに出遅れて、クラスで孤立する寸前の気分を味わっていた身としては不思議だった。自分の対人関係スキルが突如とつじょとして上がったわけではない。自分は何も変わっていないのに、するりと友人達の間にまぎれ込んでしまった感じだった。


 ──あいつのおかげかもな。

 厚と並んで歩いていただけで明佳里に声を掛けられ、自分から誰かに話し掛けなければ、と緊張する必要がなかった。


 よく来るなぁと思いながら、美波は店先でクロを構っている厚を眺めた。本当にクロがお気に入りで。祖父の話では、美波が店番をしていない時もクロを構いに来ているらしい。

 ──気の向くままに猫と遊んで。ひまなのかしら。

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