第9話 一条くんの悩み

「内容を、聞いてもいいですか?」



 話を聞くって決めていたから、私はまっすぐ一条くんを見つめ返した。



「変な話だと、思う。だけど、信頼できて頼れるやつは七瀬だけなんだ」



 首を傾げれば、一条くんが言いよどんだ。



「半年前、ひいばあちゃんが亡くなったんだ」

「それは……」

「気を使わなくてもいいんだ。うちではもう遺品整理も片が付き始めたくらいだ」



 明るい声だったが、一条くんの目に影が落ちた。

 まだ気持ちに整理がついていないのは明らかだったけど、気遣いを無駄にしたくない。



「ちなみに、ユキが取り返したツボも遺品だったんだよ。千代さん……ソウのひいおばあちゃんね、骨董品とかたくさん持ってたんだ。一条は華族だったからさ、千代さんのコレクションには価値ある物が結構多いみたい」

「ずっと蔵で眠らせるのはもったいないって、一部寄贈することになったんだ。まさかあんな事件が起こるとは思わなかったが」



 一条くんに同情しながら、私は俄然やる気になった。なんだって骨董品の話である。私のおばあちゃんも同じいろいろ集めていたけど、きっと規模が違うのだろう。



「……それでだな、ひいばあちゃんが一番大切にしていた寄木細工が見当たらないんだ」

「寄贈された、ってわけじゃないんだよね?」

「あぁ、寄贈品リストにはなかった。使用人たちもひいばあちゃんが亡くなってから見てないっていうし……」



 当たり前のように使用人がいるって、やっぱり住む世界が違うんだなと思う。



「ひいばあちゃんは、ひいじいちゃんに初めてもらったプレゼントだからって大事にしてたが、寄木細工自体は別に貴重なものじゃないんだ。うちの者ならみんな知ってる事だし、盗むにしたって、他の物を置いて寄木細工だけを盗るとは思えない」

「でも、それだけ大事にされてたんなら、お家の人が探してるんじゃない?」



 一条くんは沈痛な表情で首を振った。



「最初は父さんたちも真剣に探してたさ。でもいつまでも見つからないから、ひいばあちゃん自身が処分したんじゃないかって話になったんだ。父さんたちも忙しいから、今じゃ俺以外誰も探してない」

「大切にしてたんなら、ありえない話じゃないと思うけど」



 アキくんの言葉に、私もうなずく。だけど一条くんは、それはありえないと否定した。



「寄木細工を俺にくれるって、ひいばあちゃんはいつも言ってたんだ。倒れた後も、ずっと」

「だから、そんなギリギリで気が変わったとは思えないんだよ。それもソウになんの話も言ってないとか、ありえないの。ありえないのに、ソウの両親は混乱してるんだろって、オレたちのこと信じてくれない」



 嫌なことを思い出したと、白鳥くんはため息をついた。

 ……でも、その言葉でどこか他人事だった話が現実味を帯びる。だって、本当のことを信じてもらえない無力感はよくわかるもの。



「情けない話だが、実は俺もあきらめかけてたんだ。寄木細工がどういうところに保管されてるか見当もつかないし、しらみつぶしに探しても一向に効果はない」

「無駄に敷地が広いのも問題だけど、今は遺品整理で毎日のように物があっちこっちに動かされてる。毎回ゼロからリスタートって感じ」

「半年も経てば、人の出入りが増えてくる。このままだと、いつか本当に盗まれるかもしれない」



 一条くんはぜんぜんあきらめているようには見えなかった。ふと、人の心の底まで見通すような目が私に向けられる。



「でも、俺は七瀬と出会った。運命だと、思ったんだ」



 さっきまで迷子のような表情は消えて、代わりに獲物を前にした獅子のような気迫がそこにある。

 息が止まるかと思った。本当に、本心からそう思ってるって分かったから。



「無理はさせないと約束する。だから、どうか頼まれてほしい。もう一度お前の力を――俺に貸してくれ!」



 言葉に詰まる。

 その一言は確かに私の心を熱くさせたが、同時に空気にのまれていた思考を冷静にした。



「困った?」



 そんな私のささやかな変化を察知した白鳥くんが、場の空気を換えるように軽口を挟んだ。



「ちょっと……?」

「ふはっ、なんで疑問形なの」

「まあ、その反応は想定内だよ。なんなら思ったよりいい反応で嬉しい」



 少しはにかんだ白鳥くんは、いたずらっぽく目を細めた。



「あの日はさっさと帰るし、入学式じゃソウから必死に顔を隠していたらしいじゃん。おまけに髪型も違う」

「か、髪型はたまたまだよ!」

「そうかもね。でお、それ以外は否定しないんだ?」

「うっ……」



 私のささやかな抵抗は何の意味もなかった。

 これ以上は何を言っても肩身が狭くなるだけだ。そう思って、私はそっとにやにやしている白鳥くんから目をそらした。



「ていうか入学式って、どうやって気づいたの?A組の列はC組の前だから、見えなくない?」

「ああ、それは内部生代表のあいさつの時だ」

「は?お前壇上じゃん」

「一人だけ下を向いてるやつがいたから、つい見てたんだ。それがたまたま七瀬で俺も驚いたんだよ」



(それって、私が下向いてたのが逆に良くなかったってこと!?)



 確かに女子はみんな食い入るように一条くんを見てたもんね……!

 普通全員が前を見てるなんてありえないけど、一条くんは人気者だ。つまり、私の隠密行動がすべて無意味だったということでもある。



「こればかりは運が悪かったね。あの距離で顔を判別できるの、ソウぐらいだよ」

「視力良すぎでしょ」



 アキくんの言葉に一条くんは少し胸を張ったけど……たぶん褒めてないよ。そういえばこの間も片手で大人の男の人を抑えていたし、身体能力が高いのかもしれない。



「それにしても、わっかんないなあ。なんでユキは自分の力を隠すの?」

「……っ」



 思わず息をのむ。白鳥くんが話を戻したのだ。



(二人はまだ、私の”目”に気付いてない。私が知識だけでツボが本物だって証明したって思ってる。それはわかってるけどっ)



 もうこの際、クラスメイトとか花凛さんのことはどうでもいい。

 そもそも私をわずか半日たらずで二人に見つかってしまっている。一条くんたちと長い間一緒に行動していたら、鋭い白鳥くんにはきっとバレてしまう。



(それに、力のことは話さなきゃ、探し物はできない)



 たったあれだけのことで私をこんなに信頼してくれた一条くんを助けたい。放っておけない。

 でも、一条くんたちにまで馬鹿にされたら、嘘つきと言われたら今度こそ立ち直れない。



「一条、話が急すぎるのはお前の悪いところだよ」

「……悪い、焦ってて、つい」

「とりあえず、今日はこれくらいで帰る。ユキちゃんも困ってるし、こんな状態で答えを出すのは一条も本意じゃないよね?」

「当然だ!例えどんな結果だとしても、俺は七瀬の気持ちを尊重する」



 本当は今すぐにでも探しに行きたいだろうに、一条くんはかけらも気にしてないような爽やか笑顔を浮かべた。

 さっき、時間が経つと人の出入りが増えるって言っていたのに。



「白鳥も、それでいいよね」

「もちろん」



 そう聞くやいなや、アキくんは私の腕をつかんで立ち上がらせた。少し強引に引っ張られ、あっという間に部屋の外に出る。そして扉が閉まったのを見て、私は今更呼吸を思い出したかのように大きく息を吸った。

 ……肺に流れてくる冷たい空気に、私はやっと長いこと息を止めていたことに気が付いたのだ。


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