みーくんゴメン

「みーくんゴメン。私達、もう付き合えないの。さようなら……」


 ことの発端はサヤの持って来たゲームだった。


「ねえねえ、みーくんこれ見て!」


 そう言ってサヤが差し出したのは、あるゲームソフトのパッケージだった。

 表面には二次元の美少女が描かれている。


「何だこれは?」

「これはねえ、恋愛シミュレーションゲームっていうヤツだよ。今から一緒にやろう!」

「俺は構わないけど、サヤってそのジャンルのゲームやるタイプだっけ?」


 俺の知る限り、サヤがこのようなゲームに興味を示したことはない。

 もしかして今まで隠していただけなのか?

 あるいは急にそういう趣味に目覚めたとか。


「実はねえ、このパッケージに描かれてるヒロインって名前が私と同じ沙也って言うんだよ」

「へーそうなのか」


 よく見ると見た目もどことなくサヤに似ている。


「だからみーくんに攻略して欲しいの」

「おーいいぜー。それじゃあさっそくプレイするか」


 この手のゲームをプレイするのは初めてだ。

 しかしこれは複数人数でプレイする類のゲームなのだろうか。

 これまでサヤとプレイしてきたゲームは、対戦型や協力プレイが出来るものばかり。

 一方恋愛ゲームはテキストを読んで選択肢を押すだけ。

 一緒にやって盛り上がるとは到底思えない。


「待ってみーくん。始める前に設定でボイスをオフにして」

「ん、何でだ?」

「私達でアテレコするんだよ。みーくんが主人公で私がヒロインの役をやるの」

「へ、テキストを声に出して読むのか? 何か恥ずかしいんだが……」


 実況動画じゃあるまいし、そんなことをする意味が見出せない。

 それに声優さんの演技もその作品の醍醐味なのに、それを失くしては魅力が半減してしまうのでは……。


「私とみーくんの二人で恋人役を演じてみたかったの。嫌かな?」

「んー……まあそういう遊び方もあるのか。でも俺、音読するのは得意じゃないから棒読みになるかもしれないけど、それでもいいか?」

「うんっ! やったぁ!」


 かくして期せずして、俺とサヤのゲーム実況が突然始まった。

 果たしてどれくらいのカップルが、恋愛ゲームでこのような遊び方をするのだろう。

 メニュー画面の“スタート”を選択すると、主人公の名前はサヤのリクエスト通り「みーくん」に設定した。

 モノローグやヒロインが登場しない会話は音読せず、適当に流し読みして進める。

 ヒロインは何人か居るが、目当てのキャラ以外は基本的にスルーする。

 話を進めていくと、主人公とヒロインは幼馴染らしく、付き合う前からお互いに気がある節があった。


「おはようサヤ。今日も元気そうだな」

「うん、みーくんの顔を見たら元気になっちゃった!」

「そうか。俺もサヤに会えて嬉しいよ」


 などと初っ端から糖分の多い会話が続く。

 後で調べてみたらこのゲーム、幼馴染を猛プッシュしているので有名なことが判明した。

 サヤが俺と一緒にやりたがった理由が良くわかる。


「私、みーくんが好きで好きでしょうがないみたいなの」

「俺もだよ。サヤが見せる仕草の一つ一つが可愛くてたまらない」


 個別ルートに入ったら、更に糖分も増してきた。


「一生、私のそばに居てね?」

「ああ、どんな事があってもサヤを離さない」


 ……自分で言ってて段々と恥ずかしくなってきた。

 逆にサヤの方は完全にゲームに感情移入している様子で、ウットリした目で現実でも俺に腕を絡めてきた。

 ゲームの主人公は「ヒロインの仕草が可愛くてたまらない」と言っていたが、俺に言わせたら現実の方が……。


「君の瞳に乾杯……って何だこの台詞?」

「みーくん雰囲気壊しちゃダメだよ」

「あ、すいません」


 機嫌を損ねたサヤが唇を尖らせる。

 怒っている仕草も中々……。

 というかなぜここでハンフリー・ボガードの台詞が出てくるんだ?


 ところがそれから甘々な会話がしばらく続いた後、突然ヒロインの態度にある異変が生じる。

 話しかけても何処となく余所々々しくなり、デートに誘ってもやんわりと断られてしまう。

 所謂カップルにありがちな倦怠期に入り始めたのかと思いきや、一向に仲直りする気配もなくズルズルとルートが進み、俺もサヤも様子がおかしい事を感じ取った。

 そして挙句の果てには――


「みーくんゴメン。私達、もう付き合えないの。さようなら……は?」


 珍しくサヤが頓狂な声を出す。

 次の瞬間、物悲しいBGMと共にスタッフロールが流れ始めた。


「あ、これバッドエンドだ」


 途中から何となく予感はしていたが、どうやら選択肢を間違えてしまったようだ。

 仕方ない。もう一度分岐点までやり直すか――


「い……」


 い?


「いやぁー! みーくんと別れるなんて絶対嫌ー!」


 サヤが泣き叫びながら俺の首に齧りついてきた。


「お、落ち着けサヤ! これはゲームだから!」


 激しく取り乱すサヤを必死に宥めようとする。

 一体どれだけ感情移入してたんだ。


「みーくん今すぐやり直して! 絶対に私を離さないでねっ!」

「わかったわかったって。言われなくてもそうするつもりだから、とにかく落ち着け」


 凄まじいサヤの気迫に圧され、俺はすぐさまリスタートした。

 その後、俺は更に何回かのバッドエンドを経験した。

 しかも何故かスキーのストックで刺されるという訳のわからないエンドまであったが、それでもようやくハッピーエンドに辿り着き、二人は無事に結ばれた。


「ううぅ……ひっく。良かったよぉ……みーくんと結婚できて……」

「そうだな……」


 サヤは感極まって涙ぐんでいる。

 俺も、長時間プレイしてやっとのクリアだから、感動もひとしおだった。


「それにしても何でヒロインの子は別れようなんて思ったんだろうね?」

「さあ?」


 一通り泣いた後で、サヤが俺に向かって疑問を呈した。

 まあ身も蓋も無い言い方をすればゲームだからなのだが、あれだけ好き合っていたのに突然別れるのは確かに急展開だと俺も思う。


「私だったらみーくんと別れるなんて、絶対に嫌なのに」

「……俺だって嫌だよ」

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