BAD END 縛愛

「……こんなところか」


 誰もいない家の中で俺は呟く。目の前に置かれた机の上にはあの一ヶ月の事を改めて思い出すために日記のような形で書いたノートがあり、俺はペンを置いてから家の中が静かな事を再確認する。

家の中が静かな理由、それは一緒に住んでいた両親がもういないからだ。もういないと言っても、別に死んだわけじゃない。いや、二人とも別の意味では“死んだ”と言ってもおかしくないのかもしれない。

あの日、俺が夏子叔母さんとの性的な関係を楽しんでいた時に母さんが警察官と一緒に来たのは、前々から俺があの廃墟へ向かうところを近所の人達に見られていたり行為に及んだ事で上げていた嬌声も時々聞かれていたからで、近所の人も本当に俺だったとは思っていなかった上に母さんもまさかとは思っていたようだ。

しかし、念のために警察官に付き添ってもらっていた結果、俺達の関係が明らかとなり、夏子叔母さんは未成年である俺と性的な行為をしたという事で逮捕され、二度と俺に近づけないようになった。

そして、その件は大きなニュースとなっていて、あまり目立たなかった生徒だった俺も悪い意味で有名人となり、男子からは年増好きだの若者じゃ満足出来ない奴だの言われて女子からも気持ち悪い男だの汚れた男だの言われていて、それは高校に上がっても大学に行っても変わる事はなかったが、俺は夏子叔母さんとの別れの方がショックで別にその事は気にしなかった。どちらかと言うなら、母さんの方がショックが大きかったようだ。

自分の妹と一ヶ月も性的な関係になっていた息子というのは中々受けいれられなかったようで、もう一つの件もあったからか少しずつヒステリックになって突然物を壊したり男性を見ると奇声を上げたりするようになって、俺が大学に通うようになった頃に遂に限界が来て、精神病院に入院した。

そして父さんは何故いないのかと言えば、そのもう一つの件というのがそれで、父さんもまた未成年に手を出した事で逮捕され、出所した後も会社を首になって実家からも絶縁された事でふらりとどこかへ行ってしまったのだ。

因みに手を出した未成年というのが、実は若宮さんだった上、手を出しただけでなく舞い上がって使用していた媚薬や排卵誘発剤によって妊娠もさせてしまった事で父さんは世間から許されざる性犯罪者として白い目で見られていたが、若い体の虜になった父さんはその後も援助交際に手を出していたようだ。

若宮さんも妊娠がきっかけで自主退学をしたが、どうやらその子は中絶したらしく、父さんに手を出したのは寂しさからだったと警察官には答えたのだという。


「……夏子叔母さん、だいぶ色々な人の人生を狂わせたもんだな」


 あの日、夏子叔母さんは俺がもう夏野家の血を残せないだろうと言ったが、何故そんな事をしたのかと言えば、母さんと父さん、そして自分の両親への復讐が理由だったようだ。

夏子叔母さんがまだ俺と同じくらいの年齢だった頃、母さんが父さんに恋をしていたように夏子叔母さんも父さんが好きだったらしいが、父さんが好きになったのは母さんだった上に母さんは夏子叔母さんの気持ちには気づかずに父さんとのデートなどを自慢し、両親も母さんの幸せを祝福するばかりで夏子叔母さんには早く良い人を見つけろと何度もせっついていたようだ。

その事に憎しみを抱いた夏子叔母さんは復讐を目論むと、俺が同じくらいの歳になるまで美容やファッションに気を遣って持ち前の美しさを磨き、頃合いを見計らって7月末に家を抜け出してこの街を訪れて、俺を引き寄せやすくする夏休みを待つためにあの廃墟をこっそり使っていたようだ。

何故俺だったのかと言えば、もちろん憎しみを抱く相手の息子だったからなのもあるが、思春期特有の性への強い興味や磨き上げた美貌やテクニックで自分の虜にし、俺が異性との恋愛を満足に出来なくする事で血を残せなくして、母さん達や自分の両親を絶望させたかったのだという。

つまり、俺は夏子叔母さんに利用されたわけで、その目論み通り、俺は二十歳後半になっても恋人の一人すら出来ず、少し異性と遊んでみても恋愛まで発展しないどころか性的な興奮すら満足に出来ず、この家にずっと一人で住み続けている。


「……はあ、あの選択は間違いだったのかな」


 そんな事を言っても今さら遅いのはわかる。だけど、夏子叔母さんに恋心を告白して恋人になろうとしたり若宮さんに謝るために会いに行ったりしたらまた変わったのかなと俺はあの日から度々考えていた。

保留などせずにしっかりと選択するべきだったんだと後悔し、夏子叔母さんに会えない寂しさを他の人で埋められない辛さを抱えながら生きる。それが俺に待っていたエンディングなのだとわかっていても、やはりあの8月30日に戻れたらと思うのだ。


「……夏子叔母さん、会いたいよ……」


 そんな事を呟いていたその時、玄関のチャイムが鳴り、俺は予想していなかった事に驚いた。


「……誰だろう」


 誰かが来る予定などもう何年も無かったため、驚いてはいたが、無視するわけにもいかないので俺は部屋を出て玄関に向かうと、ドアノブに手を掛けてゆっくりとドアを開けた。すると、そこには予想していなかった人物が立っていた。


「……え?」

「久しぶりだね、夏野君」


 目の前にいた豊満な体つきを際立たせるセクシーな服装の美女に面食らい、一瞬誰かと思ったが、その声の感じやうっすらとある面影から俺はそれが誰かわかってしまった。


「わ、若宮さん……?」

「そうだよ。君に体を許したのに酷い言葉を言われて、その後に君のお父さんにも孕まされた若宮愛奈だよ」

「ど、どうして……」

「どうして? 好きな人に会いに来るのがそんなにおかしい?」

「好きな……人?」

「そう」


 若宮さんはにこりと笑ってから俺に近づくと、驚いて動けなくなっている俺の唇を突然奪った。


「ん……!?」

「ふふ……」


 怪しげな笑みを浮かべながら若宮さんは顔を動かして俺の唇を蹂躙し、その後も舌を口内に侵入させてとても慣れた感じで俺の舌をねぶりながら体を擦り付けてきて、そのいやらしさに溢れた姿に俺は恐怖を感じながらも興奮も感じていた。

そして十数分程俺の舌を弄び、お互いに興奮による体温の上昇で汗をかき始めると、ようやく若宮さんは口を話し、あの頃とは違う妖艶さに満ちた雰囲気で笑った。


「わか、みやさん……」

「愛奈って呼んで、青志君。これからここで一緒に暮らすんだから、名前で呼んでほしいの」

「こ、ここで……?」

「そうだよ。もう君を他の女の物にはさせないし、君は私を好きにして良いの。君から拒絶された日、寂しさを埋めるために前々から顔は知ってた君のお父さんを夜の街で誘惑してみたけど、やっぱり親子なんだね。

あの人は私のまだ青かった体に魅了されて、君はあの女の人の熟した体に魅了された。ふふっ、ほんと笑っちゃう。良い歳した大人がまだ子供の私を目を血走らせながら求めて、もっと誘ったらどうなるかと思って少し気のある素振りを見せたら、妻と別れて私と結婚するだの自分の子供を産んでほしいだの言うんだよ?

まあ、青志君とした時に避妊はしてなかったから、君に覚悟をさせたらまずいかと思ってカモフラージュのためにあの人にも避妊はなしでさせてたから調子に乗ったのかもね。本当に妊娠させようとして媚薬や排卵誘発剤を使い始めるんだもん」

「あ、あ……」

「でも、青志君も遠慮はいらないよ。このために私は色々な男の人を誘って経験を積んできたし、美容やテクニックも学んできたから退屈はさせないし、お金も私が稼いでくる。

だから、青志君はずっと私のそばにいれば良いの。ウチの両親とも縁は切ったから、もう誰も邪魔はしてこないしね」


 そう言って笑う若宮さんの顔はこの世のものとは思えない程に艶やかで色っぽく、逃げないといけないとわかっていても、これが自分の求めていた女なのだと体と脳が訴えかけてきて足が全く動かなかった。


「あ、愛奈……」

「……大好きだよ、青志君。これからは私がいっぱい愛してあげるからね」


 耳元で囁く愛奈の声に俺の理性は壊れ、愛奈を無理矢理家の中に引っ張ると、俺はあの廃墟の破れ障子のように強く閉め、目の前にある熟れた甘い果実を一心不乱に貪り始めた。

目の前の異性に食らいつく俺の姿はまるであの夏の時のようであり、夏子叔母さんのようにムチムチとした肢体とこちらを誘ってくるような豊満な肉体、そして昂らせてくる嬌声としなやかな動きに俺は魅了された。


「愛奈、愛奈……!」

「……ふふ、青志君は可愛いね」


 身体中をゾクゾクとさせてくるその声に眠っていたはずの性の獣も目を覚まし、俺はこの先に待っているのが愛欲のリードで繋がれた人生だと知っていても目の前の甘い果実を貪る事を止められず、俺は体力の続く限り、愛奈を隅々まで味わった。

そして、甘い果実との出会いで夏に熟れた青い果実同士、その日から俺達は他に誰もいない家の中で暇さえあればお互いに求め合い、性愛の縄で縛られた生活を永久に続けた。

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