オーガズムハンバーグ

黒川魁

ふたつ。

毎日ひき肉を買っている。


たぶん、三週間目だ。正直一人暮らしの苦学生には痛すぎる出費だが最近はもうパックの入っていないカゴをもってレジへ向かうだけで不安になる。買ったひき肉は必ずその日のうちに塩コショウで焦げ目がつくまで焼いて、たくさんのにんにくを乗せて食べる。口臭を気にしたらやっていられない。華の女子大生が何をやっているのか、と思う。


フライパンに直接箸を入れて、火を止めたばかりのコンロから降ろす前に口に運ぶせいで口のなかは火傷だらけで味覚は刺すような痛みに封じられる。


とりつかれたように食べる肉はたいてい豚肉で、朝昼は100円の、袋に入った千切りキャベツで腹を満たして浮いた分で夕飯に200g食べている。


この生活を始める三週間前、私は生まれて初めて異性と連日連夜寝食を共にした。異性とは言うがもう何年も付き合っている相手だ。お互いに妙に緊張して、話した内容にろくに覚えていることはない。


昼間に数時間、互いの家で背を合わせて本を読むだけの時間をデートと呼んでいた私たちは、そんなプラトニックな関係がずっと続いていくものだとばかり思っていたが気付いたら体も心も大人になっていたらしい。


日が落ち、夕食を食べに混みあったファミレスに入ると彼は悩みに悩み、ダブルハンバーグを頼んだ。


ハンバーグは、彼の細身な身体のどこに入るのだろうと首をかしげているうちに、あっという間に消えてしまった。私もなにごともなく自分の分の料理を平らげ、辺りを見回してファミリー客のなかに私たちのようなカップルがちらほら居るのを見ると喉元から言葉が飛び出した。


「私たちって今日、初めて手を繋いだよね。もう三年も一緒に居るのに」


正面の席でスマホを見る彼の顔がこちらを向いた。目を剥いている様子もなく、声も荒げず


「ずっと俺のこと怖がってると思ってたから。お前がこんな風にデートしたいって言ってきて、すげぇ嬉しかった。もし良いって言うなら、もっと恋人らしいこと、したい」


そう言ってスマホを机のはしに置いて私の隣に座り直した。香水もつけない彼のやさしい体臭がふわ、と舞う。


「恋人らしいことって、何したい?」


私が問う。彼はなにも答えずに私の手を握り口許に寄せると目を瞑り、深呼吸して目を合わせ口を開いた。


「会計してくるから外出てて」


外の空気はぬるくて、昼間の熱がコンクリートに残っていた。逸る気持ちに急かされる胸をおさえ待っていると彼が出てくる。


私の分のお金を、と財布を出すと彼は無理矢理鞄のなかに私の右手ごと押し戻し、そのまま鞄のなかで手を繋いだ。貝殻繋ぎ、所謂恋人繋ぎにどきりと心臓が弾む。


「目、閉じててくれるかな」


彼はそうやさしく声をかけて反対の手を私の腰に回した。

従って目を閉じ自分の動悸を感じて待つと彼と私の唇の先が触れた。


「ごめん」


どちらの口から漏れた言葉かわからなかったが繋いだ手から感じる彼は激しく脈打っていた。


体温の高い彼の唇は熱い身体と違い冷たく濡れそぼり、ハンバーグにかかったソースの、ガーリックの味がした。

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オーガズムハンバーグ 黒川魁 @sakigake_sense

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