ひとり、ひと世界

サカモト

ひとり、ひと世界

 ひとり、ひとアカウントから、ひとり、ひと世界となる。

 かつて、人々はSNSにアカウントに作成し、ネット上に、べつの人生を持っていた。あるいはネット上の人生と融合を目指した。さらに、ひとりの人間が、多種のSNS常に、複数のアカウントを持つようにもなった。

 そして、メタバースというキーワードを掲げて時代がくだり、やがて、ネット上には、ひとり、ひとアカウントを持つ時代ではなく、ひとり、ひと仮想世界を持つ時代になった。

 ひとりの人間がネット上に自分の仮想世界を構える。個々のセカイ主は、いかにそこに創造した世界で自身を表現する画像や動画、文章をはじめ、コンテンツを用意し、自身の世界への訪問者を集めるかに苦心するようになる。

 その質の差はあれど、仮想世界を造るのは簡単だった。広告付き仮想世界を選べば、充分無料で造れる。登録するだけで誰でもネット上に自分の世界を数分で、しかも自動生成でもできる。ゼロからも造れるが、初心者には難易度は高かった。

 ネット上には無数の仮想世界が誕生し、人気がある世界のなかには入国を有料にして、財を築く者もいた。造った世界が注目を集め、そのまま世界を他者へ転売こともあった。仮想世界熱が世界中で高まっていた。状況から、セカイ主は毎日のように自身の仮想世界を更新する者も少なくない。登録者イコール、世界の人口の考え方にも近い。ネット上に魅力的な世界をつくれば、訪問者の数も増え、莫大な収入を得ることも可能だった。

 そして、いま。

 またネット上に新規の仮想世界がつくられようとしていた。

 彼女は必要な情報登録を終える。これまで利用していた各SNSとの紐付けも抜かりはない。

 世界作成の実行ボタンをタップする。すると、またたくまに、彼女の世界がネット上につくられた。

 広告付き仮想世界で、すべて無料である。

「おおー」

 彼女は出来たばかりの自身の世界の空を仰ぎ、感嘆の声をもらす。仮想義体に入り、そこに立つ。

 広く、空は青い。和洋風の建物が並ぶ街並みに、無数の広告が至るところに表示され、または空中に浮かんでいる。広告は彼女の義体にも張り付いている。それは無料で使用できる義体で、白いキツネをイメージした耳と尻尾がついていた。尻尾を増やして神々しい妖狐にもなれるが、それは有料となる。

「いよいよ、あたしもセカイ主かー」

 腕を組み、しみじみとした口調でつぶやく。揺れる白い尻尾にも、広告がついている。

 世界観の初期設定は『おまかせ』ができる。紐づけた個人のSNS情報を分析し、利用者の性質にそった仮想世界の作成と、広告を表示する。彼女の世界に表示された広告は、お菓子、ゲーム、クリスタルボトルに入ったコスメが多い。

 まだ公開設定にしていないので、彼女の世界には、セカイ主である彼女しかいない。公開設定にすれば、訪問者の受け入れも可能となる。

 彼女もそれは承知していた。世界をつくるまえに、確認済みである。

 にもかかわらず、だった。

「だれ?」

 いつの間にか隣に誰かがいた。

 礼装めいた服装をした長身の青年だった。顔立ちはわるくない。ただ、二十年くらいまえに流行ったような、かっこよさの顔だった。

 いつのまにか彼女の隣にいて、腕組みをして、遠くを見ている。

 大きくいって、見た目はそう悪くない。しかし、仮想世界の外見である、実体もそうかというと、あてにはならず、むろん、そのあたりの意識は先祖の時代から完備である。

「え、なに?」

 彼女はいぶかしげな表情を浮かべて問う。

 すると、青年はゆっくり腕組みをといた。

「貧乏神です」

 一礼して名乗る。すかさず、彼女は「なぜた」という問い返しをした。「なぜ、そのようなものがいるの」

「いやはや」と、貧乏神は、顔を左右にふった。そして「いやはや」と、また言った。

「いやはやは、いいから。いや、あんた、なにさ」

「話せば短い話になる」

「うるさいな」彼女は、一度露骨にめんどうさそうな顔をしてから「じゃあ、話しなよ」とうながした。

「きみ、この世界を自動生成機能にゆだねたろ」

「え、ああー、そうね」

 こくこくとうなずく。

 貧乏神と名乗った青年は続けた。

「自動生成で世界を造る場合、情報連動したSNSの情報から、そのセカイ主にふさわしい世界をつくる」

「はい、知っています」

 彼女はあえて敬語で返す。ふたりの距離感を知らしめる意図を込めているらしい。

「SNSの情報を解析し、さらに、ネット上のあらゆる情報を取集し、加味したうえで、最終的に世界を仕上げる仕組みさ」

 彼女は腕を組み、ゆらゆらとしっぽをゆらしながら聞いていた。

「そして、SNSのきみの人物情報とネット上情報を融合して、この世界をつくったとき、わたし、こと、貧乏神も同時にここにつくられたらしい」

「つくられた」

「あるいは、もともとネット上のどこかわたしがいて、召喚されたか」

「まて、そこのビンボー」

「うん、神の部分を排除して呼ばないでほしい。神部分以外を抜粋して呼ばないこと」

「なぜだ」

「単位のデカイ問いできたね」

「なぜだ」

 そのひとつでしか攻めてゆかない。

 すると、貧乏神は仮想の空を見上げた。

「仮説を語ろう。仮想世界で、仮説を語るさ」

「おう、いますぐ語れ。語り尽くせ」

「ご存じの通り、ここはきみのSNSの情報を手がかりに、ここはつくれたろ」

「だから、どうした」

「で、きみ、SNSでカネが無い、カネが無い、って、ことばかり、書いてるよね」

「それなの」

「もしかするとだ、きみのカネ無し情報が、仮想世界自動生成システムの隙間に入り込み、そして、奇跡的にわたしをつくり上げたのやも」

「さいあく」

「なかなかの攻撃力のあるひとこと感想だね」

「でも、あんた、服も立派だし、ビンボーにみえないよ」

「デジタルの世界だ、資源の限られた物理の世界とは違う。立派な服も無料で手にいれることはできる。広告はなぜか入ってないが」

「たちわるっ」そう言い、また「まあ、それがネットのセカイか」と、つぶやく。

「ちなみに」貧乏神は情報を追加する。「きみの人間情報から、わたし、『貧乏神』ができるか、あるいは『お太り神』できるか、ギリギリだったぞ」

「いや、なに!? お太り神って、聞いたことない神だし!」悲鳴に近いもので叫ぶ。「というか、そっちはよりきびしいし!」

「わたしの方でマシだったね」

「いや、その慰めも罰ゲームの範囲に入ってるからね」

 精神困ぱいの様子で彼女がいい返す。

 やがて、彼女は濃いため息を吐いた。

「これはもうしかたない」

 そう言い放つ。

 それから、ほどなくして、彼女の出来ての仮想世界が、一瞬で無数の訪問者で埋まっていた。集まり過ぎて、彼女の仮想世界の空間は、ぎゅうぎゅうで、パンク寸前になる。

 ぎゅうぎゅうと、訪問者に挟まれながら、貧乏神は「これはいったい」と、訊ねた。

 すると、彼女は教えた。

「うん、いま、わたしのセカイに貧乏神がいるぜ、って情報を拡散させた。おかけで広告収入がどんどこ入って来てる」

「きみ、貧乏神で儲けたのか」

 そう言われ、彼女は広告付きの尻尾を振り、ひひ、って犬歯を見せて笑った。

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