厚と美波のキャンパスライフ

睦月なとも

第1話 入学

 毎回、新しい学校の敷地に入っていく時には気が重い。中学校に入学した時も、高校の時もそうだった。

 環境が変わるのは構わないのだが、人間関係が新しくなるのが気が重い理由だった。それまでせっかく、それなりに時間が掛かって、ようやく落ち着くところに落ち着いていたものが、実にあっさり無に返されてしまう。


 この四月、大学の工学部建築学科に入学した芹沢せりざわあつしは、モノノケが見える体質だった。


 子供の頃はどうしても、まわりの人間からは奇妙に見える行動や態度を取るので、いじめられた。自分と周囲の子供達の違いを自覚するようになってからは、見えることを隠すようになりそれも減ったが、奇異きいの目で見られることが完全になくなることはない。モノノケ達に気を取られ、ついしまうことがなくならないからである。


 厚の祖父ははらい屋である。祓い屋とは、モノノケを退治することを『祓う』と言うことに由来する、モノノケ退治の専門家のことだ。

 もっとも、実態はなんでも屋に近く、依頼人の様々な悩み事を解決するために必要なことはなんでもやる。依頼内容は幅広い。祖父は滅多に退治することはなかった。


 厚はその跡を継ぐつもりで、子供の頃から祖父の仕事を間近で見、手伝ってきた。なのですでに全くの素人しろうとではないが、完全に一人で仕事を任されるのは初めてである。これからはバイト代をもらえることになっている。


 期待半分、不安半分と言っていいかどうか。仕事に関しては前者もありつつ、学生生活に関しては完全に後者が重たい気分で、厚は大学のキャンパスに足を踏み入れた。




 初日はオリエンテーション、いわゆる説明会で、授業はまだ始まらない。


 前半は新入生全員が講堂に集まり、入り口でたっぷり資料やパンフレットを渡され、全学部共通の説明を受けた。

 本学は前期と後期の二期制であること。高校までとは違い、カリキュラム──時間割のことだ──を自分で組むこと。授業内容を一期分おさめると単位を取得できるが、その際、必修とそうではない単位があるので注意すること。必修単位の取りこぼしがあると、一、二年の教養課程から三、四年の専門課程に進めず、りゅうねんすることになる。


 この辺りのことは、八歳年上の兄が同じ大学に通っていたので、大体は知っていた。

 他には、大学が斡旋あっせんする安心、好条件のアルバイトの申し込みは、学生課の窓口で先着順、つまり早い者勝ちで受け付けることなど、学生生活に関する説明もあった。


 後半は、学部ごとに分かれて各校舎へ移動した。そして学科別に教室に入り、担当教授陣や同じ学科の学生達との簡単な顔合わせがあって、オリエンテーションは終わった。


 終了が告げられると同時に教室を走り出ていく者がいたのは、バイトの申し込みのために学生課へ直行する苦学生である。

 厚はそれを見送り、自分も頑張ろうと思いながら教室を出た。一つ仕事が入っているので、早速さっそく取り掛かることにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る