8月11日

 8月11日、夕暮れ時の街を僕はある場所へ向けて走っていた。会いたい人がいて、その人との足りなかった分の時間を埋めたい。そんな思いで僕はただ走り続ける。


「はあっ、はあっ……!」


 そこへ行く途中、僕は色々な人とすれ違う。年齢や性別はバラバラだったが、その誰もが浴衣を着ていた。みんな少し離れた所で打ち上げる花火を観に行くのだろう。もっとも、僕もだが。


「はあっ、はあっ……オオバさん、オオバさん……!」


 息が切れ、苦しくなってくる中、僕は恋する人の名前を口にする。オオバさんに会えなかった二日間は僕にとって苦痛でしかなく、ようやくまた会える今日が来るのが待ち遠しくてたまらなかった。だからこそ、僕はひた走る。オオバさんがいるあの廃墟へ。

そうして走り続ける事数分、目の前にあの廃墟が見え始め、続いて縁側の様子も見えてくると、そこには会いたくてたまらない人の姿があった。


「……お、オオバさん!」

「……こんばんは、青志君。思っていたよりも元気そうで安心したわ」


 浅葱色の浴衣姿のオオバさんはそう言って笑う。浴衣だからかいつもは下ろしてる長い黒髪も編み込まれたアップヘアになっていて、髪型と服装が特別な物なのがとても嬉しかった。

そして僕はすぐさまオオバさんに向かって走り、その勢いのまま抱きつくと、浴衣のサラサラとした生地とオオバさんのいつもの甘く濃厚な匂いが僕の事を刺激する。


「オオバさん……!」

「あらあら……二日会わなかっただけよ?」

「その二日間が本当に辛かったんです。その間、同級生と最近人気のプールにも行きましたけど、同級生の水着姿よりもオオバさんの水着姿が見たかったですし……」

「こんなおばさんよりも若い子の方が良いとは思うけど……ふふ、でも嬉しいわ。お母さん達にはなんて言ってきたの?」

「……友達と花火見てくるって言ってきました。本当は部活の仲間にも誘われてましたけど、他に予定があるって断りました。オオバさんに会えるのが本当に嬉しかったので」

「……そう。こんなに若い子にもここまで好かれるとは思ってなかったからビックリしてるけど、とても嬉しいわよ」


 最後の方を耳元で囁くように言われた事で、くすぐったさと声の色っぽさで僕はゾクゾクし、アップヘアにしている事によって見えた綺麗なうなじにドキドキさせられ、嬉しさと同時に興奮し始めてしまった。

オオバさんもそれに気付いたらしく、小さくクスリと笑ってからまた僕の耳元で囁くように言い始めた。


「……今日はいつも以上みたいね」

「う……」

「でも、良いわよ。せっかくだし……今日はここで甘えてみる?」

「え……こ、ここで?」

「いつもは和室で甘えてくれているけど、今夜は花火を近くで見ようとしてこの辺りの人もいなくなってるし、夜だから青志君が甘えてる姿も見えづらいはずよ」

「…………」

「さあ、どうする?」


 その言葉は僕の迷いを断ち切り、僕は空が花火で彩られる中でいつもとは違うオオバさんを丹念に味わい始めた。

空に咲く花火の光で様々な色に染まるオオバさんはその度に違う魅力で僕を誘い、外である事も忘れながら僕はオオバさんに会えなかった分の寂しさと苦痛を無くすためにいつもよりもオオバさんに甘えた。

僕の相手をしながらもオオバさんがどこかを見てクスリと笑っていた事も知らずに。

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