第4話「おうちで勉強(添い寝)しちゃおうよ」


 というわけで、中間試験まで残り数日。

 俺はこの前の下校デートでの約束通りに椎名さんの部屋に上がっていた。


「——あら、ここ計算ミスしているわよ?」

「えっ——あぁ、すみませんっ」

「もう、どうしてこんな簡単なところを間違えているのよ……ちゃんと集中してるかしら?」


 無論、集中などできるわけがない。


 実は今日、椎名さんと仲良くなってから初めて家に上がっているのだ。これまで女子の家に入ったことなどない俺からしてみればすべてがあまりにも刺激的だった。


 部屋全体が水色と白色で彩られていて、ベット横には可愛らしいぬいぐるみにふわふわのクッション。机横には化粧品の棚なのか色々なコスメが置かれている。


 俺の後ろには彼女の下着やら服やらが入っているであろうクローゼット。


 無造作に置かれている靴下やパーカー、制服のブレザーが生活感を醸し出していてさっきから胸がどきどきして止まらない。


 そんな俺を見て横に移動してきて顔を見つめる椎名さんは真剣だった。


「——そんなんじゃ試験でいい点数は取れないわよ?」

「ちょ、ちかっ――」

「ほらぁ——」


 俺が後ろに手をついて後ずさりすると彼女は追い詰めるように身を乗り出す。


 もはや、半分抱き着かれている。もう、何かの拍子で倒れれば椎名さんの小さな胸が俺のお腹にフィットしそうだった。


 いや、してほしいのか?


「あ、あのっ——だめっ」

「うわっ!」

「ちょ、はぁっ!!」


 ————バタンッ!!


 案の定。

 というか、もはや作為的だった。


「いててぇ……もう、和樹君はぁ」

「わざとじゃないんですか……椎名さんっ」

「……バレてたかしら?」

「も、もうっ……そりゃ、椎名さんって楽しんでるとき真顔で揶揄ってきますから」

「あははっ……でも和樹君、集中できてないんじゃないの?」


 くすりと笑い、微笑みながらそう訊ねてくる。


「ま、まぁ……そうですけど」

「やっぱり」

「だ、だって仕方ないじゃないですか! こんな女子の家なんて生まれて初めてだしっ」

「へぇ……そうだったの? もっと色々なところ行っていると思ってたけれど」

「俺を何だと思っているんですか……」

「だって、あんな風に傘を渡してくるんだもの。女慣れしているのかなって思ったわよ」

「女慣れって……おんなの『お』の字もないですよ」

「そう……まぁ、聞けいてよかったわ」


 すると、彼女はにやりと笑みを向けてくっつきながら上目遣いでこう呟く。


「これから女を教えてあげるから……」

「——っ⁉」


 吐息が鼻にかかり、心なしかいい匂いがして肩がビクッと跳ねる。


「っはははは! も、もう……和樹君は大袈裟ねぇ」

「大袈裟じゃありませんよ!! お、俺は本気でっ」

「あら、私も本気だけれど?」

「っう……な、何を……言っているんですか」

「本気って言っただけよ?」

「……」


 猛攻は止まらない。

 もはや何を言っても駄目なようで、諦めて黙り込む。


「あら、ちょっと虐めすぎたわね」

「——分かってくれたら結構ですっ」

「女は分かってないんでしょ?」

「そう言うことじゃありません!!」

「もう、いいからっ——ちょっとこっちに来なさい」

「えっ——ちょ、何をっ⁉」




 そして——手を引っ張られて連れていかれた先は。


「あ、あのっ……」

「ん?」

「どうして急に、ベッドに?」

「集中するならまずは休息をって言うでしょ?」

「いや……だからって、こんな。ていうか二人で入る必要ありますか」

「あるわよ? あったかいでしょ?」

「暑いですよ、もう夏です」

「心があったまるでしょ?」

「……」

「ほらね」


 確かにそうか、と思ったのは見透かされたらしい。


 ただ、俺の胸のドキドキは高鳴るばかりだった。


「……ほら、添い寝しましょ」

「こんな状況で寝るのなんて無理ですって」

「ふぅ~~」

「ふにゃx⁉」


 背中を向けて、なんとか彼女の顔を見ないように寝返りをうつと耳でふぁっと息がかかった。


 思わず悲鳴が漏れて体がビクついた。


「——な、何するんですか!!」

「あら、耳が寂しそうだったから……」

「さ、寂しいって……何を言ってるんですか……っ」

「いやぁ、添い寝と言えば吐息よね?」

「……そういうこと、ですか」


 あまりにも急すぎてびっくりだよ、添い寝どころじゃない。


「ほら、どうせならくっつく?」

「……くっつきません!」

「反抗期?」

「違いますっ……し、椎名さんはもっと考えてくださいよ」

「何を?」

「自分の事です。お、俺が襲ったりでもしたらどうするんですか……」

「あら、いいじゃないの。それはそれで」

「よくないです!!」

「もぉ……うるさいわよ」

「あ、いや……すみませんっ」

「じゃあ、お仕置き」

「え——」

「10分間、ギューッと添い寝の刑ね?」

「うがっ——やめっ!」


「ぎゅぅ」


 そうして、耳元で可愛らしい甘い声が10分間も響いたのは俺はもう覚えていない。

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