14. 変わってる。
朱色の巾着を受け取って店を出る。道端でわたしの目を遮るように背中で隠しながら、買ったばかりの巾着をなにやらいじっている。
満足げな表情で振り返った彼女は、巾着を差し出した。
「わたしにくれるの?」
「うん。きよのちゃんがいつも着てる浴衣の帯の刺繍と同じ色で、きっと似合うよ。中に福の宝物も入れておいたから開けてみて!」
「今初めて“きよのちゃん”って名前を……」
「いいから! 開けてってば!」
せっかく優しい面を見せてくれたというのに、これ以上わたしがなにか言ったら、またぷいとそっぽを向かれてしまいそうだ。
冷たくされる前に紐を解き、巾着を開ける。
中には一枚の写真が入っていた。セピア色の写真は砂粒が形作っているようだ。
“陽の側”より少々技術が遅れている“月の側”では、スマートフォンやデジタルカメラはおろか、フィルムカメラすら存在しない。鮮明さに欠けるとはいえ、砂粒が集まった、砂浜のような写真は、雰囲気があってむしろ洒落て見える。
写真にはバーテンダーのような男性が写っていた。
黒い蝶ネクタイを締めた彼は、指の間に三つのサイコロを挟んで、カメラに向けて微笑んでいる。控えめな牙と三角形の狐の耳を見るに、彼は狐族らしい。細めた目から覗く黄金色の瞳には嫌と言うほど見覚えがある。
「……紫水?」
「そう、カジノのディーラーやってた頃の紫水くん。今と違ってちょっとやんちゃな感じもして、すごく格好良いでしょ?」
白い長髪の毛先はくるくるとカールしていて、目元にはアイラインや赤いアイシャドウなど化粧が施されている。唇の片方を吊り上げたような微笑みは、どこか挑戦的で、今の彼はしそうにもない表情だ。
美女さながらの風貌に思わず目を奪われる。
「紫水って、こんなに綺麗だったんだね」
「はあ? これまであの見た目になにも思わないまま一緒に暮らしてたわけ? きよのちゃんって変わってるよね」
「変わってる、か……」
専門学校で何度も言われてきた、刺々しい言葉。この言葉を投げかける誰しもが浮かべていた苦笑が脳裏に焼き付いている。
わたしは普通に話していたつもりだったのに、なにがいけなかったのかな。
心臓のあたりがひゅっと冷えたようになって、肺があまり膨らまなくなるあの感じも、忘れてはいない。
お福は目を伏せるわたしに気付かず続ける。
「紫水くんもその変わったところが気に入ってるんだろうなー。福だって、もっとつまんない人間に紫水くんを取られたらむかつくけど、きよのちゃんだったらわかるもん。福が初めて会った“陽の側”の人がきよのちゃんで良かったかも」
お福の言う“変わってる”は、“つまんない”の対義語。決して“普通”の対義語ではないのだとわかると、身体の底で涙が沸騰する感覚がした。
顔を見られたくなく、
「嬉しいこと言ってくれたし、素敵な巾着をくれたから、帰りは肩車しちゃうよ!」
と明るく言って彼女を肩車した。思っていたよりも軽く、楽々帰れそうだ。
わーきゃーと高い視点に喜ぶお福の声を聞いて微笑みながら、家に戻ろうとしたとき、あることに気が付いた。
「お福ちゃん、具合悪くない? 足が浴衣越しでもすごく熱い」
「福は元気だよ! 元気、元気、ほら」
「足バタバタしないで、おでこ触らせて。……やっぱり熱い! 早く家に帰ろう」
「確かにもう夕方だから帰る時間だ。下ろして!」
「熱があるんだから下りなくていいよ。わたしがお福ちゃんを家までおぶっていく。身体が辛いなら寝ててね」
肩車からおんぶの体勢に変えると、お福の小さな身体が背中にくっつく。初めこそひとりで大丈夫だよとか危ないからいいよとか言っていたが、揺れるのが気持ち良かったのか、すぐに眠ってしまった。
後ろをちらりと見ると、彼女が穏やかな顔ですやすやと寝息を立てている。
一人っ子のわたしにとっては唯一の妹のようで愛おしく、思わず微笑む。
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