18 見えない

「一つ、質問していいか?」


「その次はこっちが質問させてもらうから」




 口調を気にする人ではないか。もっと言葉使いに気を付けろ!とか言ってこなくて良かった。




「やっぱりたくさんしていいか?」




 一つはOKを貰ったが、流石にこれは贅沢だったか。




「良いよ。それよりも、さっきの質問に答えてくれない?」




 やっべ。怒らせたか。


 さっきの質問。俺が何者か?




「血液型で性格を判断する奴は阿保だね。そういう奴に限ってO型なんだ」




「名前を先に教えてほしかったかな」




 あ~あ苦笑いしてるや。




「·········俺はサ・レセクタ。佐藤蓮とインセクタの二つの自我を持ったヘンテコ生物だ。しかし、こんな事をわざわざ聞かなくても、お前は何を言うか既に未来が見えてるんじゃないのか?それとも自分の行動で、ある程度変わるのか?」




「運命なんだ。だいたい決まってるんだよ。誰がどんな行動を取るのか。将来の相手も将来の職業も。頑張るか、頑張らないかも。全部レールの上。ただそれを知ってるだけなんだ。でも、君達は違う」




 達?他にもいるのか。




「三人目だ。見えないのは·········」




 嬉しそうだな。未来は知っていてもつまらないだけだ。ネタバレを食らった映画を見ても、面白さは半減。未知という恐怖はなくなるが、未知という喜びもなくなる。知った時の楽しさを味わえないのは苦痛だろう。少しくらいしか共感できないが、それでも辛いのは分かる。




「他の二人は?」




 でも、一人は何となく分かる。


 でなければ、あえて知識を与えるはずがない。


 あんな残虐の限りを尽くす化物に武器なんて渡すはずがない。


 予言者の人となりは知らないが、そんな事はしないはずだ。




 はず、が多くなっている。結局のところよく分からない。


 


「一人目は、知っての通り王だ」




 王、と言われても、王国はたくさんある。


 地球だけでもカンボジア王国、タイ王国、ブータン王国、ブルネイ・ダルサラーム国、マレーシア、ヨルダン・ハシミテ王国、オマーン国、サウジアラビア王国、バーレーン王国、オランダ王国、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、スウェーデン王国、スペイン王国、デンマーク王国、ノルウェー王国、ベルギー王国、エスワティニ王国、モロッコ王国、レソト王国、トンガ王国、と数えきれるぐらいある。


 宇宙単位で話をすれば、王のいる国なんて数え切れない。無限にはほど遠い有限だが、確認できていない国だってあるし、それこそ予言者くらいしか知らないだろう。




 でも、この場合の王は俺が予想していた人物だろう。


 世界に恐怖をもたらした破滅の象徴。


 ボールで人々を否応なしに支配し、兵士として強制的に死ぬまで戦わせられる。


 滅ぼした国々、星々は数知れず。


 宇宙で最も嫌われている王。




「あの存在はとても素晴らしい!上手くいけば、未だ来たことのない世界を見せてくれるだろう。誰も知らない、平和な世界を······」




 確かに、その通りだ。


 このまま全てを滅ぼせば、戦いも争いも起きない。


 誰もいないのに起きようはずがない。


 過程で舞う血量こそ尋常ではないが、結末はとても綺麗だ。




 ま、でも、心にも思ってもいない事を聞いてみるか。




「非暴力、不服従を提唱したマハトマ・ガンジーやカトリック教会の聖人マザー・テレサ。他にも平和に関わった者達をたくさん歴史の授業で習ったんだが、違うのか?······ふっ」




 ちょっと自分で言ってておかしくなったので笑ってしまった。




「今の世界が平和に見えるかい?地球規模ですら出来てないし、そもそも人間単位の話なんてしていない。地球人は相変わらず自己中だね。知ってたけどさ」




 人間から自己中心的な欲望を奪ったら、ただの糞を捻り出すだけの存在になっちまうだろうが。




「宇宙人の事も考えろってか?存在も知らないのに配慮できないわ」




「いるじゃないか、他にも生物が。この国にも熊やら鹿やらはいる。狼は明治に絶滅させちゃったけどね」




 そんな昔の事なんて知識の上でしか知らないのだが。


 そんな事を言われてもなぁ~。




「つまり、ビーガンにでもなれって言うのか?おいおい勘弁してくれよ。植物だけで生けていけなんて無茶ってもんだ。人工肉だってまだまだ普及していないってのに」 


 


 動物愛護団体かよ。全く。


 お前自身を熊の餌にでもしてやりたい。




「植物もだよ。肉だけなわけないだろ」




 口に入れられるのは空気と水だけ。仙人じゃないんだから、無理に決まっている。


 でも、俺は水と日光と空気さえあればずっと光合成できるし、なんなら石みたいなそこら辺に転がっているゴミを吸収しているだけでエネルギーがなくなる事はない。




 ·········元はと言えば、あのマッドサイエンティストを吸収したせいで魂が見えるようになったのだ。この変な能力を作ったのもあいつだ。とすると、もう一人はあいつなのか?殺してしまったが、何か不味かったのかもしれない。黙っておこう。




「人は食べないと生きていけないんだ。そんなものが平和だって言うなら、別に平和なんて訪れなくても良いね。世界は十分に回っている」




 食欲は三大欲求の一つだ。我慢できるはずがない。




「だいたい、未来が見えないからって平和な世界を作るとも限らないだろ。世界から生き物を根絶やしにした後で、自分が世界を統べるかも知れないだろ?」




 まあ、可能性としては限りなく0に近いが。




「無いね。終わったら、自殺する。絶対だ」




 断言するとは。


 


「どうして、そう言い切れるんだ?」




「魂が完全に同じだったからだよ。君も、片方だけそうだ」




 何だ?言っている意味がまるで理解できない。王と誰かの魂が同じってことか?


 片方というのは、俺かインセクタか。


 分からない。




 なんな似たような話を聞いた事があるな。あれは指紋だったか。一人一人の指紋が違うのは確固たる事実だが、もしも同じ指紋を持つ人が現れたらどうなるか、みたいな。


 これもそんな感じの話なのか?




「誰と誰が同じなんだ?」


「古い友人と王。もう一人の古い友人と君だ」


「友人は何人いるんだか。あと友人の特徴とかも教えてくれると助かるんだが······是非是非教えて頂けませんか?」




 意味のない敬語に突っ込まれる事もなく。




「古い友人は7人。でも5人は消えた。王と特徴が同じなのは、死が大好きな奴だった。見るのも味わうのも。君は、まだ分からないかな」




 そのまんまじゃないか。まるで分からない。




「君こそ、昔の記憶はあるかい?」


「どのくらい?」


「だいたい一億宇宙くらい前」




 ん?




「言っている意味が理解できなかった。手間をかけるが、もっと詳しく説明してくれ」


「宇宙が始まって終わるまでが一宇宙」


「ほー。生まれる前の記憶があるのなんて予言者くらいなんだけど······そんな昔からいたの?一体どういう存在なんだ?お前は」




 記憶力は確実によくなった。昔の事だって事細かに思い出せる。だとしても、生まれる前だ。分かるはずもない。




「特別な存在だよ、皆」


「どっからどう考えてもお前だけおかしいだろ。宇宙を跨いでまで転生を繰り返して、しかもずっと記憶があるとか」


「本質的には同じ。本来生まれる事はない。皆、いてはいけない存在だ。そこに大きな差なんてない」




 なんだ?いてはいけないだと?いなくなる事が平和だとでも思っているのか?




「自分でやったらどうなんだ?いてはいけないと知っているのはお前だけなんだろ?俺達みたいな未来が見えないやつに頼るんじゃなくて、自分で実現させたら良いだろ。それだけの力を持っているんだから」




「争う事しか能のない生物が、自分で争いを終わらせられるのか。それが知りたいんだ。理由は他にもあるけど、記憶がないなら今回も無理かな」




 争う事しか能のないだと?言ってくれる。


 しかも、否定できないからこそ腹立たしい。


 誰かと手を組むのだって、違う誰かと戦う為だ。結局、それも一時的なものだし。




 細かい事だが、予言者は二つ目の質問に答えなかった。俺以外にも誰かに話したんだろうな。




「神様気取りの観測者か?偉そうに言いやがって」


「観測者ではあるね。神は、どうだろ?いないけど、君の見解は違うのかい?」


「いるに決まっている。死んだら俺にとって都合の良い異世界に転生させてくれるんだ」




 何者にも負けないチート能力を貰って無双するんだ!




『いや、それも違うと思うよ?』




 夢を否定するな!




『あ、はい。分かったよ』




 予言者は乾いた笑いを浮かべている。


 一体何がおかしいというのか。どこも変なところなんてなかっただろうに。 




「信じるのは自由か。ここはそういう国だしね。大抵の神を祀る宗教は金儲けに利用されているだけなんだけどな」




 クッ。


 確かに都合の良い言葉に踊らされて、異世界もののライトノベルばかり買っている気がする。俺も売り上げに貢献しているだけだ。


 だけど!




「それを言うなら、闇教は何なんだよ!お前が作ったんだろ!」


「いや、予言をまとめられているだけだよ。あと、作ったのは別の人。確かに金儲けに利用されているけどさ」


「じゃあ阻止しろよ。金なんて一円も入ってきてないだろ?」




 金の単位なんて全然違うだろうけど。


 円なんて使われているはずがない。偶然一致してたら、それこそ予言者の仕業だ。ま、それはないが。




「いや~。作った人も金儲けしないと生きていけないわけだし、別に宗教を否定している訳じゃないんだよ。異世界に行ける可能性だって、0じゃないしね。あと全然儲かってないし」


「え?異世界あるの?」




 お金は大事だが、そんな事はどうでも良い。


 心の奥底ではほんのちょっとだけ、無理だろなって思ってたけど、まさか!まさか!!




「剣と魔法のファンタジー世界。正確に言うならあった、が正しいかな」


「そんな······」




 俺の夢は儚く崩れ去った。


 一億もの宇宙の中にきっとそんな世界があったのだろう。


 でも、そんなのってないよ。


 こんなに期待が裏切れるなんて。まあよくある事か。




『どんまい』




 ふぐうっ。




「あ~あ。ドラゴニックサンダーオールナイトレジェンドファイナルゴッドエクストリームアタックリスマスツリンゴリラッパンつみきングルコサミン」






 ドリームカムトルゥ~


 現象逃避は楽しいな。


 きっとこれは夢なんだ。


 リミーとダレスと両親がいて、地球で健やかに暮らしているんだ。


 ちょっと魔法で無双して、たくさんの人に称賛されるんだ。いや、称賛されるのはどうでもいいか。楽して生きていたいだけだ。




 夢は見るものじゃない。叶えるものだ!


 どんなに辛い過程や想定とはかけ離れたものだったとしても、叶えないと駄目なんだ。


 そう!頑張れば、努力すれば、どんな夢だって叶うんだ!






「あ、そうだ。一番大切な質問をしていなかった。どうすれば死んだ者を生き返らせる事ができるんだ?」




 できる前提で質問しているが、さすがに無理だろう。


 かの予言者とて、何かが蘇る予言なんて今までに一度もした事がない。


 前例なんて一度もない。心肺停止から心臓マッサージで蘇生できるが、あれは死んでないだけだ。


 でも、予言者ならなんとかできるかもしれない。だって謎理論で人を簡単にハゲにでき、未来さえ見通す事ができるのどから。




「全く同じ身体を用意して、そこに魂を入れるだけだよ」




 あっさりと、簡単な事のように答えてくれた。


 しかし、




「魂なんて見えるものでもないだろ。全く同じ身体ってのも、難しい話だ」




 あの科学者を取り込んだ時から見えるようになった不定形なものが、絶対に魂だと決め付けられるほどの自信もない。


 否定から入って、もうちょっと上手く会話ができないなものかなと思うが、俺には無理か。




「フェーズ2だよ?君の身体にも二つあるじゃないか。本当に見えない?」


  


 二つなら、確かに俺だ。これはもう否定のしようもない。




 ああ、でも、それならやっぱり無理ってことだな。


 身体だけならなんとか用意する事はできるだろう。しかし、魂はどうだ?あの時は見えていなかったから、本当にどうしようもないが、何か、こう、やりようはあったんじゃないかと思えてならない。


 何もかもが遅すぎる。




「······ああ。見えない事もない。しかし、何で二つあるんだ?そもそも魂とは一体なんだ?」




「魂は記憶を保存しておく為であったり、行動を縛る為のものであったりもする。それこそフェーズ3だ。自由だと見間違えてしまうけど、どこまでいっても奴隷であり家畜であり人形でありNPCだ」




 複数の役割があるのか。


 そう単純なものでもないってことだな。


 栄養の貯蓄や有害物質の分解などが行える肝臓のようにたくさんの役割があるわけだ。




「二つある理由は、生まれた理由にある。普通は身体の大きさによって魂の大きさも決まるし、二つあったら交ざって一つになる。頭が二つでもない限りね。でも、8人は違う」




 8人。


 予言者の友人と予言者を合わせた数だ。




「苦しみから生まれたんだ。フェーズ3で縛られたその時から。根源的存在理由は魂に該当する。本当に思い出せないか!魂に刻まれているはずだ!」




 声を荒げて、そんなに感情が高ぶったのか。


 そんな事言われたって知らんものは知らん。


 片方って事は俺じゃない可能性もあるか。何か分かる?




『いや、全然。と言うか予言者が感情豊かでびっくりしたよ。寡黙だって闇教にもあるし』




 やっぱり分からないもんか。


 ま、魂がたまたま同じってだけだろ。




「やっぱり分からないね。分かるはずもない」




「そうかい。今回もか。でも、また謝らせてくれ。あの時は本当に悪かった」




 そう言って、頭を下げた。


 あの予言者が、だ。


 何個もの宇宙を渡り、革命をもたらしてきた未来を覗き見る者。


 それが今、俺に頭を下げている。


 理由は分からない。生まれる前の事なんて分かるはずもない。


 一つ確実なのは、一億もの宇宙が繰り返されるほどの時間を過ごしてなお、予言者は忘れていないという事だ。


 ずっと友人との何かを大切にしている。




 簡単に「頭を上げてください」なんて言えるはずもない。


 嬉しいという気持ちや、誇らしいという気持ちも一切ない。


 あるのは疑問だけだ。




 俺は本当に無関係だろう。


 それでも尋ねなければならない。


 もしも無関係じゃなかった時のために。




「何を後悔しているか、教えていただきたい」






「これは神の話なんかでは決してない。昔昔のお話だ。観測した限り、最初の宇宙のね」




 あ、まずい。これ長くなるやつだ。


 老人に自分語りさせるとクッソ長いんよな。失敗した。


 しかも大事な情報を話しそうってのがまた······。


 これは聞かないといけないやつだ。




「何も無い、そんな表現すらできないほどの無。そこから最初の生命を有する生物は生まれた。最初の生物は大概の事はできた。果てしなく1を生み出し続ける事ができるんだ」




 なんだ?何もない?


 本来生まれる事がないっていうのも、そういうことか?




「永遠に、それこそ無限に·········。何を思い考えたかは知らないが、最初の生物は色んな形を生み出した。今で例えるなら、馬に烏に火に鉄に、そして力に至るまで。この世界にあるものは大抵作ってたし、ないものもたくさん作ってた」




 まるで神様のような力。されど予言者は神ではないと言う。




「最初の生物だけは無から何でも生み出せたけど、他は違う。生みだされた生物達は無からは何もできない。最初の生物が生み出したものを変える事しかできないんだ。分かりやすく言うなら保存の法則だ。最初の生物以外はみんなそれに囚われている。鉄が錆びるみたいに、おにぎり二つを混ぜるみたいに、質量もエネルギーも変わりやしない」




 明らかに最初の生物だけが異質。


 あえて詳しく説明しないのは、予言者ですらも理解しきれていないのか。




「だから皆、親からオモチャを貰って遊んでいたんだ。たまに新しいオモチャに変化させながら、稀に自分自身を成長させながら、時に新しい生物を生み出し進化させながら、それはそれは面白い日々だったらしい」




 らしい?


 まるで自分の話ではないような言い方。


 未来を知る者でも、過去を勉強する事だってあるだろうが。


 最初の宇宙なんて一体どうやって観測したんだ?




「オモチャで遊ぶのは似ているね。君達が似たんだろうな」




 神が人間に似ている、なんて言い方はよく耳にするが、予言者はその言い方が気に食わないらしい。


 気持ちは分かる。


 人間が考え出したとは言え、仮にも神の方が前なんだから違うだろって話だ。




「海を割り、空を裂き、大地を揺らす。そんな毎日にも飽きたんだろう。より強い刺激を求めてしまった。絶対的な存在に挑んでしまったんだ」




「あちゃ~」




 そりゃ無理だろ。


 なんたって相手は最初の生物。


 限り有る者が、限り無い者に勝る理由など一つもなく。


 結果は見え見え。




「言うまでもなく、最初の生物が勝った。これまで作り出したもの全てを揃えても、それ以上を一瞬で生み出せる。何をしても、どんな工夫をしても負ける。勝った負けたの概念さえ生み出した相手に勝てるはずなんてそもそもないんだ。ここまでがフェーズ1。最初の絶滅」




 もしかして、フェーズは予言者が知っている歴史をそのまま流用したものなのか?


 知る限り4まであるから、まだまだ長くなりそうだ。


 ······マジかよ。




「フェーズ2は比較的短い。刺激を求めた愚か者共の身体をバラバラに引き裂いたんだ。引き裂かれた身体がどんな見た目だったのか、誰も分からない。この宇宙にもない。そんなバラバラの身体は宙を浮き、また愚かな事をするやつが出ないか見張っていたんだ。でも、でた」




 出たんだ。よくやるなぁ。




「ここからがフェーズ3。君もおそらく知っている、この世で最も嫌な形態だ」




 大勢が嫌だと答えるだろう。


 現に二つの大きな勢力は、その力を利用し多くの兵士をかき集めている。


 家族を奪われた者の数はもはや数え切れない。


 全てを操る力。




「愚か者の身体の一部を、他の自分で動ける奴らに埋め込んだ。この時に最初の生物は『生きる』という、それはそれは余計な概念を作ってくれた。正確に言うなら少し違うが、これが一番理解しやすいだろう」




 今の状態でもあまり理解できていないのだが、それは俺のせいなのか?


 ずっとわけ分からん。




「それまでは、苦しみ痛みもなかったから無謀な事を繰り返しているんだと考えたんだろうね。だから始まり誕生と終わり死を定めたんだろう。


 生きるから苦しむ、


 老けるから苦しむ、


 病に苦しむ、


 愛に苦しむ、


 欲するから苦しむ、


 恨むから苦しむ、


 自我を持つから苦しむ、


 死ぬから苦しむ」




「それが7人の友人か。死ってのは確かに王を指すかもしれないな」




 どれか一つが予言者に該当するわけだ。


 死以外のどれかが。




「最初の生物以外は苦しんだ。だから憂さ晴らしがしたかったんだろう。よく酷い目に遭った。関係ないとは言わないが、悪いのは誰なのか明らかだろ?」




 最初の生物か。


 8名か。


 酷い目に遭わせる奴らか。




 誰だろうな。




「返り討ちにしていたが、我慢の限界が来たんだ。幾度となく失敗した最初の生物を殺しに向かった。5人が死んだが、なんとか倒せた」




「えっ?倒せたの?」




 何でも生み出せる奴なんかに勝てるなんて。


 


「魂が離れれば死ぬ。余計なものを作ることが命取りになるとは、まさか思いもしなかっただろう。あまり驚いていなかったけど」




 もしかしたら、そこまで計算した上であえて魂を奪われた?


 考えすぎか。




「これがフェーズ4。最初の生物、そして他の奴らの終わり。残ったのは三人だけだ。


 でも、魂を壊しただけでまだ終わっていない」




 そりゃ身体は残るからな。




「残った身体というのが、計算では説明できない謎の象徴として、特異点と呼んでいる。この宇宙も、また特異点に戻っていく。世界が終わったその時に、友達と再開するんだ。だから、再開の日と伝えてきた」




 友達。残りの二人か。




「全員と再開するのか?」


「それは分からない。君次第だ」




 と言っても、さっきの話を聞いても何も取っ掛かりがない。


 前世の友人の話が分かるはずもなく、なんか胡散臭いなとしか思わない。


 なあ?




『······ああ。そうだな』




「最初の生物を殺す過程で死なせてしまったから、後悔してるって事だな。謝罪は受け取っておくよ。また次の宇宙でも謝る事になるだろうけどな」




「そうならないといいんだけどね。あ、そうそう。言ってなかった」




 雰囲気が少しだけ変わった。


 誰もから予言者と敬われる理由が、オーラだけひしひしと伝わってくるくらいに。




「予言しよう。宇宙が終わるのは一年後だ」




 予言者が語る予言は、外した事が今までに一度もない。


 更に、一年後というのは、言った瞬間からきっかり一年後だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 寸分違わず一年後。


 文字通り、宇宙は消えてなくなる。




「闇教の本に記されてあったな。ちょうどこの時間だったのか」




 受け入れがたい事実ではあるが、既に知っている情報だ。


 心の準備をする時間はまだある。


 織姫と彦星だってあと一度は会えるのだ。まだパニックになっている場合じゃない。


 


「宇宙が終わる前に平和にしないと意味がないんだけど、王は達成できるかな?」




 そんな事、俺が達成させるわけないだろ。


 俺のように見えないと言っていたし、個人情報を教えないパターンかもしれない。


 だからといって、聞かないという選択肢はない。




「王はどこにいる?」


「宇宙の中さ」


  


 確かに答えた。範囲があまりにも広すぎるが。


 それじゃ意味がないだろ。


 しかし、あえてこう言ったのだから答える気はさらさらないのだろうな。


 平和の為に競わせるというのも、中々に不思議な話だ。




「で、二人目は?どこまで教えくれるんだ?」




 予言者が見えないと言ったのは三人だ。一人目と三人目は誰か分かったが、まだ二人目は何の情報もない。




「この広大な宇宙を漂う最も大きな宇宙船。それのトップだ。姫と呼ばれている」




 姫とはサルバスが所属している団体の長だ。


 慈愛の心なのか何かは知らないが、来る者拒まず去る者追わずの精神で多くの難民を助けている。


 現在進行形で王に侵略されている星には軍を派遣し、それ以上被害が拡大しないようにしている。また、食糧や医療品などの支援も欠かせない。




 その高潔な精神は尊敬に値するし、多くの民を救った功績から、一部の熱狂的なファンから予言者の如く信仰されている。


 宗教まで作られる予言者とは違い、アイドルのように偶像崇拝されている。




「何とも皮肉な話だな。全てを殺そうとする者と、全てを救おうとする者が最後に行き着く先が平和とは······。考え方が違えば手を取り合うのは不可能なんだろうな」




「全てを救う?いいや、まるで違う。そんな弱者に都合の良い考えなんて持っていない。誰かを愛するから、何かを大切に想うから、だから失った時に悲しむんだ。姫はそう考えている」




 確かにそれは知っている。


 俺もリミーを好きにならなければ、あの時あんなに悲しむ事はなかったはずだ。ならば好きにならなければ良かったのか?しかし、それは無理な話だ。移動してもらえなかったら俺はあのままグレイ共に連れ去られていただろう。言わばリミーは命の恩人。俺に対して向けてくれた優しい心が好きだ。少しだけ臆病な所もあるが、そこもまた可愛い。こんな完璧な存在を愛さないなんてどうかしている。愛さないなんて行為が出来るはずがない。




『ウギャアア』




 何かが倒れた気がした。きっと気のせいだろう。




「愛すから悲しむのなら、忘れてしまえばいいんだ」


「はぁ?」




 やっぱ他人の考えている事なんて理解できないな。


 心ですら感じられない。




「どんな不幸な記憶もいらない。何の執着もいらない。ただ自分という存在を認識し、意味なんて考えずのほほんと暮らす。あるのは幸せな記憶だけだ。それも辛くなれば忘れてしまえばいい。争いなんて起きるはずもない。姫はそう考えた」




 不幸だと感じるからこそ、何が幸福を知る事ができる。どんなに悲しい記憶でも、俺は失いたくない。だいたいにして、俺の大切な宝物である思い出を奪うなんて、到底許されるような事柄ではない。




「約束したけど、行きたくなったな」




 少しの独り言を挟み、




「で、記憶を奪うとは言っても、俺は一人ずつのしか知らないんだが、新しい装置でも発明されたのか?」




 一人分の記憶くらいなら簡単に奪える。


 かつてアブダクションされていた頃は、人の身体を調べた上で、記憶を奪い、家に帰すのが主流だった。逆行催眠などの謎技術で記憶を取り戻す事もあるが、ほとんどの場合失った記憶は戻らない。


 記憶を奪う装置は予言者が教えていた技術ではない。元の装置は人の意識を狂わせるという代物だ。さながら麻薬のように。あくまで応用として記憶も奪えるだけだ。


 元々は姫が暮らしていた星の物だが、王の率いる軍勢に攻め落とされた際に鹵獲された。今では研究されて様々な用途で使用されているという事だ。


 姫が暮らしていた星は、今や火の星と呼ばれ、大地は荒れ果て酸素はほとんどなくなり、とても人が住める状況ではない。




「そりゃもう巨大な装置を作り上げたものだよ。最大の宇宙船すら包み込んでしまうほどに」


「どこにそんなデカブツしまっておくんだ?宇宙船に入るのか?」


「さあ?既に完成されているのか、どこにあるかはさすがに教えてもらえなかった」




 予言者は見えないからこそ直接会話する必要がある。


 いつ会話したのかは分からないから、既にサルバスは記憶を奪われてしまった可能性がある。サルバスがどう思っていたかは知らないが、命までかけた父親の事を忘れたのだとしたら気分が悪い。俺の恩人だから尚更だ。




「運命がわかったり、人をハゲにできたり、数々の兵器を生み出してきた予言者様なら、話をさせるくらい余裕だろ?何故しない」




「尊重しているんだよ。君達三人を······。会いに行く時に少々の無茶はしたが、会話は自主性に任せている。それに記憶だけ戻らず、力だけ戻れば返り討ちにあうかもしれない」




 予言者の言う少々は、絶対に少しではない。


 宇宙船のトップである姫に会うのだ。しかも、あの予言者が。


 俺の広い情報の中にもない以上 極秘で行われたのだろうが、確実に姫やその周りの人達はパニックになった。


 しかし、あえて語らいないのだから、大事な話ではないのだろう。




「まさか、あの予言者様が怯えるとはな」




「賢いでしょ?」




 ぐっ。


 否定のしようもない。


 言い返す事もできず、言葉に詰まってしまった。


 仕方ないので称賛しよう。




「その慎重な姿には私も見習う所が多いです」


「本心で言っているのか分かりにくいね」




 あの宇宙人達のせいで改造された身体だ。どんな顔でも再現、維持する事ができる。表情の固定なんてお茶の子さいさいだ。




「そんな賢い予言者様に質問!これから姫がいる宇宙船に行く予定なんだが、何か注意事項はあるか?」




 長話をする老人だが、その経験は役に立つ。


 この老人は無駄に月日を過ごしていないのだから。




「地球人でしょ?あそこに行くのは止めたほうが良いと思うけど」




 サルバスの反応から見ても、行かないという意見は正しい。見え見えの地雷を踏みつければ、盛大に爆発してしまう。


 しかし、それでも、できるだけ行きたくないけど行かねばならない。約束は破るのはよほどのピンチの時だけだ。




「何かはあるんだろ?なんたって直接会いに行くくらいなんだから。新しい発見があるかもしれない」




 王の居場所の手掛かりでもあれば、大げさに言って万々歳だ。




「注意事項なんて、予言者という存在を馬鹿にしてはいけないだけ。揃いも揃って闇教に染まってるからね。一歩間違えれば宇宙の果てまで追いかけてくる」




「それは知っている」




 サルバスで経験済みだ。




「あとは日本と同じ。盗みをすれば手を失うとか」




 人権って何だろうな。


 誰の為、何のためにあるんだろう。




「いや、そうじゃなくて······。もっと詳しい注意事項とか」


「そう言われてもね。予言者という数多の星を救った救世主を大事にしているだけなんだ。よっぽどの事をしなければ、日本から見れば贅沢な暮らしができるよ」




 やはり知っている事だったか。


 異世界の存在を教えてくれた以上、感謝は少しばかりしているが、どうにもなんかなぁ~。


 最初の生物のような不気味で異質な印象が強い。




「今まで苦くて不味い食べ物で飢えを凌いできたんだ。臥薪嘗胆と言って追い込み続けるのもいいけど、たまには羽を伸ばしたらどうだい?どうせ行くんなら各星の伝統料理ども食べてきなよ」




「伝統料理は食べるが、余計なお世話と言わざるを得ない」




 予言者は首を傾げながら。




「違う違う。君の事じゃないよ。いくら覚えが早いと言ってもまだ生まれて間もない子供なんだから、このままだと寿命がガンガン削れていく一方だ」




 待て。


 いや、まさか、そんな。


 何で。


 


「ダレスの事を言っているのか!?」


「そう、ドライアダレスの事だよ。中々に日本人らしくない名前を付けるじゃないか」


「どうして······その、名前を」




 生身の肉体をバットで思い切り叩きつけたような、そんな感覚を覚えた。




「運命を知る予言者なんだから、このくらい当たり前じゃないか。見えないのは三人だけなんだから、名前くらい······」




 最後まで言わせず、言葉を遮る。




「違う!重要なのはそこじゃない。寿命がガンガン削れていくってどういう事だ!」




 そんな事はあり得ない。あり得ていいはずがない。




「彼ら彼女らは、この予言者という存在を確認できていないが為に、人口的に予言者を生み出せるのではないか、と実験した結果として生まれた失敗作だ」




 失敗とまで言われると無性に腹が立つが、口は挟まない。そんな事で怒っている場合ではない。




「いくら失敗作とて、ドブに捨てるのももったいないからと、兵士として強制的に戦わせたわけだ。赤子にはさすがに無理だから、成長速度と学習速度を急速に早めた。ダレスの場合はそれもある。母方の血の影響もあるから、怪我なんてすぐに治っちゃう」




 そこまでは知っている。


 いや、成長速度?


 もしかして·········。




「成長が早いという事は、老化も早いという事だ。更に怪我を治せば治すほど成長は早まる。兵士として使い倒す為にね。だから、ダレスは再開の日まで生きる事はできない」




「そ、そんな······」




 考えたくなかった。しかし、簡単な理由だ。少し考えれば誰だって思い付く。思い付かなかったのは、目を反らすまでもなく、俺が単純に馬鹿だからだ。




「ダレスは、あと、どのくらい、生きられるんですか?」




 声が震えてしまった。


 思考を手放す事もできず、堂々巡りをしながらもやっと口にした。




「予言しよう」




 無慈悲な宣告。


 誰にも変えられる事のできない運命。


 予言者が口にする予言は、今まで一度も外した事がない。


 絶対的な摂理だ。


 地球が回っているみたいに、人は呼吸をしなければ死ぬみないに、常識として告げてくる。




「君の腕の中で、君よりも先に死ぬ」




 望みは絶える。


 てっきり再開の日まで生きているとばかり思っていたが、そんな事はなかった。


 こんなにあっさりと告げられるのか。尊い命ってどういう意味だっけ?


 それでも、言葉を振り絞って質問を続ける。




「·········具体的な時間は?」


「安全平穏に暮らすならば、生まれてから半年。今の状態から計算すると、2885時間4分5秒。でも、これはあくまで目安だ。君の頑張り次第ではもっと長く生きられるかもしれない。なんせ君の未来は誰にも分からないんだから」




 曰く、予言者の古い友の転生体だとか。




「よく言う。お前の予言が外れた事は一度もない。ましてや、見えてないのは片方だけなんだろ?」


「そんなに、また失うのが怖いか」




 また。


 運命を知っているなら、過去に起こった出来事さえ知っているという事だ。


 だから、この予言者とかいうぶっ飛んだ野郎は、ちっぽけな恋の物語という過去で俺を弄ぶ。




 図星も図星。


 予言者の前では何も隠せず。


 俺は目付きを鋭くさせて、睨み付ける事しかできない。




 でも、俺は元々欠片もないプライドをかなぐり捨てて、土下座した。




「寿命を伸ばす方法を教えてください」


「二つの魂を別の器に分ける。元に戻すだけだ。二度とくっつかないと約束するなら、再開の日まで延命させよう。もちろん健康な状態で、だ。ベッドの上で寝たきりみたいな詐欺じみた真似はしない」




 それはつまり、俺から一切の戦う力がなくなるという事だ。今まで戦ってこられたのは全てインセクタの力だ。どこにでもいるような俺には足掻く事すらできない。


 だから、俺の復讐は終幕だ。




『何故だ?予言者がそんなちっぽけな事で要求を飲むなんておかしい。そんなに重要な事柄なのか?』




 これは俺だけの問題じゃないから、すぐに同意できない。




「もしも約束を破ったら?」


「見てわかる合図だ。世界変換 溺れる大地」






 ピンッ






 予言者が指を鳴らせば、有無を言わさず視界は変わった。


 俺は土の中にいた。どれだけ土を吸収しても、まるで出られない。


 誰もいない。あるのは土と石だけ。


 ああ、沈む。ずっと奥深くへ。


 これは単純なワープ能力ではない。俺の認識か、あるいは世界そのものが変わっている。




 昔話によれば、何でもかんでも作っていたとか。


 この世界だって、最初の生物の残骸がなければ予言者は自由に操れるのかもしれない。




 


 ピンッ






 もう一度、聞こえた。


 時間は経過したが、そっくりその場所に戻っていた。




 この指パッチンはあくまで俺に分かりやすく伝える為で、本当はこんな事しなくても一瞬であの世界に送れるのだろう。




「良いのか?あんまり追い詰めると、不完全な状態で力だけが戻るかもしれないぞ?」


「戻らないように工夫したんだよ」




 大胆な事から小細工まで何でもあり。


 器用貧乏を極めた万能。予言者が教えてきた数々の技術でさえ、予言者にとっては取るに足らないものだ。まさに氷山の一角くらいしか教えていない。 


 


「どうしてそんな要求をするんだ。二つあったって、別に良いじゃないか。何がそんなに怖いんだ」


「死体なんて集まっても、良いことなんか一つもない」


「つまり、全て集めれば乱暴者が復活するのか?」


「前提条件が滅茶苦茶だし、復活しない」




 しないのかよ。いや、ハッタリの可能性もあるのか。




「いつまで待ってくれるんだ?」


「いつまでも。さて、情報は揃った。進むか、止まるか。選ぶのは君達だ」


「勿体ぶりやがって。本当はどちらを選択するのか分かっているんだろ?」




 予言者は憎たらしいほどに笑っていた。


後書き

ラスボス候補


その1 王


その2 予言者


その3 インセクタ


その4 最初の生物

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特異点 フェーズファイナル 百円 @hyakuenn

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