[8]

〈3年前〉

 中尉殿。私が先日に《ヘレン》の話をした時の貴方の表情から、私は彼女の話を貴方にするべきか否か迷いました。《ヘレン》の本名は《レイラ・ヤコヴレフ》というのですね?彼女とは最後の戦闘が起きる2日間に少し話をしました。彼女は私にこう尋ねました。

「まだクルプキに行くことはある?」

「行くつもりです」

「アタシは生きているということだけ、サイモン・ビショップに伝えて」

 私は貴方とレイラの関係について、知る機会はありませんでした。そう言えば、私は手榴弾で頭を怪我したんですが、彼女がありあわせで応急手当をしてくれたおかげで今まで生きることが出来ました。主治医の話では、彼女はたぶん元医師か看護師で適切な処置が出来たのだと思われるとのこと。そんな彼女がなぜ連邦軍の狙撃兵として、ポリサリオの密林にいたのかも知りません。しかしながら私個人の思いとして、この広い宇宙で神の御心により巡り逢われたに違いない。貴方がたお二人の関係が絶たれるのを惜しみます。

 彼女は『貴方に謝りたいことがある』と言っていました。いつか必ず自分の言葉で貴方に謝りたい。何度もそう言っていました。中尉殿。彼女は貴方が狙撃手になったことを知っていました。狙撃手の業を背負わせてしまったと悔いていました。彼女はきっと貴方に謝るという約束を守るでしょう。そういう意志の強さと、志の高さが際立って輝いている女性だったと思います。

 最後にもう1つだけ。もし私の聞き間違いでなければ、レイラ・ヤコヴレフは帝国領のサマラハン、あるいはシャフカトの政府軍と合流しているようです。そういう話を軍医にしたようです。それらの惑星でも、連邦軍の特殊部隊が政府軍を支援しているのだとか。

 私がたまたま舞い込んだポリサリオ行きの話を受けたのは、心のどこかにまたあの月や密林の夜を見たいという悪魔の囁きがあったかも知れません。いや、それ以上にあの惑星の混沌は私自身の存在の無意味さ、不遜さ、無力さを教えながら、逆に神の御心の在り処をもう一度、私に教えてくれたような気がするのです。そう考えると、私の出会った全ての若者たち、木々、驟雨、月が輝いてみえます。

 どうか、レイラ・ヤコヴレフや全ての兵士たちが無事でありますように。彼らに御父の御心がもたらされますように。平和が来たりますように。中尉殿とレイラ・ヤコヴレフに神の祝福がありますように。アーメン。


〈現在〉

 レイラ。貴女はぼくに謝る必要なんかない。ぼくは貴女をもっと知りたくて狙撃手に志願したんだから。ぼくが少年兵で貴女の観測手だった頃、貴女があの寒い星で日々味わっていた興奮がようやく自分のものになったよ。狙撃手を知るのは狙撃手のみ。現世に友を持てない異端者の唯一の理解者もまた、異端者でしかない。貴女は狙撃手の孤独を名も無き者が記した詩編の言葉で癒そうとしていたんだね。

《死の陰の谷を行く時も、私は災いを恐れない。貴方が私とともにいてくださる》

 ビショップは照準器で教会を捉える。伏射プローンの姿勢でリンベルクTRG-42を構えていた。腹這いに寝て、両脚をやや開き気味にしている。首を持ち上げ、右の人差し指を用心金トリガーガードに添わせる。今はデ・ゼーヴと一緒に草藪に身を隠している。

 建物の北側の壁が見える。玄関の上に2階の窓が3つ並んでいる。さらにその上に眼を向ける。尖った屋根の先端付近に小さな三角形の窓があった。屋根裏部屋だろう。対抗狙撃手カウンタースナイパーがライフルを構えるには絶好の位置に見える。隣で教会を観察しているビショップにデ・ゼーヴが声をかけた。

「狙撃方法は決定したか?」

「牛舎を使う」

「真北だな。教会までの距離は700メートル以上になる」

「問題ない」

「敵も同じところに眼をつけるだろう」

「問題ない」

「敵はお前だけを狙えばいい。だが、お前はそうはいかない」

「《軍師》を撃つ」

 ビショップの声に微塵も迷いは無かった。

「そう言うだろうと思ったよ」

 デ・ゼーヴは唇を噛んだ。

《さて、あのヴェラとかいう女スナイパーをどうやっていなすか―》

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