俺の周りは優秀すぎる ~完璧超人な幼馴染とリケジョの間にいる普通の俺~

ちひろ

始まり始まり

いつもの日常。 朝起きて1日の支度をする。 学校に着けば友人と挨拶を交わし、いつもの席に着く。 退屈な授業を受けて昼食。 俺は毎日、家族の分のお弁当を作っている。 母親は早くにこの世を去った。 父は仕事で毎日忙しそうにしている。 料理を科学の実験かなにかと勘違いしている姉に、俺達の大事な食事を任せることはできない。 毎日大変だねと言われるが、食べ物としての尊厳を奪われた黒い物体を食わされるより百倍以上ましだ。 弁当を出して準備をすると、友人を待つ。 「お待たせ~。」 こいつの名前は如月光希きさらぎ こうき 小学校からずっと同じクラスという、奇跡の幼馴染。 漫画とかラノベだと、だいたい幼馴染はキレイとかカワイイ女の子になるのだが、生憎俺が幼馴染と呼べるのはこいつしかいない。 光希は絵に描いたような主人公気質。 成績優秀、眉目秀麗、文武両道。 世の中の誉め言葉は、だいたいこいつの為にあるんじゃないかと思うくらいの完璧超人。 しかも親は医者と弁護士。 完璧な勝ち組。 天が二物どころか、何かの間違いで5個も6個も与えてしまったような、今が乱世なら信長の前に天下統一を成し遂げられたんじゃね?と思わずにはいられないような、御都合主義のラノベにしかいないような自慢の友人。 普通なら近寄りがたい筈なんだけど、そこはさすがの完璧超人。 性格もよくて全く偉ぶらない。 だからこいつの周りには自然と人が集まるし、先生たちの覚えも良い。 次期生徒会長確実なんて言われているが、2年からサッカー部の部長をしていることもあり、本人は辞退を申し出ている。 ちなみにサッカーの実力も超一流で、1年の時から県の選抜に選ばれている。 そんなやつだから当然モテる。 だけど彼女も作らず高校2年の大事な時期だってのに、相も変わらず俺なんかと昼食を共にしている。 ちなみに俺の名前は後藤亮二ごとうりょうじ 簡単に言えば『THE・普通』 親はサラリーマン。 身長も体重も高2の平均からそんなにずれていない。 サッカー部に所属しているが、ベンチと2軍を行ったり来たり。 成績はまぁ悪くはない。 試験前に光希大先生に出題予測をして貰っているので、身に付いているかと言うとそうでもないが。 そんな光希にも欠点がある。 1つはこいつが特級フラグ建築士であること。 年上年下関係ない。 売店のおばちゃん(還暦前)が真面目な顔で 『私があと30年若ければ…』って言ってるときにはさすがに吹いた。 近所の保育園は、散歩のコースにこの学校の前を通るのだが、決まって俺達のクラスの体育の時間になっている。 保育士の先生達と園児(女の子、一部男の子)からの熱い声援と視線はこの学校の風物詩となっている。 2つ目はこいつが自分の事を分かっていないということ。 普段はエスパーかってくらい空気を読むのに、自分の発言がどれだけ周りに影響するかをまるで理解していない。 中学の時に1度文句を言ったのだが、こいつときたら 『そんな筈無いじゃない。 亮二は大袈裟だなぁ!』 なんて笑ってやがった。 ちなみにその時は、うちの姉が高校の科学部で何かの賞を取った話をしていて、こいつが何気なく 『理系の女の人ってカッコイイよね~』 何て言うもんだから、科学部には入部希望者が殺到し、うちには毎日のように姉宛の過激すぎる手紙が届くようになった。 姉は鋼メンタルで気にもしていなかったが、僕と父は毎晩のように父子会議を開き話し合った。 これが沈静化するまで3ヶ月。 光希には事ある毎に発言には気を付けてくれと言っているが、どこまで理解してくれているのか…。 そんな光希だが、俺と毎日昼食を食べるのにはこいつなりの理由がある。 光希と昼を共にしたい女子は多い。 それこそ全女子が願ってるんじゃないかってくらいだ。 もちろん男からのお誘いも多い。 まぁそいつらは、光希を出汁にして女子を誘って、あわよくばお近づきになりたいって儚い欲望が見えている。 しかし光希はそのお誘いを全てお断りしている。 普段はあんなに愛想よく対応しているのに、昼食に関してはキッパリと断る。 これには最初誰もが戸惑っていた。 断られて泣き出す女の子もいたほどだ。 その理由は1つ。 こいつは俺の作る卵焼きが大好きらしい。 中学までは給食だったが、高校から弁当になって、最初の頃は毎日俺の弁当から卵焼きを奪っていった。 1度玉子が切れているのを忘れて、卵焼きを入れなかった日があったが、ぶちギレられた。 俺も周囲もドン引きするくらい機嫌が悪くなり、次の日から光希専用に卵焼きを作ってくることを約束してなんとか機嫌が治った。 ちなみにその日から数日間、俺宛に光希の機嫌が悪くなったことへの熱い批判のお手紙が届くようになった。 それと『光希様の卵代』と書かれた封筒が数通、俺の下駄箱に入っていた。 恐る恐る中身を見たら、千円から、一万円まで入っており、怖くなった俺はそのまま教師に預けた。 いや、買い忘れただけだから! 別にそこまで貧乏じゃないから!! そんなこともあり、俺はこいつのために毎日卵焼きを焼いている。 別に隠し味とか特別な卵とかがあるわけではない。 むしろ、近所のスーパーで特価で売ってるやつを普通に焼いてるだけ。 最近はコンビニでも厚焼きからだし巻きまで売ってるくらいだし、作っている俺にも正直違いが分からない。 一度試しにお惣菜の卵焼きにしてみようかとも考えたが、以前の経験からやめておいた。 そしてそれを笑顔で食べる光希を見るのがうちのクラスの特権らしい。 見るものを魅了するような笑顔で卵焼きを食べる光希を眺めながらの昼食は格別らしく、女の子達はローテーションを組んで席を変わっているようだ。 ちなみに俺の席がクラスの女子から『聖域』と呼ばれていることを知ったときには本気で頭を抱えた。 そんな光希だが、今日はなんだか思案顔だ。 こいつはどんな顔も絵になるなぁ なんて呑気に思ってたら、斜め上の方に爆弾を投下しやがった。 「亮二はさぁ、今好きな人とかいる?」 「は?いきなりどうした?頭でも打ったか?」 「いや、真面目な話。いる?いない?」 何言ってんだこいつ? みたいな顔の俺に、光希は真面目な顔で話しかける。 そもそもこいつから色恋の話を振ってきたことは記憶にない。 そりゃ俺も健全な男子だし、気になる女子も居る。 でも大抵の女子は光希狙いで、俺と仲良くしてくれる女子も、俺の事は見ておらず、俺を通して光希を見ている。 昔はそれに嫌気もさしたが、さすがにもう慣れてしまった。 光希はエリート街道、俺は一般の部。 さすがに進学先は違うだろうから、その時に彼女が出来れば良いなぁくらいの気持ちでいる。 「光希からその手の話は珍しいな。 ってか知ってるだろ? 俺は今気になってる子はいないよ。」 これは俺が光希につき続けている嘘。 俺には本当は好きな子がいる。 まぁ成就するとも思っていないし、憧れに近い感情ではある。 だけど俺は村人A。 物語の主人公には、かなわない。 「いつもそう言ってるけどさ。 なんか嘘臭いんだよね~。」 相変わらず鋭い奴だ。 俺は平静を装っていつものように答える。 「いや、ほんとだって。 別に嘘つく必要もないだろ?」 そう言って誤魔化すためにスマホを見る。 お気に入りのサイトの中から選んだのは、昔のセリエAの動画。 俺の憧れは昔からR・バッジョ。 彼に憧れて希望しているポジションも同じトップ下。 いつ見てもバッジョはすげぇなー なんて思っていたら、突然スマホを取り上げられた。 顔をあげると何か不服そうな顔してる光希。 「亮二ってさ。 昔から都合悪くなると他の事をしだすよね? それに、気付いてないかもだけど、亮二が嘘つく時って、いつも同じことするんだよ?」 「…ちなみにそれはどんなこと?」 「教えるわけ無いじゃん。」 「デスヨネー。」 「という事で真面目に答えてね?」 「………いない。」 「はい、また嘘ついた~。」 「スマホ…じゃないよな? 今触ってないし。」 「うん、違うね~。」 「ベタにどっかを触るとか…してないよな。」 「そうだね~。 触ってないね~。」 「なんだろ。 全然分からん。」 「そうだろうね~。」 何だろう。 だんだんムカついてきた。 「降参。 だから教えて?」 「ダメだよ~。 だって治されたら面白くないじゃん。」 こいつ…。 「まぁその質問にいないって嘘つくなら、本当はいるって事だよね~。」 …しまった。 そりゃそうなるよな。 「……だな。 それで?光希はどうなんだ?」 「僕? ふふ、どうだろうね? 亮二がほんとの事言うなら僕もほんとの事言うよ?」 その瞬間、クラスの空気が凍った。 なんて事はないが、さらに静寂が包み込んだ。 いや、お前ら今の今まで雑談してただろ? 何でみんなこっちの話聞いてたの? そして俺を睨まないでくれ! わかってるさ。 誰も俺が好きな人のことなんて興味がない。 大切なのは目の前にいるクラスの王子様に想いを寄せられる人が誰かってことなんだろ。 わかってる、俺の迂闊な発言が原因だ。 オーケーオーケー、責任は取るさ。 「さぁどうする? 別に僕はどっちでも構わないよ?」 こいつこんな性格悪かったか? 絶対分かっててやってるよな…。 女子からの視線で殺されそうなんだが…。 数秒の沈黙のあと、視線に耐えきれなくなった俺は 「…名前までは言わないからな。」 はい、心が折れました。 つーか無理。 鋼メンタルの姉ならともかく俺は一般の部。 主人公でもなければライバル役でもヒロイン役でもない。 良くて村人A、若しくは木とか岩の役。 俺の答えに満足したのか、光希は笑顔で 「やっと観念したね? いやぁ、親友がようやく素直になってくれて僕も嬉しいよ。 だいたい亮二は昔からそうなんだよね~。 自分じゃばれてないと思ってるみたいだけど、完全にバレバレだから。 嘘つくの下手すぎなんだからもうやめた方がいいよ? 多分美夜さんも分かってる筈だよ? あの人はわざわざ言う人じゃないけど、人間観察が趣味みたいな人だし。」 ちなみに美夜ってのは俺の姉だ。 実の姉に対して言うのもなんだが見た目は良い方だと思う。 綺麗な黒髪を1つに束ねてモデルのように颯爽と歩く姿は我が姉ながら美人だと思う。 ちなみに超がつくインドア派。 基本、家と大学の往復。 化粧もせずにあの顔は世の女性を敵に回しそうだが、本人は全く気にしていない。 性格はズボラで豪気。 必要なスペース以外は汚れようが全く気にしない。 家の1部屋を自分の研究スペースにしており、そこだけはゴミ一つ落ちていない。 ちなみに寝室は地獄。 俺が片付けなければゴミも洗濯物も一緒になっている。 もちろん家事スキルなんて持ち合わせていない。 俺は昔、この人は蚕の生まれ変わりだと本気で思っていた。 さらにめんどくさいのが、毎食俺の作った味噌汁を欲すること。 赤味噌でも白味噌でも合わせ味噌でもいいらしい。 具も特に好き嫌いはない。 ただ、味噌汁が無いときには、ハイライトの消えた、いわゆるヤンデレの目でじっと俺を見てくる。 特に何か言われることはないが、怨霊か悪霊が乗り移ったかのように、生気のない眼でただただ見てくる。 ちなみにインスタントもダメ。 これも実証済み。 唯一の救いは作り置きでも満足してくれること。 ただ、コンロを使わずにガスバーナーで暖めているのを見たときには腰を抜かしかけた。 なので俺は毎日朝夕に味噌汁を作っている。 記憶にある母の料理はどれも美味しかった 俺を一応毎日料理をしているが、記憶にある母の味にはどれも遠く及ばない。 それでも毎日美味しいと言ってくれる家族のためにも、もっと上手くなりたいと思っている。 話がずれたが、なぜここでこいつから姉の名前が? 不思議に思っていると、光希が笑いをこらえながら 「亮二が今考えてることを当ててみようか? なぜここで僕の口から美夜さんの名前が出てきたのか。 そして美夜さんの性格を思い返して、僕の言ってることを検証してるんじゃない?」 背筋が寒くなった。 光希の言うとおりの事を今まさに考えていたところだ。 それにしてもなぜこいつは俺の姉の事をここまで知っているんだ? 同じ家に住む俺ですら姉の事など理解できないのに…。 「ふふ、当たったみたいだね? そして亮二は疑問に思っている。 何で僕が亮二よりも美夜さんの事を詳しいのか、ってね。 それはね?」 キーーンコーーンカーーーンコーーーン 「おっと、時間になっちゃった。 続きはまた今度だね? ちゃんと授業受けなよ?」 絶妙のタイミングで鳴り出す予鈴。 まさかこいつはここまでよんでいたのか? まさか。 だがそれにしてはタイミングが良すぎる。 この完璧超人なら、話の流れやタイミング、時間まで操作できそうな気もする。 でもそんなことが、本当に出来るのか? 俺が答えたのは誘導があったとはいえ俺の意思だ。 違う答えも出来たはず。 周りの女子からの視線がさらに厳しくなる。 『使えねーやつ。』 『もう少しだったのに…』 『まじでお前の事なんかいいから光希様の事を聞かせろよ』 確実に分かっているのは、俺の株が今現在暴落しているということだけだった。 どこかにいるはずの私の騎士様。 どうかこの憐れな男を助けてください…。 そこからは解らないことだらけだった。 勿論授業なんて頭に入らないし、部活も散漫なプレーが目立ち、監督に怒られコート外に出されてしまう。 光希は相変わらず華麗なプレーを続けている。 二人を交わしてシュート。 ボールはゴールの左隅におさまった。 駆け寄るチームメイト。 笑って応える光希。 その様子をじっと見つめていると、何故か疑問に思ってしまった。 (あいつ、あんなに嘘っぽい笑いかただったっけ?) 作った笑いというか、下手くそな愛想笑いというか、表現はしにくいが、凄く違和感を感じてしまった。 (周りの奴らは気付いてないのか?) 周りの連中を観察しても、特に違和感を感じていないようだった。 (そりゃそうか。 こんだけ長く一緒にいる俺ですら気付いてなかったんだ。 しっかし、なんで急に気付いたんだろう。) 考えながらもじっとプレーを見続ける。 今まではボールをもつ選手を目でおっていたが、俯瞰というか広く全体を見ているような感じになる。 空きスペースや抜け出すタイミング、自分ならここでこうするというイメージを作る。 「後藤、頭は冷えたか?」 突然監督から声をかけられた。 「おす。」 「じゃあ行ってこい。 次にあんなプレーしたらお前の出番は無いと思え。」 「おっす。 ありがとうございます。」 「山下、交代だ! トップに如月、後藤は如月のところに入れ! 山下はまだ無理すんなって言っただろーが!」 「はい!すいませんでした!」 そう言って山下先輩が下がってくる。 「頑張れよ!」 山下先輩からすれ違いざまに肩を叩かれた。 山下先輩は優しくて面倒見のいい、俺たちも大好きな先輩だ。 去年の県大会決勝で悪質なタックルを受け怪我をした。 なんとかプレーはできるが、今でも痛みはあるらしい。 ちなみにうちのチームで光希のプレーに合わせることが出来る唯一の先輩。 これは光希自身が前にこっそりと教えてくれた。 俺は深呼吸してピッチに入る。 光希のいたポジション、つまりトップ下。 今は3ー5ー1ー1のワントップ。 俺の前には光希一人。 プレーが再開され、後ろからボールがくる。 中盤でボールを回しタイミングをはかる。 サイドから味方があがり、中央寄りだった相手ディフェンスが少しだけ広がる。 光希には二人ついている。 右は比較的フリー。 左は少し下がり気味。 今までの俺なら右に出してそれから前に切り込んでいた。 今の俺には何となく全体が見えている。 ディフェンスが詰めてくる。相手も多分俺が右に出すと思っている。 キックフェイントで一人かわし前をみる。 何となく光希と目があった気がした。 左サイドにグラウンダーのパス。 光希も同じことを考えていたのか、パスを出すときには左に抜けていた。 パスが通る。 ターンで抜けてシュート。 ボールがネットを揺らした。 (あぁ、あいつはやっぱりすげぇなぁ。) 腰に手を当てて空を見上げる。 一息ついて前をみると、目の前には光希の満面の笑顔があった。 「ナイスパス亮二! まさかあんなにきれいに抜けるとは思わなかったよ! いやーー、気持ちいいね! でもなんであそこにくれたの? いつもの亮二なら右が空いてたし右に出すよね? 当たりに行った小田さんもそっちを警戒してたみたいだし。」 やっぱりこいつはよく見てやがる。 そんなことを思いながら、 「別に、何となくだよ。 お前がそこにほしそうな顔してたからかな。」 そう答えると、いきなり笑いだした。 「あはははは! いやーそうなんだよ。 いつもの亮二なら右に出すから僕も中に行くんだけど、なんか今日の亮二なら僕のほしいところに出してくれる気がしてさ? 左に出てみたら思った通りのパスが来て驚いちゃった! おかげで少し出遅れて慌ててターンしちゃったよ。」 こいつは…慌てたのにあのプレーかよ…。 呆れながら、そういえばさっきの笑顔は凄く自然だったな、まるでいつもの卵焼きの時みたいじゃねーか。 なんて事を考えていた。 練習も終わっていつもの帰り道。 今日の反省や下らない話、今夜のメニューなんかを話ながら帰る。 これもいつもの事。 ちなみにこいつはうちの晩飯を聞きたがる。 そして、たまにではあるが、そのまま食べに来ることもある。 そんな時は卵焼きの手間が増える。 食べすぎは良くないんだぞ? 姉はたいてい自室で食べるし、父親も遅いから、俺は一人で食うのだが、誰かと食べるのは楽しいので、邪険には扱わない。 というか、こいつの食に対するこだわりは異常で、食べたいと思ったら止める術がない。 前に一度断ったら、二時間ほど玄関の前に座ってやがった。 夜中帰って来た父親が、玄関の前にある黒い塊(学ランを着た光希)を見て腰を抜かしかけたそうだ。 こんなことがあって、俺はこいつの頼みを(かなりめんどくさくなるので)断らないようにしている。 まぁ色々と世話にもなってるしな。 今日のメニューは海鮮漬け丼。 仕込みは終わっているし、あとは帰りにスーパーで具材の海鮮を選ぶだけ。 帰ったら米を炊いてる間に漬け込んでおく。 食べに来ることも予想していたので、あとは卵焼きと味噌汁を作るだけ。 本当は汗臭いのでシャワーを浴びたいが、今日は光希もいるし着替えるだけ… 「亮二ーー。 汗かいたからシャワー使っていい? あと着替えも貸してー?」 ぶん殴るぞ?このやろう… さっぱりした光希と、気疲れした俺で食卓を囲む。 ちなみに姉は、相変わらず部屋に入り浸っているみたいなので、出来上がったものを先に運んでおいた。 何でもここ数日は目が離せないらしい。 寝ているのか心配になるが、食べた皿はちゃんと台所まで持ってくるし、顔色も悪くはなさそうなのであまり心配はしていない。 食べながら話すのは行儀が悪いが、平日に誰かと食卓を囲むのは久しぶりなので、今日の疑問を口にしてみる。 「それで? 結局俺の癖ってなんなんだ?」 「あれ?覚えてたんだ? もう忘れてると思ってたよ」 なんて、失礼なやつだ。 だがここはクールに。 そう、クールに。 クール、クーラー、クーリスト。 ふぅ、やっと冷えたよ私のハート。 さて、仕切り直して、 「いや、考えても解んなくてよ? そしたら監督から怒られて外されちまうしさぁ? お前にも責任の一端が有るんだから教えてくれよ?」 「プレー中にそんなこと考えてたの? そりゃ監督も怒るよ…。 慢心は怪我に繋がるって分かってるでしょ? 山下先輩だって怪我であんなに苦しんでるのに。」 ごもっともだ。 俺は2年間あの人の背中をみてきた。 決勝の神懸かったプレイも、そのあとの苦しみも…。 苦しさが分かるなんて口が裂けても言えないが、それでもあの人は腐らずに裏方でチームを支えてきた。 自分のリハビリも続けながら、泣き言も言わずにずっと。 光希をキャプテンにしたのも山下先輩だった。 プレーできない、ベンチにも入れないやつがキャプテンなんて出来ねーよ。 といって有無を言わさず光希に託した。 光希は断ったが、頑として譲らず、 俺がここに戻ってきたらまた取り返すさ。 と言っていた。 だから光希は自分をキャプテン代理と言っている。 それには山下先輩も何も言わない。 最近ようやくピッチに帰って来たが、自分の思うようなプレーが出来ないことから、キャプテンマークを受けとることはなかった。 「確かにな。 それについては自分でもアホだと思ってる。」 「まぁ分かってくれるならいいよ。 それで?亮二の癖のはなしだっけ?」 空気を変えようとしたのか、少し強引に話を戻した。 「いや、もうそれはいいや。 分かったところで癖ってのは自然に出ちまうから治せるかも分からねぇし。 それより女の話だよ。 光希にもついに春がきたのか?」 「言い方が気になるけど…。 知りたい?ねぇ知りたい?」 「…正直ウザイ。」 「ふふ、ひどいなぁ。 じゃあ勝手に喋るけど、僕には気になる人がいるよ。 好きかどうかは分からないけど、もっとその人を知りたいと思ってる。」 …マジかよ、全然分からなかったぞ。 あれだけ誰とも付き合わずにいたので、物語には定番の許嫁ってのがいるのかと疑っていた。 光希の実家は病院を経営していて、駅前の一等地に建っている。 直接聞いたことはないが、俺は勝手に、こいつは親の跡を継いで医者になるものだと思っていた。 俺にはやりたいことがあり、卒業したら専門学校に行こうと思っているから、光希と一緒にいられるのも高校までだと思っている。 たまに会うことはあると思うけど、医学部は忙しいと思うし、今みたいに毎日顔を会わせることは無いだろう。 そんなことを思っていると、 「誰かは聞かないの?」 光希はまっすぐ俺をみる。 その眼差しは真剣そのもの。 思わず目を逸らしながら、 「俺も知ってるやつか?」 「そうだね。 知ってる人だよ。」 「うちの学校か?」 「それはノーヒント。」 うちの学校に思い当たる人間はいない。 光希の周りで特別親しくしている女子生徒もいない。 まぁ俺も光希の全てを知ってる訳じゃないけど。 光希は相変わらず俺をまっすぐ見ている。 少しだけ、ほんの少しだけ考えていたことを口にする。 「………もしかして、俺か?」 「…だと言ったら?」 光希は目を逸らさない。 おいおい、マジかよ…。 昔から告白されまくってるのに、誰とも付き合わないでいたから、嫉妬した男達が、 『あいつ、実は女に興味ないんじゃねぇの?』 なんて噂を流した。 醜い男の嫉妬だと、噂は広まらなかったが、本人は否定も肯定もしなかった。 俺も別に気にはしていなかったが、それが本当ならば俺はどう対応すればいいんだ…。 「ねぇ、亮二。 君はバカなの?」 すごく残念な目で見られた。 なんというか、哀れな者を見つけたみたいな、すごく蔑んだ目だった。 こんな顔はみたことない。 「もしかしてあの噂のことを言ってるの? まさか亮二が信じるとは思わなかったよ…。 だいたい、僕が君に好意を持ってたとして、こんなニンニク臭い状態で言うとでも?」 こいつは何でもニンニク醤油をかける。 醤油では物足りないらしい。 以前聞いたら、 「ニンニクが好きだ。 愛してると言っても過言ではない。」 なんてどっかで聞いたようなことを真面目な顔で言っていた。 「はぁ…。 真面目に考えてほしかったんだけどね。」 失礼な。 めっちゃ真面目に考えてたぞ? どうすれば傷つかないように、なおかつ円満にお断りできるか悩んでいたのに。 めんどくさいから言わないけど。 「悪かったよ。 でも思い付かないんだよ。 そもそもお前は誰とでも仲良くできるけど、全員と一歩引いたような、壁があるみたいに接してるじゃねーか。 今日だって、みんなが喜んでるときに、取って付けたような顔しやがって。」 「え? どういうこと?」 「だから、今日の部活のときに、お前がゴール決めただろ? あぁ、俺が怒られて外されてるときな。 んで、駆け寄ってくる仲間に対して取り敢えず笑っとけみたいな顔してたじゃねーか。 ああいうのはあんまりよくないと思うぞ?」 少し言いすぎたかなとも思った。 でも長い付き合いで、俺たちは結構言いたいことを言っている。 勿論お互い言えないこともあるが、気になった事は言うようにしている。 「へぇ。 気付いたんだ? 今まで誰にも言われたことはなかったんだけどね。 ちなみに、いつから気付いてたの?」 「いつからって訳でもないぞ。 グラウンド追い出されて、頭冷やしてたら何か違和感があってな。 その理由が分かんなくて色々と考えてたら、お前の表情が引っかかったんだよ。 周りの温度に比べて、お前のとこだけ低いというか、上手くは言えないんだけどな。」 そういうと光希をみた。 光希にしては珍しく驚いた顔をしている。 そして、 「やっぱり亮二はすごいなぁ…。」 と呟いていた。 偉そうに言ったが俺も確信があった訳じゃない。 違和感に気付いて、それを自分なりに推測しただけだ。 まぁネタばらしする必要もないだろ。 その後はまたとりとめのない会話を続ける。 話題は主に期末考査について。 大先生、今回も頼りにしてますぜ? そんな話をしていると、突然ガラッとリビングの扉が開いた。 「あら?光ちゃん来てたの?」 入ってきたのは姉。 まぁ父親が帰ってくるには早すぎるし、家には姉しかいないので、姉以外が入ってきたら警察案件だ。 「あ!美夜さん。 お邪魔してます。」 「ミヤネェ…。 さっき持っていったときに光希が来てるって言っただろ? もう少しまともな格好で出てこいよ…。」 姉は大きめのTシャツにショートパンツ、上から白衣を羽織っている。 白衣には拘りがあるらしく、これだけは毎日洗濯している。 勿論洗うのも干すのも俺の仕事ではあるが。 光希はニコニコして姉と話している。 そういえばこいつが自分から女性に話すのって俺の姉と光希の妹くらいしか見ないな。 「んじゃ、私は実験の続きがあるから。 光ちゃん、ごゆっくり~。」 扉を向いて手だけヒラヒラと振りながら姉は出ていった。 さて、明日も学校だし、そろそろ切り上げるかな。 そう思って光希を見ると、光希はまだ姉の去った扉の方をみていた。 「…おまえ、まさかミヤネェか?」 「…うん、そうだよ。」 おいおい、マジかよ。 実の弟の俺が言うのもなんだが、全くおすすめできないぞ? 生活能力皆無だぞ? 見た目は良いかもしれんが、興味のあること以外は見えてないのかってくらい尖りすぎてるぞ? 見た目に騙されて告白してくるやつは多いらしいが、かなりの地雷だぞ? 「…はぁ。 いつからだ?」 「正直覚えてないかな。 気がついた時には好きだったよ。」 「弟の俺が言うのもなんだけど、考え直さないか? おまえなら、もっといい人いるだろ? 人の恋路をどうこう言うつもりもないけど、全くうまくいくと思えないんだが…。」 「そうだね。 僕もそう思うよ。 美夜さんは僕を弟の友達くらいにしか思ってないだろうね。 だけど、やめようと思ってやめられるもんでもないんだよ。」 「…そうか。 なら俺は何も言わねーよ。 まぁ振られたら特製卵焼きでも作ってやるさ。」 「ふふ、亮二は優しいね。 でもなんで振られる前提なのさ?」 「言ったろ? うまくいく未来が見えないって。」 「そんなのわからないじゃないか。」 「ちなみに、俺は応援はしてやるが協力はしないぞ。」 「分かってるよ。 これは僕の挑戦だ。 絶対に諦めないよ。」 「すげぇ気合いだな。 まぁせいぜい頑張れよ。」 俺は正直驚いた。 こいつが姉を好きだと言う事よりも、すごく大人に見えたんだ。 子供っぽくて、意外とわがままで、何でも器用にこなすけど変なところで不器用。 そう思ってたこいつは、俺の知らないところですごく大人になっていた。 そして自分のことを考えてみる。 今まで自分はここまで相手のことを好きだと思うことはあっただろうか。 憧れている人はいる。 だが、ここまで素直に自分の気持ちを伝えることはできない。 常に一歩引いて、どうせこの人も光希に気があるんだろう。 そう卑屈になっていた。 光希がモテるはずだ。 こいつは良くも悪くも自分に真っ直ぐだ。 俺みたいにひねくれる事もなく、自分が好きになった相手に向かっていっている。 心に、チクリと痛みを覚えた。 出きるならうまくいってほしい。 こんなに良いやつが悲しむところは、幼馴染として見たくない。 それから1年が過ぎた。 俺は成長できただろうか。 考え方は簡単には治らないが、卑屈になるのをやめて自分と向き合いながら、出きることを全力でやってきた。 勉強も部活も手を抜かず、試験対策も教えてもらいながら頑張った。 最初はなかなか結果はがでなかったが、3年にあがる頃には少しずつ成果も出始めて、学年で20番前後を取れるようになった。 部活の方もレギュラーとサブを行ったり来たりしているが、見ていることが多かった頃を考えると、使ってもらえるだけ認められたんだと思う。。 光希はというと試験は全て学年1位。 全国模試でも200位には入っていた。 サッカーの方も、県選抜のキャプテンに選ばれ、次回の代表合宿にも呼ばれているとかなんとか。 姉は在学中の功績が認められ、大きい研究所に就職が決まったらしい。 俺でも聞いたことがあるところなので、かなりの大手なのだろう。 ちなみに俺は姉が何の研究をしているのか全く知らない。 昔、掃除をしようと研究部屋に入ったら、鬼のような形相で怒られた。 感情の起伏が少ない姉だと思っていた姉が、あそこまで怒るのを見たことがない。 確かに立入禁止と扉に書かれていたのを見落とした俺が悪いのだが、廊下に正座させられ、無言で二時間睨まれるなんて二度と経験したくない。 姉と光希の仲は僕には分からない。 興味がない事もないのだが、自分のことで手一杯になり、たまに姉情報を流す程度だった。 それからまた数ヶ月が経過した。 今日は俺たちの卒業式。 俺は無事に希望していた専門学校に合格できた。 光希もおそらく医大に合格したんだろう。 どこに受かったのかは結局教えてくれなかったが、教師達が我が校の誇りだ~何て言ってたので合格は間違いないだろう。 1度聞いてみたのだが、いつもの調子で 「知りたい? ねぇ、知りたいよね? でもどうしようかな~? ホント亮二は僕のこと好きだよね~。 何でも知りたがっちゃって! この欲しがりさんめ!」 とか言ってたので聞くのをやめた。 ついでに ウザイ と、一言返しておいた。 姉は姉でまさかの一人暮らしをするようだ。 生活能力皆無の姉が一人暮らしなんて、最初聞いた時に 「は?まだ寝ぼけてんのか? 一人?無理だろ。 草生えすぎてむしろ枯れるわ。」 なんて笑ったら、今度は一時間ほど睨まれた。 風呂場だろうがトイレだろうが、扉の前でひたすら黙って睨まれ続けるのは正直怖かった。 そんな俺も、春から一人暮らし。 父親には何度も家から通えるところに行くと言ったのが、 『お前が本当に行きたい所に行け。 それが後々必ずお前の為になる。 俺の事は心配するな。』 と、逆に説得された。 それでもと喰い下がったが、 なにやら言い淀み始めたので追及すると渋々白状した。 どうやら結婚を見据えてお付き合いしている人がいるらしい。 父は当初、子供がいることや自分の年齢の事も考えて、やんわりとお断りしていたが、相手の説得に負けたらしい。 夜中に母さんの仏壇の前に座って土下座しているのを見た時には本気で心配したが、どうやら報告と謝罪をしていたようだ。 母さんが亡くなってからもう10年以上経っている。 今まで苦労かけた分、これからは自分の幸せのために生きてほしい。 母さんもきっと許してくれるよ。 そう言ったら、父は泣きながら、 この大バカ野郎、俺の幸せはお前達がちゃんと大人になって幸せになることだ。 お前達がちゃんと幸せにならないと俺が母さんに怒鳴られちまう。 と、言われた。 そのとき初めて、俺は父に泣きながら今までの感謝を伝えることができた。 父も家の事を任せっきりにしてしまったこと、母親がいなくて淋しい思いをさせた事を謝ってきた。 ちなみにその時久しぶりに母さんの事を話した。 これを教えたら怒られちまうかもしれないから、今まで言えなかったけどと、前置きした上で、どうやら姉は母さんとそっくりになってしまったらしい。 違うのは、姉は研究にステータス全振りだが、母さんは家事に全振りだったらしい。 まだ若かった頃に、父が酔っぱらって帰って来て、玄関でそのまま寝たことがあったそうだ。 目が覚めたら母さんが鬼の形相で立っていて、そこから三時間正座させられ、睨まれ続けたと。 俺の中の母さんは、キレイで優しくてご飯が美味しくて、いつも笑顔でいた。 しかし、震えながら語る父の話を聞いていると、幼かった頃のトラウマが甦ってきた。 キライなものを残したら正座で睨まれ、片付けをしなかったら正座で睨まれ。 あれ? 俺もなんだか震えてきたぞ。 思い出は綺麗なまま残しておきたかった。 ちなみに、俺が姉から正座させられて睨まれているのをどうやら父も見たらしい。 そしてしみじみと (血は争えんな…。) と思ったそうだ。 トラウマを植え付けられている俺には助けてやることは出来なかったと謝られた。 ちなみに咲枝さんという父の相手の方にも面会を済ませた。 外に出ることを姉が渋ったので、相手方が俺達の家に来ることになった。 新しく母になる予定の人はすごく優しそうで、穏やかな人だった。 家につくなり挨拶もそこそこに母さんの仏壇の前で長いこと手を合わせてくれた。 父をお願いしますと頭を下げたら、あなた達の事を本当の子供だと思って接するからそのつもりでね? と言われた。 いきなり母親とは思えないだろうから、暫くは名前で呼んでね、でもずっとはイヤよ? そう言った咲枝さんに、分かりましたと言うことしか出来なかった俺は、まだまだ成長しきれていないガキなのかもしれない。 新しく住む家も決まり、準備もだいたい終わった。 咲枝さんも数日内には越してくるらしい。 俺も姉もいなくなり、暫くは二人きりの新婚生活を満喫できる事だろう。 久しぶりに光希に連絡を取ってみる。 バタバタしていたせいもあるが、卒業以来まともに連絡をしていなかった。 まぁお互い春からは新生活だし、光希も光希で忙しいだろう。 電話のコール数回で出た。 「久しぶり! 亮二は引っ越しの準備は終わった?」 「おう、久しぶり。 こっちはだいたい終わったぞ。 あとは明日業者さんがくるから積み込んでしまえば終わりかな。 そっちは?」 「僕の方もだいたい終わったよ。 いやーーー、説得に随分時間かかっちゃってさ。 ほんと疲れたよ。」 「説得? 何か反対されてたのか?」 「いや、反対されたというか、親の決めた大学に受かったら、僕のお願いを1つだけ聞いてほしいって言ってたんだけどね、受かったからお願いしたのに、ダメだって言うんだよ。 ひどくない?」 「事情は解んないけどさ、お前いったい何をお願いしたんだ?」 「聞きたい? ねぇ、聞きたいよね? どうしようかな~。」 「いや、もういいや。 心底ウザイ。 まぁ相変わらずで安心したよ。」 「相変わらず亮二は冷たいなぁ。 もう少し付き合ってくれてもいいじゃんか。」 「はいはい、それは今度暇なときにな。」 「暇なときっていつ?」 「んーーー、まぁ定年を向かえたら?」 「あはははは、どんだけ先の話してんの。」 「まぁそんだけ先でも会えるだろって話だよ。」 「もーー、やっぱり亮二は僕のこと大好き過ぎなんだから♪」 「ソーデスネ。 まぁ元気そうで良かったよ。 しばらく会えないと思うけど体には気を付けろよ。」 「それはお互い様だよ。 それに会おうと思えばいつでも会えるよ。」 「まぁ確かにな。 じゃあまたな!」 「うん、またね~。」 ふぅ、相変わらず軽いやつだ。 まぁそれがあいつらしいと言えばあいつらしい。 そして俺はもう一人に挨拶をする。 「ミヤネェ、ちょっといいか?」 「ん、どーぞ。」 「この部屋にまともに入るのは初めてだな。」 「そーね。 亮がこっそり入って私に怒られたとき以来かしら?」 「こっそりって…。 ミヤネェの部屋がひどいから掃除のついでにここも片付けようと思っただけだよ。」 「そう言うことにしといてあげるわ。 でも許可も取らずにプライベート空間に侵入されたら怒られるのが当たり前でしょ?」 「家族でプライベートって…。」 「なに?」 「いえ、ナンデモナイデス。」 「そう、ならいいわ。 それで?今日は何の用?」 「あぁ、そうだったな。 俺は明日家を出る。 まぁ別に今生の別れって訳でもないけど、挨拶だけはちゃんとしておこうと思ってな。」 「そう。ちゃんとお母さんの言いつけを守っているのね。 それなら安心だわ。」 言いつけ? 何の事だ? 思い出そうとすると、とたんに寒気が…。 「そう言えば亮はどこに住むの?」 「学校からは少し離れてるけど、広めのマンションらしいよ。 まだ見たことはないんだけど、父さんの伝で安く借りてくれたらしい。 契約も何もかも父さんがしてくれたから。」 「そう。それなら良かったわ。 父さんも私には甘いものね。」 「私?ミヤネェ何かしたのか?」 「いいえ、こっちの話よ。 それで?用事はそれだけ?」 「あぁ、まぁな。 そうだ、しばらく会えなくなるだろうし、今夜はミヤネェの好きな味噌汁を作ってやるよ。 何がいい?」 「そんなに気を遣うことないわよ。 でもそうね、久しぶりに豚汁が食べたいわ。 大根と人参を多めに入れてちょうだい。」 「わかった。 なら出来上がったら持ってくる。」 「その必要はないわよ。 私も今夜は一緒に食べるから。」 「は? 何かあったのか?」 「別に何もないわよ? おかしな亮。 この部屋を見なさい? 何もないでしょ?」 確かに。 おそらく新居か新しい職場にでも送ってあるのだろう。 姉の研究部屋には何もなかった。 「さてと、父さんも今日は早く帰ってくるって言ってたし、たまには私も手伝おうかしらね。」 「は!?!? いやいやいや、辞めてくれ! 家族の晩餐がリアルに最後の晩餐になっちまう。」 「何かまた笑えない事が聞こえたのだけど、私の聞き間違いかしら?」 「お願いしますお姉様、どうか私めに味噌汁を作らせてもらえませんか?」 「仕方ないわね…。 そこまでお願いされたなら、弟を愛する姉としては邪険にはできないわね。」 あぁよかった。 これで俺と親父の平穏は保たれた。 しかし、どういう風の吹き回しだ? 親父が帰ってくるのは聞いていたが、まさかあの姉が料理を手伝うなんて…。 昔やらかした後は 『私にはこの作業は向いていないわね。』 なんて言ってその後は寄りもしなかったのに。 暇なのか? まぁいい。 取り敢えず豚汁をご所望らしいので材料を揃えるか。 いくつか足りないものがあったはずだからまずはスーパーかな。 豚汁だけじゃ少し寂しいから、漬物と魚でも焼こうかな。 今の時期は鰆が旨いからムニエルでも作るか。 そんなことを考えながら準備をし、出来上がったのは夕方6時を回った頃。 そろそろ父も帰ってくるだろう。 「いい匂いがしたから降りてきたけど、ちょうど良かったみたいね。」 そう言うと姉は席に着く。 姉のいつもの指定席。 母さんがいるときの母さんの向かいの席だ。 「ただいま。 出来てたか。 遅くなってすまんな。」 父さんが着替えてから席に着く。 一番奥のいわゆる上座の席。 「今出来上がったところだよ。 今日もお疲れさま。」 俺も席に着く。 父さんの向かい側。 「さて、美夜も亮二も明日から新しい生活が始まる。 楽しいこともきついこともいっぱいあるだろう。 きつかったら帰ってくればいい。 ここはお前達の家なんだ。 楽しくなる事を願ってはいるけどね。 でもそれだけじゃダメなんだよ。 いろんな事を経験して人は成長していく。 お前達の成長が、俺と母さんの幸せなんだ。 母さんはきっといつも見守ってるからな? バカなことはするんじゃないぞ?」 父さんはそう言うと、仏壇を見つめた。 そこにはいつも笑顔の母さんがいる。 姉が冷蔵庫からビールを出す。 グラスは2つ。 1つを父さんに。 2つ目を母さんの席に。 綺麗に注がれたビールを手に持つ父さん。 俺はまだ未成年で姉は酒を飲まない。 俺たちはお茶にする。 「お前達の人生が幸福になるように。」 乾杯 出発の日 父からはどうしても抜けられない会議があるから、見送りに行けないと謝られた。 大丈夫、ありがとうと答える。 別に会えなくなるわけじゃない。 俺の家は此処にある。 昨日の話では姉も今日発つらしい。 知らなかったが、あの人の性格だ。 わざわざ同じ日に合わせたわけではなく、たまたま同じ日になっただけだろう。 友人達に別れは済ませた。 いつでも帰ってこれる。 別に寂しくはない。 最後にあいつに会いたかったな。 まぁ忙しいだろうしな。 そう言えば結局あいつはどこに行くんだろう。 駅に向かう。 荷物は送ってある。 身軽なもんだ。 この街からは電車で片道3時間ほど。 別れを惜しむならちょうどいいくらいの時間だ。 駅に着く。 駅前の光景にしばらく感傷に浸る。 色んな所に思い出がある。 悔いが残るのは、そこに女の子との思い出がないことだ。 まぁそれもいいか。 楽しかったしな。 駅に向かって歩き出す。 正面に車が停まり、クラクションが鳴る。 なんだよ、こんな時くらい静かに行かせろよ。 独り言ちる。 ドアが開いてあいつが出てきた。 …なぜ運転席から? 「やっほーー。 来ちゃった。」 「ハ?」 「だから、来ちゃった!」 「何いってんだ?」 「相変わらす亮二は鈍いなぁ。 それに、僕とお別れもせずなんて水臭いと思わないの?」 「いや、お前は忙しいと思って遠慮してたんだが…」 「それが水臭いって言ってんの! それにさぁ、不思議だとは思わなかったの?」 「何が?」 「僕が亮二の進路を一度も聞かなかったこと!」 「あぁ、言われてみれば、聞かれたこと無かったな。」 「おかしいと思わなかった?」 「おかしいって言われても… お前は親の跡継いで医者になるだろうし、俺は俺でやりたいことあるから違う道に進むのは分かってたしな? そんなもんだと思ってたぞ?」 「はーーーー。 やっぱり亮二はバカだなぁ…。 そもそも僕が君の作る卵焼き無しでこの先生きていけると思ってるの? 僕はもう君無しでは生きていけない体にされてしまったんだよ?」 「いや、うん、取り敢えず落ち着け? そして声がでかいから! みんな見てるから! な?先ずは声のボリューム下げてくれ。」 「まったく。 ほんとまったくだよ!」 どうやら怒りはおさまらないらしい。 どうしたもんかと悩んでいると、 「話は終わったの?」 予想の斜め上の人物が車の後部座席から出てきた。 「おまえ、なにやってんの?」 「お姉様に向かってお前とはいい度胸ね? 亮、あなたはなんでそんなにおバカなの?」 取り敢えず短時間で二回もバカと言われたことについて怒ってもいいだろうか。 しかし相手は遺伝子レベルで恐怖を感じる姉と、怒らせたらめんどくさい事この上ない幼馴染。 その選択は悪手だろう。 「いくつか聞きたいんだがいいか?」 「何?」 「手短にね。時間が勿体ないわ。」 「なぜ二人が一緒に?」 「結婚を前提に付き合ってるから。」 「向こうまで乗せていってくれるって言うから。」 あれ? 「何しに向こうに?」 「大学があるから。」 「仕事があるから。」 ん? 「向こうでの生活は?」 「美夜さんと住む。」 「亮と住むわ。」 「親は?」 「説得した。いやー大変だったよ。」 「父さんからの提案よ。私一人じゃ不安だからって。過保護すぎると思わない?」 とう…さん? 言われてみれば、昨日寝る前に父さんが 『亮二…すまん…俺には、無理だ…』 とか呟いてた。 寝言なのか何なのか分からずスルーしたのだが、まさかこんなことだったとは…。 「それぞれに聞きたいことがある。 光希、お前大学は?」 「親の勧めてきた大学だよ? いやー、亮二の行きたい専門学校の近くで良かったよ! 遠かったらそれこそ絶縁してでも付いていこうと思ってたからね。」 「住むところは?」 「だから美夜さんと住むって言ったじゃないか。 もちろん亮二も住むから安心だよね。 これからは夢の卵焼きライフ! 毎日違うトッピングも試せるなんて夢のようだよ!」 「一緒に住む?どういう事だ?」 「だからー、僕と美夜さんと亮二は同じマンションに住むんだよ。 聞いてない? お義父さんがマンション契約したんだろ? あれは僕の叔母が持ってるマンションで、一番広い部屋を借りたのさ。 だいたいおかしいと思わないの? 亮二の学校からは距離があるし、そもそもあの辺でこの値段で借りれる部屋なんてあるわけ無いじゃない。事故物件とか曰く付きの部屋でももう少し高いよ? 」 言われてみればその通り。 聞いた値段は安すぎた。 父親の知り合いから格安でとは聞いていたが、どう考えてもおかしすぎる。 それと、話をしてきた父が異常に疲れていた。 仕事大変なのに手間かけてごめん! なんて事を考えていたが、どうやら完全に勘違いのようだ。 「ミヤネェ、どういうこと?」 「どういう事なんて、亮はおかしな事を言うわね。 だいたいあなたが悪いのよ? 私をこんな体にしておいて、責任も取らずに逃げるつもりかしら?」 周囲がざわざわしだす。 美男と美女が一人の男に詰め寄っている。 しかも二人とも こんな体にされた だの、 責任を取れ だの言っている。 最初は超がつくほど生暖かい目で見ていた野次馬達も、姉の登場で汚物を見るように俺を見ている。 父さん、人の悪意が見えるようだよ…。 現実逃避しかけた俺に、姉は容赦なく止めを刺しにくる。 「だいたいね、亮が私に何も言わずに逃げるからいけないのよ? 私を亮無しでは生きていけない体にしておいて、責任も取らずに逃げるなんて…今夜はきつーいお仕置きが必要のようね。」 さすがは鋼メンタル。 周囲の事などお構い無しか。 そして光希よ、隣でウンウン頷くな。 そもそも俺は逃げてない。 むしろ今すぐに逃げ出したい。 周囲は完全に二人の味方をしている。 ここで腹でも切ればいいのかな? 「ちょっと待ってくれ。 取り敢えず場所を移そうか。 いや、移してください。 お願いします。」 「まぁ亮二がそこまで言うなら仕方ないね。 僕の車は広いから取り敢えず乗りなよ。」 「仕方ないわね。 亮?許してあげるかどうかはこれからのあなたの態度次第よ?」 そう言って颯爽と車に乗り込む二人。 残されたのは汚物の俺。 ヒャッハーがきて、汚物を消毒してくれないかな…。 へへ。 とぼとぼと車に乗り込む。 「色々といいたいことはあるけど先ずは出発しましょう。 光ちゃん、出して。」 車は静かに走り出す。 俺を乗せて。 いい思い出がいっぱいある俺の故郷。 あぁ、帰れなくなっちまったな…。

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俺の周りは優秀すぎる ~完璧超人な幼馴染とリケジョの間にいる普通の俺~ ちひろ @snow_drop_314

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