第26話 ハゲマッチョ

異世界にきて、3日目の朝。やわらかい何かにぺちぺちと顔を叩かれ、意識が浮上する。


「マサヨシ、あさだよ。おはよう!」


どうやらヴィトのかわいい肉球…もとい、おててで起こしてくれたらしい。


「……おはよう…ヴィト………もう朝か…?」

「あさ!んと、きのうおきたじかん おなじくらい!」

「じゃあ…7時くらいか……はや、い………ぐぅ」

「あ!ねてる!!おきておきて!おーきーてー!いいにおい、するよ!ごはんのじかんじゃなぁい?」

「そうだな…仕方がない。おきる、か……」


枕に顔を埋めてグッと背を伸ばし、ヴィトを抱えて起き上がる。


「今日もやることはあるし、しっかり朝飯を食べて備えなきゃな。朝飯も部屋で食べられれば嬉しいけど…ちょっとベア爺に聞いてみるか。ヴィトは待っててくれ。」

「はぁい!」


寝ぐせを手櫛で軽く整えながら部屋の外に出ると、ふわりと美味しそうな匂いが漂ってくる。たったそれだけなのに、朝ご飯は何だろうかと心が弾む。朝ご飯が楽しみだなんて子供かよ、と自分のことながら苦笑をしつつも階段を降りてみれば、昨夜の様子とは打って変わってとても静かだった。人はそれなりに入っているようだが、昨夜のどんちゃん騒ぎが嘘のように綺麗に片付いており、かなり臭っていたアルコール臭も全然感じない。ベア爺、しごできすぎない?しごできとは、仕事ができるって意味だ。甥っ子に教えてもらったんだが、後輩からは死語だと言われた。そんなバカな…

客層も昨夜とは少し違っており、出勤前っぽい人や高齢の方も見える。どうやら宿だけじゃなく食堂もやってるようだ。


キッチンの方へと向かうと、しごでき爺が顔を出す。


「おう、おはようさん。よく眠れたか?寝癖がついてんぞ。」

「えっ!?ああ、ありがとうございます…ええと、おはようございます。おかげさまでよく眠れました。」

「そらよかった。今日の朝飯は昨日の残りモンのサンドイッチとキャベツのスープだ。朝摘んできた森イチゴの甘ぇサンドイッチもあるが、どうする?」

「是非!」


思いのほか大きな声が出てしまった。森イチゴ…野イチゴみたいなものだろうか。

ベア爺は嬉しそうにニヤリと笑い、大皿に盛られたサンドイッチの横にソッと森イチゴのサンドイッチを乗せてくれた。


「昨日の晩ご飯もとても美味しかったです。あれは何の肉なんですか?」

「ああ、ありゃあダンジョン産の若いミロタウロスだな。もう1人の客が冒険者でよ、そいつが土産に持って帰ってきてくれたんだぜ。若いつってもミロタウロスだからなぁ。どんな料理にしてもいい味出してくれんだわ。あと、なんたって俺の腕がいいのよ。」

「たしかに…俺は料理はさっぱりですが、焼き方が上手いってことだけはわかりました。」

「わかってんじゃねぇか!ガハハハハ!」

「痛っ!?ちょ、ベア爺!痛いですが!?」


俺が頷けば、盛大に笑いながら俺の肩をバシバシと叩くベア爺。かなり力が強く、鈍い音がしている。痛い。即座にやめないとムキムキスキンヘッドマッチョじゃなくて、ムキムキハゲマッチョって呼ぶぞ!?


「ああ、すまねぇすまねぇ。しかし俺じゃなくて兄ちゃんが細っこいのがわりぃのよ。ほらこれもつけてやるから、あのチビ助と一緒に食ってデカくなれよ。最近研究してるゆで卵だが、中がトロトロで味もついてっからすんごいウメェぞ。」


小皿に卵を何個か乗せて出してくるハゲマッチョ。って、チビ助…!?


「ち、チビ助って…」

「昨日兄ちゃんのカバンに入ってただろ。なんだ、気づいてねぇと思ったのか?フフン、他の奴らの目はごまかせても俺の目はごまかせねぇぜ。」

「え、あ、ええと……す、すみません。今日ギルドに登録したらしっかり紹介して追加料金もお支払いしようと思っていたんですが…」

「あ?んなもんいい、いい。んな小せぇこたぁ言わねぇよ。カバンに入るくれぇのチビに追加料金なんざいらねぇわ。」


ひらひらと手を振って心底めんどくさそうに言う。


「でも…」

「でももくそもあるか。俺がいいっつったらいいんだよ。それよか、チビ助を俺にも見せてくれや。俺は人間だが、魔物は好きだぜ。あいつらにゃ苦しめられたこともあるが、仲間の従魔に助けられたことも多い。良い関係さえ築けりゃ気のいい友人よ。」

「ええ、ベア爺が良ければ是非。とても可愛くて俺の自慢の仲間なんです。…少し事情があって気を張っていたんですが、そこまで気にしなくてもよかったんですね。」


ヴィトが元いた街のことを思い気を張って隠していたが、考えすぎだったようだとホッと息を吐く。しかしそれとは裏腹に、ベア爺は顔を曇らせた。


「いや、俺ら冒険者はまだしもこの国のやつらにゃ刺激が強ぇからな。隠してて正解だと思うぜ?この街に定着した冒険者ならまだいいが、知らねぇ人間が魔物を連れてるってなると石を投げられることだってあるだろうな。所詮人間の国ってワケよ。ま、この街の奴らはお人よしが多いし、従魔を連れた冒険者が身近にいるおかげか魔物にはそれなりに耐性がある。いきなり襲われるなんざねぇとは思うが…ま、酔っ払いは何するかわからねぇわ。」


肩を竦めるベア爺。


「あいつらは何でも食うし、意思疎通が取れて餌付けさえできりゃぁ仲良くなるのは一発なんだけどよ。街のやつらにゃ無理な話だし、まぁ怖えんだろうぜ。」

「えっ!種族によって食べちゃいけないものとかもないんですか?」

「ああ?ん〜…いや、んな話は聞いたことねぇな。どいつもこいつも、俺が出した料理もなんでも食ってたし…本人の好き嫌いはあれど、食っちゃいけねぇもんなんかはないはずだぜ。」


これは有益情報である。


「あとはー…そうだなぁ、俺がなんでチビ助に気づいたかっつーと、俺が元冒険者で魔力察知スキルのレベルが高ぇからなんだわ。だから他の魔力察知スキルが高けぇ奴らも、おめぇが何かしら魔物を連れてるのはわかるだろうさ。」

「そう、なんですか……お話頂いてありがとうございます。とても為になりました。ええと…従魔と一緒にご飯を食べたいので、朝も部屋で食べていいですか?」

「おう、構わねぇぜ。食器は出かけるときにカウンターに置いといてくれや。引き止めちまって悪かったな。」

「いえ、有益な情報ばかりでした。じゃあ、いただきます。」


少し話し込んでしまったが、ベア爺に礼を言って部屋に戻る。扉を開ければ、ヴィトが目の前でお座りをしており危うく踏みつぶすところだった。

曰く、お腹が減りすぎて今か今かと俺の帰りを待っていたらしい。


「すまん、ベア爺と少し話し込んでしまったんだ。さ、食べよう。今日の朝飯はお肉のサンドイッチと、甘い森イチゴのサンドイッチだよ。卵とスープもある。」

「わ!ごうか だっ!」

「ああ、今日も朝から豪華だ。いただきます。」

「いただき、ますっ」


朝も美味しいご飯に舌鼓を打ちつつ、英気を養う。森イチゴはまんま苺だった。砂糖でクタクタに煮られており、甘さ控えめのチーズクリームを塗ったパンに挟まれている。ヴィトの好みにとても合ったようで、ひとくち食べてはぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

また、肉のサンドイッチの方には玉ねぎが入っていたが、本人も気にせず食べていたし食べてもなんともなさそうだったので、ベア爺の言う通りのようだ。ヴィトといろんな美味しいものを一緒に食べられるのはとても嬉しいな。クッキーも好きそうだったし、甘いものが口に合うのかもしれない。


そうしてそれぞれがご馳走様をすれば、その後は出かける準備だ。

準備と言ってもできることは少なく、再度寝癖を整えて水で口をゆすぐくらいだが…こういう時は男でよかったと心底思う。最近は男性でも化粧をする人も増えたが、化粧をしないからと文句を言われたり自責の念に駆られることもない。いつしかこういう考えも時代遅れだと言われるようになりそうだ。

そんなこんな考えつつも手を動かしていると、いつの間にか準備が終わっていた。ヘッドフォンで時刻を確認すれば、8時半。ギルドが何時から空いているかわからないが、そろそろ行っても良いころ合いだろう。


「よし、行こう。」


ベッドで毛繕いをするヴィトをカバンに入れ、食器を持って部屋を出た。

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