楽園没収

第39話 物語のハジマリ

アーク歴1497年 什の月


魔界 大魔王直轄領・レグルス 

大魔王城



「被告人、カイト・リヒタールにかけられた父・リヒタール卿およびアークトゥルス王に対する毒殺疑惑は動機も無ければ実効性もなく、到底信じられるものではない。よって我が大魔王法廷で被告は無罪とする。被告人は何か言いたいことがあるか?」

「真犯人を付き止めてください。そして厳罰をお願いします」

「捜査は我の名において行おう。その上で…済まぬがリヒタール領は最前線である。おぬしのような実績のない子供には任せられぬのだ。お主が…そうだな、30になるころには返還するようにしておこう」

「…はい」

「代わりの領地だが、我が大魔王領の直轄地から選んで任せることにする。勿論、働き次第では加増も行おう」

「ハッ」

「では下がれ」


大魔王様に礼をして法廷を去る。

法廷から出たところで手錠を外された。これで無罪放免か。


だが思い入れのある楽園(リヒタール)は召し上げられ、どこぞへすっ飛ばされるようだ。

はあ。



ここは大魔王城。

いかにもラスボスが居そうなお城の名前だが、その通りである。


そして今まで俺がいたのは大魔王城の中にある大魔王法廷。

最高裁判官は大魔王様であり、大魔王様は司法立法行政、さらには軍権のトップである。正に独裁体制だ。中世ってすばらしいね。


さて、そんな大魔王法廷には魔界のお歴々が勢揃いだ。


大魔王様を始めとして、リヒタールから見てアークトゥルス魔王領の反対側を治めるガクルックス魔王、それと大魔王領の反対側を治めるベラトリクス魔王。

それからなんちゃら伯爵になんちゃら公爵など…いっぱいいたみたい。俺は良く分からん。

そして本来ならアークトゥルス魔王もこの大魔王法廷が開催されるときには出席するはずだった。

この法廷は魔界でも重大事件が起こった時にその犯人を裁く為のもので…まあ俺はそこに被告人として出席しているわけだが。




そしてここ、大魔王法廷の主はもちろん大魔王様。

この世界の住民のほぼすべてが大魔王様の事を知っている。

勿論、魔族だけではない。人間たちもよく知っているだろう。


そして俺は少し違う側面でも知っている。

『アーク・アルサエルラ』と言う名の一人の少年は魔族が絶滅寸前のボロボロの状態だったところを救った。

魔族にとっての救世主であり、人間にとってはまさに悪夢の存在だ。


そしてその大魔王様が生きている限りは人類と魔族の間では大きな戦争は起こらない。そういう『盟約』がある。


ゲーム(戦争)の開始時間まではあと何年かある。

という事は…大魔王様はもうすぐ死ぬという事だ。少なくともあと10年もないだろう。



でもまあこれも外れるかもな。

何てったってあのクソチート野郎のアシュレイがあっさり死んじゃうくらいなのだ。

もう俺の知ってるゲームと同じところなんてないわ。

俺をこの世界に送り込んだ奴がいるとしたら今頃頭を抱えているだろうか?

それとも腹を抱えて笑っているだろうか?どっちにしてもクソだ糞。






徹夜でゲームをして、朝にコンビニへ行って。

気が付いたらこっちの世界で5歳だった。


それなりに努力した。

美人でお強いアシュレイ様の子分として、コバンザメのように生きて行けばいいかと思った。

それなのにいつの間にか恋仲になって婚約してしまった。



ああ、その事が悪かったのだろうか。

突然アシュレイの父である魔王とウチの親父が殺されて。

飛び出してったアシュレイを追いかけて行けば俺の目の前でアシュレイまで死んだ。




それから…アシュレイがこの手の中で死んでしまってから、もう2か月が過ぎた。


この2か月間、俺は捕らえられて裁判にかけられていた。容疑は父と叔父を毒殺したと。

なんと馬鹿らしい。

一体どんな動機で、どういう手段を持って毒殺したというのか。


毒殺が行われた時間、俺はアシュレイたちと馬車で丸一日分の距離を離れたところでのんびり遊んでいたというのに。

昔のサスペンス物のように電車のトリックでも使ったと言いたいのだろうか?

だが現実として俺は有罪で死刑になり、その執行の寸前で大魔王様によって待ったがかかった。


領内の皆が俺はその時リヒタールにいたと証言してくれた。

飛竜で伝令に来たケラル殿ももちろんだ。

彼は自分のせいでアシュレイが死んだと酷く落ち込んでいるようだったが…

後は勿論伯母であるアークトゥルス王妃様と従兄弟のアフェリス姫も無罪を主張した。

そして大魔王様による審議の後、俺の無罪は言い渡されたのだ。



濡れ衣を着せられ、処刑される寸前から助けてくれた大魔王様には感謝はしているが、その代わりにリヒタール領を召し上げられたとも言える。

あそこは代々ウチの物だったのに…ぐぬぬ。


「おお、若!ご無事で何よりでございます!」

「マークスか。何よりも何も。良い所全くなしだぞ」

「若が生きておられるだけでこのマークスは幸せでございます!」

「そうか…?」


裁判が終わり、控室に帰るとうっとうしい爺が抱き着いてきた。

執事のマークスだ。

こいつも代々我がリヒタール家に仕えているが、この顛末を聞いてさぞ悔しいだろうと思ったが…


「まあいいが。若はよせ、もう俺が当主だ」

「…左様ですね。では改めましてご当主様が無事で何よりです」

「伯母さんたちはどうした?」

「王妃様とアフェリス姫様は裁判が無罪になりそうだと分かるとアークトゥルス魔王領に帰られました。姫様はずいぶん反対されておられましたが…」

「あちらも忙しいだろうからな。無理もない」


アークトゥルス魔王領の方も王と将軍筆頭が死んで大混乱しているみたいだ。

伯母ちゃんに頑張ってもらいたいけどどうだろうな。

魔王様を毒殺した下手人が単体とは思えない。


でもまあこの上伯母ちゃんや第二王女であるアフェリスに手を出すだろうか。

警備も厳しくするだろうしなあ…まあなるようになるか。


そんなことを考えていると、ドアからノックの音がした。


「どうぞ」

「失礼します。カイト・リヒタール卿、大魔王様がお呼びです」

「ああ。では行ってくる」

「ハッ」





迎えに来てくれたお姉さんの後ろをてくてくと歩く。

つーか今更だけど大魔王様のお城なんだな。


内装はかなり奇麗で、見るからによく掃除もされてる。

しかし、大魔王の城って事はこの中に勇者の最強装備とかがあるんだろうか?

それから賢者の石やら何かここでしか手に入らないレアなアイテムが落ちているのだ。


キョロキョロしながら歩く。


「何かお探しですか?」

「…勇者の最強装備とかですかね」

「ふふっ。いや、失礼」


いかん、笑われてしまった。

RPGだと定番中の定番だ。後は玉座の裏の隠し階段かな。

それにしてもこのお姉さんは美人さんだ。

ああ、アシュレイもこんな感じの美人さんになる予定だったのになあ…


ふいにアシュレイを思い出してしょんぼりする。

あれから2か月ほどたったが、ほとんど毎夜のように夢に見る。

段々と俺の腕の中でアシュレイが冷たくなっていく夢だ。


俺にもっと力があれば…くそ…


「…こちらになります」

「はい」


フラフラとお姉さんの後ろを歩き、連れてこられたのは立派な扉の前だ。


「失礼します、マリラエールです。カイト・リヒタール様をお連れしました」

「入れ」

「ハッ」


マリラエールさんか…美人だが隙が無い。元は武将か何かだろうか?それとも暗部か?

まあ、大魔王様直属の部下なのだ。優秀な人に間違いはないだろう。



ドアをくぐると中はちょっと小奇麗な執務室だ。

そして中にある大きな机には疲れたオジさんが座ってる。

お疲れの表情さえなければかなりのイケオジだ。

このイケオジが大魔王様だ。


「まあ座れ」

「はい」

「ちょっと待っておれ。これを片付けてからそちらに行く」


指差された椅子に座る。

先に座るのはマナーが悪いのか?でも座れって言われて無視するのはどうなんだ?

わかんねーから座っちゃえ!


「お前の装備は返しておこう。袋の中身もそのままだ」

「袋?」


アシュレイの持っていた収納だ。

そういえばこの中をちゃんと見せてもらったことがないな。


アシュレイの秘蔵コレクションがあるかもと思ったが、さすがにそんな物なかった。

むかーしおれがあげたオモチャの指輪くらいだ。あとは本?か。


ぺらぺらっとめくるとこれは日記だった。

悪いなと思ったけど日記をめくる。

俺のことをライバルだと思っていた時の事。婚約した時の事。それから…


アイツこんな風に思ってたのか…

こんな俺のことをこんなに想ってくれていたのか…

だめだ。読めない。


涙が出てきて読めない。

駄目だ。

ここは大魔王様の執務室だ。泣いてはいけない。





頭を切り替えよう。

メイドが置いてくれた茶を飲みながら部屋を見る。

実用的な、としか表現のしようがないほど実用的な部屋だ。飾り気は全くない。


大魔王様をチラッと見ると書類みたいなのをチェックして眉をグリグリして、書類に何かを書いて…それから纏めて…を延々繰り返している。書類仕事か。面倒くさそうだなあ。

それにしても大魔王様、さっき見た時も思ったけどだいぶ疲れてそうだ。



某ブラック企業に勤めてた友人である豊崎君と飯を食った時と同じ顔だ。


こりゃあ、後何年かで死んじゃうってのも無理ないな。

過労死か鬱からの自殺か、それとも脳出血かって感じになっちゃってる。


まあそれはしょうがないけど俺にくれる領地ってどうなるんだろ?

出来たら内政向きの所がいいなあ。


海があって交易が出来ればなおいい。

焼き物やら反物の特産地なんてのもいいな。


後は…


「海は難しいかも知れんが焼き物くらいならどうにかなるだろう」

「はえ?」

「儂の寿命はそれほど短いか?」

「えーっと…」


短いかと言われたら困るけど。

ゲームだとたぶんあと10年もないんじゃないか。

でも過労死ならこれからよく食べてよく寝れば治るんじゃないのか?


「げーむ?ふむ?とりあえず過労ではないと思うがな…儂は病では死なぬ。寿命が決まっておるのだ」


えーっと、これってもしかして…



「あの、もしかしてですけど考えてること全部わかってます?よね?」

「うむ。儂も大魔王としてずいぶん長くやっておるのでな。特に子孫の事は良く分かる」

「子孫、ですか?」

「そうだ。お前は二人目の娘の子孫だな。何代目かは数えるのが面倒だが」

「はあ…。えーっと、どうもご先祖様?」

「うむうむ。もう少し柔らかくてもいいがな」



大魔王様は確かゲームで言う2作目の主人公だったはずだ。

まあ俺も良く分からんけど、正規ルートでクリアしたらエンディングで大魔王様になって、それから魔族と人間との融和に力を使ってなんちゃらかんちゃらだったはず。

それにしてもその人がポンコツの名をほしいままにするカイト君のご先祖様だったとは。


いやまあ、貴族なんて近親婚みたいなのの繰り返しなんだし、多少つながっててもおかしくないのか?


「全くおかしくはない。お前には儂の血が何度も入っておるぞ。一番近いのが二人目の娘というだけで、5人目の息子のひ孫の血も入っているし、他にも混ざり合っておるわ…まあ今の魔界の貴族は皆そのようなものよ」

「はあ…」

「裁判の時もお前のことはよく見させてもらっていた。どう考えても動機も皆無だし実行犯には勿論なれない、指示もしていない。それより思考を読むと儂の知らんことを良く知っているな、どういう事か聞きたくて呼んだのだ」

「えーと、ではですね…どうも私は異世界に転生したのですよ」

「ふむ。続けろ」

「元の世界は地球といって……」


地球の日本で産まれたこと、大学出て就職してクソみたいな会社に勤めていたこと。

暇つぶしにゲームをしていたことなどをかいつまんで説明した。

心を読めると言っても口に出した方がやっぱり伝わりやすいみたいだ。

分かるんなら勝手に心読めよと思ったけど、『そうもいかんのだよ』って言われちゃった。


それは申し訳ない。

じいちゃんごめんな

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