アラモ作戦

「ゼロの偽証」 待ち伏せ

────ヘキサゴンタワー襲撃事件収束から七十二分経過。


 アンファング北西部郊外、小麦畑が広大に広がる景色の先に、明らかに場違いとしか言いようのない白い高層ビルがポツンと建っている。

 地上四十階まで伸びるそのビルは、保安局本部ビル。

 そろそろ作付けが始まる畑の間に伸びる畦道を黒い車が走っていた。

「随分と広い農場だ、麦秋の頃はさぞ壮観でしょうよ」

「機会があったら八月頃に来ると良いわ、黄金色の海が見れるわよ」

 助手席に座るレラジェは窓の外を眺めている。

 畦道、と言っても普通乗用車が四台は並べるほどに道幅は広く、対向車も今はいないので安全運転の為に張っていた意識を、レラジェの見ている外の景色へと少しばかり向ける。

 なるほど、牧歌的で実に心休まる光景だ。保安局ビルが大きなサイロのようにも思えてくる。

 少し考えてみれば、確かにこの場違いさはかなり実用的だ。ここまで開けた場所が続いていれば、周囲に不審な動きがないか監視することも、不審者を迎撃することも容易いだろう。

 再び、安全運転の為に前を向き直ると、レラジェが視界の端でこちらを眺めていることに気づいた。

「何か顔についてましたか?」

「そういうわけじゃないわ」

 レラジェは一秒ほどの間だけ思案する風に見えて、少し微笑みながらイポスにもう一度話しかける。

「ただ……そうね、見惚れていた、という表現が一番適切かもしれないわね」

「……あの鬼教官がそんなこと言うとは思いませんでした」

 鬼教官か、とレラジェは笑う。その顔は穏やかで優しかった。

 レラジェは胸ポケットから紙巻き煙草を取り出す。それを口に咥えて、ポケットを叩く。

 困惑したような顔をして、ジャケットのポケットをまさぐり、次いでスラックスのポケットをまさぐる。どうやらライターを探しているようだ。

「……先端を撃てば着火するかしら?」

「無茶苦茶なことを言わないでください、車に穴が空きますよ」

 なんでもない会話を楽しんでいると、対向車が増えてきた。この道は国道と国道を繋ぐバイパスの一つだ。お昼時ともなると、少し国道は混雑するので迂回路として利用する者は多い。

 高級車や幌付きトラック数台とすれ違う。道が広いので事故の心配は無用だが、それでも少し気を遣ってしまう。自然とハンドルを握る力が強まる。

「火、貸してくれない?」

 ついに探すのを諦めて、レラジェはイポスにライターを求めた。

 ため息を一つ吐いたイポスは自分のスーツの胸ポケットに手を入れる。指を伝ってきたのは、金属特有の冷たさと紙の感触だ。

 それらをまとめて引っ張り出してみると、金属製のオイルライターと今朝読んだ雑誌についていた眺望タワーの割引券二枚だった。割引券を胸ポケットに戻し、オイルライターの蓋を開けて火をつける。レラジェが煙草を咥えて、火に顔を近づけた。

「一服どう?」

 レラジェが煙を吐きながらにこやかに語りかけてくる。

「大丈夫です」

 窓を少し開けて、煙を外に追いやる。あらそう、と呟いてからレラジェは煙草の灰を左手に持っていた携帯灰皿に落とした。

 しばし無言の時間が流れた。だがイポスにとってその時間は、気まずいものではなく、むしろ居心地の良いものだ。

「……次の休み、暇ですか?」

 イポスが沈黙を破った。

「今回の件が早く済めば、暇よ」

「……なら、もし良ければ、ルシッフルタワーに行きませんか?」

 ルシッフルタワー────首都ファーキンボンの中心にあるタワーの名前である。終戦百年を記念して建てられた通信塔で、高さ六二〇メートル、首都で最も大きな建物だ。

 主要な通信が衛星通信に取って代わられた今はその役目を航空管制の中継以外は譲り、で観光地として有名になっている。

イポスがレラジェを誘ったのは全くの偶然、というわけでもない。身寄りのなかったイポスを拾ってくれた時からかなりの月日が経っている。上官であり師として、同時に一人の恩人としてイポスは少なからず好意を寄せている。

「いいわよ、高いところは好きだし」

 何の気なしに、レラジェは承諾する。

「でも何故? 休みの日まで上司に会いたいとは思わないでしょう」

「……俺はただ、あなたと一緒にいると落ち着くので誘っただけです」

 問うた本人であるレラジェが、驚いたような顔でイポスを数秒間凝視する。

 その後、レラジェは顔をふい、と逸らして窓の外を逃げるように眺める。イポスはその頬が朱に染まったのを、一瞬ではあるが見逃さなかった。

 それを見た途端、今の自分の発言に気付いたイポスもまた、顔が熱くなるのを感じる。

「……分かったわ、その感情には私も覚えがあるし」

 二人とも、何も話さなかった。今度の沈黙は少し気まずかった。


 保安局本部ビルは、それを中心におよそ六〇〇メートルが保安局の敷地となっている。

 保安局は警察的な仕事を担っているが、その実、軍隊に近いものだ。その為、新型兵器の演習や訓練のためにこの広い敷地が必要なのだ。

本部ビルに近い駐車場へ車を停める。ギアをパーキングに変えて、エンジンを止めマテバの最終メンテナンスをする。

保安局強襲のメンバーはイポスと彼の部下二十八人だ。彼の部下はある程度安全が確保されてから突入する予定の為、実質的にほぼ一人で保安局を制圧しなければならない。

「やっぱり不安かしら?」

「代わりますか?」

「それはお断りよ」

 助手席のレラジェは窓の外を眺めながら紙袋から両手に収まる程度の大きさの丸いもの────途中のドライブスルーで買ったハンバーガーを取り出し、食べ始める。

 焼けたパティと甘い小麦の香りがグレイビーソースの芳しい匂いと混ざり合って、イポスの鼻腔をくすぐる。朝食を早めに食べたイポスの食欲を掻き立てる。腹が減った、さっさと仕事を終わらせて昼飯にしよう。

「たまにはあのホットドッグが食べたいわね」

「呑気なこと言ってないでください」

 まず、周囲に監視カメラがないことを確認してからトランクを開け、全長九〇センチ程の白いドローンの回転翼を展開し、車から少し離れた地面に置く。

「ジョン、いけるか?」

 無線越しに問いかけると、数秒後に四つの回転翼が回り始め、あっという間に宙に浮く。

『良好。お前の顔もよく見える』

「そいつは良かった」

 積載可能量百五十キログラム、最高速度七十二キロメートル毎時。

 ドローンの中ではかなり大型の部類だ。その分、様々な機能を備えた現地任務の補助をしてくれる頼もしい仲間でもある。

『ME迷彩、展開』

 ジョンがそういうと同時に、ドローンは透明になる。いや、その表現は適切ではないだろう。

「相変わらず信じられない光景だ」

『洗練された科学は魔法と見分けがつかないと言うが、その両方を掛け合わせたものはそうあるまい』

 目の前のドローンが、みるみる不明瞭になっていき、やがてその形を認識できなくなる。

 魔法、即ち魔力。内と外の境界を決した瞬間、その境界を維持しようとする力の総称だ。その境界を境界だと認識する者が多ければ多いほど、その魔力は大きくなる。

 かつての大戦中はありふれたものだったが、今では存在そのものを知る者自体が少なくなってきている。しかし、魔力とはただの物理エネルギーであり、ファンタジーに出てくるような代物ではない。その力の大きさはある程度なら計算で求めることだって出来る。運動エネルギー、熱エネルギー、光エネルギー、その他諸々に変換することも容易だ。

 ただ、扱うのにコツがいるというだけのエネルギーなのだ。

 ME迷彩もこの魔力を利用したもので、ドローン周辺の空間を無理やり魔力で捻じ曲げ、ドローンを視認することが難しくなる、という原理だ。

 いわゆる光学迷彩の一つで、大型ドローンの欠点である被発見性の高さはこれでカバーできる。

「人間も使えたらな」

『現状、マジック・リコイルが存在する以上は下手なことができん。我慢してくれ』

 魔力は人の意識に直接結びついたエネルギーだ。下手に人間がそれに曝露されれば、マジック・リコイルと呼ばれる後遺症に悩まされることになる。

 未だに治療法はおろか、原理すらまともにわかっていない。一生、幻覚や幻聴に悩まされる場合もあれば、最悪自殺に走ることもある。発狂状態で余生を精神病棟で過ごすことになった者もザラだ。

「そろそろ怪しまれるかもしれないわ。先を急いで」

 車の運転席の窓が開いて、レラジェの声が飛んできた。

「了解、サポートは頼む」

 得体の知れないエネルギーを利用する機械仕掛けの仲間と愛銃に己の命と背中を預け、仕事場へと向かう。 

「いいか、イポス。保安局強襲には主に三つの懸念点がある」


────ヘキサゴンタワー襲撃事件収束から四二分経過。


「第一に入場時の金属探知機、第二に入場直後に行われる銃器所持チェック、最後に上層階へと向かうためのエレベーターだ」

 八階のオペレータルームに急設の総合司令室を職員たちが作っている傍ら、イポスとレラジェはジョンから話を聞いていた。

 保安局襲撃はイポスと、イポスを隊長に据えた第二部隊の予備部隊が充てられた。

 こんな形で自分の部隊を持つことになるとは思いも寄らなかったが、部隊の初仕事に泥を塗るような真似はしたくない。

「金属探知機は基本的に無人のものだが、保安局ビルの入り口である回転ドアそれそのものが探知機だ。強行突破や迂回はできない」

 イポスもレラジェも、何も言わずにジョンの言うことを聞いている。

 ジョンの背後では職員たちが慌ただしく太いコードや細いコード、モニター、マイクその他を運び込んでは机の上に載せている。

「銃器所持チェックの方式は?」

「同じく無人ゲートによる探知だが、こちらは銃に埋め込まれた認識チップを読み取るだけだ。所持確認というより所持銃器の確認の意味合いが強いな」

 認識チップ、銃器取扱基準法という法で定められたすべての銃に埋め込まなければならない銃器の個体識別チップのことだ。一般的には、銃のグリップに埋め込まれることが殆どである。

「まあ、この二つは簡単にクリアできる」

 ジョンが簡単そうに言った。

 イポスは目を丸くし、レラジェは少し間ぬけな声を上げた。

 イポスたち二人の反応を見て満足したのか、ジョンは咳ばらいを一つした後、着ていた白衣のポケットからカードを取り出した。

「まず、一つ目の関門はこいつで突破できる。このカードは襲撃事件で捕まえた保安局員の私物だ」

 カードには顔写真とID、誕生日や名前が諸々書かれている。その中で気になる項目、「役職:警備部」に目が行く。

 護衛のリーダーだった男、フランツのIDカードだ。

「このカードは警備部のものだ。少し調べたが警備部の人間は入口の金属探知機を一時的に停止させられるらしい。こいつを少しいじってイポス、君が金属探知機を素通りできるようにする」

 恐らく、頻繁にビルの内外を銃器と共に往復する警備部を一々チェックしないで済むからだろう。こういう例外処理が綻びを生むのだ、ため息が漏れる。

「二つ目の関門だが、こいつはちと説明が面倒でな」

 論より証拠というわけか、イポスにマテバを出せとジョンが催促する。

 背中側に回してあるホルスターから取り出して、レラジェに渡す。

 すると、レラジェはマテバのグリップを叩いて口を開く。

「この銃、実は中にチップが入っていない」

「はぁ?」

 イポスとレラジェは声を揃えて声を上げる。

「まあ待て、勿論ただのミスなんだ。全ての銃器は総務部が銃器弾薬庫で管理しているんだが最近忙しいせいかリストがズレてな、この銃に本来入る予定だったチップは管理の必要のない非殺傷銃に入ってしまった。同様に、管理外になってしまった銃器が合計十三丁存在している」

「つまり、俺のマテバは管理外の存在しないゴーストガンってことか?」

「そうなる」

 なるほど、とはいかないがともかく納得するしかない。

「まあ何はともあれ、所持チェックも難なく通過できるわね」

 隣の相棒は無表情にそんなことを言う。

「ちょっと待て、ついさっきここの大ロビーで国務安全法のことをカッコつけて話してただろう」

 レラジェが思い切り鳩尾を殴ってきた。

 潰れた虫のような声を上げながら膝から崩れ落ちるイポス。結構いいところに入った。この鬼教官ぶりは出会った時から一切変わっていない。パワハラだ。

「とりあえず入れるとして、問題なのはエレベーターだ。ブースのオフィスは三十四階にあるのだが、三十階以降の上層階へと向かうには二階から三十階までの直通エレベーターに乗らなければならない」

「つまり、待ち伏せされれば逃げ道はない、と」

 うずくまりながら悶えるイポスを余所に、二人は真面目な会話を続ける。

 呼吸を整えながら立ち上がったイポスも口を挟む。

「なら、大人数で襲撃するなり、重装備で突撃するなりすればいいじゃないか」

「そうしたいのは山々だがな、異常事態が発生すると自動的にエレベーターは外部から操作することは可能だが中からの操作は出来なくなる。待ち伏せに備えて携帯式の防弾シールドを持ち込もうとすれば、アレはチップが入っているから検問に引っかかちまう」

「あそこはちょっとした軍基地、ヘリもまともには近づけないでしょうね」

 先程、保安局ビルの周辺地図を見たが周りには何もない。下手に大きな動きを見せれば、クリークゾフツの手がかりは一切得ることはできずじまいに終わる。

「警備部のIDも使えるものは一枚だけ。一体どうすれば……」

 ジョンが頭を抱える。

 人も時間も足りない、こんな状況でできることは少ない。

 ある意味、この状況で任務をイポスに任せてくれたのは信頼されている証なのかもしれない。

 ならば、その期待に応えなければ失礼だろう。

「なら、俺が単騎で乗り込む」


────ヘキサゴンタワー襲撃事件収束から八六分経過。

 保安局ビルは、要塞のような見た目だ。全体的に黒っぽく、表面は金属のような質感だ。

 大きな建物にそぐわぬ小さな入り口は、自動回転ドアとなっていてその数メートル前に背の低い黒い円柱のようなIDカードスキャナが置かれている。

 回転ドアの両脇には、物々しい武装をした兵士が立っていた。

 自分のIDカードに偽装したフランツのカードを入り口のスキャナにかざして、金属探知機をダウンさせる。

 素知らぬ顔で回転ドアをくぐり、目の前のチップ確認ゲートを通過すれば、受付は目の前だ。

「北部安全保障二班のブース・フィリーに会いに来たのだが」

「お繋ぎいたします。所属とお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ウェールズ新聞社のイポスだと伝えてくれ」

 受付嬢に、偽造した大手新聞社の記者としての自分の名刺を渡して、近くにあったソファに座る。

 ふと吹き抜けになっている天井を見上げると、鉄製の鳥籠のように上に行くにつれて狭くなっていることに気づいた。恐らく二十階を超えたあたりから窓がなくなって代わりに鉛色のドアが露出するようになるので、かなり物々しい。

 対照的に、一階のロビーは白を基調としたかなり近代的で清潔感溢れる空間で小型の自動掃除ロボットが数台目につく。

 上層階の時代遅れな要塞感と、一階の近未来的な空間との不調和が保安局という人的資源を使い捨てる組織をよく表している。

「お待たせいたしました。イポス様」

 三分ほど待たされて、遂に背後から声をかけられる。

 振り向けば、そこにはサブマシンガンにサブアームとして自動拳銃とスモークグレネードを携えた完全武装状態の警備員が二人立っていた。

「三十四階までお送りいたします」

「ありがとう」

 何を考えているのか、表情でも見ておきたいところだが残念ながらフルフェイスヘルメットのせいで何も見えない。

 大人しく立ち上がって、彼らの後を追って東側のエレベーターへ繋がる階段を登る。

 東側のエレベーターは三十階直通の上層階と唯一繋がるエレベーターだ。

「ここからは一人でも行けるが」

「無礼なのは承知していますが、命令ですのでご容赦ください」

 エレベーターの呼び出しボタンを押してから二人の警備を引きはがせないか言ってみるが、やはり無駄なようだ。

 下手に強情になれば怪しまれかねない、素直に従うことにする。

 軽快なエレベーターの到着を告げる音と共に扉が開く。まずイポスが乗って出口を塞ぐように警備二人が乗ってくる。

 警備が開閉ボタンを押すと、扉が閉じる。

『東側のエレベーターに乗ったようだな。少し待っててくれ、三十階を確認する』

 ヘキサゴンタワーの八階にいるジョンの声が骨伝導イヤホン越しに聞こえる。

 妙に嫌な予感がする。

「ところで、何の取材ですか?」

 警備の一人が、こちらに話しかけてくる。

「第四回テロの件です。当時、ブースさんはスペクターにいたと聞いています」

「なるほど、その件ですか」

 頷いているようだが、その表情は見えない。

 電光掲示板は八階に変わった。

「あなた方はブースさんの部下ですか?」

「えぇ、彼がここに異動してきた時から一年間、彼のもとで働いています」

「あなたから見て、ブースさんはどのような人ですかね」

 警備員は少し考えるようなそぶりを見せる。

 電光掲示板は十一階に変わった。

「そうですね、仕事一筋、というような感じですかね」

 愛想笑いを返すと同時に、電光掲示板が十二階へと変わった。


『イポス、待ち伏せがいる!』

 マテバを抜く。

 左前にいる、先ほどまで話していた警備の方へ銃を向けると、まるで予知したかのようにサブマシンガンの固定ストックの銃床でマテバを弾き飛ばしてくる。

 ここで隙を見せれば、命が危うい。

 右足を持ち上げて目の前の警備の右膝を蹴る。一歩遅れて振り向いたもう一方の警備、彼が持っているサブマシンガンの銃口を右手で逸らしながら、左手で先に反応した方の警備のサブアームである自動拳銃をホルスターから奪い取る。

 銃声が狭い籠の中で響き渡る。

 サブマシンガンから放たれた九ミリ弾は、エレベーターの背面のガラスにめり込んで止まる。間髪空けずに左手の自動拳銃を発砲。

 今しがたサブマシンガンを撃った警備の右手とヘルメットを打つ。

 拳銃弾は人差し指と中指の中手骨を砕くが、もう一発の弾はヘルメットを貫通することなく、ただその衝撃を伝えるのみとなった。

 流石に防弾装備は拳銃弾では貫徹できないか。

 向かって右側の警備は右手の痛みと頭部への衝撃でその場に倒れる。左側の警備はサブマシンガンを力任せに振り回し、イポスと距離を取ろうとする。重量と遠心力が相まってそれなりの勢いで背面のガラスに背中を打ち付けたイポスに、警備はライフルを向ける。

 足を脱力し、壁を引きずるように座り込み、サブマシンガンの射線から消えると同時に三回発砲。三発とも警備の腹部に当たり、防弾チョッキによって貫徹は防がれるもその場に少しうずくまらせる。

 少し起き上がった右側にいる警備のヘルメットをもう一度撃ちながら、急いで立ち上がる。姿勢を戻した左側の警備のサブマシンガンを横から殴りつけて射線を再び逸らし、拳銃を持ち換えて左の腕でヘルメットの下、首のあたりを抑えて体の自由を奪う。

 少し左腕を持ち上げて防弾ベストとヘルメットの間に空間を作り、そこに銃口をねじ込んで引き金を引く。

 血と少し焦げた肉がヘルメットの中でまき散らされた。

 すぐさま振り返って、倒れているもう一人の警備の頭を鷲掴みにし、先程と同じように装備の間に銃口をねじ込んで引き金を引く。

自動拳銃をその辺に放って、マテバを拾い上げた。電光掲示板は二十四階を示している。

「エレベーター内は制圧。待ち伏せの人数は?」

『六人、全員フル武装だ。そのままじゃエレベーター(そいつ)はお前の棺桶になるぞ』

 マテバに込めていた通常弾を取り出して、徹甲弾を込める。

「やれるだけやるさ。やれるだけ、な」

 エレベーター内をくまなく見渡して、転機を探す。

 電光掲示板は二十八階に変わった。もう時間がない。

────天井に目が止まった。


 軽快なベルの音と共に、扉の上のエレベーターの到着を告げるランプが灯る。

 僅かに扉が開くと同時に、前に四人、後ろに二人の隊列を組んだ重装備の警備たち、彼らの構えたアサルトライフルが火を吹いた。

 数瞬遅れて、扉が全開になると同時に大量の煙幕がエレベーター内を覆い隠す。ライフル弾と緑色のレーザーサイトが煙幕の中を恐れず突き進んで行く。

 何か重いものが崩れる音がしても、ガラスが砕ける音がしてもそれは銃声にかき消され、六人の警備は構わずにライフルを撃ち続ける。

 ほぼ同時に、全員のライフルが弾切れになる。先程までの騒音が嘘のように何も音が聞こえなくなった。

「リロード」

 隊列の後部、この迎撃班のリーダー格の男が言うと同時に、エレベーターを前に警備たちが一斉にリロードを始めた。

 その瞬間だった。

 銃声と同時に、リーダー格の男のヘルメットと頭蓋骨が砕け、赤い血と脳みそらしきものを撒き散らしながら後ろ向きに倒れた。

 あまりに突然で、かつ予想外だった。続く二度目、三度目の銃声の度に、警備たちは無抵抗に倒れていく。

 四度目の銃声、四人目の警備の肺に穴が空いて、ようやく状況を理解した、残っている二人がリロード途中のライフルを投げ捨て拳銃を抜いて立ち上がり、応戦を始める。

 ゆっくりと後退しながら撃ち続けていた一人目の拳銃が弾切れになった。

「カバー!」

 銃声の切れ間、残った警備の一人がそう叫んだ瞬間、煙幕の中から銃声と徹甲弾が飛んでくる。

 同時に、タングステン弾芯のそれは、フルフェイスヘルメットを食い破り、右の眼球を潰し、蝶形骨を噛み砕いて脳を引き裂く。

「うわぁぁ!」

 最後の警備兵が、悲鳴を上げながら逃げ出す。

 容赦なく銃声は響き渡り、彼の頭の半分を吹き飛ばしていった。 

────ヘキサゴンタワー襲撃事件収束から九二分経過。

 白い煙が晴れていく。

 エレベーターから血塗れになったフロアに死体を避けて足を踏み入れたのは、単眼の赤外線スコープをつけたイポスだった。

 スコープを外して、取り出した場所と同じジャケットの胸ポケットに戻し、マテバのシリンダーをスイングアウトして、空薬莢を全て排出する。

『イポス、無事?』

 レラジェの声だった。彼女の声に混じって、少しノイズが聞こえる。

「無事です、ただ赤外線スコープが飛び散った破片でイカれました」

 短く、淡々と返す。

 拳銃での応戦が始まった時、砕けた銃弾の破片によってスコープのガラスが割れてしまった。使えなくはないが、視認性が大幅に低下している為、これ以上は使わないのが無難だろう。

 クイックローダーに嵌った六発の弾丸をマテバに込めて、シリンダーを戻して少し耳を澄ます。特に足音は聞こえない。

『どうやって鉄の棺桶から生きて出られたのかしら?』

 少し考えてから、レラジェの質問に答える。

「……レオンは見ましたか?」

『なるほどね、あなた本当に人間?』

 つまるところ、天井からぶら下がってスコープを、壊れてしまってからは声を頼りに狙って撃っただけだ。酷く心外な講評を頂いたところで、ジョンが口を挟んでくる。

『無事で良かった、イポス。先程、政治部ホワイトハンドが保安局に対して報復措置を取ることを決定した。お前の部隊がそちらにヘリで向かっている』

『連中は判断が遅いのよ』

 レラジェのいつもの愚痴だ。

 彼女はホワイトハンドを嫌っている。

 現場にそぐわない指令と、あまりに遅い指示。どちらも現場と会議室の間で生まれる情報のラグのせいだ。しようのないことだと一番理解し、実感している彼女だからこそ、割り切れない部分もあるのだろう。

スペクターの一挙手一投足は極めて慎重に見極められなければならない。政治で決められた行為を行うには、政治的に正しくなければいけないのだ。

『気持ちは分かるが今は任務に集中するべきだ、レラジェ。イポス、君はまず三十三階のサーバールームに向かって、設備を破壊して欲しい』

「やれと言われればやるが、方法は?」

『目の前のガラスを割れ』

 ジョンの言うとおりにする為、近くに落ちていたライフルを拾って死体からマガジンを一つ頂戴する。

 マガジンから一発だけ銃弾を抜き取り、薬室に直接入れてからボルトキャッチを叩く。

 三十階はエレベーターの向かいにある壁が全面ガラスになっている。これら全ては、拳銃弾程度であれば貫通しないように作られているが、貫徹力の高いライフル弾はその限りではない。

 一度だけ、引き金を引く。

 ライフル弾はガラスの中央辺りを貫通し、走った亀裂は全面に広がる。

 瞬きを一つすると、壁が割れた。ガラスの破片が散り、床に落ちてまた割れる。その姿は、地面に落ちた雨粒のように見えた。

 一通り破砕音が鳴りやむと、不気味な風の音が耳に突き刺さる。地上三十階、高さにしておよそ百二十メートル、地上とは比べ物にならないほど風は強い。

 それを搔き消すが如く、警報音がなりわたる。恐らく、ロックダウンを告げる警報だ、死ぬこと以外で下に戻れる手段はないだろう。

 割れた壁ガラスに近づいて空を眺めていると、少しだけ歪みがあることに気づく。

 その歪みはだんだんと大きく、はっきりとしていき、そこに白い大型のドローンが現れた。駐車場から飛ばしたものだ。

「そこから見てたのか」

『危ないから少し下がってろ』

 無線越しのジョンの指示に従い、三歩程後ろに下がると、ドローンが目の前に降りてくる。回転翼が止まったかと思うと、ドローンの中央部分にある丸い切れ込みと二つ窪みがついた部分が飛び出す。

 中には四角いショットガン用の弾を十二発保持できるホルダーが四つと小さめのポーチが付いたタクティカルベルトと、大型のショットガン、それから手榴弾が三つ入っていた。

『SAS-12セミオートショットガン、装弾数は七発だ。訓練で使ったことがあるだろう』

 数ヶ月前にやった射撃訓練で使ったことのあるものだ。基本的な操作方法は分かる。

 ホルダーにはまったショットシェルを一発引き抜いて見てみると、側面に鉄鋼スラグ弾と書かれている。こいつなら、警備達の防弾装備も貫けるだろう。

「まるでこうなることを予測してたみたいだな」

『念には念を、と言うやつだ。使わないに越したことはなかったがな。ロックダウン状態になれば、恐らく対テロ特別保安部隊が出てくる。拳銃一丁で何とかなる相手ではない』

 対テロ特別保安部隊、クリークゾフツによる二回目のテロ、「首都同時多発爆破事件」を一部隊で収束せしめた英雄たちだ。手練れも手練れ、まともに相手をすればまず勝てない相手であることは間違いない。

「ショットガン一つで変わるとも思えないがな」

 タクティカルベルトを腰に巻き付けて、手榴弾を背中側のポーチに入れる。

 ショットガンのボルトを引いて薬室を開放し、先程ホルダーから引き抜いたショットシェルを込めてから閉鎖する。

「ところで、何故サーバールームを?」

『ヘリが近づくにはそこの屋上にある防空システムをダウンさせなければならない。それら全ての火器管制系はサーバールームにある。それを破壊すればシステムはダウンする』

 ショットシェルを一発ずつマガジンチューブへ込める。

 七発詰めたところで弾が入らなくなった。

「了解、難しいことは考えずにぶっ壊せばいいわけだ」

『そういうことだ、十分以内に頼む』

 右手首のスマートウォッチのタイマーを十分に設定してから再び耳を澄ます。

 警報音に交じって、金属がスライドするような音と多数の足音に気づいた。

「使わないに越したことはない、ね」

 ショットガンを肩から提げて、足音の主、我が国の英雄と渡り合う方法を考える。

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