私の居場所を作ってくれた彼

佐野 健

本編

いつになったら来てくれるのかな。

今日も私は彼を待っている。


 私は東京で生まれ、東京で育った。しかし、両親の転勤をきっかけに群馬に引っ越すことになった。そのため、高校受験も群馬の高校を受けていた。もちろん、東京から群馬の高校に行くことは珍しく中学が一緒の友達はいなかった。

 高校に入学すると私はすぐに友達を作ることができなかった。もともと積極的に話をするタイプではない私にとって人の輪に入ることが難しかった。第一、私の進学した高校はその近くの中学校からの進学が多く、ある程度のグループができていた。朝学校に登校し、ホームルームまで読書をして過ごしていた。読書をしているときは他のことを忘れられるから私はこの時間が好きだ。つい夢中になってるとホームルームが始まる時間になり、先生が元気そうに話している。

「今日から部活動の体験入部ができるので各自色々なところをみてまわるように」

 私は中学の頃に美術部だったが特に美術が好きという訳でもないので高校では部活に入らずに過ごすつもりだった。

「ちなみにうちの学校は全員部活動に入らないといけないのでしっかりきめるように!」

 この先生の言葉で私の考えは打ち消された。仕方なく部活動を探すことにしたが、まだ友達もいないため一人で行くのは心細く、次の日からすることにしようと考え放課後は帰ることにした。


 放課後私はなんとなくそのまま帰る気になれず近くの神社によることにした。ここは私のお気に入りの場所だ。引っ越してから何度もきている。都会にいた頃はどこに行っても人が溢れていて落ち着く空間があまりなかったような気がする。そのため、私にとってこの田舎の空間は新鮮で心が落ち着く。長い階段を登るのは大変だが頂上からは街全体を見渡すことができる。ただ階段の半分くらいでも景色を見渡せるため私はその位置の石段に腰を下ろすことが多い。いつも通り腰を下ろし、横に伸びた雲と夕焼けが街全体を包んでいる景色を眺めた。ここが私の特等席でいつもこの場所で本を読んでいる。読書に夢中になっていると次第に眠気が襲ってきて、気づいたら眠っていた。私が起きたのは目の前から声をかけられた時だった。

「すみません、大丈夫ですか?」

 私はその声で起きると目の前に学生服を着た短髪の男の人の姿が目に入った。辺りを見回すと先ほどよりも暗く日が落ちていた。状況を飲み込むのに時間がかかっている私に対して彼はもう一度声をかける。

「体調悪いですか?」

私は慌てて答える。

「全然問題ないです…少し眠ってただけなので」

彼は安心したのか顔を緩ませた。

「ならよかったです。この辺あまり人いないので心配になりました」

「そうなんですね、最近引っ越してきたばかりなんですけどここお気に入りでよく来るんですよね」

「自分もここたまにくるんですよね。すごく静かで落ち着くので。あれ、引っ越してきたってことはこの辺の人じゃなかったんですか?」

「中学まではずっと東京にいたので」

「てことはもしかして今年高校にはいったかんじですか?」

「そうですね」

「自分も同い年で、西校の三船大地です。よろしくね」

「北高の坂本茉莉です。こちらこそよろしく」

その後私たちはお互い駅まで話しをして帰った。彼も時々この神社に来ることがあるらしい。偶然にも私と同じく自分だけの特等席を決めておりいつもはそこでぼーっとしているらしい。そんな話をしているうちに辺りは暗くなっていき、駅の改札に到着した。

「今日はありがとう。引っ越してきたばかりで知り合い誰も居なかったから話が出来てよかった」

 私が彼にお礼を告げると

「こちらこそありがとう。あの神社にはたまに行くからまたあった時はよろしくね」

 これが私と彼の初めての出逢いだった。


 学校終わりに神社に行き彼とも会うことが増えた。

「みふねくん今日も来てたんだね」

 私が声をかけると彼は顔を上げた。

「今日はバイト前に時間があるからね。まさか二日連続で会うとは思わなかったけど」

 彼は笑いながら言う。

「私の方も文芸部に入ったんだけど部活がそんなあるわけじゃないからね。それにバイトもしてないし」

「そっか、なら暇なときは俺もここに来ることあるからたまに顔をだしてね」

 私は彼のその言葉が嬉しかった。きっと私は単純なんだろう。学校では知らない人ばかりで輪に入れていない私にとってこの一言で居場所ができた気がした。

 その後も私たちはくだらない話を彼のバイト前までしていた。別れる前に次はいつここに来るのか聞きたかったがそんな勇気は出ずにお別れをした。私は思ったことを口にすることが苦手だ。それでもここに来ればまた会える気がしていた。

 その後も私は時間が空いた時に神社に行くことが増えた。彼はいたりいなかったりで毎回会えていたわけではないけれど週に一度程度は会い、話をしていった。私はいつの間にか彼との時間が楽しみになっていた。彼を目当てにここに来ている訳ではないけど彼が来ないと寂しい気持ちになる。しかし、この時の私はまだこの気持ちの正体に気づいていなかった。


 今日は彼と会う約束をした。しかし、いつもの場所ではない。服装もいつもの制服ではなく、白い服にデニムのオーバーオールを着ている。学校近くの公園で待ち合わせをしている。彼と出逢って三ヶ月が経ち、彼の方から映画に誘われてここで待っている。男の人と休日に二人で会うのは初めてで昨日から緊張して全然眠れなかった。

「ごめん、おまたせ」

 私はその声を聞き、振り返ると彼は黒いTシャツにデニムのズボンで帽子をかぶっている。帽子を被っているためいつもの長い前髪はスッキリしている。いつもとは違う彼にさらに緊張してしまった。

「映画始まっちゃうからすぐいこっか」

私が緊張しているのとは対照的に彼はいつも通りだ。そんな彼を見てると私の緊張も次第に解けていった。

 映画を見ている時は寝不足から眠気との戦いだった。映画が終わると彼はすごい楽しそうに映画の感想を話していたが私は内容があまり入ってこなかったため相槌を打つことくらいしかできなかった。

 映画を見た後はファミレスに行き食事をとり、最後にい  つも会っている神社に向かった。今日は私服と言うこともありいつもと違う感じがした。今日はいつもより人がいる。どうやら七夕の日で短冊にお願い事を書いているらしい。この光景を見て私達は初めて今日が七夕の日だと気づいた。

「なんか書いていこうよ」

 彼がそう言うので私も彼について行った。どうやら神社の頂上の木に短冊をかけているらしい。私達は二人で短冊とペンが置いてある所に行きお願い事を書いた。

「茉莉は何お願いするの?」

「家族や友達が元気にいられますようにかな」

「すごい現実的だね」

 彼は笑いながらそう言った。

「いきなりで思いつかなくてね。でもここには三船くんもしっかりいれてあるよ」

 私がそう言った瞬間、彼の表情が曇ったような気がした。彼は一瞬でいつものような笑顔に戻り、ありがとうと私に言った。その表情はいつも通りの彼だったため、私の心配は杞憂だったのかもしれない。

「三船くんはなんて書いたの?」

「秘密だよ。言ったら叶わなくなるかもしれないし」

「そしたら私もうだめだ」

 そうして二人して笑い合った。

「これからも三船くんとこんな風に過ごせたらいいな、それで来年もここに来たいな」

 私は思わず思ったことを口に出してしまい、告白みたいになっていることに気づき、恥ずかしくなった。私は心拍数を上げながら恐る恐る彼の方に顔を向けると彼は遠くを見つめていた。さっきの表情と同じだ。

「なにかあったの?」

 私は心配になり彼にそう聞いた。

 彼からすぐには返事が返ってくることはなく、蝉の音がいつもよりうるさく聞こえてくる。

「…ごめん、もう今までみたいに会うことはできない」

 長い沈黙を破り彼の言った言葉が私の耳に入った。すぐには理解できず、私は返す言葉が見つからなかった。


 その後私達は解散して家に帰った。家に帰った後も気持ちの整理をすることができなかった。彼に会いたい。私はその気持ちが恋であることに今気づいた。しかし、私はもう振られて彼と会うことはできない。今まで輝いていた景色の色が失われたような感覚だった。


 次の日の放課後私は神社に行くか迷った。もし彼がいたらどのようにして顔を合わせればいいのか。それでも無意識にそこに向かっていた。いつもの場所ではなく昨日短冊を書いたところだ。そこには7月8日になった今日でもまだ短冊が飾られていた。そういえば彼は結局なんで書いていたんだろう。最後にそれだけ見てみようと私は考えた。

彼の短冊には「茉莉がこれからも元気に生きていけますように」と書かれていた。

「え…なんで私のことなんだろう…」

 思わず声に出てしまった。私はあてもなく彼を探すために走った。彼が本当は何を考えているのかを知る必要があると思った。


 あれから私は駅や商店街など彼がいそうな所を探したが彼の姿を見つけることができなかった。どうしても諦められなかった私は明日彼の学校に行ってみようと思った。


 翌日学校が終わり彼の学校に行った。少し離れていたので彼の学校に着く頃には生徒が校舎の周りを走ったり部活動が始まっていた。彼は部活をしていないと聞いたからもういないだろうと思って私はがっくりした。なんとなく気分が沈んだので私は神社に行った。神社は私の学校と彼の学校の中間くらいの位置にある。

 神社に行き、私は驚いた。いつものところに行くと彼がいたのだ。

「三船くん」

 私が彼の名前を呼ぶと彼はこちらを向いた。このいつも通りの光景を目の前にすると昨日のことが嘘なんじゃないかと私は思いたくなった。

「昨日はごめん、今日は茉莉に感謝を伝えたくてきた。実は俺あと2年しか生きられないんだ」

「え…」

 私は頭の中が真っ白になった。彼が冗談を言ってるのだと心の底からそう思いたかった。しかし、彼は話を続けていく。

「高校入学前直前に病気がわかって正直高校に行く意味なんてあるのかなって思ってた。部活にも入ることができなくて生きる希望が見当たらなかった。そんな時に何も考えなしにこの神社にきたら茉莉にあった。」

「その時初めてきたの?」

「うん。そこで茉莉と話しているうちに心が軽くなった気がした。だからまた話してみたいって思ったからよくここに来てるって嘘ついた。そこから茉莉との時間が楽しみになった。」

「私も三船くんとの時間楽しかったよ。引っ越してきたばかりで話す人がいなかった私に居場所ができた気がしたんだよ」

「ありがとう。でも楽しいと同時にこのまま仲良くなると茉莉を悲しませる気がした」

「私は三船くんとこのまま会えなくなる方が悲しくなるし後悔するよ。私には三船くんのつらい気持ち分からないけどこれからも仲良くしていきたいよ」

「俺が茉莉と一緒にいたらいつか必ず悲しませるよ」

「それでも私は三船くんといることを選ぶよ」

「本当にありがとう。茉莉、短い間だけど俺と付き合おう」

「もちろん。じゃあ早速来月旅行にでも行こうか。三船くんといろんなところに行きたいな。まず花火を見て、浴衣着て京都も周りたいな。」


 それから私達はいろんなところに旅行に行った。京都で着物を着たり、花火を見ることができた。私はすごく充実した生活だった。放課後は相変わらず神社で会い、いろんな話をしていた。機嫌付きの恋かもしれないが今を楽しむのが大事だと私は最近思うようになった。先のことを考えると不安で仕方ないけれど、彼との幸せな時間を私はこれからも楽しんでいく。


 私は今日も彼を待っている。私たちが出逢ったいつもの神社で。

「いつになったらきてくれるのかな」

私は彼を考えて待っているこの時間すら楽しい。私はこれからも今という一度だけの時間を大切に生きていく。

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