やめなさい人前で!

「いやー十年ぶりだねーサヤちゃん。あの頃もクラスで一番可愛かったけど、今じゃ信じられないくらい綺麗になったよねー」

「ありがとうっ愛美ちゃん。愛美ちゃんもすっごく可愛くなったよ」


 一体どうしてこうなった。

 物事というのは本人の理解が追いつく前に、急速に変化することが往々にしてあるが、今がまさにそうだった。

 今日は新学期が始まってから初めての休日。

 忙しい学生生活と、厄介なクラスメイトから解放され、家でのんびりくつろげると思っていたのに、朝からいきなり招かれざる客が訪ねてきた。

 愛美と博之である。

 気がつくと俺の部屋が同窓会の会場と化していた。


「どうした水輝? せっかく小学校以来でこの四人が顔を合わせたというのに、何故そんな死んだ眼をしているんだ? もっと懐かしがれば良いじゃないか」

「死ぬほど顔を合わせてきた奴らに、どうして懐かしがらなきゃいけないんだ?」


 女性陣が思い出話に花を咲かせている脇で、俺は博之に話しかけられて悪態をつく。

 コイツらがただサヤに会いたくて来たのではない事はわかっている。

 恐らく俺達の仲を冷やかすのが本当の目的だろう。


「それにしても漫画みたいな偶然よね。小学校のクラスメイトが超売れっ子アイドルになってるなんて。これ以上の自慢話が他にある?」


 珍しく愛美が興奮気味にそう言うと博之も――


「そうだな。もしかすると二年生の時に転校した田中君が大企業の御曹司になってる、なんてこともあり得るかもしれんな。もしそうなったら、俺になにかお返しをして欲しいな。あの時、消しゴムを借りパクされたままなんだよ」

「知らんがな」


 なぜか関係ない方向に話が進む。


「懐かしいな。水輝の靴にイタズラでスナック菓子を入れて怒られたのがまるで昨日のことのようだ」

「あれは実際に昨日のことだろ。お前は昔から全く進歩がないよな」


 小中高と通して、やることが変わっていないというのも、ある意味凄いと思う。


「お前ら浮かれるのもいいけどちゃんと約束は守れよ。サヤが同級生だったことは絶対に秘密だからな」

「安心召されよ。不肖この私めら、口は堅い故、サヤちゃん達の秘密は誰にも漏らさぬよ」

「わぁ、ありがとう二人共!」


 愛美の全く説得力のない宣誓を、サヤはあっさりと真に受ける。

 十年振りに再会したのに、もう意気投合したようだ。


「だから私達の目を気にすること無く思う存分、水輝とイチャイチャしていいからね」

「うん、わかった」

「コラコラ、俺の意思を無視するでない」


 何故か愛美は小学校の頃からサヤだけには優しい。

 自分の性格がひねくれているから、純朴な相手には甘くなるのだろうか。

 二人はそれから連絡先を交換して、サヤが引っ越して以降のお互いのいきさつを和気あいあいとした雰囲気の中で語り合った。

 一緒に遠足に行った事や、サヤのお別れ会をした事など、小学校の話がメインだが、次第に現在のアイドル活動についての話題に変化してきている。


「この前サヤちゃんが出したソロ曲、凄く良かったよ。本当に真に迫った歌声で不覚にも感動しちゃった」


 愛美が言っているのは数週間前にリリースされたマジセプシングルのカップリング曲で、好きな相手に気持ちを伝えるラブソングだ。


「本当? えへへへ……実はアレ、みーくんの事を考えながら歌ったんだぁ」

「「ああやっぱり」」


 愛美と博之がジロリとこちらに視線を向ける。


「な、なんだよ?」

「とぼけんじゃないわよ、こんの幸せモンが」

「水輝。せっかくだから曲の感想を聞かせてやれ」

「だから何なんだよ!」


 口ではそう言いつつも、俺もあの歌は何度も聴いていて、そういう意図があったと知り、急に心拍数が上がってきた。


「みーくん、私もみーくんの感想聞きたいな。私の歌、どうだったか教えて?」


 追い打ちをかけるように、サヤが二人に加担する。

 その顔はズルい。そんな切実な面持ちで言われたら拒めなくなる。


「……や、そりゃあもちろん良かったスよ。凄く気持ちがこもっていて」

「本当? 嬉しいっ!」

「わっちょ、やめなさい人前で!」


 愛美達が居るというのに、サヤがいきなり抱き着いてきた。


「おうおうおう、お若いですなあ、ご両人」

「ふむ……」


 愛美はニヤニヤ笑いを浮かべ、博之は眼鏡をキラーンとさせてこちらを注視する。

 “お若い”ってお前はいくつだよ。

 彼らも、もはや野次馬根性を隠そうとしていない。


「ねえサヤちゃん。もし良かったらこれから水輝の中学時代の恥ずかしい話でも聞かせてあげようか?」

「わー聞きたーい!」

「オイ待て! それはマジで洒落にならんからやめろ!」


 さすがにそれは悪ノリが過ぎる。

 人には掘り起こされたくない黒歴史と言うものがあるのだ。


「いいじゃないの水輝。サヤちゃんもこんなに聞きたがってる訳だし」

「お前はただ面白がってるだけだろ!」

「むう、然らばここは民主的に多数決で決めようではないか。水輝の昔話を聞きたい人ー?」


 いや普通に考えたら、俺に味方が居ないこの状況でそんな事をしたらどうなるか、火を見るよりも明らかだろ。


「「「「はーい!」」」」


 ホラね。わかってはいたが、当然の如く俺以外の全員が挙手する。

 ん? というか何だか一人多いような――


「――って何で母さんまでいるんだよ!?」


 いつからそこにいたのか、しれっと母が三人に混じって手を挙げていた。


「いやオヤツとお茶持って来たんだけど、なんか面白そうな話してたから、ついなんとなくノリで」

「なにが『つい』だよ! 余計な事してねえで、とっとと出てけよ!」

「そんな邪険にしなくてもいいじゃないのー」


 母はしかし気にした素振りもなく、盆を置いて「じゃあごゆっくりねー」と呑気な調子で退室した。

 自由な母親だな。


「えーそれでは気を取り直して、多数決の結果に乗っ取り、これより水輝の中学時代の話をしようと思いまーす」


 オヤツのシュークリームを手に取り、高らかに愛美が宣言する。

 待ちわびていたサヤと博之は「わーパチパチ」と盛大な拍手を送る。

 俺はどんな恥ずかしい過去を暴露されるかと内心ヒヤヒヤしていた。

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