第2話 魔物について

 この世界は人間と様々な生物と魔物が存在する。

 人間や様々な生物は先住者であり、魔物は新しく現れた新参者。といっても魔物は自分が生まれる前から存在しているし、今では共存している。だからいるのは当たり前な存在だ。


 共存に至るまでには色々な争いがあったという。新たな存在を受け入れるのは生半可なことではない、それは人間同士でも同じかもしれない。

 けれど今では人間と魔物の間には魔協定というものが結ばれ、互いに殺戮を犯すことがないようにと決められている。


 魔協定とは共存するための協定。人間は魔物の力を借りる、その代わり魔物は人間の力をわけてもらう。

 なぜ人間は魔物の力を借りる必要があるのか。それはこの世界にはびこる“害のある”魔物から身を守るためだ。


 魔物は、ある時を境に魔界の門から現れ、生物を襲っていた。その力は人間をはるかに凌ぎ、どんな武器でも退けることはできなかった。生物や人間は今までたくさん喰われてきたのだ。


 しかし魔物は人間を喰っても、それだけで正常に生きられない。魔物が自我を持って生きるには契約した人間の力が必要だ。それは血であり、肉、心、魂、形は色々。契約した人間の一部をもらうことにより、魔物は自我の保持ができる。

 それこそが魔協定。人間と魔物、互いに協力して共存するという約定だ。


「トト先生、質問でーす」


 教室にて。トト先生が魔物についての講義真っ最中に、着席している生徒が挙手した。


「魔物の自我の保持には人間が必要だとしても契約者以外の人間を食べても自我は保てないんですよね? なぜ契約者の一部なんですか?」


「いい質問ですね。それは契約した同士であれば相手に対する“情“”というものが少なからずあるからだと言われています」


 トト先生は丸い眼鏡の真ん中をクイッと押し上げた。


「皆さんも先程、自分が召喚した魔物に対して『かわいい』とか『かっこいい』とか、そんな気持ちを抱きましたよね。それこそが情です。情は相手に対する思いやり。種は違えど相手に対する情があるから契約した魔物は人間を守ってくれる気持ちを――しっかりとした自我を持つと言われていますね」


 だから人間は高校に上がったらパートナーとなる魔物を召喚する。そのパートナーが滅することがない限り、互いに協力して、この危険な世を生きるのだ。


「先生〜、魔協定があるのに人間が魔物に襲われるのはなんでですか? パートナーの魔物と何が違うんですか」


 トト先生は別の生徒の質問に「それはね」と答え出した。


 人間は、いとも簡単に命を失うことがある。

 その時、召喚者――パートナーを失った魔物は別の人間からでは力を得ることができない、情がないからだ。


 力を受けられない魔物は徐々に自我を失っていく。自我を失った魔物は“野魔のま”と呼ばれ、野魔は本能のまま見境なく人間を襲い、喰らう存在となる。

 だが人間をいくら喰っても野魔は再び自我を取り戻すことはできない。やはり“情がない”からだ。それは魔物にとっても生きているけど死んでいる、というむなしいことになるのだ。


「世の中に、はびこる魔物はそういった感じでパートナーを失ったもの、もしくはどこかに存在する魔界の門から這い出てきたものということになります。魔物だって自我を失って生きていたくはありません。だからこそ召喚した魔物はパートナーの君達を守ってくれるんですね」


 召喚した魔物との情、それが一番大事なもののようだ。


「今までは大人や他の召喚者に守られていた君達ですが、今日からは立派な召喚者です。パートナーを信頼し、力をわけ与え、共存していくことが世の中を生き延びる術となるわけですね」


 教科書を朗々と読み終えたトト先生は、ふぅっと息を吐いて教科書を下ろし、教室の生徒達を見つめた。


「まだ違和感はあるかもしれませんが皆さんが召喚した魔物は、しっかり生命あるもの達です。姿形は違えど、この世に生きるものとして我々と同じです。その存在をむげに扱ったり、存在を尊重しないものは、この世に生きるものとして恥ずべきだと思うようにしなければなりませんね」



(同じ生き物か、でも……)


 自分が召喚した二体を考えると怖いなと思った。だって他のみんなは一体で、しかも能力に見合ったレベルの魔物なのに。


(僕は、そんな資格は……)


『なんかしょげた顔してんなぁ、新しいパートナーは。お前のせいだ、お前が変態だから』


『なぜ私のせいなんですか。あなたがいきなり真っ裸で現れるからですよ。見苦しい物体を純粋な少年達に見せつけて恥ずかしいったら。一度死んで魔界の門に帰るべきです』


 聞き慣れない声の会話が、すぐそばで聞こえるのは気のせいだろうか。授業中にしゃべっていたらトト先生に怒られてしまうのに。


(それにしても……はぁ……)


 自分が召喚したのはあんなすごそうな二体の魔物だ。上級魔物と言っていた。天魔セラフィムと地魔ベリアス。なんで大した能力がないのに召喚できたのかな。誰か細工したのかな。


『ずいぶん悲観的なヤツだなぁ。そんなにオレって怖いかな? 昔から優しいベリアスさまで通ってんだけどな』


『優しい? 何も考えがないヤツ、の間違いでしょう』


 さっきからなんだろう、誰が授業中におしゃべりしてるんだろ。

 それよりもこれからどうなるんだろう……召喚した魔物は命ある限り生涯のパートナーだ。

 けれどあんなすごい二体が自分なんかに協力してくれるのか、不安で仕方ない。


『まーだ、しょげてんなぁ、いっちょ言ってやるか……おーい、問題なんかねぇから心配すんなってば』


『そうですね。深く悩むことはないです、君に協力するのは、なんら問題ないですから』


 不意に聞こえた二つの声に、ミューはハッと顔を上げた。さっきから誰かが話しているなと思っていたが。今の声は、あの二体だ。


 なんで、今は授業中。召喚された魔物はパートナーの身が安全なら常にそばにいなきゃいけないというものでもないから。授業中はみんなどこかにフラッとしている、のに。


『なんだぁ、オレらがいねぇと思った? オレ達、ずっとお前を見てるぞ』


『目障りな、おバカは、いなくてもいいです』


『ほざけ変態』


 にぎやかすぎるこの声にトト先生が注意してくるんじゃないかとヒヤヒヤした。

 だが先生の様子は何も変わらず、授業を続けている。同級生もそうだ、声など聞こえていないかのように授業を聞いている。


『君にしか聞こえない声で語りかけています、だから安心して授業を受けていなさい』


『下級なヤツらはできねぇけどな! なんてったってオレら、上級だから!』


『一緒にしないでください』


 この落ち着いた声はカワセミのように美しいセラフィムという魔物で。反対に明るくてちょっと口が悪いのはベリアスだろう。

 二体は知り合いのように先程から言い合っている。上級同士、知り合いなのかもしれない。


 それにしてもさっきの二体の返事が気になる。なぜセラフィムもベリアスも『問題ない』と言ってくれたのだろう。こんな力の足りない新たなパートナーに、なぜ優しいのだろう。

 けれど情けだとしても、そう断言してくれたのは少し嬉しかった。

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