第52話 何か売れるものください

アーク歴1498年 陸の月


ヴェルケーロ領 リヒタール邸




今日は新たな戦いの日だ。

鉱山ドラゴンのアカは置いてきた。

この戦いにはついてこれない。


そう、これからの闘いは繊維との戦いなのだ。

非常に繊細で…手先を使った…細かい…細かい…



「ふんがー!(ビリッ」

「坊ちゃん落ち着いて!」

「もう坊ちゃんじゃねえ!やってられっか!」


俺の闘いはここまでのようだ…というのは置いといて。



麻から服を作る。


今や世界は化繊がメインだが、まだまだ夏の涼しい素材なんかでは麻布は多く使用されている。

本当は高級感がバリバリ出そうな絹糸から生地を取って豪華な着物でもと思ったが無理だ。麻云々以前に、素人の俺たちがあんな細かい細工が出来るわけがない。

出来ても大きな一枚の布くらいで、それをそのまま使うとなるとお相撲さんのマワシくらいしかできない。

そしてそもそも絹糸も無いのだ。



というわけで俺たちはまずは麻糸を作るところからはじめる。

そしてそのお手本を。


育てていた麻がいい感じで大きくなったので皆で皮をはぎ、乾燥してあったものから細い糸をとる。

それをさらに紡ぎ…紡ぎ…ふんがー!(さっきのはここ


「まあぼっちゃん。細かいところは儂らがやりますよって」

「そうじゃそうじゃ。坊ちゃんは何やらドラゴンまで捕まえたんじゃろ?」

「さすが坊ちゃんじゃのう。まあ儂も若い頃は隣の山から飛んでくる暴れワイバーンを…」

「ミモ爺、手が止まっておるぞ。それにその話は昨日も聞いたわい。」

「そうだったかの?わっはっは」

「「「ワッハッハ」」」


ここに集まっているのは畑作業が厳しくなってきたジジババだ。

みんな教えてすぐなのに割と器用にホイホイと糸を紡いでいるのだ。


ま、まあこういうのは亀の甲より年の劫っていうしな。

気が長ーくなってる連中の方がいいのだろう。

俺がだらしなくて我慢が出来ないわけじゃない。そうに違いない。



新しく作った工場には村のジジババやおばちゃん連中がいっぱい来ている。

一応保育所というか寺子屋も作る予定で、今は隣の区画に建設中だ。


寺子屋では主に読み書きと算数を教える。

1年くらいで基本的な読み書きと足し算引き算を教える予定だが、ぶっちゃけ何年いても構わない。

勿論給食も出るし、隣にある工場に行けば大体親戚のだれかがいるので帰りに連れて帰ってもらう形になる。


卒業を決めてないのは、まだまだ貧農ばっかりだから勉強の進むペースが人によって違うからという理由になる。つまりは親の手伝いで学校に来れない子供が多いのだ。


これは親の収入が低いからで…真面目にやってて収入が低いのは領主である俺の責任になるので。

つまりは俺が悪いんだから子供の給食代くらいで怒ることではないって事になる。


良くできる奴は上の学校に進んでいいと思うが、まだその上の学校がない。

王都に行けばあるとかじゃなくて、そもそも魔界には学校がないのだ。


マークスと師匠に聞いたら上流家庭の貴族だけ家庭教師が付いて教えるんだと。

統一した教育機関じゃないと知識の偏りが大変なことになると思うのだが…

うーむ、人間界の方はどうなんじゃろ?




大魔王様に『大学作って!』ってお願いしてもいいが、まあそれはまた色々違う気がする。

つーか、大魔王様があんなに事務作業ばっかりしてるのもロクに教養のある人材がいないからなんじゃないか?その線で押せば作ってくれるだろうか…?

うーん、でもよく考えたら『じゃあお前が校長やれ』とか言われるとすごく面倒だな。やめとこ。



子供の数はこれからどんどん増えればいいと思うが魔族はそもそもあんまり子作りしない。というか魔族は子作りをしても増えにくい?

みんなやることはやってんだろうか?それとも乾ききってんだろうか。さすがにそんな事アンケートも取れないしなあ。

いや、ウチの領民にだけなら別にいいのか?うーむ。



「師匠、質問があるのですが」

「なんだ?」


気になること、知らないことは聞いてみるに限る。

夕飯の時にとりあえず聞いてみることに。


「魔族の子作りはどうなのでしょうか。どの程度の頻度で、着床率がどのくらいで、出生率がどのくらいで…と平均的なところを知りたいのです。」

「こっ、子作り!?頻度??」

「そうです。種族的に増えやすいとかそうでも無いとか。どの程度人口が増えるかによって今後の戦略も変わってきます。それと、今まで増えなかった理由も解明したいですね」

「それをわ、私に聞くのか??」

「ん?ダメでしたか?」

「い、いや。駄目ではない。駄目ではないがな!?」


随分動揺しているが、そういえば師匠は未婚だったか。

未婚の女性に聞くにはやや失礼な話題だったかもな。そういう所ちゃんと空気読まないとまずかったか。

別にセクハラしたかったわけじゃないと理由を説明しないと。


「すみません師匠。突然すぎましたね。…俺はこれから領主として、食料生産も計画的にやっていきたいと思っています。人口が急に増加した後に凶作が起こったら食料が全く足りません。そういう時に対応できるように生産量をあらかじめ想定しておかないといけません。恐らくこれから数年でヴェルケーロ領はかなり食糧事情の改善が見込まれます。そうすると普通は子供が増えます。そうだよな、マークス?」

「そうですな。リヒタール領の時も若が頑張り始めて3年目には出生率が増えました」

「あー、やっぱりそうなんだ。腹ふくれたらヤることヤるよな」

「やることやる!?なにを?」

「そりゃナニですよ師匠(ニチャア」


師匠が目をグルグル回している。可愛いところあるじゃないの!


でもまあ子供が増えるだろうとは思う。

沢山食べて、生活が安定したら子供が増えるのはあったり前だ。

栄養状態が良くなって流産や乳幼児の死亡も減るだろう。

人口は増えるべくして増える。

むしろ食べて寝て、仕事がある状況で子供が増えない方がおかしい。あれ?どこかの国…?というか先進国全部出生率が下がってるのはどうなってんだってばよ?


「リヒタールでは乳幼児の死亡もずいぶん減ったようです」

「まあそうだろな…ところで、何族だから子供ができやすいとかあんの?」

「同族同士のカップルはやや出来やすいようですが、そう大差ないみたいですぞ」

「なるほど。」

「ですが、夜の生活を何回とかそういうのはあまり調べられた方はおりませんなあ。その、聞きづらいですからな」

「そりゃそうか。マークスはどうだったんだ?」

「そりゃ若いころは毎日のようにですな。ワッハッハ」

「そうだよな!ナッハッハ」


マークスは奥さんはもう亡くなっているが、子供が2人リヒタール領に残っている。

他領に移住している子もいるらしい。孫もいっぱいいてひ孫もたくさんいるんだと。

ひ孫はもう何人いるか覚えらんないって。

それはそうと師匠はさっきからうつむいてブツブツ言いながらフリーズしたままだ。まいったな。


「…まあ食料はこれからも頑張って増産しよう。余れば売ればいいし?」

「そうですな。種類をもう少し増やした方が良いと思いますが」

「だよね。いい感じの果物とかも増やしたい。まあ、また苗木を探してきてくれ」

「畏まりました」


うんうん。

果実はいくらあっても良い物だ。

ただなあ、気候がなあ。

もっと温暖な土地ならいろんなものが作れるが、寒いところは作物が限られている。


俺もそれほど詳しくないけど、例えば北海道で多く作られている小麦、トウモロコシ、ジャガイモ、玉ねぎくらいは問題もないはず。

米は頑張って品種改良したって話があるから、逆にいうと頑張らないと無理。って事でかなり厳しい。

果実は…そうだ、メロンはどうか。


夕張メロンは有名だった。ただ何やかんやで市が破たんしたことで有名だが、理由は知らない。

たぶん寒くてメロンが作れなくなったからじゃないと思うんだけど…でもイメージ的にはハウスで育ててるな。


たしかメロンやスイカのような種類はある程度の気温が必要になる。

だからマルチやトンネルなんかを使って出来るだけ保温するようにするのだが…ビニールは無理だ。石油からどうやってビニールを作るのかさっぱり分からん。

じゃあガラスハウスはどうかと言うと、それも今の所到底無理。


光を通し、熱はできるだけ遮断する。

そんな素材が異世界にあればできるが…


無理やり保温のために密閉空間を作れば全く日が当たらなくなる。できるのはモヤシくらいだ。


というわけで暖かくなってから植えるしかない。

まあもう夏の盛りも過ぎようとしている。こりゃ来年からだな。


「というわけでスイカやメロンも探してほしい。甘くて大きな作物で…こんくらいの!」


手でこれくらい!と表現する。もう一つ伝わってないなこりゃ。


「甘いのですか?」

「蕩けるように甘い。すごく甘い瓜なんかよりもっともーっと甘くてジューシーだ。」

「分かりませぬなあ。マリラエール殿はご存知か?」

「私も分からぬ。」


師匠復活してた。

食は進んでないが、まあ戻って来たならいいか。


「マリアは?分かるか?」

「申し訳ありません。またいろんな方にお話を伺っておきます」

「うん。よろしく頼む。後はサクランボとかかなあ。チェリーとか?こんくらいの小さいので木になる奴なんだけど…分かる?」


サクランボと言えば佐藤錦。高級品すぎて手が出ない程だ。

でもアメリカンチェリーも悪くない。コスパで言えばこっちのほうがはるかにいい。

要するに何でもいいから売れるモノください。

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