第20話 ここいぬ


しばらく歩いて、ふと気づいた。


昨日は散々歩いたし夜もしっかりと休めたわけではないのに、いつもより体が軽い。繁忙期は終電を逃したという理由で、会社の最寄り駅から自宅までの距離を歩くことも稀にあった。しかしそんなことをした日には夜寝るときに股関節から足の裏、ふくらはぎや何故か腕までも熱を持って眠れなかったし、次の日なんて全身死ぬほど痛く、情けない声を上げながら動いていたんだが。

それなのに…いや、確かに今朝は少し体は重たかった。しかし、向こうの世界にいた時に比べれば雲泥の差だし、今はこちらの世界に来たばかりの時よりも体が軽い。…もしかして、あの水を飲んだからだろうか…?

そこでようやく、鑑定という便利なスキルを手に入れていたことを思い出した。

しまった、池の水を鑑定しておくんだった!と、歩きながら頭を抱える。なんとなくだが、あの水は美味しいだけじゃなくて他の効果があるような気がしてならない。能力だとかスキルだとか、突然手に入ってもいざという時に使うのを忘れてしまうなんて宝の持ち腐れだ。

頭を抱え若干落ち込んでいる俺とは裏腹に、ヴィトはそれはもうご機嫌で足取り軽やかに俺の前を歩いている。

人が多くいる場所に抵抗があるかと思ったんだが、そんなこともなさそうでほっとする。


「随分とご機嫌だな。街は嫌かと思ったが、無理はしてないか?」

「むり、してない!マサヨシといっしょだし、だいじょぶ!それにね、ぼく、こんなにからだがかるいの、はじめて。すごい、マサヨシによしよしってしてもらうと、からだかるくなるんだねっ」


ぴょんこぴょんこと片足ずつ跳ねながら歩く子犬は、多分…人間だとスキップをしてる感覚なんだろうか。慣れてないからか、その…なんというか……すごく…個性的な歩き方になっている。しかし本犬はご機嫌なため、笑うのも失礼だろうとぐっと堪えて返答する。


「体が軽い?」

「うんっえいちぴーもたくさんあるかんじするし、ちのにおいもからだからしなくって、うごくとさらさらってなるの。はじめて!」


ああ、たしかにそうだよな。ヴィトはずっと1人で戦って生きてきて、やっと休めると思ったら追い出されてを繰り返してたから…十分に怪我を治すことも、HPを全回復することもなかなか難しかっただろう。

今までのヴィトを思うと、本当にやるせなくなる。だけど、俺と一緒に過ごすようになるからには二度とそんな体験はさせない。俺が向こうの世界に帰るとしても、ヴィトを幸せにしてからだなと改めて思う。


「これからはそれが当たり前になるよ。」

「えへへ~うれしいな!」

「それに、体は軽くても腹が減ってるだろ?とりあえず街じゃなくても、人間がいる場所に向かえば食べ物くらいはあるだろうし、金は…まだ少しあるから分けてもらえるかもしれない…って、そうだ。」


そういえば小腹がすいた時用にお菓子袋を持ってたんだった。コンビニのビニールにいろんな個包装されたお菓子を詰めた、大雑把お菓子袋だ。

アルファベットチョコやクッキーを取り出し、チョコ…犬にチョコはダメなのでクッキーを手に手招きをする。


「ヴィト、こっちおいで。これを食べて少しでも腹が満ちればいいんだけど。」

「? あっ!あまいにおい、する!」

「クッキーだよ。食えるか?」


少し砕いて手に乗せてみれば、すぐに食べ始める。はぐはぐとおいしそうに食べ、尻尾をこれでもかというほど振っている。そして欠片一つ残さない勢いで俺の手を舐めた後、輝く瞳を俺に向けた。


「おい、しい…っ!!」

「そうか。それはよかった。俺も好きなんだよな、サクサクでほろほろなミルククッキー。会社で食べるとこぼれまくって大変だったけど…」

「こんなにあまいもの はじめてたべた!マサヨシといっしょだと、はじめて、いっぱいっ」

「まだまだあるし、これからも街に出て金さえ手に入ればいくらでも食べれる。もっと甘いクッキーも菓子もあるし、楽しみがたくさんだな。」

「うん!」


いいお返事である。


「そういえばヴィト、街で思い出したんだが、変容自在で姿を今よりも小さくできるか?ずっとじゃなくていい。人目に付く場所で俺の懐に隠れて周りをごまかせられればいいんだけど。ヴィトの姿を見て取り乱すヤツがいても困るしな。」

「んと、つかったことないけど、できるとおもう。」

「そうか!よかった。まぁずっと誤魔化すことは無理だろうけど、とりあえず様子見がしたい。ヴィトを周りに見せても大丈夫って確信が持てるまで頼むよ。」

「ん」


コクリと頷いた後、ヴィトは足を広げて踏ん張るように立ち目を瞑る。すると黒い霧のようなものに覆われた。しかしそれも一瞬で、さっと霧が晴れた時にはそこには普段の半分の大きさになったヴィトいた。感動から思わず拾い上げてしまう。こ、子子犬サイズだ…!?


「おお…!できてる、できてるよヴィト!こんなに小さくなれるのか…!痛みや違和感はないか?」

「いちばんちいさくなった!いたく、ない、けど ちょっとめのたかさが、ふしぎ。ひくいね。」

「ああ、いつもの半分くらいの大きさになってるからな。そりゃ低いだろう。それにしてもこれは骨格やら内臓やらすべて小さく変わってるだろうに、痛くないのか…恐るべしスキル。それにしても、ヴィトの兄弟みたいだな…すごく可愛い。」


思わず撫でくりまわし頬擦りしてしまう。


「時間制限はあるのか?」

「んと、ずっとまりょく、からだにくっつけてるかんじ。だから、ぼくのえむぴーがなくなると、じかんぎれ?」

「ああ、なるほど。変容前のあの黒い霧はもしかして魔力か。ちなみにこの姿だったらどれくらい持ちそう?」

「おきて、びゅーんってちょっとはしって、おなかがもうちょっとへるくらいっ」


一瞬ハテナが浮かんだが、そうか。時間の感覚ってないよな…そのあたりはこれから追々覚えてもらうとして、ヴィトのステータスを見る。

MPが…今は333。もとは342あるから、差は9。ヴィトが姿を変えて2~3分くらいは話してるから、っと計算していると、330に変わった。多分1分につき3MP消費するんだろうな。姿を変えるだけで3か。大体2時間くらいは持つってことか。


「とりあえず、人に会いそうになったらこの姿になってくれるか?」

「わかったぁ!もうもどっても、い?」

「ああ、今はもういいぞ。MPも消費するしな。」

「はぁい!」


俺の手からぴょんと降り、ボフンと再度黒い霧に包まれてもとの姿に戻る。

それから歩みを再開し、あとどれくらい歩くんだろうな~やっぱり腹減ったな〜などと話していると、突然ヴィトが立ち止まりバッと右を向く。

つられて右を向けば、ギャッギャッという音を発しながら何かが木陰から飛び出してきた。

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