残り6粒

 鍵、開いてたりするのか?


 どうやら、猫が閉じ込められてしまったようだ。それが可哀想に思えて、ドアノブを回す。


 開いた。


 ものすごい後悔が押し寄せてくる。しかしドアの隙間からニャオーと鳴き声がして、慌ててドアノブを引いた。


「出れなくなっちゃったのか? ここの家の人はいないのか?」


 茶トラの猫の頭を撫でてやれば、袖をくいっと引っ張られた。その瞬間、男子の言葉を思い出した。


『でもさ、あの猫、必死に何かを訴えてたような気が……』


 やっぱりこの猫、そうなのか?


 当たりだったことに驚いて、この猫の行動が恐ろしく思えた。


「い、いや、不法侵入になるし……」


 猫に対して何を言い訳しているのか。急に情けなくなれば、猫が袖を離してくれた。

 しかし猫は何度もこちらを振り返りながら、部屋の中を進んでいる。


「まさか、倒れてたりするのか!?」


 先ほど聞いた話とは別で、この家の住人に何かあったのかもしれない。そう考えた瞬間、俺は靴のまま中に入ってしまった。


 電気は……。


 ドア付近をくまなく探せば、それらしい物に手が触れた。だから押す。


「何だよ、これ」


 電気はついた。でも部屋の中に人はいない。

 あるのは無数の引っ掻き傷。これをこの猫1匹がしたとは思えず、しゃがみ込む。


「お前、大丈夫か?」


 外猫にしては柔らかな肉球の感触に思わず頬が緩みそうになるが、まずは怪我の確認だ。


 爪は、無事だな。


 血が出た形跡もなく、安堵する。そしてそっと前足を下ろしてやる。


「この引っ掻き傷、他にも猫がいたのか?」


 ニャオ


「お? 賢いなお前。他の猫は外に出れたんだろ? お前も出ればいいのに。ドア開けてやるぞ」


 ミャ


「ん? 嫌なのか?」


 ニャオ


 これ、会話成立してるよな。


 気まぐれに鳴く猫に笑ってしまう。それが不服だったのか、背を向けて歩き出された。


「ん? それスマホじゃん」


 やっぱり猫だな。


 不貞腐れたと思った猫がスマホで遊び始めた。もしかしたら、ここの住人は猫がいたことに驚いて逃げ出したのかもしれない。

 そう思えば納得できた。だから安心してスマホを拾い上げる。壊れたら可哀想だからな。


 中川……。


 ロック画面に通知が溜まっている。その中にある名前を見て、血の気が引いた。


 いや、よくある名字だし……。


 それでも怖くなり、スマホを落とした。

 すると猫がそれをポンポンと前足で叩く。何度も。


「それが、何だよ」


 声が震える。それをなだめようとしてくれたのか、猫が擦り寄ってきた。ピンと立てたしっぽを震わせて。飽きもせず、ずっと。


「そろそろ、やめてくれよ」


 ミャ


 この部屋にいたくない。それなのに、なぜか俺の足は動いてくれない。

 まるでこの猫から、もう逃げられないような気がした。


 その時、下に転がるスマホが鳴り、猫の動きが止まる。


 こいつに付き合う必要なんてないだろ。


 何を怯えているのかと正気に戻った俺は、カバンからマタタビを取り出し投げようとした。けれどその手を引っ掻かれる。


「いてっ!」


 いきなり攻撃的になったのは、マタタビが待ちきれないからだろう。だから遠慮なくカプセルを投げつけ、俺は外を目指した。

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