[7]

〈3年前〉

 さて私は結局、3か月間彼らと一緒にいました。11月の初め、帝国軍のゲリラ討伐が本格的に始まって政府軍の残党はバラバラになりました。食料も弾薬も補給を満足に受けられなくなり、木の皮を齧って1日歩き続ける日が3日ほど続きました。

 2度目の包囲が始まった時、私と一緒にいた兵士は4人だけでした。その4人で二手に分かれて逃げることになり、私は片方の2人組と一緒に二晩逃げました。その内の1人が《ヘレン》でした。彼女は冷静で勘の鋭い天性のリーダーの素質を見せました。私ともう一人の現地兵を連れて、先頭に立って機敏に行動しました。

 移動は夜の間だけにして、昼間は寝ていることが多い日々でした。食料は底を尽き、やたらに動き回ってエネルギーを消費するのを避ける狙いもありました。ある時、空から爆音が響いて眼が覚めました。敵と思しき爆撃機が黒煙を上げて墜落していきました。爆撃機から黒い粒がバラバラと飛び出し、落下傘が開きました。《ヘレン》はその様子をずっとライフルの照準器で見ていました。落下傘の降下地点を見極めたらしい《ヘレン》は私たちに移動するよう命じました。搭乗員狩りをする。《ヘレン》はそう言いました。

 1時間後、私たちは密林の小径を見渡せる場所に狙撃地点を確保していました。《ヘレン》の目論見通り、敵は現れました。2人連れの若い男でした。金髪に、もう1人は飛行帽を被ったままでした。どちらも明るい色の航空服に救命胴衣を着ていました。緊張感は無く、近所を散歩しているような顔つきでした。《ヘレン》はうつ伏せになり、じっとライフルを構えていました。私は隣で息を止める瞬間が伝わりました。

 金髪がもう1人の肩を叩こうと手を挙げた瞬間でした。銃声。ほぼ同時に金髪の男が開いた口に弾丸が飛び込み、背後に赤い霧が広がりました。首筋を撃ち抜かれて、その場に膝をついて倒れました。あの様子から何が起こったのかわからないまま、絶命したようです。

《ヘレン》はライフルの横についたハンドルを引きました。

 飛行帽の男は突っ立ったまま、左右に顔を振り向けていました。《ヘレン》は低い声で言いました。

「こっちよ」

 私は双眼鏡で敵の様子を観察しました。丸い視野の3分の1くらいに顔が見えました。距離は50メートルも無かったと思います。ようやく男は私たちの方に顔を向けました。こぼれ落ちそうなほどに眼を見開いていました。《ヘレン》がまた囁きました。

「そうよ、それでいいわ」

 再び銃声。額の真ん中に命中しました。男は棒を呑んだように身体を延ばして、真後ろに倒れました。《ヘレン》はすばやく立ち上がり、ライフルを水平に構え、周囲を警戒しながら地面に倒れている2人に近づいて行きました。私ともう1人の兵士も《ヘレン》の後に続きました。

 私は周囲を見渡し、耳を澄ませました。静かでした。

 現地兵が膝をつくと、遺品をあさり出しました。胴衣の胸ポケットに携帯用糧食が入っていることを分かっているようで、慣れた手つきで遺体から小さな袋を取り出し、リュックに入れました。今でも遺体が脳裏に過ぎります。金髪は口を真っ赤にしながら、口許にまだ笑みを残していました。飛行帽の男は驚いたように眼を見開いたまま、陽を見上げていました。もう眩しいとは感じていないでしょう。私は《ヘレン》を見ました。彼女は眼に涙を浮かべていました。泣いているという感じではありません。潤んだ眼で周囲を警戒していました。

 その時、近くの木立から銃声が響きました。私たちは身体を低くして走り出しました。敵から遠ざかれば、滅多に命中するものではないと聞かされていました。その時は敵をやり過ごせましたが、二晩目に帝国軍の偵察部隊にぶつかって銃撃戦になりました。

 そして運悪く、私のそばで手榴弾が破裂しました。私は失神しました。気が付いた時には連邦軍の野戦病院で寝ていたという次第です。《ヘレン》は怪我した私を担いで逃げ、もう1人はその場で射殺されたということです。

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