02 ズルス班長

02 ズルス班長


 結論から言うと、レッサーコモンドラゴンの討伐は成功した。

 僕が落ちた先がレッサーコモンドラゴンの頭上で、ぐうぜんの頭突きがヒットしてレッサーコモンドラゴンは気絶、動かなくなったところを正規メンバーたちがトドメを刺したんだ。


 手柄は当然のように正規メンバーたちのものとなる。

 いや、そんなことはどうでもよくて、僕はオトリ役のザコの看病をしていた。


 10人いたオトリ役のほとんどがレッサーコモンドラゴンのエサとなり、僕を除いてたったひとりしか残らなかった。

 その彼も全身血まみれで、虫の息となっている。


 彼の安否を気づかう者は、僕以外は誰もいない。

 僕は勝利の余韻に浸るズルス班長に土下座をした。


「お……お願いです! ザコ4号さんにポーションを使わせてください!」


 ザコはギルドの消耗品であるポーションを、班長の許可なく使うことを許されていない。

 今回の『レッサーコモンドラゴン討伐クエスト』では大量のポーションを持参していたんだけど、使う機会が無かったので多くの数が余っている。


 ひとつくらいなら使わせてもらえるんじゃないかと思ったんだけど、ズルス班長は答えのかわりに僕の頭を踏みにじった。


「はぁ? なんでザコにポーションを使わなきゃなんねーんだよ?」


 ズルス班長は僕の頭をグリグリやりながら、「こうすりゃ治るだろ」と、横たわるザコ4号さんに向かってツバを吐きかけた。


「そ、そんな!? そんなので、治るわけがないじゃないですか! ザコ4号さんは、いまにも死にそう……ぐはっ!?」


 ズルス班長から腹を蹴り上げられ、僕の抗議は遮られる。ザコ4号さんに覆い被さるように倒れた。


「ザコ1号よぉ、お前はいつからこの俺様に口答えできるくらい偉くなったんだぁ?」


 いつもならここで引っ込むけど、いまは人の命がかかっている。

 だから僕は食い下がろうとした。でも、ザコ4号さんが僕の肩を掴んでいた。


「も……もう、いいんだ……。そ……それよりも、水……水を、くれないか……」


「水ですね、わかりました!」


 僕は腰に提げていた水筒を外すと、ザコ4号さんを起こして水を飲ませてあげた。


「うわぁ、バカじゃねぇの。死に損ないのザコに貴重な水をやるなんて、帰りは知らねぇぞぉ」


 からかうような声がしたけど黙殺する。

 水筒の水を飲み干したザコ4号さんは、弱々しく、しかし安堵のようなため息をひとつ漏らすと、


「ああ……。死に際になると、光が見えるっていうけど……。ダメだ……ぜんぜん見えねぇや……。最後に……太陽……って……やつを……見て……見た……かっ……」


 それっきり、彼の瞼はふたたび閉じることはなくなった。

 輝きのない、灰色の空を映すだけの泥水となる。

 僕は歯を食いしばりながら、彼の瞼を閉じさせてやった。


「おっ、ちょうどいいテーブルができたじゃねぇか」


 そんな声が横からして、死んだばかりの身体の上に帳簿が投げつけられた。


「おら、ボサっとしてねぇで装備の確認をしとけよ。ギルドに戻ったとき、帳簿と合ってなかったらこの俺様が係長にどやされるんだからよ」


 僕は怒りに震えながら、帳簿をどけようとする。

 その拍子にページが開き、消耗品の欄が現われた。

 そこには、今回のクエストに持参した消耗品系のアイテムが書かれていたんだけど、ポーションの下に『雑用小間使い』とある。


 雑用小間使い……略してザコ。

 ギルドではポーションよりも安価な使い捨てアイテムとして扱われ、すぐに消費されるので名前では呼んでもらえない。

 気づくと僕の目の前には、ズルス班長が立っていた。


「おいザコ1号、なにさっきからシカトしてんだ? なんか言えよ、オラ」


 ズルス班長は僕の名を呼びながら、目の前にある亡骸を足蹴にしていた。

 まるで、僕がこの亡骸だといわんばかりにふざけている。

 僕は叫びだしそうになるのをこらえ、なんとか声を絞り出した。


「こ……! こんな戦いかた、もう、やめましょう……!」


 また蹴られるかもしれないと思ったけど、言わずにはおれなかった。

 ズルス班長はしゃがみこんで、僕と目線を合わせる。


「やめろ、だぁ? ザコのクセしてなに指図してんだよ。ちょっと目を掛けてやってるからって、調子に乗りやがって……。もしかして、このクエストから備品に格上げされたのを知ってやがったのかぁ?」


 帳簿に視線を戻すと、たしかに僕のアダ名である『ザコ1号』は消耗品欄の中にはなかった。

 となりのページである備品欄に、馬の名前が並ぶいちばん下に、本名とともにあった。


「テメェは十年以上このギルドにいるから、備品扱いにしといたほうが税金が安くなるって気づいたんだよ。でも勘違いすんなよ、ブッ壊れたって修理なんてしてやんねぇからな。お前のかわりなんて、他にもいくらでもいるんだからよぉ」


 「そんなことはない」と言い返してやりたかったけど、できなかった。

 僕は精一杯の抵抗として、泥まみれの服の袖で顔を拭ってズルス班長を睨み返す。


「……なんだぁ、その目は? イヤやら辞めちまってもいいんだぞぉ? でも、できねぇよなぁ? お前みたいなクソザコを拾ってくれる冒険者ギルドなんて、他にねぇからなぁ」


「そ……そんなことは……!」


 僕の声は震えていて、最後まで言葉にならない。

 ズルス班長はとうとう大口を開け、垂れ下がったふたつののどちんこを嘲るように揺らしはじめた。


「ひっひっひっひっ! イジめられたガキが泣くのをガマンしてるみたいなその顔、超ウケるんだけどぉ! こんなにバカにされてるのに、なにもできないなんて悔しいでちゅねぇ~! それでも辞められないだなんて、かわいそうでちゅねぇ~っ! ひーっひっひっひーっ!!」



◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 僕らがレッサーコモンドラゴンを倒したその日、時を同じくして、とある有名なSSSランク冒険者ギルドによって魔王が倒された。

 魔王はこの世界にはびこるモンスターを統べる存在だったので、リーダーを失った世界じゅうのモンスターはしばらくのあいだ沈静化するだろう。


 しかし魔王は1年後に蘇ることになっているので、この平和はひとときのものでしかない。

 そしてモンスター討伐を主な仕事としている冒険者ギルドにとっては、これからの1年は冬の訪れともいえた。


「クエストが少なくなるだろうから、ギルドからもらえる残り物も減ってくるだろうなぁ……」


 僕はそんなことを愚痴りながら、スラム街を歩いていた。

 あたりでは罵声とケンカが絶えず、衛兵が物乞いをいじめている。


「生まれながらにして穢れているフォールン人は、息をするのも罪なのだ! さぁ、罪を償えっ!」


 この国『フォールンランド』は『忌み地』とされ、そこで生まれた僕らフォールン人は『忌み血』と呼ばれている。

 なぜかというとフォールンランドには太陽というものが存在せず、そこで生まれたフォールン人は太陽を浴びたことがないからだ。


 僕もこの国で生まれ育ったのでいちども見たことがないんだけど、空には太陽というものがあるらしい。

 それはとても強い光を放っていて明るく、あたたかい光を浴びると元気になって作物も育つという。

 でもこのフォールンランドの空は、『天網』と呼ばれる神様が作り出した黒雲に覆われており、太陽が見えないんだ。

 そのせいで空気は邪悪なる瘴気に満ち、土地は痩せて作物は育たず、人は青白く元気がなく、国はずっと貧しいまま。


 ならば他の国に引っ越せばいいだけの話なんだけど、他の国はフォールン人の受け入れを拒否している。

 国境を高い塀で覆っていて、フォールン人は特別な許可なしには他国に足を踏み入れることもできない。


 しかも他国はこのフォールンランドを流刑地として扱っていて、自分の国で持て余した罪人を追放したり、他の国では暮らせなくなった者たちを送り込んだりしていた。

 そのかわりに人道支援と称して物資も送られてくるんだけど、中身はすべて他国から出たゴミ。

 作物の育たないフォールンランドでは、そのゴミすら有り難いとされているんだけど……。


 それらのせいでこの国の治安は最悪で、どこへ行ってもゴミの山海が広がっているんだ。

 だとしても僕は、この生きていかなくちゃならない。


 だって僕には……。

 瓦礫を寄せ集めて作った家に戻ると、玄関先では弟妹たちが言い争いをしていた。


「あれがたいようだって!」「いやあれはたいようじゃないよ!」「あれがたいようなの?」「たいよう……?」


「ただいま、コレル、ジョイ、ジュイ、トリス」


 僕が帰ったとわかるや、花咲く笑顔が迎えてくれる。


「「「「おかえり、ボンドにいちゃん!」」」」


 その笑顔だけで今日一日の疲れも、ギルドでのいじめのストレスも吹っ飛んでいくような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る