佐波黒陽介はやり過ごしたい

「……そうだったわ、私にオススメできるゲームを教えてもらうんだったわ」


 何か忘れている気がすると頭を捻らせていた汐見が唐突に声をあげると、俺へ体ごと向き直り目をしっかりと捉えた。


「瑚乃羽ちゃんがオススメしてくれたものは検討として、佐波黒くんは何かないの?」

「無いな」

「……もう少し考える素振りを見せなさいよ」


 即答によりぞんざいな扱いをされると彼女は目を細めて頬を膨らませる。そんなに膨らませて、お前はリスか。


 無いものは無いんだ。

 俺はゲームはやっているが、やっているだけであって深くやり込んだことはない。加えて初心者に勧めることができて、かつ汐見の嗜好に合ったものを知らない。そもそも汐見について知らない。てか興味ない。


 だからといってこのまま無いと主張を続けていると、彼女の睥睨へいげいから逃れられない。不本意ながら適当に俺が彼女に対する印象でゲームを選んでやろう。


 ゲームをやったことがないのなら複雑なボタン、スティック操作を求められるのは当然除外したほうがよさそうだ。それにアクション系は無理だろう。咄嗟に判断して適切な行動をとるなんて初心者には厳しい。


 ゆっくり落ち着いて操作ができるもの…………。

 そういや、コイツ小難しい本とか読んでそうだな。「本は知識の泉です」みたいな訳わからん意識高いぶったことを言いながら、小脇に分厚い本を挟んでいる姿が容易に想像できた。おまけに眼鏡をかけさせたら完璧鼻につく奴だ。

 よし、それなら……。


「ちょっと来てくれ」


 思いつくが早いか、汐見と天都へ手招きをして先導し、店の奥へ奥へと足を運ぶ。

 数少ない客の横を通り、たしかここの角を曲がると……。


 やってきたのは中古のゲームソフトが並べられているコーナー。

 中古と謳ってはいるが古いゲームはない。最新機種で遊べるゲームだけが並んでいる。

 発売から数日で売りくる人は一体どういう心境なのだろうか。新品と言われても疑わないくらい綺麗なパッケージを目にしつつ、お目当てのゲームジャンルを探す。


 ここまでやってきた理由は、勧めるゲームジャンルがメジャーではないからだ。

 店に売り出されるのは買い手が多いもの。すなわち人気ジャンルのものだ。


 だが中古コーナーはメジャーなものだけがあるとは限らない。思わぬ掘り出し物が置いてある可能性が無きにしもあらず。


「ノベルゲーとかどうだ?」

 言うと汐見は理解できなかったのか眉をひそめた。

「ノベルゲームとは何かしら? 小説とゲームを一体化したの?」

「大体その認識でいい」


 俺は彼女の解釈を肯定すると、一番近くにあった学園ラブコメのノベルゲーを取り出して汐見に渡す。


 本や活字が好きそうで、ボタン操作が簡単ゆえに汐見にも分かりやすくプレイできる。俺が思い付いた最善の提案。


 ただ問題点がある。まずノベルゲーをゲームとして見てみると――ゲームと呼称はしているが――かなり異質なジャンルであること。

 プレイヤーがやることといえば、単純にボタンを押してエンディングを目指すだけの、もはや作業と換言してもいいゲームだ。

 だったら漫画とかアニメでいいじゃんと言われてしまいそうだ。


 次に…………。と、汐見を見てみると彼女はパッケージに描かれていた絵を見て、難しそうな表情をしていた。


「これ……未成年が手にしていいものなの……? とても破廉恥な人が描かれているのだけど……」

「お前が今着ている服装と同じなんだけどな」


 現実には存在しない、二次元だからこそできる表現。例えば髪色が色彩豊かだったり、明らかに校則に抵触してしまうくらいスカートが短かったり、何か仕込んでいるのかと思うほど胸が大きかったりと……。

 汐見と天都も現役の女子高校生なのだが、描かれている彼女らとの違いが何個も見つかる。

 それらを評して彼女は破廉恥と言った。てか破廉恥って単語あまり聞かないな……。


「佐波黒くんは普段からこんなものをやっているの……?」

「こんなものとはどういう意味だ。これはまごうことなく健全な作品だぞ」


 まぁでも原作は十八禁なんですけどね!

 これは家庭用ゲーム機に移植される際に対象年齢が引き下げられたもの。だがしかし原作がどうであれ、これは未成年が触れてもいい代物しろものだ。


 出し抜けに袖を軽く何度も引っ張られる。汐見は変わらずパッケージを見て戸惑っているため、じゃあ、天都が引っ張ったのだと思い振り返る。

 予想通り後ろには天都がいて、彼女は恥ずかしそうに上目遣いで耳を貸してほしそうなジェスチャーを震える手でおこなった。

 俺は逡巡したものの、結局は彼女の口元に耳を近づけるために膝をやや曲げて彼女の目線まで顔を持っていってやる。


 そして、彼女のか弱い声音が耳に入る。


「あの、これって、やったんですか?」


 だが色々情報不足で何を訊かれているのかいまいち分からなかった。なので、彼女の言葉を自分なりに噛み砕いて補い、問い返した。

「えぇ……と、今アイツが手に取っているゲームをやったことがあるか? ということか?」


 なら最後までやった。そう伝えると、天都は若干頬を染めて、目線を逸らしては合わす行動を繰り返し始める。そんな状態ながらも彼女は言った。


「……実は、私も」

「……そ、そうか。奇遇だな」


 どのような返答が適切か決めあぐねてしまい、結局はぼそりと独り言のような発言しかできなかった。


 少々の気まずさを、天都との会話が一段落着いたと自分を誤魔化し、汐見へ目を向ける。

 いや、汐見さんパッケージ見すぎじゃないですかね? もしかしてムッツリだったりするのか?

 楽しんでいたら申し訳ないが、そろそろ店員から不審者と誤解されてしまうのではと危惧したのでその後ろ姿に話しかける。


「気に入ったのか?」

「――うわわっ、ちちっ違うわ! ……これは、その……」


 声が上ずり体をのけ反らせた汐見は、一転心配そうに俺を見る。

 一つ間を置いて、彼女は口を開いた。


「もしかして佐波黒くんって……寂しかったり……するのかしら?」

「いいや全然」

 なんでそう思い至ったか訊く前に汐見が言う。

「佐波黒くん、現実だとお友達ができないから、ゲーム内の女の子が友達って言う…………そのつまり、ゲーム依存症、なのかと……だから真面目に授業が受けられなくて提出物もろくに出さないのかと……」


 彼女の落ち着いたどこか憂いを帯びた声音から割と本気で心配してくれていることが分かる。お節介な彼女といつも関わっているとつい忘れてしまいそうになってしまうが、彼女の世話焼きは純粋な正義感のもとで動いているのだ。

 俺を見る眼差しは揺らぐことを知らずに真っ直ぐ向けられている。

 そんなところ悪いのだが、俺は至って健康。汐見の立てた憶測を否定することになる。


「俺は依存症患者なんかじゃない。……つーか、依存症ならクラスの奴ら――いや、ほとんどの人間がそうだろ」

「どういうこと?」

「名付けてコミュニティ依存症。人間は一人でいることを忌避する。一人では何も行動できず、誰かがいなければ何も意思決定ができない。だから自身をいつわってでも人と群れることを選ぶ。これは依存症だ」

「どうしてそのような発想になるのかしら……」


 俺が依存症についてくと汐見は目付きを怪訝に変えた。しかし天都は興味深げに頷いて聞き入っていた。


「すなわち、一人で生きてきた俺はヒエラルキーの最上層に位置すると言っても過言ではない」

「頭が痛くなってきたわ……」


 ひたいに手を当てながらも、持っていたゲームを棚に戻す。


「とりあえず、これも一旦検討、ということで考えておくわ。で、佐波黒くんは何か買うものはないの?」

「あまり金持ってきてないから買わん、てか買えん」


 首を振って意思表示。もともとここに来る予定なんてなかったんだから、相応な金を持ち合わせているわけがない。


「そう。瑚乃羽ちゃんは? 何か買いたいものとか見たいものとか」

「私も……大丈夫です」

「あら、瑚乃羽ちゃんも? では……」


 どうしようかと互いが互いに言葉にせずとも訊き合う。

 ここでしたいことは終わった。というかそもそも、時間稼ぎだけでここでやりたいことはなかったと言うのが正しい。


 女のショッピングは長いと聞いていたのだが、意外にも早く終わってしまった。

 また時間稼ぎ場所を決めなければならない。また考え込むのかと嫌になりそうだったが、今回は閃いてすんなりと案が出せた。


「どっかのカフェとかファミレスに寄るのも、高校生らしいんじゃないか?」

「そうなの?」


 汐見が問う。


「何回かそこで中高生を見かけたことあるから、かなり信憑性は高いはずだ」


 ファミレス内にて、俺は一人で、見かけた学生は三人以上でテスト勉強に勤しんだ。

 まぁ、アイツらは徐々に勉強をやめてスマホゲームに熱中したのだが。


 やはり一人黙々と数学の解法や英単語を覚えていた俺は、アイツらよりもヒエラルキーが上なのだろう。


「瑚乃羽ちゃん、行きましょうか」

「うん」


 三人の同意のもと、俺たちは店を後にする。

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