第3話・第九班隊の護闘士様たち
「えっとぉ。今日の日程は……」
鮭の切り身を焼きながら、ひよりは『本日の嵯牙班・日程表』に目を通していた。
玲亜さんが非番で、嵯牙隊長が午前中、班会議。
でもきっとまた
それならお夜食がいるわね。お弁当持たせなきゃ。
人数分の魚を焼き終え、次に卵焼きに取り掛かろうとしたとき、
「ひよりちゃん、おっはよう!」
調理場の出入り口から、ひょっこりと顔を覗かせた者の姿に、ひよりは丁寧に挨拶をする。
「おはようございます。玲亜さん」
ひよりの指導係りとして七班隊から来ている嵯牙 玲亜だった。
歳は二つ年上の十九歳と聞いている。
胸まで真っ直ぐに伸びた艶のある髪は赤茶色。
その容姿はひよりとは違い、羨ましいくらいメリハリのある身体つきで、同性でも惹きつけられるほどだ。
整った面差しの中にある瞳は晴れ渡った空のように青く、爽やかな微笑みはドキドキしてしまうくらい魅力的だ。
「今朝も早いね、ひよりちゃんは。私も何か手伝うよ」
腕まくりをしながら炊事場に入ってくる玲亜に、ひよりは慌てた。
「い、いけません! 護闘士さまにそんなこと」
「いいから、いいから。私、今日非番だし、たまにはお手伝いさせて」
「でも。せっかくのお休みなんですから、ゆっくりのんびりしててください」
「いいの、いいの。遠慮しないで。……て言っても私、料理とか苦手だから。お皿用意したり運んだり並べたり、後片付けくらいしか手伝えないけど。ね、このお皿は運んでいい?」
「あ、はい。じゃあ少しお願いします。ありがとうございます、玲亜さん」
♢♢♢
「……げ。玲亜が調理場にいる。何やってんだ、おまえ」
苦い顔で現れたのは、護闘士班隊 第九班 副隊長、
後ろに撫でつけた金色の髪。
精悍な風貌を際立たせているのは、真っ直ぐに他者を射るような焦げ茶色の細めの瞳。
一見、睨んでいると思ってしまう眼差しだが、笑うと意外に子供のような愛嬌がある。
瀬戸の実年齢をひよりは知らないが、師団では二十歳を過ぎないと班の長や副には任命されない決まりがあるので、自分や玲亜よりは年上だろうと思われた。
「おはようございます、蘭瑛さん」
「ああ、おはよう。なぁ、那峰。まさか玲亜は料理作らせろとかワガママ言って、俺たちにとんでもないもん食わせようとしてるわけじゃないよな?」
「いいえ、違いますよ。玲亜さんはお手伝いをしてくださって」
「ちょっと、蘭瑛! ワガママってどーゆーこと ⁉ とんでもないって何よっ、私がいつあんたにそんなもの食わせたっていうの!」
「おめぇの料理の腕前はいろいろ余所から聞いてるし。───あ、それともアレか。おまえ料理音痴だから那峰に教わりたくてか? まぁ、でもやめとけ。今更おまえが頑張ったところで料理オンチは治ら……っ、ぐぉわ⁉」
玲亜が蘭瑛の腹に、拳をおもいきり強く沈めた。
痛みに身悶える蘭瑛に、玲亜は容赦なく言い放つ。
「黙れ。さっさと朝稽古行っちまえ!」
「痛ってぇな! なにすんだ、この馬鹿力おんながっ」
「なんですってえぇ……! 」
……ああ。また始まっちゃった……。
ひよりは小さく溜息をついた。
玲亜と蘭瑛はいつもこんな感じだ。
もう少し仲良くならないのかなぁ。
二人とも昔からの知り合いで、以前は同じ上番隊に所属していたという話だ。
その頃からよくケンカしていたという噂は聞いていたが。
いつも凄く険悪になってしまうわけでもなかった。
お互いに言い合ってスッキリしてる雰囲気も感じたり。
不思議な二人だった。
喧嘩するほど仲がいい。───こういうの、ふたりの関係みたいなことを言うのかしら。
言い争う二人を遠巻きに眺めながら、ひよりが玉子焼きに集中していると……。
「あの~、瀬戸さん。俺ら先行ってますけど」
調理場の出入口に白い道着姿の二人の男子が立っていた。
二人ともサラサラな銀髪に小豆色の瞳。
そして同じ顔。
嵯牙班内だけでなく戦闘師団内、最年少の十三歳。
双子なのに苗字が違うのは、両親が離婚しているからだとひよりは聞いていた。
ちなみに、二人の見分け方は、右目の下にほくろのある方が諒 (兄)だ。
「おはよう諒くん、莉玖くん。諒くん今夜は夜警のお当番だね。お夜食にお弁当作っておくから、持って行ってね!」
「んなもん、いらねぇよ。ダルマ」
……ううっ。今朝は着膨れてないのに!
ひよりに「だるま」や「
「でも、お腹空いちゃうよ?」
ダルマと呼ばれてもヘコまずに、訊き返すひよりに莉玖も頷く。
「そうだよ、諒。せっかく那峰さんが美味しいの作ってくれるんだから、持って行きなよ」
「だからいらねぇってのッ。太リス!」
「こらッ、 諒! なによその言い方。ひよりちゃんの好意を無視すんじゃない!」
蘭瑛との口論を中断させ、玲亜が諒に向かって言った。
「あ! 僕わかったよ、諒。キンピラさんだねっ」
莉玖の言葉に、諒の顔色が少し変わった。
「キンピラさん?」
ひよりが訊き返すと、莉玖は笑って答えた。
「諒は『金平ごぼう』が苦手なんです。夕べのおかずに出たでしょ。みんな美味しいって食べてたけど、諒は箸がすすまなかったみたいで。でもあれ、たくさん作り置きしてあるって那峰さん言ってたよね? 諒はそれを」
「莉玖! もういい。朝稽古行くぞ!」
「えー。だってこういう事はちゃんと言っておかなきゃ。諒はただでさえ偏食児なんだからさぁ」
(───そうか、それで)
ひよりは納得がいったというように頷き言った。
「わかったよ、諒くん。お夜食のお弁当にはきんぴらさん入れないから。心配しなくても大丈夫!」
「よかったね、諒!」
「───お、俺は別にっ。心配なんかしてねえよ! 苦手なだけで嫌いなわけじゃ……。食おうと思えば食えるしっ」
ひよりは諒を見つめながら優しく首を振った。
「いいよ、無理しなくても。違う素材で補える栄養分はたくさんあるから。苦手なものはどんどん言ってね!」
「ありがとう、那峰さん。諒のために気をつかわせちゃってゴメンね」
「なッ………なんでおまえが謝んだよ莉玖! んなもん謝んなくてもいいんだよッ。頼んでもいねぇのに弁当なんて!とにかく俺は先に行く!」
パタパタと、諒は走り去って行った。
「あいつ礼も言えないわけ?」
玲亜が憤る。
「ありゃ照れてんだろ」
蘭瑛がやれやれ、というように苦笑し、そして続けた。
「しっかし諒は食いもんの好き嫌いが激しくていかんな」
「すいません、瀬戸さん。諒にはよく言っときます。那峰さんも、今度諒のやつに後片付け手伝わせますから。今夜のお弁当、よろしくです」
ぺこりとお辞儀する莉玖に、ひよりは慌てて首を振る。
「そんなこと、私なら気にしてませんから」
ひよりの返事に莉玖は少しホッとしたように微笑むと、一礼して諒の後を追いかけて行った。
「おんなじ顔なのに性格は真逆ね。……で。副隊長さんは、いつまでここで油売ってるわけ? 早く行ったら? 朝稽古に」
「おめぇも来いよ、玲亜」
「はぁ? 何言ってんの。私は今日非番ですから」
「嵯牙班の隊員は非番でも朝の稽古は休み無しって決まってる」
「なによ急にそんなの!」
「なによもくそもあるか。てめぇは普段からサボり魔だろうが」
「なんですって! 私はねぇ、こっちに臨時で来てんのよっ。 本来は七班隊員なの! うちんとこは修行バカのおたくらみたいに朝から稽古なんてしてないの。嵯牙班に合わせるつもりないから」
「へぇ。いいのか、そんなこと言って。おまえこっち来てから那峰の作る飯食うようになって太ったんじゃね? ま、おまえが太ネコになろうが俺の知ったこっちゃねーがな」
「ふっ⁉ 誰が太猫なのよっ。だいたいあんたはねぇっ!」
あ―あ。また始まっちゃった。
ひよりは小さく溜息をついた。
「そうだよな。おめーは所詮七班隊だ。俺ら九班の稽古についてこれねーだろうしな」
「なんですって……」
「だからいつまでもダメなんだよ、てめぇらは。隊編成があっても後番隊の六と七の闘魄値数にそれほど差が出てないって聞いてるぞ。俺に言わせりゃ、いつまで平和ボケしてんだって感じだな。ここ最近の帝都は静かだからって、危機管理に欠けてるぜ」
「平和ボケなんてしてないっ」
「どうかな。惰性心は闘魄を喰らうって、忘れたわけじゃないよな」
「惰性心なんて無い! 護闘士でいるための闘魄値数は維持してるっ」
どこかムキになって答える玲亜に、蘭瑛は意地の悪い微笑を向けながら言葉を続けた。
「維持だぁ? 上がってかなけりゃ意味ねぇだろっ。おまえはなんでここに居るんだ? なぜ来れた? 臨時とはいえ七班の奴がこっち入れるわけねぇだろ、ふつう。でもあれか。優越感、あんだろうな、玲亜。でもなぁ、おまえ、あの人の妹だからって何やってても許されると思うなよ」
(瀬戸さん!それってあんまり言い過ぎじゃ……)
出かけた言葉を、ひよりは飲み込み、かわりに叫ぶ。
「もお~っ‼ 二人ともッ、ケンカするなら外へ出てってくださいっ。調理の邪魔です!」
怒ったひよりに蘭瑛と玲亜は我に返った様子だった。
「……ごめんね、ひよりちゃん」
玲亜が申し訳なさそうに言った。
「やっぱり手伝えなくなっちゃった……」
初めて見る、玲亜の苦しそうな顔に、ひよりは胸が痛んだ。
「悔しいから、私も朝稽古に行ってくる!」
「あの!私、食後に玲亜さんの好きな甘いお菓子とか用意しておきます! だから頑張ってきてくださいねッ」
「も~、嬉しい! ひより大好きっ」
玲亜はひよりをぎゅうッと抱きしめ、蘭瑛にあっかんべーをしてから炊事場を出て行った。
「……悪かったな、那峰。朝から支度の邪魔して」
「いえ……」
「ほんっと、どこまで負けず嫌いなんだ、あの女は」
そんなこと言って。
瀬戸さんがたきつけた……って感じにも見えましたよ。
などとは思っても、ひよりは蘭瑛の容赦のない言葉の余韻が残っていて、なんだか怖くて今は視線さえも合わせられなかった。
「那峰。……実はおまえに頼みたいことがあってな」
蘭瑛が、溜息と共に漏らした口調には、先程の威圧感は消えていた。
でもそれはやけに神妙で遠慮がちで。蘭瑛らしくない。
ひよりが思わず顔を上げると、少し困り顔の蘭瑛が言った。
「今日から那峰が隊長の『目覚まし係』で決まりな」
は?
「えええぇ―っ⁉」
思わず手にしていた小皿を落としそうになったひよりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます