第29話
「日も落ちたし、観覧車に乗らないか」
俺がそう提案すると汐見は小さく頷いた。
罰ゲームは1時間という話だったが、1時間を過ぎてもどさくさに紛れて汐見の手を握り続けている。
1時間を過ぎていることは互いに気付いているだろうが、どちらもそのことを口に出しはしない。汐見と手を繋いだ俺は緊張で頭が茹っていた。汗も出ているし気持ち悪いと思われていないだろうか。そんな不安が頭をもたげてくる。
汐見の手を引いて、観覧車の乗り場まで赴く。
スタッフがゴンドラに案内してくれる。俺は汐見を先にゴンドラに乗せた後、自分も乗り込む。互いにゴンドラ内で向かい合って座る。ゆったりとした動きで、ゴンドラは動く。
「今日は楽しかったね」
汐見が俺の目を見据えて言う。
「そうだな。遊園地なんて久しぶりだったけど、楽しかったよ」
「まさか藤本くんが絶叫系マシーンが苦手だなんて思わなかったよ」
「俺だって汐見が絶叫系が得意だなんて思わなかった。意外だったよ」
「絶叫系が好きな女の子は可愛くないかな?」
汐見は不安そうに俺を見ている。
「そんなことないよ。あそこまで悲鳴を上げて楽しんでるのを見たら、こっちまで楽しくなってくる。だから俺も楽しかったんだ」
そうやって会話を楽しむ俺たち。ゴンドラはまだ下の方に位置している。
「これ上の方までいったら夜景が楽しめるね」
「観覧車ってそういうもんだろ」
汐見は窓の外から遠くを眺めながら微笑む。
「やっぱり夜景は綺麗だね。町の灯りに目を奪われるよ」
汐見は窓に張り付いている。観覧車に誘ったのは正解だったようだ。俺は緊張でおかしくなりそうだった。なにしろこれから俺は告白するのだから。この密室で、俺は自分の想いを汐見にぶつける。そう思うと心臓がばくばくいってうるさくてしかたがないのだ。
「ねえ、中学のときのこと覚えてる」
不意に汐見が窓の外を見ながら言った。
「私と藤本くんが初めて話した時のこと」
「確か、俺が怒られたんだったよな」
「そう。でも、私はそのずっと前から藤本くんのこと見てたよ」
「それは、どうして?」
「そんなの藤本くんが問題児だったからに決まってるじゃん」
確かに中学の時の俺は荒れていた。荒れていたというより喧嘩っ早い生徒だった。何度も停学になったし、親に迷惑もかけた。決してぐれていたわけではないが。ただ喧嘩っ早かったというだけ。
「藤本くんはなんだか怖いなって、思ってた。絶対に関わり合いにならずにおこうって思ってたんだ」
「思ってたより辛辣。俺ちょっと傷ついちゃうな」
俺が大袈裟に肩を落として見せると、汐見はくすくすと笑った。
「それは藤本くんが悪いんでしょ。喧嘩ばっかりしてたんだから、怖いって思われるのは当たり前だよ。私悪くないもん」
「確かにその通りだ」
汐見は俺を見据えると、薄く微笑んだ。
「でも、その印象が変わる事件があったじゃない。私がしつこいナンパに困っていた時、藤本くんが助けてくれた」
「おかげで俺は汐見にめっちゃ怒られたけどな」
あの時のことはよく覚えている。汐見が男子数名に絡まれていて困っていた。俺が割って入ると男子は数に物を言わせて殴り掛かってきた。俺はそれを拳で黙らせたわけだが、目の前でそんなものを見せられた汐見はたまったものじゃなかったのだろう。
喧嘩を終えた俺を激しく罵った。俺にビビらずに接してくれる女の子は初めてだった。叱られるのが新鮮で、妙な感覚になったのを今でも覚えている。
「藤本くんの為を思ってだよ。暴力なんて使っていても、この先いいことないんじゃないかな」
「それはその通りだ。それで俺は汐見に約束させられたんだ。今後一切喧嘩をしないって」
「それもこの間破ってたけどね」
氷岬を助ける為だったとはいえ、俺は確かに約束を破ってしまった。その罪悪感も湧いてくる。
「悪かったって。今後もう喧嘩はしない」
「本当かな? また氷岬さんがピンチになったら助けるんじゃないかな。まあ、それも藤本くんらしいけど」
汐見はぐっと伸びをして窓の外を見やる。
「でもね、あの時藤本くんを怒りはしたけど、本当はちょと見直したんだ。この人、他人のことを助けたりなんてするんだって」
「あの時の汐見、本気で困っていそうだったからな。見ていられなくなったんだよ」
「うん。それからだよね。藤本くんと学校でも話すようになったの」
「そうだな。俺が学校で話せる女子なんてお前ぐらいだったよ」
「私もそれから藤本くんのこと見てて、それで藤本くんのいいところいっぱい発見したんだ。ちょっとした優しさだったり、人がしないことを率先してしたりするところとか。よく見るとちょっとかっこよかったり。そういう何気ないところが気になり始めたの」
汐見にかっこいいと言われると照れるし、凄く嬉しい。
「だからね、あー、藤本くんって凄く不器用な人なんだって思えてきて、そういうところも可愛いなって」
中学時代の思い出話。汐見が中学時代、俺のことをどんな風に思っていたのかを知れて、ちょっと得した気分だ。
「俺も、最初は汐見のこと可愛い女子としか思ってなかったよ」
「ありがと」
「どういたしまして。でも、こんな俺に話し掛けてくれて仲良くしてくれて、俺は本当に嬉しかったんだ。だから同じ学校への進学が決まった時、本当に嬉しかったんだぜ」
「私も嬉しかったよ。藤本くんはとても仲のいい男子友達。でも……」
汐見はそこで言葉を区切ると、深呼吸する。
そして、意を決したように俺を見据えると、頬を赤く染める。
「私にとって藤本くんは、仲のいい男子友達だけど、そうじゃないんだ」
「それって、どういう……」
俺は息を呑む。汐見の表情が今まで見たこともないぐらい真剣だったから。
「私、藤本くんのことが男の子として好き。気付いたら好きになってた。もっと一緒にいたいなって思う……だから、だから……私と付き合ってください」
消え入りそうな声で、汐見は言った。ぎゅっと握られた手は震えている。俺たちの乗るゴンドラが丁度頂上付近に来たタイミングで、俺は汐見に告白された。
告白。汐見が俺のことを好き。それって、両想いってことか。俺はフリーズした脳内の回路をなんとか繋ぎ合わせながら、思考を再開する。
「……ダメ、かな?」
目をぎゅっと瞑り、片目だけ開きながら汐見が呟く。心臓の音がうるさい。早く返事をしなければ。そうじゃなくて。
「汐見、ちょっといいか」
「うん、何かな」
「俺、汐見と出会って、自分が少しだけ変われた気がするんだ。喧嘩っ早い性格も鳴りを潜めて、高校じゃそれなりにうまくやれて。あの時汐見に叱られなかったら、俺は今も変われないままだったんだなって思う」
「うん……」
「それで、気付いたら汐見のことばっかり見てて、四六時中汐見のこと考えるようになっていた。我ながらきもいと思うよ。だけど、それぐらい俺の中で汐見の存在が大きくなっていたんだ」
「じゃあ」
汐見が顔を上げる。俺は頷く。
「ああ、俺は汐見が好きだ。付き合ってくれ」
本当は俺から告白したかった。だが俺がヘタレている間に先を越されてしまった。
だから、自分の気持ちをきちんと言葉で伝えたかった。
「嬉しい」
汐見が両手で目を抑え、涙を流す。本当に俺のことを好きでいてくれたんだ。
「俺も嬉しいよ。汐見に想ってもらえて」
俺は微笑む。これで俺は汐見と付き合えるようになった。俺は興奮で小躍りしたい衝動に駆られた。それをぐっと堪えながら、窓の外から夜景を見下ろす。
だから気になってしまった。こんなにも幸せな気分なのに、氷岬の顔が頭にちらついたのが。
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