第38話 楽園の終わり

一度休憩して出発、もう一度休憩して再度出発。

もう行程の半分は進んだだろう。40kmか?それとも50km?もっと進んだかも。



「もう目の前か?」

「そうですな。馬の方もかなり疲れて参りましたな」


まあそうだろな。

俺の方は体重が軽い分ディープは元気そうだが、マークスの馬は限界に近いように見える。

マークスだってそんなに重くない。

シュッとした体形のジジイだ。それに二人とも武装をしているわけではないのでそれほど重いとは思えないが…

親父みたいな体形なら馬はもうとっくに潰れてる。それは間違いない。


しかし、まだアシュレイの姿は見えない。

休憩していたらしき跡もない。道行く人に聞いてみても飛竜はみてないか、まだ先かだ。


「こりゃ先についてるな。どれだけ急いだんだか…」

「空なら障害物も坂もありませんからなあ。坊ちゃんも飛竜くらい買うべきでしたかな」

「馬鹿言え…高すぎるだろ」


飛竜は1頭で何千万とか億とかって金がかかるのだ。

将来的には牧場を作って増やすというのもいいかもしれない。

一頭当たりいくらって儲けが馬とは比較にならないのだ。

さらに戦争が起こるといっぱい死んでくれるからいっぱい買われていく。げっへっへ。



ああいかん。

今はそんなこと考えてる場合じゃない。

疲れて股と足と尻が痛い。くそう。

ああ、自分にヒールすればいいのか。


「ヒール」

「ん?大丈夫ですかな?」

「ああ、尻が痛いだけだ。マークス、お前は大丈夫か?」

「ふっ。このマークス、若のような軟弱な尻ではありませぬ。その気になれば尻で釘が打てますぞ」

「何を訳の分からん自慢しとるんだ…」


尻釘はちょっと見てみたい気はするけど。

それにしてもくだらない話をして気が紛れた。

マークスはわざとこういう話をしてくれているのだろう。これも年の功だな。


「見えたな」

「見えましたが…あれは…」


城門前に着いた。


アークトゥルス魔王城のある『王都・アーク』の城門前に着いた俺たちが見たものは拘束されているアシュレイと飛竜、そしてこちらに向かって来る兵たち。


「んー…やばそうだなあ」

「見るからにまずそうですなあ…」


うーん、参ったな。

どういう展開でああなったかは分からないが、あそこに突っ込んだところでどうにもならない気はする。

それにしても慌てて戻った姫を拘束するってのも訳が分からん。

毒殺だと聞いたが、実態はクーデターだったのかな。やはり動いたのは早計だったか?



…だが待ってほしい。

ゲーム開始まではまだしばらく時間があるのだ。


その根拠は俺たちだ。

どう見ても今の俺たちはまだまだ子供だ。

そしてゲーム開始時点での俺たちのグラフィックはもっと大人っぽかった。

少なくとも高校生くらいだったのだ。こんな小学生感溢れる状態ではなかった。



という事はここでつかまっても無事に放り出されて終わり。になる可能性は高い。

いやあ良かった良かった。


「避けろカイト!」

「へ?」


良かった良かった、と安心しているところに唸りをあげて襲い来る投げ槍。

横を見るとマークスの所にも敵の集団が襲い掛かっている。



「うおい!ちょいまて!何でいきなり襲われるんだよ!おかしいだろ!?」

「おかしくなどない!この不届き者め!死ね!」


俺はこの人に何かしただろうか?

というかこんな口上も降伏勧告も無しにいきなり襲い掛かってくるなんて…俺も貴族の端くれ。

これがいかに異常な事かというのは分かる。


そりゃあ国王が毒を盛られたんだから非常事態に違いないとは思うのだが、それでもまだノンビリと慌てる時間じゃないと考えている自分がいたのだ。その結果がこれだ。くそ!



投げ槍をディープから飛び降りてかわすと、投げた本人が襲い掛かってくる。

一度避けても2回でも3回でもとしつっこい。


まあ、残念ながらダンジョン探索に内政にと鍛え上げられてしまった俺にとっては雑兵のふるう槍なんて…危ねえ!


頬をかすめる槍。

やばい。コイツ今のアシュレイより強い!

マークスと同じくらいかもしれん。


チラッと見ると10人以上に囲まれるマークス。それでも優勢のようだが…俺の方に向かってきたこいつは中々やばい奴だ。間違いなく雑兵じゃない、武将クラスかそれ以上の…


「あぶねっ!」

「クソ!ちょこまかと!」

「おま、それ当たったら死ぬだろが!」

「喧しい『逆賊』め!」

「ぎゃく…?俺が?ええい!」


逆賊はお前らだろと言いかけたけど言わせてくれない。

薙ぎ払い、突き、懐へ入ろうとしても石突で返され…短剣しか持たない俺とは相性が悪い。

どうにかアシュレイの所へ近寄ろうと思うがそうもさせてくれない。


「ええいくそ!ツリーアロー!」


矢を打ち払ってくれればそれで拘束できる。だが


「その手は食わん!」


避けられる。

クソ!何でバレてんだ!


でも今のでアシュレイを背中側に向けることが出来た。

これでスキを突けばアシュレイの所へ走っていける。だが、


「今度はこちらの番だ。くらえ!ウインドスタブ!」

「なっ!」


武技を使ってくるとは、本気で殺す気だ。

しかも俺だけではなく…後ろにいるアシュレイまで!


アシュレイを守るために壁になる。

何故なんて思わない。

好きになった女を守る。

当然の事だ。



いつから好きになったんだろう。

いつも横から口うるさく言う奴で、お姉さん気取りが鬱陶しいと思っていた。


将来出世待ったなしだからほどほどに付き合おうと思っていた。

いつの間にやら婚約って事になって…まあそれでもいいかと思っていた。


自分のことだけ考えるなら避ければ良かった。でもそんなことできない。

その代償が、これだ。


「ぐああああッ!」


痛い。

槍を防いだつもりだが、衝撃を吸収しきれず吹き飛ばされる。

そして起きようとして感じる違和感。


左腕の、ヒジから先がない。

腕に括り付けた円盾もない。

残念ながら手持ちの短剣では風をまとった刺突をずらすことしかできず…体を守るために出した円盾ごと風でズタズタにされて引きちぎられたのか…


「いてえ…まいったな。」

「さらばだ。我が名はエイン・シュターク。この名を覚えて地獄へ導かれるがよい」


あー、その名前ゲームで見たことある。そこそこ使える、って程度の奴だ。

冗談だろ?こんなのに殺されるのか?


「死ね」

「ぐっ!」


俺の目の前に突き出される槍。

どうにか槍を防ごうと右手の短剣を持ち上げようとする。

だがその時、俺の目の前には一人の少女が飛び込んでくるのが見えた。


それは後に覇王と呼ばれる存在で、天下を統一して。

人と魔族の国を一つにして…

そして…



その英雄は俺の目の前で槍に貫かれた。


「嘘だろ…アシュレイ?」

「そんな…アシュレイ様…!?」

「カイト様、回復を!」

「あ…ヒール!ヒール!」


回復魔法を慌てて使うが、槍は心臓を打ち抜いている。

赤色の噴水が俺とアシュレイを真紅に染め上げる。

だめだ。いくらヒールをしても噴水が止まらない。こんな…こんなわけが…


「ゴボッ…カイト、すまない。私はもうだめだ。心の臓をやられたのだろう?…すまん。国を、ゴボ、頼む。母とアフェリスを…たの、む」

「おい、待てよ!おい!ヒール!ヒール!おいアシュレイ!!おい!」

「私は…お前を…愛していた…ぞ…」

「おい!待てって!アシュレイ!おい!ヒール!おい!」


回復呪文はもう発動しなかった。

そして、呆然とする俺に不思議な声が聞こえた。


<アシュレイ・アークトゥルスよりカイト・リヒタールに『魔王の種』が継承されました>

<おめでとうございます!カイト・リヒタールは2つ目の魔王の種を獲得しました。カイト・リヒタールの魔王の種が芽吹きました。>



「なに…何だよ今の…?ってクソ!アシュレイ!アシュレイ!ヒール!ヒール!クソっ!治れよ!ヒール!クソったれえええ!」


脳内に響くアナウンスとともに、『覇王、アシュレイ・アークトゥルス』は死んだ。

ゲームの主人公で、不世出の英雄で。


そして俺の婚約者だった可愛いアシュレイは道半ばどころか道が始まる前に死んでしまったのだ。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



ここまでがプロローグです。

長い長いプロローグ。

ある意味本編ですね。


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