第37話 決断
そこは闇の空間だった。自分は暗闇の上に立っているのか? 周囲も暗闇で何も見ることはできない。ただ自分がここに立っているという感覚はある。
ここはどこだろう。とりあえず視線を右へ左へと送ってみたが真っ暗闇であることに、やはり変わりはない。何も見えない。
(僕は死んじゃったのかな)
そう思うのが自然かも。だって僕はタナトスを喰って、力が暴走し、ベリーとセラに止めてくれと懇願した。
(そっか、終わったのか……)
安堵して意識せぬ笑みが浮かぶ一方で、胸の中がモヤモヤとする。
(もっと色々やりたかったなぁ……僕、海外とか行ってみたかったんだよな。きれいな海で泳いでみたり、タワーみたいな美味しそうなハンバーガー食べてみたり、もっと色々したかったな、ベリーとセラと一緒に……)
「はぁ……終わっちゃった」
一つ大きなため息をついた。こうなってしまったのは仕方のないことだ。自分は世界にいてはいけない、魔物と人間の混血だ。
世界は僕を受け入れてくれたと思ったが、やはりダメだと判断したのかもしれない。
だからこうなるより、仕方なかったんだ。
「さびし〜……」
もう一度ため息をつき、気持ちがさらに沈みかけた時、目の前に何かの気配を感じた。
目の前の何かは「ミュー」と少し怒っているような声で名前を呼んだ。
「それじゃあ話が違うじゃない。君はさっきボクを一緒に生きさせてくれるって言ったじゃない。あれは嘘だった?」
暗闇の中から、ぼんやりと浮かび上がってきたのは――膝を抱えて下に座ったタナトスの姿。その瞳はふてくされたように自分を見上げている。
「まぁ、いいけどさ。あきらめるのには慣れてるから。何にも期待なんてないし、夢を見ることもないからさ」
肩透かしを食らった、と。気が抜けたようなタナトスを見て、ミューは気づかされた。
違う、それじゃダメだ。僕はなんのためにタナトスを取り込んだのだ……!
再び意志を固めるために、ミューは手を握りしめる。
「タナトスごめん、ちょっと気落ちしていた……大丈夫、僕は君と一緒に生きるって決めたんだ」
ミューも暗闇の床にしゃがみ、足を伸ばして座った。タナトスはそんな自分を見て「ホントに大丈夫なの?」と笑っていた。
「ボクと生きるっていうか、どうやって生きるの? 君は死んじゃったんじゃないの」
「今どうなってるのか、僕もよくわからないんだけど、そうなのかな? でも、だとしたら僕は半分魔物だから君みたいに召喚されれば元の世界に戻れるってことでしょ」
「召喚してくれる人間がいればね、大魔法陣を使って」
そうか、そうだった。それは頭を抱える事態だ。タナトスは強大な力を持つ魔物。力の弱い人間じゃ彼を召喚することはできない。それはタナトスを喰った自分も同じという可能性がある。
「……僕って大した力ないでしょ?」
「どうかな、わからないよ。ミューは二体の魔物の血を分けられてるんだ。もしかしたらボク以上に世界を滅ぼす力があるかもしれないよ、なんだったら滅ぼしてみれば? スッキリするよ」
笑顔でなんてことを言うんだ……ミューはタナトスを睨んだ。
「そんな怖い顔しないでよ。じゃあこういうのどうよ……例えばさ、魔界の門を開いて、壊してみるんだよ。そうすれば魔物はみんな向こうの世界に行ける。魔協定なんて関係なく、自由に世界で遊ぶことができる。それってさ、すごく楽しそうじゃない?」
タナトスはワクワクして肩をはずませたが、ミューは首を傾げた。
「そんな都合良くいくものじゃないでしょ? だって魔協定がないと魔物が人間を喰ってしまうじゃない。そうしたら人間が被害にあっちゃう」
「よく考えてみてよ」
タナトスは右手の人差し指を立てた。
「それって、そういうのってさ、魔物に限って言えることなのかな。人間だって人間同士で命を奪い合うことがあるじゃない、それと同じじゃないかな」
タナトスの言葉を否定できなかった。それはそうだ、人間が人間を襲うこともある。恨みや憎しみを持ったり、もしくはなんの感情もないままに無差別で。
「ボクは人間も魔物も一緒なんじゃないかと思っているよ。実際そういう邪な考えの人間も魔物もいるし。まぁ、ボク達みたいな血が混じったヤツは生きることすら難しいけどね」
そんなことない、それもいつか。というのは自分の都合のいい考えかもしれない。
けれど時間が経てば人の見方も考え方も変わっていく気がする。
「……全ては誰かの情、なんじゃないかな」
ミューがポツリとつぶやくと、タナトスが興味深そうに瞬きをした。
「大切に思ってくれる誰かが一人でもいてくれれば勇気が持てる、生きる気力が湧く。本当にちょっとした気持ちでもいい。どんなものに対しても可愛いとかかっこいいとか相手に対する情があれば、どんな魔物でも生きていける。召喚なんかしなくても魔物は自分の気持ちを持って生きていけるかもしれない。それだったらお互いに力の貸し借りなんか関係ない、情だけで動ける世界にしたら……そうしたら魔物と人間はもっと深く、求めるままに愛し合うこともできるんじゃないかな」
そう考えた途端、胸が高鳴った。危険かもしれない。魔協定なしで、力の貸し借りなしで魔物と共存など難しいかもしれない。
でも、できるかもしれない。
だって人間は常に力の貸し借りなんてしていない、必要な時に協力している。
そして相手に対する想いを、深くも淡くも抱くことができる。
人間と魔物は同じだ。世界に生きるものなんだから。
「……決めた!」
ミューは立ち上がった。
そんな自分を見上げ、タナトスは笑う。
「決めたの? またすごい決断だね」
「言い出したのはタナトスでしょ。でもどうしたらいいのかな。ここは魔界の門の中……じゃないよね」
「違うよ、ここはただのボクの心の中だから。君とちゃんと話をしたかったから作り出しただけの空間。もう必要はないけどね」
タナトスは「やれやれ」と立ち上がると安心したようにほほ笑んだ。
それはやっとタナトスが自然に笑うことができた素顔なのかもと思うほど、自然で素敵で見とれる……それほど穏やかな笑みだった。
「タナトス、一つだけ聞きたいんだけど。君は何で混血になったの?」
「あぁ、それはね――」
タナトスは手を伸ばし、ミューのまぶたを覆い隠すように、そっと手を置いた。タナトスの手の平が予想外にあたたかくて、息を飲んだ。
「昔、事故で死にかけた時があった。その時、ボクのパートナーだった魔物がボクに血を分けてくれたんだ。優しいヤツだった。蝶の羽を持つ、小さな妖精の姿をした天魔だったよ。あれも何回か生まれ変わっているみたいで、生まれ変わりが多すぎて、さすがに記憶はとどめていないみたいだけどね」
それってもしかして。
ミューはリムのそばにいた小さな天魔のことを思い出した。
「最初はこんな身体に勝手にした、あれのことを憎んだものだよ。でもあれも必死だったんだ。ただ死にそうなボクをなんとかして生かしたいっていう、優しいヤツだったんだ……今は感謝してる。こうしてあたたかい君に出会えて一緒になることができたんだから。あいつにもし会ったら、ありがとう、と言っておいてくれるかな。あいつに感謝なんて伝えたことないから最後くらいわね……じゃあね、ミュー」
タナトスの言葉が終わると同時に、自分の身体がフワッとどこかに飛ぶような浮遊感を感じた。
(わかった、きっと伝える。タナトスは僕の中で全てを見守っていてね、もう安心して休んでいても、笑って楽しんでいても、いいからね……)
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