第5話 橙色に繁った密林
十分な休憩を取った俺たち一行は、竜人たちが住む村を目指して乾いた河を遡上する。
……なお、顔面が人間ならば何となく『竜人』のほうがしっくり来る気がしたので、ドラゴニュートから呼称変更させてもらった。
「ぎゃはは、オンブされるとかマジでダセェよな。こんな事されてヘラヘラしてるのは、ウロコが出せないガキくらいのもんだぞ?」
「はははっ、君は本当にスゴいなぁ。思っていたほど振動は酷くないないし、スピードだって原付くらいは出てるんじゃないかな?」
ちなみに、俺の移動手段は足先だけ鱗を纏った少年で、その背に揺られながら適当なお世辞を並べて燃料供給している状況だ。
……竜人にとってオンブは相当に屈辱的らしいが、人間の俺は当然ながら気にしない。
また、実のところ振動はエニシ様の権能で軽減してもらっているのだが、エニシ様の存在も含めて未だ気づかれていないようだ。
『ほほっ、随分と仲良くなったものじゃな。二人とも貢ぎ物を気に入ってくれたようじゃし、今後の対応も全てお主に任せるぞよ?』
『いやいや、たしかに気に入ってくれたようですが……俺がオーダーしたとはいえ、さすがにアレは色々とマズいんじゃないですか?』
エニシ様の言う貢ぎ物とは、少年に渡したハーフ丈のジャージ(俺の着替え用)と……少女に渡したスポブラとパンツのセットだ。
肌触りが気に入ったらしい彼女は早速それら両方を身につけ、俺たちを先導するように少し前を駆けているのだが……
「ん、どうかした? ちょっと休憩する?」
スピードを落として隣に並んだ彼女の額は汗で湿っており、短く切られたオレンジ色の前髪がペッタリと張り付いている。
それと同様に、彼女が履いている白パンも汗を吸い込んでいて……まぁ、薄っすらと透けた状態でガッツリと食い込んでいるのだ。
『ヤヒロよ、儂が創造したヒロイン以外に手を出してはならん掟など無いのに、一体何がマズいと言うのじゃ? ほれ、今すぐに手を出すという気になれんのならば、儂等の世界に連れ帰ってお主好みに育ててやれば……』
『いやいや……どう考えても、この二人は未来のカップルでしょうに。実に今更ですけど、エニシ様ってカオス属性なんでしたっけ?』
成長した少年が世界を越えてバトルを挑んでくるとか、そんな王道展開は嫌過ぎるぞ。
◇
小1時間ほど走った頃には河底と河縁は同じ高さとなり、赤っぽい風景の中にポツンと緑色の一帯が出現した。
そして、そこからは足場の関係で俺も自分の脚で移動することになったのだが、歩き始めて直ぐにエニシ様から念話が届く。
『……ふむ、ネタバレになるゆえ控えておったが、やはりお主には伝えておこうかのう。ヤヒロよ、彼奴らの使う魔術を儂が「随分と特殊な魔術」と評したのを覚えておるか?』
『……そういえば、そんな事を仰ってましたね。土から金属を創り出してたんですから、土魔術とか金魔術とかじゃないんですか?』
どうやら世間話のようなレベルの内容ではなさそうなので、俺は少し歩速を落として念話に集中することにした。
前を行く二人は首を傾げて振り返るが、気にせず進むようにと手振りで伝えておく。
『いや、アレは錬金術による元素変換と雷魔術による磁界操作の併用じゃな。まぁ、どちらも多くの世界で使われておるテンプレ魔術じゃが、この組み合わせを思いつくには一定レベルの科学的知識も不可欠のはずなのじゃ』
『なるほど……つまり、あれは彼等が自ら編み出した魔術ではない可能性が高い、と』
褌一丁の彼等が電磁石の仕組みを理解しているというのは、どれだけピーキーに文明が発達していたとしても考えにくいだろう。
と、なれば……崩壊前の世界を生きていた古代人たちの遺産といったところだろうか。
『それと、彼奴らの造血幹細胞は一種の魔導具に変質しておってな、それが件の魔術と高い身体能力を有しておる所以のようじゃ。言うなれば、遺伝子レベルで改造を施されたバイオニック・サイボーグというわけじゃな』
『それはまた、何というか……いきなりSFっぽいフレーズが飛び出して来ましたね』
エニシ様が改造という表現を使ったことから察するに、そう神に創造された種族ではなく人為的に生み出された種族なのだろう。
……まぁ、彼等をサイボーグと呼ぶのはドラゴニュート以上にしっくり来ないので、呼称については竜人のままとさせてもらうが。
『とにかく、この世界に高度な魔導科学文明が存在したのは確実じゃ。族長とやらがヤバい超兵器を持っておる可能性もあるゆえ、村へ入れることになっても油断するでないぞ』
『……はい、了解です』
少年がカーチャンと呼ぶ者の正体が、対話機能を搭載した人工子宮だった……なんていう鬱設定のSF展開は、さすがに無いよな?
◇
◇
そんな念話を交わしているうちに辿り着いた場所は、ナツメヤシのような樹が不自然に等間隔で立ち並んだ林の入口。
どうやら、少年は既に一人で族長の下へと報告に向かっているらしく、俺を待っていたのは樹の幹に背中を預けた少女だけだった。
「お、それが『オヤツの実』が成る樹だね」
「そう、お前も食べていいよ?」
俺が近づいて声をかけると、彼女はヒョイとジャンプして頭上の果実を捥いでくれた。
それは彼女に貰ったドライフルーツを乾かす前のもので、エニシ様の分析によると『疲労回復に最適なスーパーフード』とのこと。
……近くで見れば葉っぱは妙に色鮮やかだし、多分これも人工的な植物なんだろうな。
「あの子、あと何分くらいで戻ってくるのかな……って言っても伝わらないんだよなぁ」
「うーん……たぶん、一日はかからないよ」
隣り合って腰を下ろした俺たちは、そんな会話を交わして互いに苦笑を溢し合う。
これまでの会話で判明したことだが……竜人の文化における時間の最小単位は『一日』なので、自動翻訳が上手く機能しないのだ。
「……ん、どうかしたの?」
「いや、別に何でもないよ」
果汁塗れになっている彼女の横顔を何となく眺めていた俺は、適当な返事をしてから自分の手の内にある果物に貪り付く。
身体は中学生相当で、知識は小学生相当。
後者は言うまでもなく、前者も俺のストライクゾーンから外れているはずなんだが……何だろう、この妙に落ち着かない感じは。
◇
エニシ様の測量によると此処から村までの距離は徒歩約10分らしいので、キャンプの設営などせずに座って待つことにする。
互いに一つずつオヤツの実を平らげたところで何か次の話題を探そうとするも、それより先に少女のほうが俺に質問をしてくれた。
「ソレの下、本当にウロコは無いの?」
「うん、そうだよ……毛は生えてるけどね」
彼女が不思議そうに眺めているのは、俺が纏っているポンチョとジャージの上下だ。
竜人の文化では例の褌は『砂が入らないようにするため』らしく、皮膚に穴が空いていない部分を隠すのを不思議に感じるらしい。
「へぇ、竜は赤ちゃんから子供になるとウロコが出せるようになって、子供から大人になると毛が生えてくるの。だから、もうすぐ大人のアタシも、ほんのちょっとだけ……」
「いやいや、見せなくていいから!」
恥じらいという文化を持たない彼女は唐突にエロイベントを起こそうとするも、文化人の俺は慌ててキャンセルボタンを連打する。
……ソレの繁茂状況に関しては、年齢云々だけじゃなくて個人差も大きいだろうしな。
ともあれ、俺の動揺っぷりも彼女にはサッパリ理解できないようだったが、ひとまずパンツのゴムに掛けていた指を離してくれた。
「でも、お前がウロコを出せないのは残念。ウロコが出せるようになったら、ウロコが出せない子供とは遊んじゃいけない掟なんだ」
「へぇ……その掟は、差別意識というより安全面の配慮っぽいね。竜人の子供って、一体どれだけハードな遊びをしてるんだか……」
エニシ様曰く、彼女たちの額と手足の甲にあるルビー色の結晶は、変質した血小板の集合体で魔術の出力器として機能するらしい。
実際に魔術を使えるようになるのは何歳頃からなのかは不明だが、どうやら幼少期からガチバトルのような遊びをしているようだ。
「あっ、でも……お前はウロコが出せなくても強いから、やっぱり遊んでも大丈夫かも。だから、アイツを待ってる間に二人で……」
「……おいおい。お前はウロコが出せるようになったばっかのガキをギャン泣きさせて、当分の間は遊ぶのを禁止されてるだろうが」
T-REXさながらのポーズで迫り来る少女に頬を引き攣らせていると、タイミングが良いのか悪いのか少年が戻って来てくれた。
◇
◇
少年の話によると有難いことに俺を歓迎してくれるらしく、村に向かいがてら『ゴハンの実』を人数分拾ってくるようにとのこと。
そちらもオヤツの実と同じく豊富に実っているそうなので、魚肉ソーセージ外交を試みてみたところで効果は限定的かもしれない。
とはいえ、それ以前の問題として……
『……のう、ヤヒロよ。幸いな事に族長とやらも友好的らしいが、一体どういう方針を以って彼奴らと関わるいくつもりなのじゃ?』
『うーん、悩ましいですね。こんな世界で暮らしているんですから、俺たちが何か助けてあげるような心積もりだったんですが……』
世界が崩壊しかけていても彼等は褌一丁で逞しく暮らしており、文明が未発達に感じるのも俺の前世と比較してのことに過ぎない。
もちろん、カレー用スパイスの種を提供したり、オセロを普及させたりすれば喜ばれるかもしれないが……それだって、彼等なりの文化を破壊する行為に繋がりかねないのだ。
『儂としては、とにかく例の高エネルギー反応については探ってほしいところじゃのう。あの二人、何も知らんかったようじゃしな』
『勿論、それに関しては族長さんに尋ねてみるつもりですが……何か分かったとしても、手を出すかどうかは熟考してからですよ?』
二人には定期巡回をしている目的を聞いてみたものの、特に何か具体的な脅威を探しているわけではないとのことだった。
族長も存在を知らないのか、あるいは子供には知らせていないのか……いずれにせよ、そちらに関しても勝手に手を出すことが如何なる結果を齎すか分かったものじゃない。
と、そんな具合にグルグルと思索を巡らせていると……
「おーい、村に着いたぞ!」
少年に声をかけられて顔を上げると、纏まらない考えとは裏腹に視界が一気に開けた。
◇
想像よりも遥かに規模が大きかったオアシスは、神秘的な碧色の水で満たされている。
そして、真上からの陽光に照らされた穏やかな波打ち際では、少し大柄な人影が腕組みをして待ち構えていた。
「よぉ、お前が『ハダカの竜』か。何でも、ウチのガキどもが世話になったらしいな?」
少年とよく似た笑い方で真っ白な犬歯を覗かせる人物は、見たところ三十路前後と思しきエキゾチックかつワイルドな竜人の美女。
なお、その肌は俺の隣にいる二人よりも色濃く日焼けしており、剥き出しの腹筋は見事にキレッキレなシックスパックだ。
「ほぉ……語り部のジジイに聞いたとおり、何処にも『竜石』が無いのに大人みてぇな面構えだな。何をしに来たのかは知らねぇが、メシでも食ってノンビリしていってくれよ」
背中まで伸ばしたオレンジ色の髪を掻き上げる彼女が葉巻のように咥えているのは、おそらく乾燥させたキモネズミの尻尾だろう。
何やら意味深な台詞も耳にしたことだし、色々と話してみたいところだが……それより何より、まずは最優先すべきことがあるぞ。
『……エニシ様、今度は透けない素材で大人向けの上下セットをお願いします』
竜人の文化では例の褌も他所行きの衣装だったようで、族長さんはフッサフサに生い繁る密林をフルオープンにしていたのだった。
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