第14話 愛してはダメ

「ったく、この変態天魔はホントになぁ! お前、わざとやってんだろ!」


 ベリーはドシンと勢いよく地に降り立つなり、セラとミューの間に割って入った。

 急に目の前に現れたたくましい褐色の肌の背中だが。拳を握る後ろ姿が、彼が本気で怒っているということを伝えてくる。


 怒るベリーとは反対に。セラは「何を騒いでいるのか」という素知らぬ顔をしている。ミューもベリーの怒り方がちょっと異常だと思い、何が問題だったのかと不思議に思った。


(た、確かにそんなに怒ること、かな……力を与えるための、その……キスぐらい、で)


 なんて、経験が多いわけではない自分が軽く扱っていいものではないかもしれない。

 だが次にベリーが発した言葉は“キスぐらい”で済む事態ではなかったことを知らしめた。


「お前はミューを死なせたいのかよ」


(……え、死なせたい? って、死ぬ、の?)


 ミューはポカンと褐色の背中を見つめる。キスとは正反対の穏やかではない言葉に身体が固まった。

 ベリーはセラの方を向きながら話を続ける。


「ミュー、オレらは召喚者の力をもらって正常な頭を保ってる。つまりお前の力をもらって普通に生きることができてる、ここまではわかるな?」


 うん、と返事をしておく。


「だけど実を言うとな、全く大したことはねぇぐらいだけど、ほんのちょっと指とか身体が触れるだけでもお前の力をもらっていることになるんだ。それはどんな魔物でも同じだ。だから長く触れ合うってことはお前の力をそれだけ多くもらっている……お前の生命力をもらっているってことになるんだ」


 ベリーのやわらかな声に、自分を心配しているのが伝わってくる。


「でもお前ら人間は寝てる間に体力を大きく回復できる。だから暗黙のルールみたいなもんで人間が寝る前に、オレらは力をもらえれば効率がいいっていうことになってんだ。それなのに、こいつ――」


 ベリーはイラ立ちをあらわに舌打ちした。

 なるほど、セラは昨日から何度も僕の力を奪っていた、ということになるのか。だからベリーは怒っていたのか。


(けれど、そのことについては僕は……)


 素肌をさらした、そのたくましい背中に向かってミューは「知ってるよ」と声をかけた。

 するとベリーが勢い良く振り返り、知ってたのかよ、と言いたげな鋭い赤い瞳が自分を捉えた。


「ミュー、お前、知ってて、なんで」


「僕だって成績が良いわけじゃないけど授業はちゃんと聞いてるよ。でも方法まで知っていたわけじゃないんだ、その、キスとかさ……」


 この年でキスという単語はちょっとだけ恥ずかしい。今更だけど。


「どんな魔物とでも深く触れ合うのは自分の命を削ることになるって聞いたことがある。だからどんなに愛しいと思う魔物でも深く求めすぎてはいけない、深い愛を抱いてはいけないんだって。人間と魔物は魔協定の上で成り立つ関係。力を分け与え、与えた力で守られる関係……」


 ベリーとセラは黙って自分を見ている。


「だから、魔物とは。それ以上を求めてはいけないんだって」


 ただ授業で習ったことを口にしているだけなのに。ものすごく重いことを言っている気がする。胸がちょっと痛い、なんだか突き放しているみたい……そう感じながら深く息を吐いた。


「……と、とにかく僕達はそう言われてるんだよ。それは魔物と人間が交配に至るのを防ぐためでもあるんだって。魔物と人間が愛し合って、人間と魔物の血が混じる異端者が生まれることを恐れていたみたい。種族を超越したもの、行き過ぎた能力あるものの誕生……それは絶対に避けなければならないんだって」


 その授業の内容はよく覚えている。だって聞いていて、とても悲しいなって思ったから。

 授業の続きはこうだ。


 魔物と人間は深く触れ合うことができないから。新しい命が生まれるも何も、一緒になることはできない。

 けれど中にはそれでも一緒になりたくて無理に深い関係を築いてしまうものもいた。


 それによって人間が力を奪われて命を失い。逆にパートナーを失った魔物は力を得られず、やがて自我を失い。この広い世界を何の感情もないままにさまようか、魔物に共喰いされて命を失うか。そんな運命をたどることになる。


 ただ愛し合いたい、好きな人と一緒にいたいだけなのに、なんて残酷なんだろうと思った。

 しかしそういう運命なのだ、人間と魔物は。


 それでもベリーやセラを見ていると。そういう思いを抱くのも仕方ないのでは、と思う。二人みたいな人間に近い姿をしたカッコイイ、優しいと思える存在がいれば心惹かれてしまうものだろう。


 むしろ自分も二人にキスされたのが、それが妙に気持ち良くて。それを受け入れるのは嫌じゃないと思っていることも事実。

 でもそれは愛にまではなっていないものだと思う。自分が今まで感じたことのない感情だから、まだ愛とか、そんなのはわからない。出会って間もないし。


 だがこれからも、この二人によって刺激や興味……快感。それらが与えられると自分はどんな気持ちになっていくのか。それらがさらに高まると、どうなってしまうのか、二人に抱いてはいけない愛というものを抱くことがあるのか? 自分の気持ちは変化していくのか?


 ダメだと思いつつも。自分にも刺激を求めてみたい探求心みたいなものはある。だって自分は“普通な自分”を抜け出したいんだ。


 そしてこの二人を……自分はもっと色んなことが知りたい、仲良くなりたい。ここの寮の管理人さんとあの老犬の地魔のように深く連れ添った関係になりたい。そう思っている。


「なんだかなぁ……」


 ベリーがまた、ため息をついた。


「まっ、お前がそれを知っているならいいけどさ。でもこいつにはホントに気をつけろよ。優しい顔してるけど天魔は狡猾だ。目的のためなら手段を選ばないところもあるからな」


 そう言うとベリーはセラの方に向き直る。


「お前とは付き合いが長い。お前の力は信じられる。けど信じられねぇところもある。お前、何企んでんだよ」


 問い詰めるベリーに、セラは目を細めた。


「目的なんてありませんよ。ただ私は力が欲しいだけです。力を得るためなら私はミューに多少の無理もさせます。死なれては困るので死なない程度に」


「はぁっ!? お前、本気で言ってんのかよっ」


 堪忍袋の尾が切れたのか、ベリーが拳を握りしめ、つかみかかろうとした――と同時に学校のチャイムがタイミング良く鳴る。これ以上、今は何を話してもダメだろう。


「ふ、二人とも! 戻らなきゃ、授業遅れちゃうから!」


 険悪な雰囲気を脱すべく「行くよ!」と二人を急かし、教室へと早足を進める。

 少し離れた位置にいる二人の気配を背中で感じながらミューは考えた。


『この二人にも、それぞれの目的があるみたいですけど』


 それは、ベリーとセラを召喚した時にトト先生の言葉だ。この二人のそれぞれの目的、それは一体なんなのだろう。

 教室に向かいながら考えてみたが、もちろん答えなど思い浮かばなかった。

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