ディバインブレイド ~ゲーム開始時点で既に死んでいる盗賊Aだけど、お姫様だけは不幸にさせない~

岸野 遙

【短編】ディバインブレイド ~ゲーム開始時点で既に死んでいる盗賊Aだけど、お姫様だけは不幸にさせない~

 松明の揺らめきにあわせ、長い髪が纏う柔らかな輝きが揺れる。

 陶磁器のような滑らかな肌は、恐怖に血の気を失いつつもなお気高く美しく。

 質素な衣服と胸の下で縛られたロープが、服の下で窮屈そうに張りつめた胸と驚くほど細い胴、そこからお尻へと続く魅惑的な曲線をくっきりと浮かび上がらせている。


 何よりも、長いまつ毛の影が彩る、大きな瞳が。

 恐怖と、不安と、それらを押し込める気高さと。色とりどりの煌めきを見せる瞳が――


「綺麗だ……」

「「え?」」



 思わず口をついて出た言葉に、鉄格子の向こうの女性と、横に居た男の両方から小さく疑問の声が漏れた。


 いやちょっと待て、オレは今何て言ったんだ?

 彼女を見た途端に、何も考えられなくなって。なんだか一瞬意識が飛んでいた気がする。


「おいおい、だいじょぶかお前。手なんか出したら、一発で首が飛ぶぞー?」

「ああ、すまん。何でもない、ちょっと寝ぼけてたみたいだ」

「気を付けてくれよなお前ー、ただでさえ『記憶喪失』なんて面倒な事言われてんのによー」


……記憶喪失? 誰が?


 疑問に思って声の方、横を見ればオレに声を掛けてきた男が居る。

 ぼさぼさの頭に薄汚れた服、棒か何かを持ってあくびをかみ殺す、汚らしい男。


 同僚、と思った。

 なぜだろう、この汚い男が。こんな暗いところで、面倒くさそうに突っ立ってるだけの男が。

 オレの同僚である、と分かった。



 記憶喪失?

……誰が? オレが?

 いやいや、そんなまさかだろ。


 オレの名前は春山はるやま 悠斗はると。入社8年目のサラリーマンで、今年で三十になる。

 独身だし、彼女も居ない。気ままな一人暮らしを満喫しつつ、時々一人の部屋が寂しい時も……そんな事はどうでもいいです、はい。

 趣味はゲーム。根っからのオタク、ってほどじゃないつもりだけど、初恋の相手はゲームの、いやそれもどうでもいいな。聞かなかった事にして下さい。


 他にもつらつらと、家族の事や実家の事、会社の事や学生時代なんかを思い出しながら。


(──で、ここは、どこ?)


 改めて見回した今いる場所が、まるっきり分からない事に気づいてしまった。



 一言で言うなら、洞窟の中だろう。

 ごつごつした岩肌をくりぬいたトンネル状の場所で、壁にはいくつか松明が掛けられている。

 すぐ目の前には、鉄格子の扉。その向こうには、美しい女性が縛られて床に座り込んで居た。


……やっぱり、綺麗だ。

 見つめているだけで、何だかこう、何ともこう、言い表せないような、そわそわしてふわふわしてドキドキした気持ちになってくる。

 その女性がこちらを見つめ返してくれてる事に、また心をざわつかせつつ。何とか根性で視線をそらして、きっと明後日の方向にあるに違いない『現実』というやつに目を向ける。


「記憶喪失、って……大変だなぁ」

「なんだよ、急に。盗賊なんかやってる自分の境遇が悲しくなったか?」

「盗賊……?

 い、いや、そういうわけじゃないんだけど、今の状況が、えっと」

「ははーん、記憶に自信がないってんだろ?

 まあ一度記憶喪失になると、そんなもんかもしれねぇなぁ」


 思わずぼやいた言葉に、同僚らしき盗賊の男が気さくに返してくれる。

 全くもって全然状況分かりません!というのが本音なんだが、そこまで言うのはまずいし何となく濁して合わせてみた。


「あ、ああ、そうなんだよ。

 今ここで、見張り?をしてるけど、その、これで役割あってるっけ、みたいな?」

「おうおう、なるほどなぁ。

 じゃあ少しおさらいしてやるから、なんか記憶が不安とかあったら聞けよ」


 おお、意外に親切じゃないか!

 盗賊は盗賊で、結構仲間意識とか強いのかもしれんなぁ。



 同僚が簡単に説明してくれた内容をまとめて、今の状況が大体わかった。ありがたい。

 まず、後ろの女性は、なんとこのフェイルアード王国の第一王女様だそうだ。名をミリリア、年は十八。胸のサイズは特大級とのこと。

……この話を聞いていた時、王女様が赤い顔をして身体をよじっていた。ロープで絞り出された胸がぐにゅりとたわんで、かえってえろいと思いました。


 視察やら魔獣やら魔獣やら、偶然に偶然が偶然して、護衛の騎士と共に王女様が徒歩で町へ向かっていたところをたまたま通りかかった我ら盗賊団が遭遇。

 捕まえて拠点に連れ帰ったら、王女だったことが発覚したそうだ。

 ボスは大歓喜、最も高く買ってくれる所へ売り込むべく準備を進めており、明日にもその結果が分かるらしい。

 そんなわけで、拠点の牢屋ではあるが、今日も交代制で寝ずの見張りが立っている。

 今の時間は、オレと同僚の二人が見張り中である。



 話を聞いているうちに、状況以外にも分かったことが2つあった。

 1つは、説明を聞いていても『それそれ知ってる頑張ったよねー』とかではなく、さっぱり記憶にない話だってこと。

 忘れたのか、そもそも最初から体験してないのか分からないけど。王女様をさらった辺りなど、完全に初耳だった。



 じゃあ全てがすべて知らない話なのかと言うと、そうではなくて。

 分かった事の2つ目は――


(つまりここは、ディバインブレイドのゲームの中──!)


 ディバインブレイド。

 5,6年前に発売されたゲームのタイトルだ。

 最初に選択できる二人の主人公が、12人+αのヒロインと仲良くなったり無理やり襲ったりして関係を深め、その力で最終的に魔王を倒す、というお話。

 ちなみにパッケージには、銀色に光る「18」と書かれた丸いシールが貼ってあったりしまして、ようするに子供はやっちゃ駄目R-18なゲームです。はい。


 当時はとても気に入って、結構やり込んだなぁ。

 二人の主人公それぞれで、攻略可能な全ヒロインを攻略したり。

 あるいは一人も攻略しない縛りプレイ――をして魔王に勝てなくて挫折したり。


 ついでに思い出した。

 一昨日くらいに、ゲーム屋でちらっとポスターを見かけた気がする。ディバインブレイドのリメイク作品の発売予告を!


 原作ではヒロイン全員を救うことは出来ず、どうしても一部のヒロインはもう一人の主人公にとられる形になってしまうんだけど。

 リメイクでは12人全員を攻略することが可能になったとかなんとか。チラ見なので内容は覚えてないが、確かそんなことが書いてあったはず。

 今更ながらに、ちゃんとポスターを見てなかった事が悔やまれる。

 もう、年齢制限ゲームのポスターをまじまじと見つめる年でもないしなぁ……とかかっこつけるんじゃなかった!


──ともあれ、顔の割に親切な同僚が教えてくれたおかげで。


(今この場所は、白の主人公のオープニング前ってことか!)


 オレは、今の状況についてようやく理解できたのだった。




 主人公の一人、白の勇者オスティン。

 フェイルアードの騎士見習いは、不思議な啓示に導かれて純白の聖剣を手に入れる事で勇者としての力と使命を得る。

 魔王を討つべく聖剣の力を高めるため、女神の欠片を持つ12人の女性を探し、絆を紡ぎながら。

 心優しく、情に厚く、女性にはちょっと弱い。絵にかいたような好青年主人公の彼は、聖剣を手にまさしく王道のストーリーを歩む。


 その12人のメインヒロインの一人目が、今後ろで縛られている王女ミリリアというわけだ。

 今は疲れたのか、粗末なベッドの上に座り目を閉じていた。


 壁に寄り掛かった同僚をちらりと確認してから、もう一度ミリリアを見つめる。

 煌めく瞳こそ瞼に隠されたものの、それでもやっぱりミリリアは今まで見た誰よりも美しくて。


 この後、彼女を待ち受ける運命展開を思うと、静かな怒りが沸いてきた。



 白の主人公が盗賊のアジトに到着するタイミング。

 その時点でミリリアは、盗賊のボスによって無理やり襲われ、酷い目にあわされたなのだ。

 ゲームの主人公がどう足掻いても覆せない、シナリオの導入という名の、過去にもう終わった出来事。


――ゲームをしている時には、可愛そうだな、だけどCGはえろいよなとか、考えてた。

 ストーリー上どうにもならないから、何も感じないようにしてた。


 オレにとっては大嫌いなイベントだけど、中には『襲われて泣き叫ぶ姿がすごくイイ』と褒めるプレイヤーも居た。

 ゲームなら、それでいい。人の趣味嗜好は自由だ、何を好んだってかまわない。


 ただし、許されるのはゲームの中だけだ。

 目の前に居るこの女性が、これから酷い目にあう。それを何もせず許す──というのは、どう考えても受け入れられそうになかった。



(ああ、そうか。

 オレは、あの『盗賊A』なんだな……)


 そこまで考えて、ふと自分の正体に気づいた。

 盗賊A。

 ディバインブレイドで盗賊Aと言えば、ネタと揶揄と敬意を込めて、ただ一人、ある特定の盗賊の事を指す。その名もなき盗賊こそが、今のオレなんだろう。


 盗賊Aは、ディバインブレイドの中で『誰よりも早く死ぬ奴』として有名だ。

 なんせ、主人公が盗賊のアジトに辿り着いた時点で、すでに死んでいる・・・・・・・・のだから。

 製作会社から公式な見解は出ていないが、姫様に手を出してボスの怒りに触れたんだろうと言うのが大半のプレイヤーの見解である。


 なるほど、今のオレの状況にふさわしい。

 そう思って、心の中でひっそりと笑った。


 なお、後日なぜか盗賊Aだけ死体が消失する現象がありバグじゃね?と言われた事もあわさってネタにされ続けた感はある。

 もちろん、オレ自身は死体になる気はないけどね!




 改めて、状況を整理しよう。

 王女であるミリリアは、盗賊に捕まって縛られて、牢屋の中に囚われている。

 ただし牢屋の鍵は近くの壁に掛けてあるから、もう一人の見張りさえ居なければ鍵を開けて牢屋から出す事は簡単だな。

 問題は、どうやって逃げ切るか……だ。


 オレは、盗賊A。

 ゲームじゃないので、ステータス画面を見る、なんて便利な事はできないっぽいんだが。

 自分が出来そうな事とかは、なんとなく感じられる。その曖昧な感覚を信じると――

・ 筋力は人並みか、ちょっとだけ強いかもしれない?

・ 人よりは手先が器用な気がする!

・ 逃げ足は自信がある感じ

・ 魔力? 使い方が分からないので、あるのかどうか判断できない

・ 気配を探ったり隠したり、なんかそれとなく出来そう

・ 短剣投げたら、それなりにうまく当てられると思う

・ 鍵開けとか罠解除とか……さっぱり分かんない、全然できる気がしない!


……これ、本当に盗賊なんですかね?

 ゲーム的には、おそらく『俊足』『気配察知』『隠密』『投擲』といったところか。ひょっとすると『器用』もあるかもしれない。

 敵としてゲームの時に戦った事がないから、実は超強いとかだったら良かったのになぁ……違いそうですね。まあ仕方ない。


 持物は短剣2本とロープ、あとなんか服の下に見た事ない赤い腕輪をつけてたが、効果はさっぱり不明。つまり、特別なものは無し!

 あるのは、かつてディバインブレイドをやり込んだ、そのゲーム知識だけということだ。



 同僚に見張りの交代時間を確認したら、早朝、日の出の頃と言われた。

 洞窟の奥からでは外の様子なんて全く分からないが、朝まではまだ長いとの言葉を今は信じよう。

 朝になれば交代が来るし、ひょっとすると明日にはもうミリリアは──酷い目に合うのかもしれない。

 やるなら、まだミリリアが不幸に襲われず、多くの盗賊が寝静まる、今しかチャンスはない。


――本当に、やるのか? 何のとりえもない、盗賊Aに過ぎないこの身で。

 ボスに殺される未来が待ち受けている盗賊Aなのに。ボスに逆らって王女様を逃がそうとするのか?

 盗賊Aとしての記憶も、この世界の知識も不確かなのに。ミリリアを連れて、他の盗賊の追撃を避け、逃げ切れるのか?


 そんな不安が、心の中でざわめくけれど。


 牢の中の、王女様ミリリアを見つめる。

 最初に見た時と同じ、心が沸き立つ気持ち。ざわめき、騒ぎ、でも不快じゃなくて、落ち着かなくて。

 それと同時に、彼女はミリリアで、かつて抱いた気持ちと、この後に待ち受ける展開運命思い出した理解したからこそ。


(やってやろうじゃねーか!)


 見て見ぬふりは、気づいて気づかぬふりは、もうできない。


 オレは名もなき盗賊A。

 ゲーム開始時点で、誰よりも先にもう死んでいる盗賊Aだけど。


 何を隠そう、ゲーマー春山はるやま 悠斗はるとは、ミリリアの大ファンなのだ。

 盗賊に襲われて絶望に染まった彼女の下に足しげく通い、ただひたすら花を愛でるように優しく接して!

 エロゲーなのに、エロシーンのないまま彼女を愛して守って絆を紡いだ、そうして魔王を倒した!

 魔王を倒してから、エンディング後の後日談でようやく彼女と結ばれて、その、何度もお世話・・・にもなりましたっ!!


 つまり、例えこのちっぽけな盗賊の命を賭けることになろうとも。

 盗賊A春山悠斗春山悠斗盗賊Aであるからして、ミリリアは絶対に救い出す!

 彼女をあんな目に合わせはしない、あんな辛い顔で毎日を過ごさせたりなんかしない!!

 それが、ゲーマーの、ファンの矜持ってもんだ!


 一目ぼれした相手が、昔とても好きだった相手だって事に気づいちゃったら、もう止まれねーじゃん?

 彼女の一人も居ない三十路みそじ男がと笑っちまうが、そんな自分は嫌いじゃないし、止めたくない。

 心の中で必死に自分を鼓舞して、逃げられない理由で縛りあげて自分の背中を突き飛ばす。


 それじゃぁチャレンジしてみますかね、白の主人公のシナリオ破壊に!




 同僚については、非常に申し訳ないと思いつつ、居眠りしている間に思いっきり後頭部を殴りつけて昏倒してもらった。

 流石にまだ、無防備な相手を殺すだけの覚悟はできない。

 精々がロープで手足を縛り、ズボンを切り裂いて口に詰めてさるぐつわにして、ベッドに寝かせて一瞬でもミリリアがまだいると思われてくれることを願ったくらいだ。

 すまん、無事に生きてくれ。牢屋の鍵は掛けておくので、他にスペアキーがなければきっと殺されずに済むと思う!

 幸運をお祈りします。なむー。


「あ、あの……」

「静かに。チャンスは今しかない、逃げましょう」


 ミリリアの腕と身体を固く縛るロープを必死になって解く。その際に柔らかい肌とか手にちょっと触れちゃったけど不可抗力です、嬉しいけどごめんね。


「いえ、短剣を使って斬っていただければ」

「あ」


 ミリリアのツッコミにわずかに赤面しつつ、足を縛るロープは短剣で慎重に斬る。

 思った以上にすんなり斬れた刃物にちょっとどきどきしつつ、手を取って立たせた。


「ありがとうございます」

「さあ、行きましょう」


 手を引いて、洞窟の入り口──ではなく、奥の方へ向かう。

 きっとあると信じてる気配探知を意識すると、いくつかの部屋に人の気配らしきものを感じた。

……というか、気配探知しなくてもいびきが聞こえてるんだけどさ。うん、ダブルチェックということで!


「……どちらへ向かってるのでしょう?」

「隠れ家、かな?」


 アジト内の牢屋でさえ、不寝番が二人も居たんだ。当然、入り口にも最低二人は見張りが居るだろう。

 なので今は、アジトである洞窟を奥に向かって歩く。

 途中、無人の部屋に寄ったら運良く食糧庫だった。必要な非常食やら水やら道具やら諸々を、置いてあった袋に詰めて頂戴する。

 牢屋や食糧庫なんてアジトの奥の方に作るのが当然なわけで、すぐに最奥に突き当たった。


「行き止まり、みたいですが……」

「少し待ってて下さい」


 きっと持ってる投擲スキル、今こそお前の出番だぜ!

 ロープの端を輪にして、壁の上の方、松明が立てられていない松明立てに引っ掛ける。一発成功、ひゃっほう!

 引っ張って強度を確認し、ロープの端に足を掛けられるよう輪を作ってから、先に上に昇った。


 そこには、ちょうどアジトからは見えない窪みがあって、壁面には何とか人が通れそうな程度の亀裂があった。

 記憶があっていた事に小さく安堵しつつ、ロープに足を掛けてもらってミリリアを引き上げる。

 それから、やや狭い亀裂を先に潜り抜けた。


「ま、待ってくださいぃ」

「どうしました?」

「その、む、胸が……引っかかって……」


 胸が。引っかかって。

 なんと、なんとけしからん……!


 ミリリア様の安全のために心を無にして協力。人生細心の注意を払い、柔らかく自由自在な夢と希望を柔軟に形を変えてもらってなんとか亀裂を通っていただく。

 服もめくれあがり、途中からは必至で胸を強く押さえつけたり脇に寄せたりまぁ何やかんや、大冒険でした。

 素晴らしい発育です、本当にありがとうございました!


「た、たいへん、お手間を取らせて」

「い、いえ、その、結構なお点前でした」


 真っ暗な部屋で、きっとお互い真っ赤な顔で、気配だけで頭を下げる。

 微かに髪が触れる程度に互いの頭が接触し


「……ふふ、うふふ」

「ははは、あは」


 一息つけた安心感も手伝ってか、なんとなくおかしくて声を押し殺して笑った。




 この場所は、この洞窟に作られた隠し部屋である。

 ゲーム開始時点では、たとえ存在を知っていたとしても、スキルがなくて入ることはできない場所だ。

 盗賊達もこの部屋の存在には全く気付いていないので、侵入時点でこの部屋にあるものは一切が手つかず。

 だから我々は、逃げるのではなく、ただじっとこの場所に隠れる。

 必ず、白の主人公がこの洞窟にやってくる、ただそれを信じて。


「……不思議な人、ですね」

「え?」

「あなたは盗賊なのに、わたくしを助けて下さって。

 しかも、我が国の騎士が必ず助けに来る、などと」


 顔も見えない闇の中。

 ミリリア様が、多分こちらを向いて、静かに呟いた。


「不安ですか?」

「……はい、少し。

 助けが来なかったら、もし見つかってしまったら。

 わたくしはおそらくあの牢屋に逆戻り、ですが。あなたは」

「ええ、殺されるでしょうね」


 不思議と、小さく笑いながら。オレは自分の死に、あっさりと頷いた。

 盗賊Aとしては、それが当然の展開だからだ。


「でも私は、ストーリー運命というやつに抗いたいんですよ」

「運命……」

「ミリリアが、こんなところで不幸に襲われ、悲嘆にくれる未来。

 そんな未来を、ぶちこわしたい――ってね」


 見えないながら、恐る恐る手を伸ばす。

 その手が、ミリリアの指に触れ。そっと、包むように握る。


「私が見てきたイベント未来を、絶対に変えてみせる。

 だから、辛いだろうけれど、ここでじっと我慢して下さい」

「……はい、分かりました」




 そんな会話の後、非常食と水を少しだけ摂って。

 何も見えない闇の中だが、寄り添い握った手のぬくもりと柔らかさが、確かなミリリアの存在を教えてくれた。

 ともすれば、光の中で向き合う以上に。全ての感覚が、手と肩と、息遣いや匂いと。視覚以上にミリリアを感じさせる。

 寄りそう存在に、場違いに幸せを感じながら。

 いつしかオレ達は、短い眠りについていた。




 おそらく翌朝。

 暗闇で時間の経過は分からなかったが、居なくなった王女を探す盗賊の怒声が洞窟内に響き渡った。

 恐怖に身を固くするミリリアの手を強く握り、ただただじっと二人で時が過ぎるのを待つ。


 そうして、おそらくはさらに数時間後。

 将来的に白の勇者となる、騎士見習いのオスティンとその他騎士達が洞窟にやってきたのか、激しい戦闘の音が聞こえてきた。


「助けが、来たようですね」

「はい……!」


 小さな声に、確かな歓喜を滲ませて。

 溢れ出す喜びを伝えるかのように、ミリリアは、手だけでなく身体全体で腕に抱き着いてくれた。




「ミリリア、様」

「はい、何でしょうか」

「今から言うことを、けして忘れず、オスティン──救出に来た騎士見習いに、後日伝えて下さい」


 白の主人公のオープニングイベント、王女救出。

 このイベントは、4人一組となった多数の騎士が王女捜索に出撃し、たまたまオスティンの居るチームが洞窟を発見、盗賊を撃退して王女を助け出すという筋書きになっている。


 本来のイベントの流れでは、盗賊を追い詰めていく途中で、盗賊のボスが王女を人質に取るイベントが発生する。

 その際、武器を捨てた騎士二人が王女を救けるために特攻し、その身を斬られながらも王女を取り返すというシーンが起きる。

 これにより残った二人だけで最後のボス戦を戦う事になるんだけど、今回は王女が敵の手元にいないためその人質シーンがない。

 だから、この時斬られた騎士とオスティンとの感動的な会話が発生しないというわけだ。


 ないとは思ってるけど、もしも万が一、この斬られた騎士との会話がない事によって勇者覚醒イベントが発生しない……なんてことになったら、魔王を倒せず世界は滅亡する。

 その万が一を避けるために、オレはミリリアに、白の主人公が聖剣入手のために啓示を受ける、その内容を伝えた。


「聖剣の在処に勇者の啓示……

 なぜあなたは、そのような事までご存じなのですか?」

「あー、えっと……

 ごめんなさい、企業秘密です」


 ゲームだから知ってるんですとか言えない、そこは突っ込まないでください!

 思わずサラリーマン的な返しをしてしまうが、それを聞いたミリリアはくすりと微笑んでくれた。


「……分かりました。

 不思議なお方。あなたは盗賊のフリをしてわたくしを助けに来て下さった預言者様なのですね」


 預言者……なるほど。

 未来に発生する出来事イベントを知り、先回りして解決するぶち壊す。傍から見たら、預言者っぽいのかもしれないなぁ。


「あなたのお言葉、必ずや彼の騎士見習いに伝えましょう」

「ありがとうございます」

「いいえ、お礼を言うのはわたくしの方です。

 不幸な偶然が重なって囚われの身となりましたが、全てはあなたに、あなた様に会うため必要な事だったのでしょう」


 違います、制作側のストーリーの都合です!

 主人公に助けられるために必要な事だっただけで、むしろオレがぶち破っちゃってすみませんでした!




 やがて、盗賊のボスのものと思しき罵声と断末魔が響き、戦闘の音が止んで。

 亀裂の向こう、洞窟の方から、ミリリアを探す声が近づいてきた。


「さあミリリア様。お別れの時間です」

「え?」


 その声を聞いて、オレはそっと、腕に抱き着いていたミリリアを離した。

 腕を包んでいたミリリアの温もりが離れることに寂しさや惜しさを感じるけど、ぐっとそれを飲みこんで。


「私には急ぎやらねばならない事があるのです。

 申し訳ございませんが、騎士の下へはお一人でお戻り下さい」

「そんな!

 わたくしを助けて下さったのはあなた様です、なのに何のお礼もせずにお別れなどと……!」


 互いの顔も一切見えぬ暗闇の中。

 離れた腕を取り戻すように、ミリリアは近づき、確かめるようにオレの顔に触れた。


「……」


 様々な葛藤が、頭の中を、心の中を渦巻く。


 すべきこと。


 したいこと。


 それでも、すべきこと。


「すみません。

 本来私は、表に出るわけにいかないのです。

 それに、私でないと助けられない、苦しんでいる人達がいるのです」


 あなたのように、と。

 少しだけ罪悪感を感じながら、ミリリアに告げた。

 その美しい瞳が見えない事を、今だけは感謝しながら。


「……そんなこと、言われて、しまったら……

 で、でも!

 でしたら、その人を助けたら、必ず会いに来てください!」

「約束はできません。助けるべきは、一人ではありませんから」

「うぅ……」


 ミリリアの押し殺した声。

 今大声をあげれば、探しに来た騎士に見つかってしまう。きっとそれに気づいているんだろう。


 そんなミリリアの手に触れて、包み込むようにそっと握る。


「いつだってオレは、けして手の届かないあなたの幸せを、願っていました。

 何度やり直しても、どれほど急いでも、今までは届かなかった。

──そんな子供っぽい願いが、今ここに叶った。

 それだけで、とても満足なのです。それだけあれば、他にお礼は要りません」

「そっ……

 そんなの、勝手過ぎます!


 勝手、過ぎますぅーーーっ!!」


 ぐわ、耳が……!


 ミリリアが耳元であげた絶叫、それによって俄かに騒がしくなる洞窟の方。

 洞窟での戦闘音が聞こえたくらいだ、大声を出せば騎士達にも声が聞こえるのは当たり前のことか。


 これは……困ったなぁ。


「あなたが、預言者様であり、誰かを助けたい、それは分かりました、分かりましたとも!


 ですが!

 これっきり二度と会えないなんてことになったら、わたくしは幸せになれないですからね!!」

「え、ええぇ……」


 思わず、困惑の声が漏れてしまう。


 でも自分でも分かってしまった。

 困惑だけじゃなくて……少しだけ、自分の声や表情に、喜びが混ざってしまっていることに。


「ですから、約束して下さい。

 必ず、生きて、またわたくしに会いに来て下さると。

 今日は黙って送り出します。ですから、わたくしの下に、必ず帰って来て下さい!」


「……ひめさまそれぷろぽーず……」

「ちっ、ちが、ちがいまっ……!」


 叩かれた。

 なんかもう、いっぱい叩かれた。



 最後まで『違います』とも『違いません』とも、ミリリアは言わなかった。

 その事に気付いちゃったもんだから、何だかすっごく、にやにやしてしまった。


 当然、さらにいっぱい叩かれました。なんだか、すっごく、幸せです……!!




    ★ ★ ★




「さて、と――」


 丘の上から眺める先には、一台の馬車。

 馬車のデザインも記憶通り。本当にぎりぎりだったが、何とか間に合ったようだ。


「預言者殿。あれがターゲットですね?」

「ええ。

 あの中に、助けるべき人がいます」


 走っているのは、数人の奴隷を乗せた商人の馬車だ。

 あの馬車に、二人目のメインヒロインであるターシャが乗っている。


「あの馬車がモンスターの襲撃を受けたら、すぐさま助けに行きます。

 一人も死なせないように、頑張りましょう」


 奴隷商人の馬車がモンスターに襲われ、ターシャ以外の全員が目の前で食われ、ターシャ自身も片腕と片目を失うこととなる。

 黒の主人公の、導入直後のイベント……の前日談だ。

 これもゲームでは、黒の主人公がターシャと出会った時点で、すでに過去に済んだ話として扱われる出来事である。


「あの、預言者殿。一つ質問なのですが」

「何でしょうか?」

「当初はお一人で来ようとされてましたが。

 あまり戦闘力のない預言者殿がお一人で来て、どうするおつもりだったのですか……?」


「……」

「……」


 沈黙が二人の間を流れる。


 問い詰めるでも、非難するでもなく、ただ純粋に疑問を浮かべた視線が真っすぐに突き刺さる。

 その視線に耐えられず、そっと横を向いて。


「ああっ、モンスターが来ました!

 行きます!」

「ちょっ、預言者殿!?

 一人で先に突っ込まないで下さい、あなた弱いんで、って早い!?」


 ミリリアに無理やり押し付けられた護衛兼、従者兼、監視役兼、フェイルアード城の入場手形である女騎士のユティナを置き去り。

 今まさに走行を止められた馬車に向かって、自慢の俊足で駆け出した。



 振り上げた腕に、この世界に来た時につけていた緋色の赤い腕輪はなく。

 かわりに渡された女物の指輪を、紐を通してネックレスのように首にぶら下げて。


 ディバインブレイド。

 白と黒の主人公が、時に純愛で、時に不幸で絆を結び、時には相手の意思を無視し力ずくで絆を奪って、来たるべき魔王を倒す世界。

 そんな世界で、けれど決められたシナリオ運命に逆らい、女性ヒロイン達を不幸から守るべく。



――さあ、始めよう。

 誰でもない、誰よりも早く死ぬ、ただの『盗賊A』が。


 ゲームの中では、これまで誰も無しえなかった、12人同時攻略を。

 絆を結ぶのではなく、誰一人不幸にさせない、そんな最難関の超絶縛りプレイを!





 彼はまだ知らない、あるいは永遠に知る事はない。


 リメイク版タイトル『ディバインブレイド・トリニティ』


『白の勇者』『黒の魔剣士』と異なる、三つ目の物語。


 本編では真っ赤に輝くコアの消失という半端な終わり方をした魔王を真に討ち滅ぼす、第三の主人公。



 初めて12人同時攻略を可能とした主人公の二つ名は『緋色の盗賊』


 またの名を『盗賊A・・・』ということを──

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