第6話 碧色に沈んだ過去
族長さんにサテン地でアニマルプリントの上下セットを献上した後は、長々と話し込むより先に4人で食事をすることになった。
宴会場は波打ち際に敷いた葉っぱの上で、料理は友好の証に双方が用意した品々だ。
「おっ、見た目はキモいが、結構イケるじゃねぇか。コレ、一体どんな樹に成るんだ?」
「えっと、それは樹に成るんじゃなく、魚っていう生き物を擦り潰したやつでして……」
こちらから提供した料理というのは、魚肉ソーセージの他に竹輪やカマボコなどなど。
なお、このオアシスは塩分濃度が高過ぎるせいか、水棲生物は殆ど存在しないようだ。
「えっと……コレって、泥団子ですかね? 申し訳ないですけど、俺は食べられないです」
「おっ、そうか。それなら別に無理して食わなくていいから、あっちに皿を回して……」
木製の皿に高々と盛られた泥団子っぽいモノは、見た目どおりに泥団子だったらしい。
族長さん曰く、これはルビー色の結晶……通称『竜石』を成長させる成分が豊富に含まれているそうで、戦士としての能力を高めたい子供たちは特に好んで食べているそうだ。
「あ、でもコレは美味しいですね。ただ、ちょっと薄味ですから、何か少し足せば……」
「へへっ、分かってるじゃねぇか。アタイのオススメは、このキモネズミの干物を……」
少年が拾って来てくれたゴハンの実というのは、前世のヤシの実にソックリな見た目。
ただし、内部のジュースは野菜系の味がするスープになっていて、果肉部分は解れて麺代わりになるというマンガのような代物だ。
……なお、キモネズミは竜人の間でもゲテモノ食だそうで、俺も遠慮させてもらった。
ちなみに、未だに耳飾りを装ったままのエニシ様はと言えば……
『……どうでしょう、アッチのほうで何かヤバい物は見つかりましたか?』
『いや、それは大丈夫じゃったが……ほほっ、詳しくは伏せておこうかのう』
入り江のようになった水辺の反対側には葉っぱで出来た小屋が幾つか建っており、そちらに眼球を飛ばして調査してもらっている。
もちろん、族長に直接聞くほうが手っ取り早いのだが、実際に何かヤバい物が隠されていた場合に警戒されるのを防ぐためだ。
『あの、その含み笑いが凄く気になるのですが……本当にヤバい物は無いんですよね?』
『まぁ、お主がすればヤバいと思うかもしれぬが、儂からすれば何もヤバくはないのう』
……何が何だか分からないが、とりあえずデンジャラスな超兵器は存在しないらしい。
◇
デザートにオヤツの実を食べて一発ゲップをかました族長さんは、未だに食事を続けている少年少女を見遣って一声かけた。
「ニック、クレア。続きは向こうに行って食ってこいよ。アタイたちは大人同士で話してるから、食い終わったら遊んで来ていいぞ?」
そう促された二人は大人しく席を立つも、それぞれが浮かべる表情は全く別のもの。
ニックと呼ばれた少年のほうは子供扱いされて膨れっ面だったし、クレアと呼ばれた少女のほうは……うん、族長さんとの話が終わったら一緒に遊ぼうと目で言っているな。
『あの……二人の名前が英語圏っぽいのは、一体どういうわけなんでしょうか? 自動翻訳の結果なんでしょうけど、俺の印象としては竜人たちの顔立ちはアラビア系なんですが』
『そりゃ、お主があまりアラビア系の名前を知らんからじゃよ。ちなみに、もし此奴らが竜に因んだ名付けをする文化であれば、タツオだのタツコだのに翻訳されたはずじゃぞ』
一方、俺は並んで歩いて行く二人の背中を見送りながら、エニシ様に念話で自動翻訳の仕様に関する問い合わせをしていた。
……なるほど。例のキモネズミがキモネズミと翻訳されていたことと言い、固有名詞については俺の持つ知識が影響するわけか。
「さて、じゃあ改めて挨拶でもしとくか……アタイは、族長のリンダ。まぁ、族長って言ってもアタイ以外は全員ガキなもんで、しゃーなしに纏め役をやってるだけなんだけどな」
胡座を掻いて笑うリンダさんは両サイドから豪快にハミ出しているが、内心で激しく動揺している俺には指摘する余裕などない。
……おいおい、二人から村には竜人が『いっぱい』いると聞いていたが、そこまで歪に偏った人口ピラミッドだとは聞いていないぞ。
「これはどうも、ご丁寧に……俺はヤヒロと言います。実のところ貴女の仰る『ハダカの竜』じゃなくて、此処とは別の世界……あの砂嵐の外から旅して来た『人間』なんです」
それでも何とか気持ちを立て直した俺は、挨拶を返すとともに古代人の末裔ではないことを伝えてみた。
すると、口を引き結んだ彼女はグイッと片眉を上げ……この表情は機嫌を損ねたというよりも、より興味を抱いたという感じだな。
「へっ……あの砂嵐には向こう側があって、お前さんはアレを越えて来たってわけかよ。それで、わざわざ苦労をしてまでココに来て、一体どんな話を聞きたいっていうんだ?」
「いや、そこまで大した苦労はしていないんですが……まぁ、それはさておき。とりあえず、皆さんの間に伝わる歴史や、日々の暮らしについて教えていただければ有り難いのですが」
未だに何をどうしたいのか定まり切っていない俺は、一先ず竜人たちを取り巻く環境についての情報収集を優先する。
ただ、族長さんとしては何かもっと重大な使命でもあるのかと期待していたようで、露骨にガッカリされてしまったが……
「……そういうのはジジババ連中の仕事なんだが、全員おっ死んじまったからなぁ。ま、いずれガキどもにも伝えなきゃならねぇんだし、いっちょ練習がてらに語ってやろうか」
そうして始まった彼女の昔語りは、エニシ様の補足が無ければ理解し難いほど拙かったものの……それでも、この世界が崩壊しかけるまでに至った経緯を知るには十分だった。
◇
◇
今の族長さんよりも何十世代も昔……少なくとも千年以上前の時代には、この世界では後に『ハダカの竜』と呼ばれる普通の人間が神様と一緒に仲良く暮らしていた。
なお、この頃のハダカの竜たちは文明とは程遠く、現在まで伝わる呼称のとおり裸んぼで原始的な狩猟採集生活をしていたらしい。
そして、そんなある日のこと。突然に空がビシビシと罅割れて穴が開き、何だかよく分からない巨大な箱がドカーンと降って来た。
それを見つけたハダカの竜たちが中身を調べてみると、出て来たのは初めて見る植物や鉱物、使い方が分からない道具類などなど。
……すなわち、異世界からの漂着物だ。
エニシ様によると、本来は世界に穴など開かないように管理するのが神の務めであり、もし勝手に物品が送り付けられれば受取拒否して猛抗議するのが一般的な対応とのこと。
しかし、この世界の神様はハダカの竜たちの文明を一気に発展させるべく、その漂着物を積極的に利活用することにしたのだった。
◇
残念ながらハダカの竜たちの文明レベルでは道具類は十全に使い熟せなかったものの、一部の物品を神様の指示どおりに用いることで世界の環境は劇的に変化していく。
とある種を植えてみればスーパーフードが年間を通して実るようになり、農耕技術の発展を待つまでもなく食料問題は一挙に解決。
また、別の種を植えてみれば枝葉が加工無しで生活用品になる樹々が生えてきて、技術革新も起こらぬまま生活環境は一気に改善。
さらに、とある金属片を齧ってみれば体表にルビー色の結晶が生える者が現れ、身体が丈夫になったうえに何やら不思議な技まで使えるようになった。
……どうやら、適合性の関係で全てのハダカの竜が変異したわけではなかったらしい。
ともあれ、その他にも漂着物には有用な物品が数多く存在しており、この世界の文明は発展の一途を辿る……はずだったのだが。
それより先に、死蔵された道具に紛れ込んでいた『悪魔』どもの卵が孵ってしまった。
◇
漂着した箱を中心に都市を築いていたことが災いし、この世界で生まれた文明の萌芽は瞬く間に『悪魔』に飲み込まれてしまった。
……ちなみに、リンダさん曰く『悪魔』は「デカくて黒くてウネウネ動くヤツ」とのことで、その正体は今のところ判然としない。
その際、身体能力に優れて魔術も使える竜人たちの大半は『悪魔』から逃れられたそうだが、それらを持たないハダカの竜たちは哀れにも一匹残らず食われてしまったという。
竜人たちが見捨てたのか、あるいはハダカの竜たちが後を託したのかは不明だが……いずれにせよ、この世界の住人は竜人だけになってしまった。
一方、この世界の神様のほうも何とか無事に逃げ延びることが出来たとのこと。
……ただし、生き残った竜人たちに「後は好きに生きるがいい」的な台詞を言い残し、何処か世界の外にまで。
◇
かくして、竜人たちは神に見捨てられた世界で『悪魔』と対峙する羽目になったわけだが、幸いにも『悪魔』どもは都市の外まで追って来ずに地下深くへ潜って行ったという。
それを知った竜人たちの対応はというと、少々意外ながら闘争ではなく逃走だった。
要するに、都市の跡地から離れた場所に分散して村を作り、かつての原始的な狩猟採集生活に回帰したというわけだ。
多少なりとも文明的な生活を味わったために苦労があったことは想像に難くないが、それでも彼等は褌一丁で逞しく生きていった。
赤ちゃんは泣くのが仕事で、子供は遊ぶのが仕事。大人は果物を拾ったり動物を狩ったりするのが仕事で、年寄りは赤ちゃんの世話をしたり子供たちに物事を教えるのが仕事。
もちろん、時には狩りの獲物やハグレ『悪魔』に食われるような悲劇もあったものの、おしなべて平和で満ち足りた暮らしが何世代にも渡って続いたそうだ。
ただ……この昔語りには、もう少しだけ続きがある。
◇
最初に起こった異変は、何やら太陽の動きが遅くなったように感じたことだという。
続いて、一つ世代を跨ぐと世界の外縁に強烈な砂嵐が発生するようになり、誰も立ち入ることが出来ない領域が拡大していった。
さらに、もう一つ世代を跨ぐと村を支えていたオアシスが次々に涸れ始め、異世界に由来する動植物以外は悉くが姿を消していく。
そして、最後に……それまで双子や三つ子も珍しくなかった竜人たちの間にも、滅多に子供が産まれなくなってしまった。
それらの原因として誰しもが思い浮かべたのは、言うまでもなく『悪魔』の存在だ。
いつしか村が一つになるまで人口を減らしていた彼等は、因果関係も定かならぬまま都市の跡地に大攻勢を仕掛ける事を決断する。
言い伝えによれば半端な相手ではないとのことなので、少しでも動ける者は年寄りでも何でも一人残らず動員しなければならない。
ただ、一人だけ怪我で動けない戦士がいたので、彼女に幼い子供たちの世話を任せ……
◇
◇
「……ってなわけで、アタイは一人で何十人ものガキの面倒を見てるんだよ。なぁ、ニックやクレアが言うには、お前さんは何やら不思議な技が使えるってことだが……もしかして、ガキを上手く仕込む技も使えるのか?」
「えっと、それはまだ経験が無いので……」
最初の村が最後の村だったという事実に絶句していた俺は、リンダさんの問いに上手くボケることもツッコむことも出来なかった。
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