第11話 私の力

 翌朝、私はかなり早い時間に目覚めてしまった。

 昨日の今日だから、正直学校に行くのは気が重い。だけど、このまま逃げていては小学校の時と何も変わらない。


 いつもより二倍は重い扉を開けると、玄関先にアキくんが立っていた。

 アキくんは私の姿に気が付くと、柔らかい笑顔で手を振る。あまりにも自然な姿に流されそうになるが、時間帯を思い出して冷静になる。今六時半だよ。



「は、早いんだね……?」

「おはよ。昨日一緒に帰ったからさ、朝も一緒に行きたいって思ったの」



 アキくんの家は少し先にあって、私の家より学校に近い。私より早く起きて、遠回りして来てくれたんだ。

 久しぶりに会った幼馴染みの負担になっている。申し訳なくなるけど、今は一人でいると悪いことばかり考えちゃうから、とてもありがたかった。



「えへへ。ユキちゃん、絶対にちゃんと眠れないって思ってたから、予想が当たって嬉しい」

「それならせめて家に入ってきてよ。外、寒いでしょ」

「ユキちゃんの家族起こしちゃうよ」

「……次は連絡して。約束だよ」

「はーい」



 なぜかアキくんは喜んでいるが、切実にやめてほしい。私だって幼馴染みの事を心配する。



「あ!そういえば、まだ一条くんたちに連絡してない!……またA組に行かなきゃいけないの……」



 もう一度あの注目を浴びることを考えるだけで足が重くなる。うっかり蘭の館に入ったってバレたらどうしよう……。



「あいつらなら、この時間にはもう蘭の館にいると思うよ。一条はおじいちゃん並みに朝早いから、女子に囲まれる前にさっさと登校して個室に引きこもってるんだよね」

「え、そうなの?」

「白鳥はいつも遅刻ギリギリだけど、今日は絶対に一条と一緒に来てるね。あいつら車の送迎があるから、そこまで大変じゃないと思うし」



 なんで、とは聞かなかった。どう考えても、私がいつでも話せるように待っててくれているんだもの。



「……教室に行く前に、蘭の館に寄ってみてもいい?」

「もちろん。こうなったら、ぼくも最後まで付き合うよ!」



 これ以上迷うのはやめよう。私は入学式より緊張した気持ちで、学校に向かった。




 入学式の次の日だからか、校舎には誰もいなかった。ひとまずそれに安心して、蘭の館に向かう。まだ道を覚えていなかったから、アキくんが案内してくれた。

 昨日も使った個室の前まで来て、大きく深呼吸する。なるべく明るい声を意識して名乗り、返事を待った。お願いだから二人ともいてください!


 

「おはよう、七瀬。それに秋兎も。朝早いんだな」

「たまたま目が覚めちゃっただけだよ」



 扉はすぐに空いて、一条くんが笑顔で中に入れてくれた。タイミング的に、扉のすぐそばにいたのかもしれない。奥にはソファで横になっている白鳥くんの姿もある。元気そうな一条くんとは真逆で、今にも寝てしまいそうだ。

 昨日と同じ配置に座ると、白鳥くんはゆっくりと体を起こした。



「昨日はちゃんと返事できなくてごめんなさい」



 先に口を開いたのは私だ。二人は驚いたように目を丸くした。



「いや、突然変な話をしたのは、」

「頼ってもらえて嬉しかった。でも私、二人に隠し事をしていたの」



 一気に言い切って頭を下げる。

 返事を聞く前に、昔の事をぼかしながら力の事を話した。他人にちゃんと説明するのは初めてだ。

 話していくうちに自分でも自信が無くなって、だんだんしりすぼみになっていく。



(物に宿った命が見えて話せるって、意味わかんないよね……。信じてもらえるって、何を期待してるんだろ)



 一条くんは本気で困っていたのに、突然こんな話されて困っただろう。白鳥くんはオカルトなんて信じ無さそうだし、ふざけるなって怒られるかもしれない。



「……それで、この間の事件も、付喪神に力を貸して貰ったんだよ。隠しててごめんね。信じられないなら、昨日の事は忘れるから」



 恐る恐る顔を上げれば、一条くんは何故か輝くような笑顔を浮かべていた。白鳥くんは閉じかけていた目を丸くしてたが、悪い感情はないように見える。



「……す」

「えっ?」

「すごいな!!あの時七瀬がいなかったら、俺はあの鑑定士に騙されたんだぞ!」



 目を輝かせながら私の両肩をバシバシと叩く一条くんは、すごい凄いと何度も繰り返している。

 私を疑っている様子は少しもない。あまりにもあっさりとしすぎて、逆に不安になってしまった。だって、何が起こっているのか分からない。



「嘘だって思わないの?」

「嘘なのか!?」

「違う!違うけど……付喪神だよ?そんな荒唐無稽な話、簡単に信じられるわけない」



 小学校のころは、誰も信じてくれなかった。

 だけど、一条くんはむしろ不思議そうな顔をしている。



「でも、お前にとっては当たり前なんだろ?そりゃあ、俺だって突然言われたら驚くと思うが、あの時の七瀬を見ているからな!桜二もそう思うだろ?」

「うん。だいぶ驚いたけど、オレもユキが嘘をついてるって思ってないよ。むしろやっと納得したって感じ?」



 流し目を送られて、ドキリとする。

 何となく白鳥くんから目をそらすと、昨日と少しも変わらない目をした一条くんと目が合う。ばちりとウィンクされた。



「お前の目には負けるけど、俺の人を見る目だってなかなかだぜ?」



 鼓動が早くなる。

 わたし、こんな素敵な人に認めてもらえたんだ……!



「なあ、やっぱり、俺は七瀬に頼みたいんだ。そんな大事な話をしてくれたってことは、期待してもいいのか?」

「――うん!精一杯頑張るよ!」



 大きくうなずいた私に、一条くんはホッとしたように笑った。



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