第27話 冒険者ギルド
1階へ降りると、誰もおらずガランとしていた。言われた通りカウンターへ食器を置いて扉に向かう。本当はベア爺に挨拶をしたかったが、留守のようだったので仕方がない。
店を出ると、太陽がカッと照り付ける。宿が落ち着いた色合いだったからかクラクラしたが、何度か瞬けば落ち着いてくる。そのまま周囲を見渡せば、大通りのそこかしこに店があり出店もでているようだ。また、小さい子が花や水が入った小瓶を売っているようで、武器を携えた冒険者が水を買っていた。
そんな様子を横目に、ひときわ大きく立派な建物の前まで歩く。先ほどから様々な風貌の人間が出たり入ったりしている建物だ。たぶんここが冒険者ギルドだろう。緊張を落ち着けるために深呼吸ひとつ、そして唾を呑み込み、扉を開ける。
中へ入るとそこは、異世界だった。…いや、先ほどまでも異世界ではあるので語弊がある。やっと、異世界に来たと実感ができる場所だった、だろうか。
まず目に入るのが、大きな鎧や大きな武器を持つデカい男たち。鎧や武器を持たない人もいるが、6割以上の人が武装している。次に、掲示板。大きな掲示板があり、そこに紙が貼られているようで冒険者たちがこぞって見ている。そこから紙を取り、受付へと持っていく。受付はいくつか窓口があるようでそこそこ冒険者が並んでいるが、マッチョな男性が受付をしているところは空いているようだ。逆に、綺麗な女性のところにはかなり並んでいる。わかりやすくて面白い。
そして何より、外では見かけなかった獣人が数人居た。思わず二度見をしてしまう。この世界には獣人がいるのか…!!だからベア爺は"人間"という言い方をしてたのかな。魔物と人間、という認識だったが、もしかしたら獣人や人間といった区別もあるのかもしれない。
あとは匂いも独特だ。汗と、血と、少しミントのような匂いもする。小さな食堂も併設しているようで、そちらに近づけば酒と油の匂いも混ざってくる。鼻を摘まむほどではないが、この匂いに慣れるまでは大変だろうなと思う。
「マサヨシ!」
色々観察していると、背中をバンッと叩かれる。この声は…と思い振り返れば、ハギルさんたち鋼鉄の斧の面々だった。
「そろそろ来る頃だと思ったのよ。早めに来て正解だったわね。」
「ああ、しっかり街へ入られたようで何よりだ。ようこそ、センドーガへ。服が変わっていたから一瞬わからなかったよ。」
ハギルさんは昨日よりも雰囲気が柔らかく、また人が好さそうな笑みを浮かべて抱擁をしてくれた。こういう海外風な挨拶には慣れておらず少し照れてしまうが、お礼も込めて俺も軽く腕を回して背中をポンポンと叩いておいた。
「昨日すぐに着替えを購入できまして。あの、門兵さんにお声がけありがとうございました。おかげでとても印象良く対応していただけました。」
「いいのよ、私達が好きでやっていることだし。ねぇ、貴方宿はどこに取っているの?冒険者登録は今からかしら?お昼の予定はあって?」
「ええっと……」
メディシアさんがぐいぐいと顔を近づけて聞いてくる。ウッ……い、いい匂いがする…!!俺の中の何かが爆発しそうになったとき、彼女が後ろに退いた。
「…おい、質問攻めも大概にしろ。距離も近すぎる。」
「あら、いいじゃない。ティーンじゃないんだし。相変わらずドーグストはお堅いわね。というか、女性の頭を掴むのはやめてくれるかしら?」
「誰が女だ。」
「ドーグスト?」
「……離せばいんだろ、離せば。」
「離す以前の問題だけど?女の子の扱いが下手くそな男はモテないわよ。」
「言ってろ…」
「もう!」
どうやら、ドーグストさんがメディシアさんを後ろに引いてくれていたらしい。あまり美人…いや、女性に耐性がないせいで弾け飛ぶところだった。
ドーグストさんは大きく細い弓を背負っているが、拳でも戦えそうなくらい立派な筋肉を持っているように見える。見た目通り寡黙で、メディシアさん曰くお堅い、と…見た目通りすぎて納得する。しかしそんな彼も、にこりと微笑む彼女には勝てないようだ。兄妹喧嘩のようにじゃれ合う2人はなんだかんだ言いつつも仲がよさそうだと感じる。
「ええと、さきほどギルドに到着したので今から冒険者登録をしようと思っています。」
「僕たちもついていこうか。」
「いや!そんなにご迷惑はおかけできないです!登録だけだと思うので、少し行ってきますね。」
「そっか。じゃあ僕たちはあっちで待ってるね。何か問題があったら呼んでね?すぐに駆けつけるよ。じゃあ、またあとで。」
俺を待つために併設の食堂へ向かう鋼鉄の斧。出会ってまだそれほど経ってもいないのに、こんなに良くしてくれるのは本当に彼らが気の良い人たちだからだろうか。
早く合流するためにも、とりあえず登録を済ませよう。そうして一番空いている窓口、マッチョの男性の方へと並ぶこと数分。すぐに俺の順番はやってきた。
「ようこそギルドセンドーガ支部へ…って、お前見ない顔だな。」
それまで頬杖をついて気だるそうに受付をしていたが、俺の顔を見るなり起き上がり覗き込んでくる。
「昨日この街に着きました。身分証を持っていなかったので、冒険者登録をしようと思って。」
「なるほどな。んじゃ、これを書いてくれや。ついでにカバンのチビも登録すんならここで出してもいいぜ。」
この人も魔力察知スキルが高いらしい。
「…はい、わかりました。ヴィト、出ておいで。」
カバンを開け声をかけると、ヴィトはビョインと勢いよく出てきて机の上に立った。
「にんげんのにおい、いっぱい!」
「ヴィト、机の上から降りようか。」
「どうせここで飯食うわけでもあるめぇし、構わねぇよ。むしろ下に降りられちゃ俺が見えん。それよりもこれまたここいらじゃ見ねぇ魔獣だな。うーん、こいつぁなんの魔獣だぁ…?」
マッチョがヴィトを睨むように眺め、またヴィトもマッチョを眺めている。今のうちに書類を…って、俺は文字は書けるんだろうか?
ふと書類をみれば、これにも翻訳スキルが適応されるのか文字の上に日本語でルビが降ってある。便利だ…そして名前を書こうとすると、自然に手がこの地の文字を記す。超便利だ…
書類には、名前と得意な武器、従魔の数と名前を書く場所があり、下の方には犯罪は起こさないようにといった注意事項のようなものが書いてあった。
うーんと、名前はマサヨシ、得意な武器…そんなものはない。従魔は1、名前はヴィト…っと。
一応下に書いてある注意事項も読んだが、人は殺さないだとか、裁かれる際はその国の法律に則り裁かれるといった当たり前そうなことばかりが書いてあるようだ。このあたりはあとでハギルさんたちに聞いてみようかな。現場の声が一番だよね。
「すみません、得意な武器…はないんですが、空欄でもいいですか?」
「書かねぇとチームが組みにくくなるが、それでもいいのか?」
「そうですね、特にチームを組むといった予定はないので。」
「そうか。じゃあ空欄でいいぞ。書けたか?」
「はい。」
「じゃあ次はこっちだ。この板に魔力を流してくれ。このチビもだ。って、こいつは言葉は理解できんのか?」
紙を受け取った後、次は車の免許証サイズの銅板を出してきた。この銅板に俺とヴィトの魔力を通せばいいらしい。
「ええ、理解してくれますよ。ヴィト、この銅板に魔力を通してくれるか?」
アニマルセラピーを使うときみたいに右手に意識を持っていけば簡単に魔力を通すことができたので、先に魔力を通してヴィトの方へ銅板をズラす。ヴィトはしきりに銅板を匂っていたが、すぐに銅板に乗り上げて魔力を通していた。
「これはギルドカードっつってな、主にステータスを確認できる。レベルが上がってもテメェの魔力を通してるおかげで反映されんだ。すげぇだろ?」
ふふんと胸を張るマッチョ。
「カードに書かれてんのは基本情報だな。名前、冒険者ランク、テメェのレベルと犯罪レベルだ。ステータスが見たいときは、カードに魔力を通しゃ見れる。従魔も魔力を流せば同じように見えるっつーことだ。従魔が増えた時はその場でこれに魔力を通せばそいつらのステータスも見れるし、ギルドにも報告が来て勝手に登録される。だから態々新しいヤツの登録に来なくていいってこったな。」
「ははぁ、便利ですね。」
「他に聞きてぇことはあるか?」
「ん〜…あ、この辺りの地図はありますか?あれば購入したいんですけど…」
「ああ、あるぜ。新人にゃ配ってるモンだから持ってけ。次回以降は1枚50リンだ。」
そう言ってこの辺りの地形が書かれた地図を出してくれる。
「今はまっさらだが、自分で書き加えて地図を育てるんだ。大半の冒険者はやってるから、おめぇも頑張って自分だけの地図にするんだな。」
「なるほど…ありがとうございます。」
「ま、俺はほぼ毎日ここにいるからよ。何かあれば聞きに来い。センドーガギルドマスターのモーダンだ。ちなみに人間な。」
「ギルマス!?よ、よろしくお願いします。俺はマサヨシ、こっちはヴィトです。ええと、俺も人間です。」
まさかのギルマス!そりゃ誰も並ばないワケだよ!!てかなんでギルマスが窓口したんだ!!!
手を差し出されたので、おっかなびっくりになりつつも握手をする。
ヴィトもポンッと俺たちの手にお手をしてきたので、握手をしてるつもりらしい。
モーダンさんがびっくりした顔をしたが、「そういえば言葉がわかるんだったな。」と頷いていた。
「さっき見てたが、おめぇ鋼鉄の斧と仲が良いみてぇだな?いろいろ教えてもらえ。」
「仲がいいかはさておき、良くして頂いています。」
「はは、丁寧な野郎だな。冒険者にゃ珍しいタイプだ。ほれ、登録は終わったし鋼鉄も待ってんだろ。さっさと行ってやれ。」
「はい、ありがとうございました。ヴィト、行こう。」
「また来い。」
モーダンさんはまた気だるそうに机に肘をついてから手を振ってくれたので、そんな彼にペコリと頭を下げ、鋼鉄の斧が待つ机へと向かった。
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