つがい認定された女

広晴

トカゲに言い寄られた。

「お前こそ、俺の終生のつがいだ! 俺の国へきて俺の子を産め!」


「人間様なめんな、トカゲ野郎。鱗削って出直してこい」


 露店が並ぶ道端で急にプロポーズしてきた竜人を、私はフッた。秒で。

 トカゲ野郎は整ったツラで『なぜだ?!』みたいな顔をしている。

 人間基準で見ても爽やかな男前だ。口を開かなければ。

 話には聞いてたが、マジでクソだなこいつら。


「どしたん? なんかトラブル?」


 団の仲間のギンブレーが近づいてくる。

 雑技団の興行で使う消耗品を買いに一緒に来ていたから、騒ぎを聞いてすぐに来てくれた。

 トカゲの声も図体もでかいから、通りの通行人からもすっかり注目の的だ。


「ああ、ちょっとそこのトカゲ野郎から最低な口説き文句を垂れ流されてた」


「口説いているのではない! 竜人の感覚で分かるのだ! お前は俺のつがいだ!」


「キモ。感覚とか知るか。『つがい』って言葉がまずキモい。そこらのメス蛇でも落ちんわ」


「竜人は成人したら旅に出て、自身の感覚に従って己のつがいを探すものなのだ!」


「なあ竜人さん。あんたらの風習は俺も聞いたことがあるよ」


 ギンブレーが私の前に出ながらトカゲに話しかける。

 彼は団の中ではだいぶ柔らかく話す方だから、口の悪いあたしはいったん引いて様子を見ることにする。


「なんだ貴様は!」


「あんたが『つがい』と呼んでる女の仕事仲間さ」


「貴様には関係ない! 引っ込んでいろ!」


「あんた、こいつにフラれたんだろ? 自分がやってることが『道端で綺麗な女性を見つけてしつこく口説く軽い男』と同じだって気づいてる?」


「なんだと! 我ら竜人の在り様を侮辱する気か!?」


「他の竜人はともかく、あんた個人は侮辱されても仕方がないと思ってるよ。フラれたことを認めて素直に引いてくれないか?」


「・・・そこまで言うなら覚悟はできていような?」


 トカゲが剣呑な雰囲気で腰の剣を抜く。

 竜人は人を遥かに上回る身体能力と魔力を持ち、空まで飛べる。

 おまけに美男美女ぞろいで、そもそも竜人の数が非常に少ないから、この割と有名な『風習』に文句を言う奴はあまり多くない。男女問わず、選ばれてラッキーと思う奴らが多いのは事実だ。

 こういった諸々で、プライドの高い奴が多い。


 私と同じくらいの背丈のギンブレーより、トカゲは頭一つ分くらい大きく、威圧感は半端ないが、剣を構えるトカゲに相対しながら、丸腰のギンブレーは引かず、話しかける。


「自分の思う通りにならなかったら力ずくか?」


「侮辱には相応の礼をせねばなるまい!」


「あんたが自分の身勝手さを自覚してくれりゃあ話し合いで済むと思うが?」


「問答無用!」


 凄まじい速さで剣をコンパクトな構えで振り上げ、踏み込んだトカゲは、その勢いのまま唐突に地面に前のめりに倒れ、顔面を地面にしこたま打ち付けて動かなくなった。

 動きからして武術の心得もありそうなトカゲだったけど、うちの団お抱えの魔術師には敵わなかったらしい。


「ギン、殺した?」


「いいや?」


「じゃあもう放っといていこう。面倒はごめんだよ」


「了解、リル。買い忘れはないかな?」


「うん、大丈夫」


 私たちは会話を交わしながらその場を後にする。

 せっかくの休みにギンブレーと2人で買い物してたってのに、トカゲ野郎のせいで台無しだ。クソがっ!



◆◆◆



 翌日、うちの団の天幕にトカゲは性懲りも無く押しかけてきた。徒党を組んで。

 あたしは自慢だけど美人で可愛くておっぱいもでっかいので、目立つ。

 この街では雑技団の興行も打ってるから聞きこめばすぐに分かったんだろう。


「俺のつがいを出してもらおう!」


 ふとっちょの副団長が出て対応しているが、トカゲはしつこく食い下がっている。

 天幕の陰からこっそりと覗くと4匹のトカゲがいた。

 しつこくてうっとうしい。


「うちの団にそちらの方のお相手がいるとして、名前はなんです?」


「知らん! 顔を見れば分かる! 中に入れろ!」


「そいつは筋が通りませんねえ。アタシはこの団のまとめ役だ。筋の通らない要求から仲間を守る責任を背負ってるんですよ。はいそうですかとはいきません」


 昨日の顔面強打野郎の連れが、比較的穏やかに間に入る。


「御仁、そちらのいうことも分かるが、ことはこやつの人生がかかっている。まげて頼む」


 「徒党を組んで無理を言う」「そこはかとなく偉そう」「クズの連れ」で三役揃ったクズ手札野郎だがね。


「うーん、そう言われましてもねえ・・・」


 そこに婀娜っぽい声の女性が割って入る。


「はっきり断った女に食い下がって、間に入った丸腰の男に剣を突き付け、返り討ちにあって無様にのされた分際で、ずいぶん偉そうだね」


 見かねて団長も出てきたらしい。

 昨日の件はきちんとギンブレーと一緒に報告している。

 晩飯時に私の愚痴を聞いてもらったようなもんだ。みんな一緒に食べながら聞いてたから、団員は全員経緯を把握している。


「なんだと!」


「待て、サコン。今の話は本当か? 昨日の貴様の話と食い違うようだが?」


「サコンが丸腰の人間に負けただと?」


「ち、違う! 不意を打たれたのだ! 堂々たる勝負なら人間如きに負けん!」


「その『人間如き』に言い寄ってる自覚がないね。その見下した態度じゃ、まともな女が口説けるはずないさ。うちの子は任せられないね。生涯、独り身で暮らしな」


 団長のツッコミに声を荒げるトカゲども。


「無関係な他人は口を挟むな!」


「出会ったつがいを逃せば、次にいつ会えるか分からんのだぞ! 悪いと思わないのか?!」


 それに対しても団長は鼻で笑う。


「そんなクズの種なんぞ絶えちまったほうがマシさ。あんたら全員、礼儀知らずの無様なトカゲには消えろって言ってるのも分からない低能かい?」


 団長の言葉に、ざわり、と雰囲気が変わる。


「『トカゲ』というのが我ら誇り高き竜人への最悪に近い蔑称だと知って口にしたんだろうな?」


 さっきの穏やかっぽく振舞ってた竜人も顔を歪め、化けの皮が剥がれている。


「『誇り高き竜人』とやらは見える範囲にはいないね」


「良く吠えた」


 竜人どもが武器を構える。

 なかなか大した構えだが―――。


「あんたたち、もう我慢しなくていいよ」


 待ってましたとばかりに天幕から飛び出す完全武装のあたしたち。

 団長と副団長相手に連中がごたごたやってる間に準備は万端だ。


「雑技団にして傭兵団、『フラワーガーデン』に喧嘩を売ったんだ。命はもう要らないんだろう?」


「な、『フラワーガーデン』だと?!」


「ザンダ攻城戦で、攻め手に加わった途端、3日で城を落としたというあの?!」


「はっ、噂通り半分以上が女じゃないか。慰み者にしてやるわ!」


「おい! 俺のつがいには手を出すなよ! あの真ん中の女だ!」


 指さされたあたしも得物を片手に前に出る。

 

「あのトカゲはあたしが殺るよ」


「リル、残り3匹は任せとけ!」


「前から竜人連中は気に入らなかったんだ! ダルマにしてやんよ!」


「ツラだけはいいからアタシらの竿に使ってやろうぜ!」


「そいつはいいや!」


 ゲラゲラ笑う、うちの団員たち。

 どっちが悪人か分かったもんじゃない。

 あたしもニヤリと笑いながら鞘を払う。


「『フラワーガーデン』1番隊隊長、紅のリルだ。地獄のお仲間によろしくな」


 ギンブレーがぶっ放した火炎魔法が1匹を丸焼きにして、それを合図にあたしらの喧嘩は始まった。



◆◆◆



 あたしはトカゲ野郎の首を片手にギリギリ生きてるお仲間トカゲのところへ近づく。

 残り3匹のうち、1匹はギンブレーに焼かれて腹を掻っ捌かれて死んだ。

 1匹は宣告通りダルマにされて虫の息。頑丈な竜人だからまだ生きてるが、もう数分で死ぬだろう。

 比較的穏やかなフリしてた奴も、腕から血ぃ出して縛り上げられてる。


「ざまあねぇなトカゲ野郎」


「貴様ら・・・我らにこのような狼藉、ただで済むと思うなよ」


「ばぁか。負け惜しみ述べるしかできねえ負けトカゲ。さっきうちの仲間が言ってたろ? 元からてめえら竜人は、戦場でも偉そうにしてっから、あたしらから嫌われてんだ。襲ってくるなら返り討ちにしてやんよ」


 嘲笑いながらトカゲの首をボールみたいに投げつける。

 負けトカゲ野郎は顔で受け止めて嫌そうな顔をしている。


「自分の心配してな。あんた、うちの子らが飽きるまで竿役だからさ。長生きしたけりゃ頑張っておっ立てることだね」


 傭兵団に喧嘩売ったんだ。負けたら命も尊厳も、全部巻き上げられて当然さ。



「あっ、ギン~♡ さっきの魔法もカッコよかったよ~」


「リルの剣も綺麗だったよ」


「えへへ~。今日も可愛がってくれる?」


「もちろん」


 手前勝手な理屈であたしたちを引き裂こうとする奴は、一匹残らず切り殺してやるんだから♡



 雑技団にして傭兵団『フラワーガーデン』は、ちょっとしたトラブルはあったけど、今日も元気に旅の空だ。

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つがい認定された女 広晴 @JouleGr

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