うん中々似合っているな

「みーくーん。もう九時だよ。早く起きてー」


 なんだかデジャヴを感じるが、別に夢でもなければ過去にタイムスリップした訳でもない。

 瞼を見開いて、トップアイドルの顔が近くにあるのも、今ではすっかり見慣れた光景だ。


「休みの日くらい起こしに来なくてもいいんじゃないかサヤ?」


 それに平日でも、寝起きの顔を見られるのが嫌なので、なるべく朝は俺の部屋に入らないよう頼んであるはず。


「今日は二人で映画観に行く約束でしょ?」

「あーそういやそんなことを言ってたっけ……も、もちろん覚えてたよ」

「ホントにぃ?」

「ああ」


 俺は瞼を擦りながら頷く。

 数日前、もうすぐ公開される人気映画シリーズの新作を観に行く予定だとサヤに話したら、ちょうど自分も観たかったから一緒に行こうと言い出したのだ。

 周囲の人間にサヤだと気づかれたら大変なことになるんじゃないかと懸念したが、変装するから大丈夫だとサヤが自信満々に言うので了承することにした。

 これって一種のデートと呼べるのだろうか。


「じゃあ着替えるからちょっと待ってくれよ」

「うん……」

「…………」


 …………。


「あのーすいませんサヤさん、出来れば外で待ってて欲しいんですが……」


 何故か俺が脱ぎかけても、サヤが微動だにしなかったので恐る恐る言う。


「どうして? 昔はしょっちゅうお互いの裸見てたじゃない?」

「いやぁ昔はそうだったけどさぁ、やっぱ成長すると恥ずかしくなるもんじゃん?」

「でも私はみーくんにだったら、今でも全部見せてもいいよ……」

「こ、コラ! そういう不用意な言動は慎みなさい!」


 にわかにサヤが両手でスカートの裾を掴み、そのまま捲り上げそうだったので、慌てて制した。


「嘘じゃないよ。確かに今やるとちょっと恥ずかしいけど、みーくんが喜ぶなら私、どんなことでもしてあげたいの……」


 この世界にこれ以上幸せになれる言葉があるだろうか。


「そ、それはありがたいけど、そこまでしなくても気持ちだけで俺は十分嬉しいよ!」


 俺は精一杯の虚勢を張り「ホラホラ、着替えるから出て出て」と言って、やんわりとサヤを外へと促した。

 ……ちょっとだけ惜しいことをしたかな。

 あえて言い訳させて貰えば、思春期男子というのは素直じゃない生き物なのだ。

 しかも母が家に居るのに素直になれる男なんて存在するのか、大いに疑問である。




 俺とサヤは外出の支度を整えて玄関口まで来ていた。

 先述したように、通行人に知られる訳にはいかないので、サヤは帽子を被ったり髪型を変えたりなどして変装している。

 それに加え、眼には伊達眼鏡を着用し、明るい色のジャケットと膝丈のズボンを身着て、いつもよりボーイッシュな服装で決めている。


「どうみーくん? この服可愛いかな?」

「うん中々似合っているな」


 服も良いのだが、どちらかと言うと俺は眼鏡のほうに視線が引きつけられる。

 眼鏡女子にここまで胸がときめいたのはこれが初めてだ。

 眼鏡フェチの人の気持ちが初めて理解出来たかもしれない。

 知的な印象が大幅にアップしているし、清純な印象も受ける。

 なにを身に着けてもだいたい似合うというのは、一部の人間に許された特権だと思う。 

 それでいて遠くから見ればただの地味系女子にしか見えない為、偽装もバッチリ。まさに一石二鳥だ。

 俺の服装は……わざわざ記述する価値もないのでやめておこう。


「ありがとう。みーくんもそのウエスタンシャツとチノパン、凄く似合ってるよっ」

「それはどうも。で誰かに説明するような口調で言うのか気になるが、褒めてくれて嬉しいよ」


 サヤの言う通り、俺が着ている服はいわゆるアメカジスタイルというヤツだ。

 ダサかっこいい服装が俺の趣味なのだが、周りからの評判――主に母や愛美など――は必ずしも良くなかった。


「母さんからはダサいって言われたんだけどな」

「ううん、そんなことない、すっごく格好良いよ」

「そ、そうか……」


 サヤだけだ、そう言ってくれるのは。


「じゃ、そろそろ行こっか」

「そーだな」


 会話もそこそこに俺達は玄関を出て駅に向かう。

 今から行く場所は、地元から三駅離れた所にあるアミューズメント施設である。

 地元にも同じ施設があって、多くの学校の生徒はそっちを利用するので、顔見知りに会う可能性も低い。

 こっそりデートするにはうってつけだ。

 慎重に慎重を重ねる為、移動する時は四、五メートル程距離を開けて歩いている。

 知らない人からしたら、俺が美少女サヤをストーキングしているようにも見えなくもない。

 電車は当然ながら満員だった。

 他の乗客からサヤを守る為、ドア側に立たせて俺は反対側に立つ。

 すると必然的に向き合って密着する事になる。


「みーくん大丈夫?」

「う、うん。これくらいなら……」


 別の意味で大丈夫じゃないけど。

 サヤの心配そうな顔がグッと近づけられ、フレグランスの香りが漂ってくる。

 一瞬、理性が危篤状態に陥った。

 三駅で降りなきゃどうなっていたことやら。




 目的地に辿り着くや、真っ先に映画館へと直行する。

 俺達が観るのは昔から続いている有名なSF映画だ。

 これまで十作品以上の続篇が制作されていて、俺とサヤも子供の頃に観に行ったことがある。ただここ最近公開された映画はお世辞にも完成度が高いとは言えず、今度こそは良い映画であることを願う。

 特に8作目は最悪の出来だった。出来ることなら記憶から抹消したい。

 あの監督はファンから一生恨まれることだろう。

 そして実際に観た感想だが、思ったよりは良かった。

 ストーリー自体は割とベタな展開だったが、演出や特殊効果が派手で非常に見応えがあった。

 やはりこういった超大作はスクリーンで観るに限る。

 ただ唯一気になったのは、ストーリーの所々に差し挟まれる恋愛要素である。

 大まかに言うと、大勢の国民から慕われている王族のヒロインと、庶民の主人公との身分違いの恋で、なんだか他人事とは思えなかった。

 しかもなんと最終的には二人は別れることになるのだ。


『ごめんなさい、やっぱり私達は住む世界が違い過ぎるのよ』


 ヒロインの台詞の一つ一つがまるで自分に言われているような気がして、胸にグサグサ突き刺さる。

 結局、観終わった後はなんとも言えない複雑な気分になっていた。


「映画、結構面白かったよねー。みーくん?」

「うん、終始ハラハラドキドキさせられたな」


 色んな意味でな。

 しかしサヤはあの映画を見てなんとも思わなかったのだろうか。

 あの終わり方だと、別れたほうがお互い幸せになれるような雰囲気だったが、本当にそれでいいのかと思ってしまう。

 例えそのほうが物語的に良かったとしても、俺は凄くモヤモヤした。


「この後はどうする? その辺の店で昼飯でも食べる?」


 映画館を出た後、俺はこれからどうするかサヤに訊ねた。

 もうすでに正午を回っているが、そこまで腹は減っていない。


「私、新しいお洋服が買いたいな」

「服? どんなやつにするのかもう決めてあるのか?」

「うん、夏用のワンピース。出来ればフリルのついたのがいいの」

「あれ、でも確か似たようなやつ持ってなかったか?」


 一週間ほど前に「みーくんどう、似合ってる?」とクルクル回りながら訊いてきたので覚えている。


「あー実はね……何日か前に友達に貸したらボロボロになって返ってきたんだよね……」

「それは酷いな。友達って誰なんだ?」

「仕事仲間の麻里ちゃんって子」

「え、同じマジセプメンバーの?」

「うんそう」


 相沢麻里あいざわまり

 サヤと同じマジカル・セプテットのメンバーで、事務所に入社した時からの親友だと言われている。

 他のメンバーに負けず劣らずの美少女だが、未確認生物UMAや都市伝説を信じていたりと、奇抜な言動が多いことで知られている。

 周りからはXファイルの主人公モルダーをもじって“マリダー”というあだ名で呼ばれることも。


「それでね、その子、芝刈り機を使って自宅の庭にミステリーサークルを作ろうとしたらしいんだけど、操作を誤ってその時着てたワンピースを巻き込んじゃったんだって」

「なんだそりゃ」

「幸いけがはなかったんだけど、服はボロボロになっちゃって、裸で家に帰ったって」

「もっとなんだそりゃ……」


 その光景を想像したらシュール過ぎてドン引きした。

 とんでもない話だが、彼女ならやりかねない。

 でもこの破天荒な性格はテレビ受けが良いらしく、バラエティ番組では一番良く見かける存在である。


「まあいいや。とにかく服を買いに行こうぜ」

「うん」


 他にも色々と訊きたいことはあったが、とりあえずサヤを衣料品売り場に案内することにした。

 


「ねえねえみーくん。こういうのどうかな?」


 サヤが選んだのは白い花柄のワンピースだった。


「ああ、中々良いんじゃないか」


 というかサヤほどの美少女ならば、どんな服でも大抵は着こなしてしまうのではないだろうか。


「じゃあちょっと試着してくるね」


 そう言ってサヤは先に選んでいた三着の服を持って試着室に入った。

 このカーテンの向こうでサヤが着替えているのか……。

 ……いかんいかん、なんか想像してしまった。


「あれえ誰かと思ったら明神じゃない。こんなところでなにしてんのよ?」


 その時、見覚えのない顔をした通行人に話しかけられた。

 その人物は男連れの同い年くらいの女だった。

 誰だったかな。クラスメイトの顔はまだ全部覚えきれていないからわからない。


「忘れたの? 中学の頃、同じクラスだったでしょ」

「あ」


 思い出した。

 中学時代に俺に告白してきた女子だ。

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