41. 計画。

 神社を飛び出し、河津のところへ急ぐわたしたちの行く手を、何人もの水証会信者が阻もうとした。槍や弓を引く者、身を呈して止めようと立ちはだかる者などがいたが、わたしたちはそんなことでは止まらなかった。

 黒曜は一瞬の躊躇いもなく彼らを跳ね飛ばした。そしてわたしは二人を守りたい一心で、気が付けば身体全体から雷を発していた。静電気のような雷は、近付いた人々を感電させ、意識を奪う。

 わたしの浄化力が発現したのは二回目だ。当然、身体の奥が燃えるような感覚や、わたしが通り過ぎるたびに上がる水証会信者たちの悲鳴は恐ろしかったが、今は怖がっている場合ではなかった。


 河津は医院の窓際に座って、頬杖をついて外を見ていた。わたしたちが駆け込んでも動じない。


「紫水から『手当てを頼むはずだ』と聞いてはいたが、ちょっとしたキリキズみてえな言い方だったゾ。全然フカイじゃねえか」


 彼に紫水を預け、わたしは黒曜と待合室で並んで座る。隣で黒曜が頭を抱えながら苛立ったように、


「あいつからこの計画を提案されたんだ。危ないんじゃないかって俺は言ったんだが、あいつはにこにこしてた。『絶対に無傷で成功させてみせるよ」って」


 と言った。黒曜には笑顔で嘘をつき、彼はひとり、怪我を少なからずすることを見越していたのだろう。


「どういう計画だったの?」

「見た通りだよ。婚姻の儀は、きよのとの結婚を止める最後のチャンスだ。水証会のやつらが襲ってくるのは明白だった。観客が多いから、飛び道具を確実に持っていると踏んで、俺たちは飛び道具をわざと穂狐さまの像に当たるように誘導する。像を傷付けられた信者たちは怒り心頭に発して、敵を返り討ちにするはずだ、そういう予想だった。穂狐さまの像が倒れるとまでは思わなかったがな」

「穂狐さまの像をあんな風にしちゃって大丈夫なの? 二人のほうが罰が当たるんじゃ……」

「俺だって一応次期宮司だし、穂狐さまの像を傷付けるなんて出来ねえよ。あれは偽物だ。神社のかしらだけが知ってる。神主に言わなくて良かったぜ」


 ほとんどの準備が順調に進んだが、最も時間が掛かったのは会場の準備だった。紫水が黒曜と連れ立って何度も神社に行っていたのは知っているが、まさか像のすり替えを相談しているとは思わなかった。


「そういえばお福ちゃんは? すぐに姿が見えなかったけど」

「水証会の人間である以上、水証会のやつを殺した俺たちと逃げるのはやめたほうがいいと思ってな。真っ先に神社から放り投げた」

「放り投げた⁉︎」

「お福だって狐族だぞ。小さい狐に変化できる。上手く着地してさっさと走って逃げたぜ。あいつは勘が良いから説明せずとも自分がなにをすべきかわかったんだろうな」


 お福は頭部が狐そのものなので、全身まで狐になれるとは思わなかった。小さな狐になったお福がちょこちょこと逃げる様子は可愛いんだろうな。と思う一方で、怖い思いをさせてしまったな、とも思った。


 ずっと心に引っ掛かっていたことを、おずおずと尋ねる。


「どうして、わたしには計画のことを教えてくれなかったの。なんの役にも立てないけど、知らせるくらいしてくれても邪魔しなかったよ」

「そんな悲しそうな顔すんなよ。むしろきよのが役に立ちすぎるから伝えなかったんだ。もし知っていて、周りに意識を張り巡らせていたとしたら、きよのは刃物が飛んできた瞬間に反射で奴を殺しかねない。お前はそれくらい強大な力を持っているんだ。奴をすぐに殺すわけにはいかなかった。像を刺してもらわなきゃいけなかったからな」


 これまでのように、わたしを守るために仲間外れにするのではなく、皆のためにわたしを仲間外れにしたのか。自らが持つ力の重さに恐怖を感じながらも、わたし自身が変われていることに安心した。


「これは俺の提案だと言いたいところだが……これも紫水の提案だ。むしろ俺はお前の手を汚させたくないとかそういうことを考えていた。悔しいけど紫水は本当に優しくて良い男だよ」

「あはは、黒曜も初めて会ったときからずいぶん印象が変わったなあ」

「俺、どんな印象だった?」

「俺さまが一番だー、俺さまのために皆動けー、みたいな?」

「最悪じゃねえか……」


 黒曜とこんなに会話が弾むのは初めてだった。

 作戦が成功したという達成感と、紫水はどうなるのだろうという不安感が、わたしたちの結びつきをより強めてくれた。


 奥から現れた河津は、わたしたちを追い払うように手をひらひらさせた。


「もうフタリは帰れ。今日中にはシスイは帰れないぞ」

「紫水は、危ない状態なの……?」

「はあ? ネガティブだな、オマエは。もう傷は大したことねえ、フロで湯がしみる程度だ。だが安心したせいかすっかり意識を失っててな。このまま帰すわけにはいかねえってダケのことさ」


 帰り際、ちらりと病室を覗いただけで、紫水は本当に大丈夫なんだろうなと感じた。ベッドに掛かる白い布にはもう血の跡はないし、彼の息も穏やかだったからだ。

 黒曜も一緒に『銘杏』までの道を歩き、帰る。


 その日の夜、勝手に紫水の部屋で眠っていた黒曜が、わたしの部屋を訪れ、言った。


「水証会のお社が、今日の騒動を見ていた信者たちによって燃やされたらしい。生きているのはほんの数人だって話だ」


 ぞっとして、身体の芯がすっと引き抜かれたような心地がした。

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