あの夫婦みたいになれたらいいね

 それは今から一時間ほど前の出来事だった。

 結局、愛美と博之に押し切られる形で俺の家に行くことになり、帰り路を四人で歩いている途中。

 なんとかして二人を追い返せないかなー、と思考を巡らせていると、道端で女性がうずくまっているのが見えた。

 近づいてみると妊婦さんだった。

 どうしたのか訊ねると、女性は苦しそうな表情で、たった今産気づいたのだと言った。

 つまりもうすぐ赤ちゃんが産まれるということだ。

 このような場面には今まで遭遇したことはなかったので、どうすればいいか一瞬戸惑ってしまった。

 とりあえず救急車を呼び、到着するまで待つことにした。

 十数分後に救急車が到着し、これで一件落着かと思いきや、なんと女性から一緒について来て欲しいと言われた。

 特にサヤは、救急車が来るまで献身的に女性を介抱していたので、心強く思ったのだろう。

 今行けば誕生日パーティーに大幅に遅れることになるが、女性を見捨てるわけにもいかず、仕方ないので愛美と博之に事情を話して、里美さん達を引き留めて貰うことにした。 

 病院に着いて一時間ほど経つと、夫の人がやって来てようやく解放された。

 別れ際に何度もお礼を言われ、サヤは大いに喜んでいたが、俺は複雑な気持ちを抱えていた。

 もしかすると里美さん達はもう帰っているかもしれない。

 全員、超多忙のアイドルだ。一時間遅れるだけでもスケジュールに支障が出る。


「いやー良かったねえ。病院に間に合って」

「ああ」


 サヤの言葉に相槌を打ちつつ、速足で帰路に就く。

 事情が事情とはいえ、あの夫婦にかなり足止めを食ってしまった。

 なるべくサヤに怪しまれないよう早めに帰らなければ。


「赤ちゃん、無事に産まれるといいね」

「そうだな。そしたらサヤと誕生日が同じになるな」

「あ、ホントだー。これって凄い偶然だよね。産まれてくるその日に同じ誕生日の人に出会うなんて、なんだか運命みたい」


 こちらの事情を知らないサヤは、楽しそうに笑う。

 しかしまあそう考えると貴重な体験だったのは間違いない。

 これのせいでサプライズパーティーのインパクトが薄れなければいいのだが。


「遅くなったから早く帰ろう」

「うん、でもやっぱり赤ちゃんっていいもんだねえ。奥さんも旦那さんのほうも凄く嬉しそうだったよ。初めての子供だって」

「ああ」


 よく子供が産まれると色んな意味で人生が変わるというが、あれは真実なのだろう。

 実際に家族が一人増えるのだから。


「私達も、あの夫婦みたいになれたらいいね」

「へ」


 一瞬、耳を疑った。

 今の言葉はちゃんと意味をわかってて言ったのだろうか。




 家に辿り着くと、中は不思議なくらい静まり返っていた。

 予定ではドアを開けた途端、サヤにクラッカーを鳴らすはずだったが。

 リビングには里美さんが申し訳なさそうな表情をして待ち構えていた。


「サトちゃん。どうしてここにいるの?」

「サヤ……本当にゴメンなさい。実は今日はアナタのサプライズパーティーをやる予定だったの」

「え」

 

 サヤはまだ状況を呑み込めていないようで、眼をパチパチさせている。


「ホラ、今日はアナタの誕生日でしょう? だから皆でお祝いしたくて水輝君にも協力してもらって、アナタがいない間に準備をしていたのよ。でも、時間がなくて皆帰っちゃったのよ」

 

 ああ、やっぱり間に合わなかったか。

 急いで用意したであろうバルーンやガーランドなどの煌びやかな装飾が、今では逆に寂しげに見える。


「そうだったんだ……ゴメンね、私が妊婦さんに付き添ったせいで遅れちゃって」


 サヤは暗い面持ちでガックリと項垂れる。

 事情を知って、これまでの自分の行動を反省しているようだ。


「いや、サヤが悪いわけじゃないさ」

「そうよ。むしろ凄いことじゃない。その人にとってアナタは命の恩人になったかもしれないのよ」


 俺と里美さんはすかさずフォローに入る。

 サヤを喜ぶ顔が見たくて計画したサプライズパーティーだったが、最終的には残念な結果に終わってしまった。

 

「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。せっかくの誕生日なんだから、せめて俺達だけでも楽しもうぜ」

「そうそう彼の言う通りよ」

「みーくん、サトちゃん……そうだよね。誕生日は楽しまなきゃね! 」


 元気を取り戻した


「本当に私達だけでもいいの?」

「うん! だって二人共、私の大事な人だもん! 二人がここにいるるだけで十分嬉しいよ!」

「そう……それじゃあもっと嬉しいことがあるって言ったらどうする?」

「?」


 里美さんが不可解な発言をしたその直後――

 背後からパンパンッ! というけたたましいクラッカーの音が鳴り響いた。 


「「「「サプラーイズ! 誕生日おめでとう!」」」」


 そんな言葉と共に、ソファーの陰やダイニングの向こうから愛美達や他のマジセプメンバーが飛び出してきた。

 一瞬、なにが起こったのか理解が追い付かなかった。が、後ろで里美さんが不敵な笑みを浮かべているのを見て、全ては帰ったと見せかけて驚かせる作戦だったのだと気づいた。まんまと嵌められた。


「え、皆帰ったんじゃあ……」

「ヤダなあ、水臭いこと言わないでよ。サヤサヤの誕生日に帰るワケないじゃん。これ世間のジョーシキね!」


 そうあっけらかんと言い放つのは琢磨美穂だ。


「そうそう、私達の誕生日も祝ってくれたでしょう?」

「まあ私はケーキを食べられるのが一番の理由だけど……ムグッ!」


 そしてその後ろで食い意地の張った発言をするのは妹尾瑠衣で、その口を塞いでいるのが伊吹鈴夏である。

 本物だ。本物のアイドルが俺の家に四人もいる。

 いや、サヤを入れれば五人か。


「皆……凄い! これまでで一番素敵な誕生日だよ!」


 サヤは大いに喜んでいるようだ。

 チームメイトから手厚い歓待を受けるサヤを見守りながら、俺はこっそりと里美さんに近づいた。


「里美さんも人が悪いですね。なにも俺まで騙すことないのに」

「フフフ、実はこの作戦は松永さんが考えたのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。サヤが遅れることになった時にアイデアが浮かんだみたい」


 なるほど。言われてみれば、いかにも愛美が思いつきそうなことだ。

 愛美は良い意味でも悪い意味でも、人を騙すのが大好き性格だ。

 去年のエイプリルフールの日なんかは、俺の家に空き巣が押し入ったなどと言って死ぬほどビビった記憶がある。


「アナタも良い友達を持ったわね」

「……んーそれはちょっと微妙ですかね」

「でもあの三好君って子はちょっと変わってるわね」

「あーそれには100%同意します」


 前者の意見には異論を唱えたが、後者には即座に肯定した。


「気を悪くしたらごめんなさいね。アナタの友達を悪く言うつもりはないのよ」

「いえいえ、むしろもっと言って欲しいくらいですよ」


 そんなふうに話をしていると、サヤが戻ってきた。


「みーくん、サトちゃん。聞いたよー、今回のパーティーは二人が考えたんだってね。本当にありがとう、凄く嬉しかったよ!」

「俺よりも里美さんに感謝したほうがいいぞ。最初に言い出したのは里美さんなんだからな」

「へえ、そーなんだ」

「ええまあ、このくらい当然のことよ。私とアナタの仲だものね」

「嬉しい、二人共、だーい好き!」

「ええ私もよ……」


 と、里美さんは自分に抱きついて来ると思ったのか、両手を広げて受け入れ態勢をとっていたが、実際に飛び込んで来たのは俺の胸の中だった。


「…………」


 里美さんはなんとも言えない表情でこちらを見ている。

 あれは間違いなく嫉妬を含んだ眼だ。

 サヤも悪気はないんだろうが、大好きな人を順序付けるような行動は慎んだほうがいいと思う。


「さ、サヤ? 俺もいいけど里美さんにももっと感謝の気持ちを表したほうがいいんじゃないかな?」

「いいえ、いいのよ。私なんてただ計画を立てて下準備からなにまで全部一人でやったけど、そんなことぜーんぜん大したことないものねえ……」


 バッチリ皮肉が効いている。


 それから俺は、マジセプメンバーにサヤとのことを根掘り葉掘り訊かれたり、愛美が俺の恥ずかしい話をするのを防いだりして、パーティーの盛り上がりは最高潮に達した。

 最後に皆と記念写真を撮ってお開きとなった。

 正直、思った以上に楽しい誕生日パーティーになった。

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