くらっ子鳥と鬼子母神さま

仁志隆生

くらっ子鳥と鬼子母神さま

 むかしむかしの事。

 上総国の長柄というところに、くらという娘がいました。

 くらは働き者で気立てがいい娘で、村人達にもたいそう可愛がられていました。

 

 くらが年頃になった頃、両親が相次いで亡くなってしまったので心配した村人達がよい婿を世話しました。

 二人は仲睦まじく、やがて可愛い男の子が生まれた頃でした。

 婿が急に亡くなってしまい、くらは一人で赤子を育て、一生懸命働いていました。


 ある日の事。

 くらが畑仕事をしていた時に、あぜ道に寝かせていた赤子が大鷲に攫われていきました。

 くらは必死に「くらっこけえせー!」と叫びながら、衣服が破けても構わず追いかけました。

 そしていつの間にか、くらは片方が白く片方が黒い足をした鳥になっていました。


 そして「くらっこー、くらっこー」と鳴きながら空を飛び、子供を探し続けました。



 

 どのくらい経った頃でしょう。

 くらは疲れ果て、小さな声で鳴きながらも空を飛んでいましたが、


” ああ、坊や ”


 とうとう力尽き、山の麓に落ちていきました。




 だが、地に落ちる寸前でそれを受け止めた者がいました。

「やっと見つけたわ……ごめんなさい」

 その者はなぜか泣いて詑びながらくらを抱きかかえ、近くの洞穴へ入っていきました。




「……くあ?」

「気がついた?」

「くあー!」

 くらはそこにいた者を見て驚きました。

 それは美しい顔立ちでしたが、頭に角がある鬼女だったのです。

「怖がらないで、取って食おうなんてしないから。さ、これ食べて」

 鬼女は椀に入れた赤い果実を差し出しました。

 くらはそうっとそれを啄むと、いくらか元気になりました。


 それを見た鬼女がくらに話しかけました。

「あなた、自分の子供を探してるんでしょ?」

「くあー?」

「なぜ分かるかって? それはいいとして、この山の上に咲いている赤い花を取ってきて、この先にある村の庄屋さんのところへ持っていって。そうすれば会えるわ」


 この鬼女は優しい目をしている。嘘を言ってるようには見えない。

 もしかして悪い鬼ではないのかも? くらはそう思って洞窟を出て、山の上へと飛んで行きました。




 山の上に着いたくらは、そこに咲いていた大きな赤い花を咥えて引っこ抜こうとしましたが、なかなか抜けません。

 それでも頑張ってやっと抜けたときにはもう、辺りは暗くなっていました。

 

” 夜明けなんて待ってらんねえべ ”

 くらはそう思い、花を咥え村へ行こうとしましたが……、急に強い風が吹き荒れました。

 くらはその場に身をかがめ、花が飛んでいかないよう必死で咥えていました。

 

 

 

 やがて風も止んで夜も明けた頃でした。

 くらは途中で飛んできた石や木の枝などが当たって怪我をしていましたが、それでも子供に会いたい一心で、村へと飛んでいきました。




 ふらふらと飛び続け、やっと村に着き、大きな屋敷の前まで来た時でした。


「片方が白く片方が黒い足の鳥……ほ、本当に来た?」

「庄屋様、庄屋様ー!」

 屋敷の前にいた男達がくらを見た途端、慌てて中へ入っていきました。

 そしてすぐに若い男を連れて出て来ました。


” あ…… ”


 くらは男を見て驚きました。

 亡くなった夫にそっくりだったからです。

 そして。


” ……坊や。ああ、こんなに立派になって ”


 くらはその男が自分の子供だとすぐに分かりました。


「私はこの村の庄屋です。鳥さん、どうかその花を私にください。お願いします」

 息子は地に手をついてくらに言いました。

 くらはふらふらと息子の前に降り、咥えていた花を置きました。


「ああ、ありがとうございます。これで子供が助かります」

 息子は何度も礼を言った後、屋敷の中へ入っていきました。


” 子供がって、もうそんなに経ってたんだべか? いや、それより子供になんかあったべか? ”

 くらも塀を飛び越え、屋敷へ入っていきました。




 戸が開いていた部屋があったので見ると若い女がいて、幼い子供が床で苦しそうに寝ていました。

 そこに息子が花を煎じたのであろう薬を持ってきて子供に飲ませてやると……あっという間に元気になりました。

 それを見た女は子供を抱きしめ、息子は涙を流して喜んでいました。


” あら、よっく見るとめんこい娘。こりゃ良い嫁もらったんだの。それとあの子は坊やそっくりだな……病だったみてえだけんど、治ってよかったべ ”

 くらはそう思った途端、その場に倒れてしまいました。


” ……ああ、最後に会えてよかったべ ”




「あ、鳥さん!?」

 くらがいたことに気づいた息子は、慌てて駆け寄りました。

「よく見ると怪我だらけだ。こんなになってまで花を持ってきてくれたのか」

 息子はくらを抱き寄せ、涙を流して

「あなた。これを鳥さんに飲ませましょう」

「あ、ああ。さあ、これを」

 息子と妻はくらの口をそっと開け、残っていた薬を飲ませました。


 するとくらの体が輝きだし、やがて……。


 かなり歳を重ねてはいましたが、人間の姿に戻りました。

 

「えええ!?」

 息子と妻はびっくり仰天。

「あ……?」

 くらは呆けていました。


 しばらくして、

「あ、あの。ありがとうございました。おかげで息子の命が」

「え、いえいえ。わたしの方こそ元に戻していただいて」

 二人して頭を下げ、礼を言い合いました。


 そして息子がこう言いました。

「……あの、少し話を聞いてもらえますか?」

「え、ええ。なんでしょう?」

「はい。私の息子はずっと病で伏せっていたのです。どの医者も匙を投げて……それで鬼子母神様にお助け願おうと何日もお参りしていたのですが、つい昨日のことです。『使いを寄越す』と声が聞こえました。そして私が会いたいと思っている人にも会えるとも聞こえました」


「私はずっとその人を探していて、とある村で行方知れずになった女と赤子がいたと聞いて、もしやと思っていました」

「え?」

「その母親の名はくら……あなたなのでしょ? そして、私のおっかさんなのでしょ?」

 息子はそう言ってくらの手を取ると、

「あ、ああ……そうだべ」

 くらは涙を流しながら答えました。

「おっかさん、やっと会えた」

 息子はくらに抱きつき、声を殺して泣き出しました。

 



「よかったわね、くら」

 それをどこからか見ていたのは、あの鬼女でした。

 

 ごめんなさい……かつて私がこの近くで子供達を攫っていたのを見て、その真似をした大鷲がいたの。

 それは退治して子供達は皆親元に帰したんだけど、あなたはどこに行ったのか分からなかったものだから、子が欲しいと願っていた先代の庄屋に預けたの。


 その後お釈迦様に相談したらいずれ出会う日が来るからと教わり、その日を待ち続け……やっと会えた。

 そしてあなたを子供と会わせることが出来た。

 これでやっと、私の罪滅ぼしも終わったわ。


「さてと、私も子供達のところに帰るわね。見守っているわ」

 鬼女は神様のような姿になって去っていきました。

 この方が誰かはもうおわかりですよね。




 そしてくらは息子夫婦や孫と一緒に仲良く幸せに暮らしました。


 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くらっ子鳥と鬼子母神さま 仁志隆生 @ryuseienbu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説