エピローグ

 あのあと、私たちは颯馬くんの両親にも怒られた。

 そしてびしょ濡れの颯馬くんたちがお風呂に行った後、感謝の言葉とともに巻き込んで申し訳ないと謝罪の言葉をいただいた。


 気品がある大人に頭を下げられたのは初めてのことで、私もアキくんも大いに慌てて笑わせてしまったけど。

 そんな二人に本当のことを全部話せないのは申し訳ない。私たちの話に明らかに不自然な点があったのに、全部気づかなかったことにしてくれたんだ。


 しかも、もう遅いからって家まで送ってくれた。

 突然家の前に留まったリムジンから降りてきた私に、お母さんはたいそう驚いていたのはいい思い出だ。



 でもその反応で、私は一気に現実に帰ってきたような気分になった。

 あんなに危ないことなんてそうそう起きないし、月曜日から私はいつもの生活に戻ることになる。

 依頼があったから颯馬くんたちと関われたものの、これからはすれ違ったら挨拶する程度の関係になるのかな。そう思うと、眠ってしまうのがとても嫌になった。


 だけどどうしようもなく疲れていたのも本当で、私はベッドに入ったら一瞬で眠ってしまった。





 次の日も結局何をする気にもなれなくて、私はそのまま月曜日を迎えた。

 着替えて朝食を食べようとリビングにいけば、そこにはあたり前のようにトーストを食べているアキくんの姿が。



「おはようユキちゃん、今日もかわいいね」

「…………??」

「そんなぼうっとしてないで、早く食べようよ。冷めちゃうよ」



 何が起きてるか分からず、私は促されるままトーストをかじる。

 うん。今日も完璧な焼き加減で――



「なんでアキくんが私の家にいるの!?」

「ダメ?」

「ダメじゃない、けど」



 アキくんの家の方が学校に近いじゃん……?

 何一つ納得してない私に気付いたアキくんは、柔らかい笑みを浮かべた。



「毎日でも来たいのは本音だけど、今日はちょっと用事があってね」



 なるほど、そういうことか。理解した私は再び食べ始めたが、アキくんの声が少し低くなったことに気が付かなかった。

 そして私は何も知らないまま玄関を開けて。



「おはよう、雪乃」



 目に飛び込んできた高級車と太陽のような笑顔に、全力で扉を閉めた。

 間おかず、外から桜二くんの笑い声が聞こえる。近所迷惑にもほどがある大爆笑だ。



(颯馬くんたちのことを考えすぎて、とうとう幻を見るようになった?)



 そうっと振り返る。アキくんが疲れた笑顔を浮かべていた。



「残念だけど、あれは現実だよ。ユキちゃんにもこの気持ちを味わってもらおうと思ってね」



 なるほど。アキくんも同じ目にあったらしい。

 しかも朝五時半に。かわいそう。


 こうして、私たちは颯馬くんたちと一緒に登校することになった。私の昨日のしんみりとした気持ちを返して欲しいと思ったが、二人の全く変わらない態度が何よりも嬉しかった。

 あんな依頼がなくても、私たちは友達なんだって、そう思えたから。



「いやー、笑った笑った。アキと全く同じ反応をするの、面白すぎでしょ」

「いつまで笑ってんの」

「じゃあ別の面白い話をしてあげるよ」



 アキくんににらまれて、桜二くんは半笑いのまま話を変えた。



「オレ正直さ、ソウのお母さんは買い物しに行ったと思ってたの」



 首を傾げかけるが、土曜の話だと分かってそのまま聞くことにする。



「でも、本当に鍵屋に行ってたの」

「俺も驚いたぞ。風呂あがったらお前らは帰ってるし、大広間には職人が何人もいるし」



 その時のことを思い出しているのか、颯馬くんは苦い顔をした。


「でも、鍵は見つかったよね。結局取り換えることにしたの?」

「いや、そっちはそのままだ」

「そっち?」



 アキくんが首をひねる。桜二くんはまた笑い出して、うつむいてぷるぷる震えていた。



「椿の間とかの鍵を変えたんだ。どっかの技術顧問が簡単にピッキングしてったから、自分ちの防犯に不安を感じてな」

「まあ、セキュリティが上がるのはいいことだよ。なんなら今度正門で試してあげるよ?」

「二度と俺の家に来るな」



 私も思わず笑ってしまった。まあ、職人たちが何もしないで帰らなくてよかったんじゃないのかな。

 颯馬くんはしばらく恨めしそうにアキくんをにらんでいたが、ふとその顔に影が落ちる。



「それでさ、万が一開かなかったら面倒だからって、あの後別邸に行ったんだ」



 桜二くんも笑うのをやめて、真剣な顔になる。車内から話し声が一瞬途切れた。



「地下なんて、宝物庫なんて、まったくなかったんだ」

「えっ」

「鍵はあっけないくらい簡単に開いた。それで中をぐるっと回ったんだけど、埃が積もってることを除けば他の部屋と全く同じだったよ」



 静に落とされた言葉に、私は何も言えなかった。

 しゃあ葵さんは、噂に踊らされてあんなことを……。



「ひいばあちゃんは俺が一人になっても寂しくないように、隠れる場所にしてってつもりで鍵をくれたんだ」



 そういった次の瞬間、颯馬くんは顔を上げる。

 その瞳は鮮やかに輝いていて、私は今の話を忘れて見とれた。



「だから、あの鍵はもう一度寄木細工にしまって、父さんに預けたんだ」



 んん?

 話の方向が変わったような。



「今の俺が持ってても、またあんなことになったらひいばあちゃんと付喪神に顔向けできない。ちゃんと自分で管理できるようになってから、またあの寄木細工を開くつもりだ」



 そう言い切ると、颯馬くんは気恥ずかしそうに私たちを見回した。



「それに、俺はもう一人じゃないしな」



 と、大変爽やかに笑った。

 桜二くんは顔を抑えた。肩が小刻みに震えているので、照れているのではなく笑いをこらえているのだろう。



「うわ、よくそんなこと面と向かって言えるね」



 アキくんは腕をさすったが、嫌とは言わなかった。

 話が落ち着いた頃を見計らって、私はずっと気になっていたことを口にした。



「そういえば、寄木細工の中になにか入ってなかった?」



 お供え物として、私が置いていった飴だ。袋には入ってるけど、長い間入れ続けるのはまずいだろう。

 しかし、颯馬くんはそうっと首を傾げた。真っ黒な髪がさらさらと流れる。



「いや、何もなかったぞ。中になんか忘れたのか?」



(……そうか、寄木細工の子は起きたんだ)



 なんだか全部上手くいった気がして、私は晴れやかな気持ちで笑った。



「――ううん、気のせいだったかも」



 ちょうどそこで、車は静かに止まった。いつの間にか学校についたらしい。

 みんなの後にの続いて車を降りると、氷のような声が聞こえた。



「――あら、七瀬さん?」



 ギギギという擬音がつけられそうなくらいゆっくり声がした方を見れば、そこには花凛さんの姿が。珍しく取り巻きの姿はいないけど、そんなのは些細なことだった。その視線はかつてないほど鋭い。

 周りからも、ざわざわとした声が聞こえる。



「どうしてあなたが、一条様と一緒にいるのかしら」



 前の私だったら顔を真っ青にして誤魔化していた。

 だけど、今はぜんぜん怖くない。



「友達だからだよ」



 その返事が気に食わなかったのか、花凛さんはさらに視線を鋭くした。



「あなたなんか、一条様の友人にふさわしく、」

「黙れ。俺の友達は俺が決める。綾小路に関係ないだろ」



 花凛さんが言い終わる前に、颯馬くんがバッサリと切った。



「それに、どちらかというと俺の方が雪乃にふさわしくない。雪乃はすごいんだぞ、土曜日も」

「はいストップ!そんな話、僕の目が黒いうちは許さないからね!」



 颯馬くんの口からとんでもないセリフが飛び出してくる前に、アキくんがさえぎってくれた。

 そして颯馬くんの背中をぐいぐい校舎の方に押していく。


 私も後に続こうとして、桜二くんが冷たい笑顔を浮かべていることに気が付いた。花凛さんはその顔を見て、わずかに顔をこわばらせた。



「見ての通り、君に脈はないよ。それより、早く校舎に入った方がいいんじゃない?みんな見てるよ」



 花凛さんは周りを見回して、かっと顔を赤らめる。

 桜二くんは言いたいことだけ言うと、興味を失ったようにこちらに駆け寄ってきた。



「そうだ、これから昼は蘭の館で食べてよ。フリーパスにしておくから」



 そんな遊園地みたいな制度があるんですか。

 私はジトっとした目線を桜二くんに送った。



「クラスメイトとも仲良くなりたいので、それはご遠慮します」

「ちぇ。からかってるわけじゃないのに」



 桜二くんは本気で残念そうな声を上げた。

 そんな時、前を歩いていた颯馬くんがくるりと振り返る。

 

 

「そうだ。雪乃に見てほしくて、今日寄木細工を持ってきてたんだった。放課後、空いてるよな?」

「なんでそれを早く言わないのかな!?」

「ははっ、天然ゴリラに期待してもしょうがないでしょ」



 平常運転の三人に、私は笑って答えた。



「いいけど、今度は鑑定料とるよ」



 何しろ、私は経営顧問の桜二くんいわく鑑定士らしいので。



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その付喪神、鑑定します! 陽炎氷柱 @melt0ut

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