ステータス2倍の付与術師、クリア後ダンジョンに挑む

佐藤謙羊

01 お荷物の僕

01 お荷物の僕


 今日の天網はいつもより重く、見通しのいい渓谷のてっぺんでも昼なお暗い。

 眼下の谷底はさらに暗くて不気味だったけど、見下ろす仲間たちの顔はやる気に満ち溢れていた。

 崖の突端に上に立つリーダー、ズルス班長が高らかに叫ぶ。


「ついに俺様たちも、ドラゴンに挑む時がやってきた! 討伐に成功すれば、我がギルド『グッドマックス』にとって初めての偉業となる! この先に許されるのは成功のみ! たとえ天が許しても、失敗はこの俺様が許さんぞっ!!」


 ズルス班長は腰の剣を引き抜き、崖下にあるドラゴンの巣にむかって振り下ろす。


「俺様に殺されたくなければ死ぬ気でやれっ! さぁザコどもよ、かかれーっ!!」


「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ズルス班長のかけ声と同時に、ザコと呼ばれた者たちがやぶれかぶれの蛮声とともに崖を滑る。

 ややああって、ギルドの正規メンバーも後に続く。

 谷底にはドラゴンの食料となったのであろう、動物の白骨で埋め尽くされていた。

 仲間たちは骨を踏み砕きながら着地し、戦闘隊列を整える。


 洞窟の中には緑色の光がふたつ。その光はずるずると引きずるような音をさせながら、尾を引いていた。

 それが眼光であると気付いた瞬間、引っ掻き傷にまみれた洞窟の入口に、巨大な草刈りガマのようなツメがガッと引っかかる。

 暗闇から、爬虫類じみた顔がぬうっと這い現われた。


 あれが……今回のターゲットの、『レッサーコモンドラゴン』……!


 名前にドラゴンと付いているが、正しくはドラゴンの仲間ではない。

 モンスターとしての強さも、ドラゴンの足元にすら及ばない存在。

 Sランク以上の冒険者ギルドであれば、前衛ひとりだけで瞬殺できるという。


 でも、最低のFランク冒険者ギルドであるグッドマックスにとっては未知なる強敵。

 普通サイズのワニの十倍はあろうかという、バケモノじみた体躯のワニはもうほとんどドラゴンだった。

 崖下のザコたちは怖れをなし、行き場をなくした蜘蛛の子のように逃げ惑っている。

 レッサーコモンドラゴンはワニのように姿勢を低くすると、四つ足で地を蹴り、白骨を蹴散らしながら滑り込んだ。

 大口を開け、一瞬にしてザコ数人に食らいつく。


「うぎゃあっ! た……助け……!」


 ワニ口の先から顔だけ出して助けを求めるザコたち。

 その顔がシャンパンのコルク栓のように吹き飛んだ。

 レッサーコモンドラゴンがスナック感覚で身体を咀嚼するたび、あたりは血の海に染まっていく。

 しかし、彼らの悲劇を哀しむ者は僕以外誰もいない。


 他のザコは仲間がやられている間に逃げようと必死だし、正規メンバーはチャンスとばかりに攻撃を打ち込んでいる。

 これほどのバケモノを相手にするのは初めてなのに、正規メンバーが一歩も退かないのには理由があった。


 ザコの身体にはあらかじめ、他のレッサーコモンドラゴンのオスの尿が掛けられている。

 レッサーコモンドラゴンは他のオスがナワバリを荒らしに来たのだと誤解し、ザコのみを狙うのだ。


「おいっ、ザコ1号! ボーッとしてんじゃねぇ! 俺様が出撃するぞっ、準備はいいかっ!」


 ズルス班長から怒鳴りつけられ、僕は仲間への哀悼を中断する。


「は……はいっ!」


 崖上へと視線を戻すと、ズルス班長は木の枝に結び付けたロープを手にしている。

 僕の返事と同時に、さっそうと崖下めがけて飛び降りていた。


「いくぜっ……! そりゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」


 ズルス班長はロープをスイングさせ、振り子の要領で宙を舞う。

 眼下の仲間たちは、もう勝ったかのような歓声をあげていた。


「おおっ! ズルス班長が来てくださったぞ!」


「ズルス班長がいれば、怖いモノなしだっ!」


「我らがヒーロー、ズルス班長、ばんざーいっ!」


 ズルス班長はロープにしがみつき、戦場の空を空中ブランコのように行ったり来たりしながら皆を鼓舞する。


「その通り! ヒーローである俺様が舞い降りた以上、もう負けはねぇ! 一気にブチ殺せーっ!!」


 崖の上の僕はその頃、左手を胸に当て、右手をズルス班長に向かってかざしていた。


「絆の鼓動……! マルチプル・エンチャント、ソード・ストレングス……!」


 僕の右手からホタルのような光の玉が生まれ浮遊、ズルス班長の身体に吸い込まれていく。

 スイングする姿を目で追いながら、僕は心の中で念じた。


 ズルス班長の鼓動は、高速型……。

 ならば僕の鼓動もそれと同じように、速めるんだ……!


 胸に当てた左手に意識を集中。戦いの緊張で高鳴っていた心臓が、さらに激しく脈動する。

 エンチャントのコツは、エンチャントの対象の鼓動と合わせること。


「これで、少しは……!」


 崖下のズルス班長はロープを手放し、いままさにレッサーコモンドラゴンの頭上から斬り掛かろうとしていた。

 その身体に、力強さを感じさせる赤い数字が浮かび上がる。


 筋力 16 ⇒ 35


 あれは、ズルス班長の筋力のステータスが16から35に上昇したことを表している。

 僕の『絆の鼓動』は、仲間に力を付与し、ステータスを上昇させる効果があるんだ。

 上昇率はおよそ2倍で、エンチャント対象と鼓動を合わせることにより多少のボーナスが付くことがある。

 今回はズルス班長と鼓動を合わせることに成功したようで、3ポイントのボーナスが付いた。


 筋力が上昇すると攻撃力はもちろんのこと、闘争心も底上げされる。

 降下中のズルス班長は、力強い雄叫びとともに剣をブンブン振り回しはじめた。


「もらったぁーーーーっ! 揺動の鼓動……スウィングブレードっ!」


 ズルス班長の鼓動は『揺動の鼓動』、別名『振り子剣法』とも呼ばれる。

 『スウィングブレード』はロープなどで振り子状態となり、上空からの強襲で敵の頭を叩き割る一撃必殺の技である。


 その技は声も動きも無駄に派手だったが、レッサーコモンドラゴンはザコを咀嚼するのに夢中なのか、頭上で巻き起こっている剣舞にまったく気づいていない。

 誰もが、次の瞬間には地に沈むレッサーコモンドラゴンを想像していた。

 しかし、


 ……チキンッ!


 と間の抜けた金属音とともに必殺の剣撃は弾かれ、ズルス班長はレッサーコモンドラゴンの目の前に尻もちで着地してしまう。

 レッサーコモンドラゴンは、「雨でも降ってきたかな?」みたいに空を見上げていた。

 その頭には、『ほぼノーダメージ』の証である、『0』という数字が天使の輪のように輝きながら浮かんでいる。

 ズルス班長は立ち上がりつつ、鬼のような形相で僕を睨み上げた。


「こ……このクソザコ野郎があっ! お前のエンチャントは、なんでいつもそうなんだよっ!? 10ポイントちょっとしか上がらねぇなんてショボすぎるだろうがっ!!」


「す、すみません! でも、僕も一生懸命やって……!」


 「どけ」と背後から声がする。

 見るとそこには、グッドマックスいちばんの付与術師エンチャンターであるエースさんが立っていた。

 エースさんが現われるなり、崖下からはまたしても勝利の雄叫びが沸き立つ。


「やった! エースさんが来てくれたぞ!」


「ザコのゴミみたいな付与術師エンチャンターじゃダメだ! やっぱりエースさんじゃないと!」


 エースさんは皆の期待に応えるように手を振り返すと、演劇の主役のごとき大仰な身振り手振りでエンチャントにかかる。


「我が鼓動が欲しいか! ならば跪いて乞うがいいっ! 施しの鼓動……エンチャント・ストレングスっ!」


 かなりの上から目線から降り注いだ光が、ズルス班長の身体を包む。

 僕のエンチャントは打ち消され、かわりにエースさんのエンチャントが効果を発揮する。


 筋力 16 ⇒ 41


「すっ……すげぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「一気に25ポイントもアップしたぞ!? ザコのゴミみたいなエンチャントとは大違いだ!」


「やっぱりザコなんかに任せちゃダメだったんだ! エースさん、ばんざーいっ!」


 エースさんの『施しの鼓動』は、対象のステータスを25ポイントアップさせる効果がある。

 僕のエンチャントよりも5ポイント以上もあがるなんて、エースさんはやっぱりすごいや……なんて思っていたら、そのエースさんからへんな匂いがする液体をぶっかけられた。


「うわっ!? いきなりなにするんですか!?」


「ザコ1号よ。お前はこんな高みの見物を決め込んでいい立場ではない。ザコはザコらしく這いつくばり、そして食われるがいい」


 僕はそのままエースさんから蹴落とされ、崖下に転落した。

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