汐見麻希は挑戦してみたい

 この店は可もなく不可もなく、大きくもなければ小さくもない個性が見られない中途半端な店だ。

 ただ汐見にとっては目に映る物すべてが新鮮なのだろう。まばたきを忘れて興味深げに陳列物を眺めていた。

 そして天都に目線を移すと、彼女はショーウィンドウに飾られていた新機種のゲーム機に顔を近づけていた。


 個人的な見解だと、天都は汐見とは違ってゲームをやっていそうなのだが実際はどうなのだろうか。


「それにしても、ゲームとひとくくりに言っても色々な種類があるのね……」


 物珍しそうに一つひとつゲームソフトをじっくり注視しながらぼそりと呟く汐見。一通り見終えたのか、次は天都に目を向ける。

「天都さんはゲームを嗜むの?」

「……え? あ、はいっ、まぁ……」


 余程集中していたのか、汐見からの問いにわずかばかり遅れて驚きの表情を返した。

 しかしゲームに嗜むという表現は似合わないなぁ。文法的におかしなところはないのだが、嗜むという荘厳な単語と気ままに楽しめるゲームが釣り合っていない。


 そう思いつつ、せっかく訪れたのだから店内を見て回ってみようとふらっと奥へ入っていく。

 直前ギュッと手首が掴まれ、背中に視線が突き刺さった。これは汐見からの無言の圧力だと感じるのに時間はいらなかった。


 臆することなく振り返れば、汐見が首を横に振る。


「今日は天都さんとの親交を深めるために来ているのよ。勝手にどこかへ行かないの」


 彼女がそう言うと、天都がどこか恥じらい気味に俯く。

 もうさすがに逃げるのは諦めよう。俺は大人しくすることにした。最近は汐見に逆らえずにいることを考えるとつい口を歪めてしまう。


 当の彼女は動かない俺に安心し、掴んだ手を離してから訊いた。


「二人はゲームをやっているようだけど、どんなものをやっているの?」


 俺は近くにあった知っているゲームソフトを見つけると、それを手に取り素直に彼女へ渡す。


「これとか」


 受け取った汐見は品定めするように色々な角度から見る。対して天都は表情一つ変えずに見ていた。


 まぁ、俺の好きなものを提示したところで誰が興味あるんだって話だよな。学期初めの自己紹介とか全員興味ない奴だから聴覚遮断していた。

 汐見は天都と仲良くなるため、形式的に訊いただけだろうし、本心ではないに違いない。


「あ……私も、これ、やってます」


 天都がぼそりと言ったことを俺たちは聞き逃さなかった。


「お、おう……そうか」

「二人ともやっているなんて面白いのかしら?」


 汐見が小首を傾げる。


「面白いが、多分お前には肌に合わんぞ」

「どうして?」

「高難易度に複雑なシステム、ダークな世界観やストーリーと、とても初心者がついていける要素がない」


 俺の説明に誤りがないのか天都は納得したように首を振る。汐見はそれを見てまた問うた。


「じゃあ……私にもできるもの、あるかしら?」


 意外にも汐見は深く質問してくる。これは天都と距離を詰めるためだろうか。

 それでは、俺たち二人で探せと言わんばかりの目配せも俺と天都の距離を詰めるためだろうか。


 あいにく俺はゲームこそすれど、あまり詳しいとは言えない。

 ここは天都に頼り、委任しよう。決して押し付けるわけではない。あくまでも任せるだけだ。


 天都の幼げで優しい目を見て問う。


「なんか、あるか?」

「えぇと……」


 キョロキョロと棚を見回したあと、店の奥に入って探し始める。

 やがて、天都は立ち止まり、何か一つ手に取った。


「これ……どうですか?」


 握られていたのはパーティーゲーム。誰でも遊びやすく初心者と上級者の差を埋めるシステムもあり、天都のセレクトは良いように見える。だが、一般人には良くても汐見にはダメだ。


「天都、コイツ友達いないから無理だ」

「いるわよ! 愛梨ちゃん、千世ちゃん、弘子ちゃんはみんな私の友達よ!」


 汐見は憤慨し始めた。しかし友達のラインナップがどれも複雑だ。昨日の敵は今日の友、なのか……?

 そういえば笹塚が汐見を心配するような振る舞いをしていたのを思い出す。今回は汐見の勘違いで終わっているわけではなさそうだ。


「今は……天都さんだって!」


 言われ肩を掴まれ、天都は目を見開く。おどおどと目線を泳がせ、若干のはにかみを浮かべながら俯いた。


「もちろん佐波黒くんだって、そうよ?」

「え? いや、俺はそうは思っていないからな」


 俺たちの関係はせいぜいクラスメイト止まりだ。

 そう認識していたのだが、汐見は不服そうに頬を膨らませて睨みつけてきた。かと思えば、哀愁含んだ表情をしながら目線を落とした。


「……お前は何を掲げて俺のこと友達だって言うんだよ」

「だって私たち、一緒に下校したり、一緒にご飯を食べたり、今も一緒に遊んでいるじゃない」

 拗ねた口調で汐見は答えた。

「そりゃお前が一方的にやっているだけだ。一度たりとも俺の意志が反映されていない」

「え、あれ……お二人は……付き合っていないんですか?」


 突然の発言に俺と汐見は、体を固定されたように天都しか見れなくなっていた。

 幾ばくか間を挟んでから優等生らしからぬ取り乱した大声を上げたのは汐見だった。


「つつつ……付き合っている⁉」

「天都……冗談でもやめてくれ……。俺たちはそういうのじゃあない」

「そうよ。私は彼を更生させようとしているだけであって、その……交際は断じてしていないわ!」


 ヒートアップし続ける彼女の横っ腹を肘でつつくことで、自分が第三者から見てどう映るか意識させる。

 我に返った彼女は咳払いをして、長い黒髪を払ってから続ける。


「ごめんなさい。とにかく私たちはただのクラスメイトであり、お友達よ」

「あ……そうでしたか。仲良さそうでしたので、てっきり……。すみませんでした」


 天都は頭を下げる。すると汐見は腰を曲げて天都との顔の位置を合わせた。

 微笑みをたたえ、ゆっくりと口を開く。


「天都さん、もう敬語は止めましょう? 私たち友達なんだから。あっ私、天都さんのこと、さん付けで呼んでいたわ。じゃあ…………瑚乃羽このはちゃん、でいいかしら?」


 穏やかな声で天都の名を呼ぶと、天都は床に向けていた目線を上げていく。そして口角もわずか一瞬上がったような気がした。


「あ、はい……いい、よ、麻希?」


 天都ははにかみながら、たどたどしく敬語をやめて答えた。

「改めてよろしくね。瑚乃羽ちゃん!」

 それに対して、切れ長の目を緩ませた汐見は満面の笑みで答えたのだった。


 数週間前の刺々とげとげしい彼女はいずこへ、天都との身長差も相まって優しいお姉さんと錯覚してしまう。


 俺は、初めて友達ができる場面を見たかもしれない。しかしその関係はいつまで続くのだろうかと、意地の悪い想像も同時にしてしまうのだった。

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