群青

 研修施設の入り口だけ、煌々と灯りがついている。眩しいくらいだった。裏口をカードキーで開けて入る。

 キャリーケースは下されている間どったんばったん暴れ回った。

「ひい、ごめんねやっちゃん。トイレ? トイレ? ごはん?」

 手の中でごろごろ回るキャリーケースに手間取ったが、チャックを開けると夜墨が飛び出した。

 くろい姿がびょんと視界を横切る。強烈なにおいが鼻をついた。キャリーケースの中で用をたしてしまったらしい。これどうやって洗ったらいいんだろう。とりあえずこの後はもう使えない。

「やっちゃん?」

 すうっと視界を抜けていった夜墨は、廊下の暗がりで伸びたりごろごろしたり身体を舐めたり伸びたりしていた。きいろい目がちかちかしなければ見つけられなかったところだ。

「ごめんね狭かったね。ちょっと拭こっか」

 手を伸ばすと、夜墨はそっと避けた。近づくと近づくだけ後ずさっていく。

「やっちゃあん」

 情けない声を出しても、夜墨はじりじりと下がりながら私を睨みつける。

「きれいきれいにしたいでしょ? うんち舐めちゃ身体にも悪いよ。身体きれいにしよ? ね?」

 夜墨はそっぽを向いてぺたんと座り込む。ていねいに毛づくろいするさまはそんなん知らないもん、と言わんばかりだ。

 ごめんごめんってこのまま謝り続けてもいいけど、そんなことで猫が言うことを聞いてくれるとは思えない。言うことを聞いてもらえる魔法のアイテム、おやつは今持っていない。

「じゃあやっちゃん、そこでちょーっとだけ待っててね。ほんとにちょっとだけでいいから。すぐ戻ってくるから」

 夜墨の横を通り過ぎながら言っても、夜墨は目もくれない。よし。これで不意打ちすれば大丈夫。

 タオルの類いも倉庫にあるだろうか。工具を持って出たときはちらっとしか見なかった。

 倉庫の中はほの青かった。黒いような青いような暗いような。窓の外のほうがずっとくらあおい。電気をつけると、外はぱっと黒に見えた。

 夜が青くなっている。

「夜明けなのかな」

 倉庫は荒れていた。元は整理されて棚に入っていたんだろうけど、開けっぱなしの箱が床に散らばっているし積み上がっている。

 タオルと着替えの作業着はすぐに見つけられた。自分が着替えるより先に夜墨だ。猫を拭いている間にまた汚れるだろう。

 タオルを濡らし、廊下でまだ毛づくろい中の猫にそうっと飛びかかった。暴れる夜墨の逃げる足を捕まえ、タオルの中に押し込んでがしがし拭きまくった。くさい。

 タオルからびょーんと飛び出した夜墨は、しばらく私を近づけてくれなかった。

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