里依紗の話③

「俺、頭痛いから寝るわ」


譲は、そう言って行ってしまった。


私、本当は知ってた。


譲が、こうやって言われるのが嫌いな事…。


明子に子供が産まれた時も言ったから、「精子が薄いんじゃない」って…。


千里に子供が産まれた時も言ったから、「精子が薄いんじゃない」って…。


まだ、夕方の5時だよ。


私は、頭痛薬とペットボトルの水を持って寝室をあけた。


知ってたの、譲が泣いてるの


「うー、ああっ…うっっ」


声を押さえて、泣いてるの知ってたの。


【ごめんね】を言えなかった。


「頭、痛む?」


「大丈夫」


涙が流れてるの知ってたよ。


「頭痛薬飲む?」


「大丈夫」


「譲、しようか?」


「妊娠しないよ」


酷い言葉を私は、譲に言わせた。


「今日は、安全日だったかな?」


酔ってるはずが、頭が冷静になっていく。


「違うよ」


「何?」


「俺としても、妊娠しないよ」


「わかんないじゃん」


「しないよ、たぶん。だって、三年間避妊してないから」


「わかんないよ、譲。だから、しよう」


譲は、優しいから今日はそんな気分じゃないよとか言わなかった。


ただ、譲の上に乗ってる私に手を当てて、「俺としても妊娠しないよ」って何度も言った。


妊娠しなくたっていいじゃない。


コミニュケーションだよ。


私は、譲が欲しいんだよ。


上手に言葉を伝えられなくて、綺麗な言葉を並べられなくて…。


「わかんないよ!だから、しよう」


その言葉を泣いてる譲に、繰り返した。


全てが、終わると譲はいっつも抱き締めてくれるのに…。


抱き締めてくれなかった。


「おやすみ」


そう言って、泣きながら横を向いた。


「赤ちゃん、出来たかもよ」


「だと、いいね」


「譲が、頑張ったから妊娠したよ!絶対」


「だと、いいね」


「赤ちゃん、出来たら嬉しいでしょ?」


「そうだね」


きっと、譲の心は限界だったんだよね。


そして、二週間後。


「生理が遅れてるんだよー」って私はいつもニコニコしながら検査薬をして…。


真っ白な検査薬を睨み付けて、ゴミ箱に捨てて!


「どうして?なんで?なんで?しないのよ?」


譲にヒステリックに怒鳴りつけるの。


「だから、しないって言っただろ」


「そんなわけない!生理だって遅れてたもん。ちゃんとチェッカーだってついてたもん」


「だから…」


譲の目に、涙が溜まってるのがわかっていた。


なのに、言葉を止められなかった。


「もう、いい」


そうじゃないよ、ごめんねって言わなくちゃいけなかったんだよ。


不妊に悩んでる夫婦でも、幸せそうな人が、ネットの世界にはたくさんいた。


なのに、私はその人達にはなれなかった。


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