竜宮城へのいざない

 そのニュースは、幻の魚、リュウグウノツカイが発見され、隣県の水族館で展示されることになったという記事だった。


「……あの……そのことだけど……」

 数葉が小声で何か言おうとしたが、すぐに途切れる。

「あ、ごめん。記事に集中して聞いてなかった」

「………」

 そのまま、数葉は黙り込んでしまった。無理に聞き出すのも悪いかも。


 そのことって、このニュースのことか?

 配信は、今日の昼。数葉は先に見たのかも。


 でも、知っていたなら、すぐに教えてくれたんじゃないか。俺がこういうのを好きなことは、よく知ってるはず。


 で、数葉もついて来ると言い出して……。


 ……あれ?


「そうか……今日の一連の茶番は……」

「……茶番言うな」

「茶番じゃないか。一緒に水族館に行こうの一言で済んでただろ」

「……乙女心ってものが、わかってない」

 ……わかるもんか。少し前まで、同世代の女子なんていじめの加害者でしかなかったんだから。


 いや、やっぱり断られるのが怖いのだろうか。

「水族館の話をするために、浦島太郎の話を振って……そのうえ太郎を知らないとか、それをネタにネット小説が書きたいとかいう話まで作って……でも、その計画はすぐ脱線したと」

 そう指摘すると、数葉は頬を赤く染めて、大きくうなずいた。


 うちの部は実質俺と数葉の二人なので、妙な噂が流れていたりもするが、今のところデートに行くような仲ではなかったりする。


「とはいえ、急いで水族館に行く予定もないけどな」

「……なん……ですって?」

 美少女のくせに妙な顔芸やめろ。


「……もしかして……怒ってる?」

「いや、怒ってはないぞ。リュウグウノツカイって、飼育は非常に難しいんだよ。生きたまま捕まえられて、すぐ水族館に運ばれても数時間展示されるのがやっと。長くても次の日には死んでいる」

「……じゃあ、水族館は?」

「学校さぼる訳にはいかないし、放課後に行くには遠すぎる。週末までは残念ながら生きていないだろう。剥製なら見たことあるし、急いで人混みに行く必要もないかな」

「……むうぅぅ……」

「それに、水族館とは魚などの収集・展示そして研究のための施設であって、決してデートスポットとかそういうもんじゃない!」

「……何でそんな、カップルに故郷の星でも滅ぼされたみたいな」

「異星人扱い!?」

「……かわいそうに。ろくでもない水族館デートしか、したことがないんだな」

 いや、そもそもデートなんかしたことないし、する予定もないが。


「正直、水族館デートとか、もう彼女ほったらかしで魚に熱中する未来しか見えんのだが」

「……か、かのじょ……」

「そっちに反応する!?」

 また頬を赤らめた数葉だったが、不意に決意を込めた面持ちで、こちらを睨みつける。


「……大丈夫。絶対、魚なんかに負けない」

「なんで浮気された彼女みたいになってんの⁉」

 時々妙な方向に暴走するな、この人。


「でも、水族館に行って魚を見ないんじゃ、行く意味ないだろ?」

「……えっと、なくない……ちゃんと、ある」

「デートの経験なんてないけど、何をすればいいんだ?」

「……それは、二人でしゃべったり、ごはん食べたり、お茶したり、歩いたり、たまには静かに時間を過ごしたり……」

 何か、いつになく饒舌だなあ。

 いやしかし、それは水族館じゃなくても……っていうか。


「それ、いつも学校で俺たちがやっていることと変わらないじゃないか」

「……ゑ」

 その一言だけを発して、数葉の動きが止まった。


「この部は、実質部員二人みたいなもんじゃないか」

 改めて考えると、長い時間を二人で過ごしてきた気がする。


 一方の数葉は、しばらくの間ぼう然としたまま動かなかったが、やがてびくりと体を震わせる。

 あ、再起動した。


「……違うの! 日常生活と、ちゃんとお出かけするのは違うの!」

 わ、わかったようなわからんような。


「いや、あの……二人で出かけたいなら、水族館じゃなくても他にどこか……」

「……水族館デートが、したいです」

 そんなバスケットボールみたいに……。


 しょうがないな……。これ以上数葉を困らせるのも悪いし。


 小学生のころ、いじめのせいで孤立していた俺。中学になっても人付き合いが苦手で、一生一人で生きていくなんて甘いことを考えていたこともあるが。

 たとえ恋愛、結婚をするつもりがなくとも、女性恐怖症を抱えたままでこの世を生きてゆくのは、やっぱり面倒だ。


 高校に入ってからの一年半、彼女にはいろいろと世話になった。

 この借りは、必ず返さねばなるまい。

 まだまだ時間はかかりそうだし、どんな形になるかもわからないが。


 そして俺は、期待と不安の入り混じった瞳を向ける数葉に対し、再び口を開く。

「それじゃあ、今度の土曜、あの水族館に行こう。待ち合わせは――」


<終>

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沖浦数葉のお伽語り ―浦島太郎のウラ話― 広瀬涼太 @r_hirose

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