第14話
二人は教会の隣にある建物へと向かった。三階が司教達の部屋、二階に来賓客用の部屋と執務室、一階が食堂や台所などだ。入り口付近で掃除をしていた若い司教に声を掛ける。
「ロドリック様から伺っております。ご案内いたしますのでこちらへ」
「あぁ、頼む。ところで執務室は二階のどこにある?」
「はい? 場所でございますか。二階の向かって左端から二つ目の部屋です」
男が左端の窓を指差す。
「一番端はなんの部屋だ? 木に隠れてよく見えないが」
「あちらは書庫や書類を置いているはずです。私は入ったことがないので、詳しくは知りませんが」
箒を持ったまま、若い司教は首を傾げた。どうしてそのようなことを聞くのかと不思議そうにイーサンを見る。
イーサンはチラリと隣をみる。その視線を受けてナディアは自信たっぷりに頷いた。
「……だろうな」
「「?」」
イーサンの独り言にナディアと若い司教は目をぱちぱちとした。
「ナディア、大司教達には俺が会う。子供達と遊んで疲れているだろう。馬車で休んでいろ」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
ナディアはにこりと笑い、馬車へと向かった。イーサンは、本当にこの方法でうまくいくのかと、頭を悩ませながら、若い司教の案内で執務室へと向かった。
二階へ上がる階段はギシギシとはならなかった。執務室では、大司教は執務机に向かい何か書き物をしており、副司教がその隣に立っていた。イーサンを見ると、二人はソファーを進めてきた。
「どうぞおかけください。すぐにお茶を用意させましょう」
「ああ、しかしその前に少しこの教会の資料や書庫を見せてくれないか? この前まで違う国だったから、カーデランと勝手が違うこともあるだろう」
「……資料室でしたら隣にございますが、国王が所持していた資料は全て公爵様の手元にあるはず。おそらく同じものが殆どかと思いますが」
「かまわん。とりあえず見せてくれ」
イーサンがやや語気を強めると、ロドリックは少し肩をびくつかせたあと、灰色の瞳に媚びを浮かべた。
「かしこまりました。すぐにご案内いたします」
執務机から鍵を取り出し、それを大司教に見せる。大司教はどこまで会話が聞こえていた分からないけれど、にこにこしながら頷いた。椅子から立ち上がる気はなさそうだ。
二人は資料兼書庫に入って行く。さほど広くない部屋の壁一面に、天井まで届く本棚が並ぶ。飾りといえば壁のすぐ横にある聖女の絵ぐらいだ。
「右側が教会の歴史、真ん中が教会の運営に関わるもの、左が孤児院の資料になります」
「分かった」
イーサンは迷うことなく真ん中の棚に進み、そのうちの一冊を手に取る。
「そちらは二年前の帳簿。公爵様がお持ちのものと比較が必要でしたらお持ち帰り頂いてかまいません」
「その必要はないだろう」
次いで、孤児院の帳簿に目をやる。こちらも数字上は問題ない。支援金は全て子供達のために使われていることになっている。そして、屋根も修理されたことになっている。
イーサンは、表情を変えず帳簿を閉じると本棚に戻した。ただし、一センチほど背表紙を出しておいた。
「この部屋にはあまり光が入らないのだな」
窓に近づき外を見る。木々が生い茂り、小さなバルコニーにまで枝を伸ばしている。
「そうですね。紙は日に当たると痛みますからあえて木の枝を切らずに伸ばしています」
「なるほど、それは良い案だな」
さりげなく鍵に手をかけながら言うと、イーサンは振り返った。
「では、ゆっくり話を聞こうか」
「はい、では先程の部屋へ。大司教もお待ちになっております」
再びロドリックが先に立ち扉を開けた。イーサンはもう一度木に目をやると、軽く痛む頭を押さえながら部屋を出た。
ナディアはイーサンとロドリックが部屋を出るのを確認すると、ぴょん、と枝からバルコニーに飛び移った。それから、先程イーサンが鍵を開けた窓から中に入る。
(これかな)
サッと部屋を見渡し、僅かに飛び出た冊子を手に取る。
(孤児院の帳簿ね。あと数冊ぐらい必要かな)
その隣の冊子も手に取り中身を見ると、先程のと一緒に左手に抱えた。次に絵を見る。明らかに怪しい。いくら教会だからといって、いや、教会だからこそ、こんな日の当たらないほこりっぽい場所に聖女の絵は飾らないだろ。
絵を持ちくるりとひっくり返すと、果たして鍵があった。
(では鍵穴はどこかしら)
壁は一面本棚。だとすれば天井か、床下。
(部屋に椅子や脚立はないから床下かな)
衛兵と一緒に悪党の屋敷に乗り込んで、いろいろ家探ししたこともある。ナディアは四つん這いになり床を見る。端から順に見て行くと、入り口からみて左奥の棚のすぐ下あたりに小さな鍵穴をみつけた。ご丁寧に粘度で隠している。
そこに鍵を入れ回すと、三十センチ四方の大きさで床板がはずれた。二階だからそれほど深さはない。それでも二十冊ほどの帳簿が入っていた。さすがに全部無理だと、十冊ほどを取り出し、再び床板を閉じた。そして、鍵を元の位置に戻す。
最後に部屋をもう一度見てから、ナディアはバルコニーに出ると、ひらりと飛び降りた。
二人は公爵邸に戻ると、イーサンの執務室に真っ直ぐに向かった。帳簿をローテーブルに置き、ソファーに横並びに座ると手分けして帳簿を読み解き始めた。
一見まともに見える帳簿でも、お金の流れを追っていけば矛盾がでる。教会に孤児院支援金として渡された金額に比べ、孤児院が教会から与えられた金額はその半分ほど。さらに、屋根や床を修理したことにしているから、実際に子供達に使われた費用はもっと少なくなる。
「これはひどいな。教会ぐるみか」
「全員が絡んでいるわけではないと思います。子供達は明るく笑顔がありました。孤児院で働いている司教やシスターは子供達を大切に愛情を持って育てていると思います」
「だとすると、この裏帳簿をつけた人物が金を着服しているということか」
二人の頭には同じ人物が浮かんでいた。
「明日、フランクに詳しく話す。然るべき処置をとろう」
イーサンはそう言って席を立つと、棚からグラスと洋酒を取り出した。ついでに、瓶に入ったナッツもローテーブルに置く。
ナディアは数時間前にキャシーがワゴンに乗せて持ってきたサンドイッチを用意する。日付はまもなく変わろうとしている。
「こんな時間に食べると太る、とラーナが言ってました」
「言っていることと行動が合ってないぞ」
大きな口で、サンドイッチにかぶりついたナディアを見ながらイーサンが笑う。
「階段の音を気にしているのか? あれは修理がされていないんだろう」
「帳簿上はされてました」
「では階段の修理については、念入りに調べさせよう。ただ、持ち上げた感じでは大したことなかったぞ」
思い出したのかイーサンはクツクツと喉を鳴らして笑った。ナディアは人睨みすると、少し唇を綻ばせた。
「子供達に随分懐かれていましたね」
「あれは懐かれているのとは違うだろ。しかし、至近距離で泣かれなかったのはいつぶりだろか」
宙を睨みながら洋酒を口にするイーサンにナディアは食事もとるようにとサンドイッチを進めた。
「子供だけでなく、女性にも怖がられるからな」
渋顔で強面の顔をつるりとなでた。確かに眉間に皺を寄せれば気の弱い女性なら数歩下がるだろう。
「皆、本当の怖さを知らないのですよ。人を斬ろうとする時の人間の顔はその造形関係なく恐ろしいものです」
「……そうだな」
「きっとその時の私の顔は、イーサン様より恐ろしかったと思います」
自重気味に小さな笑うナディア。イーサンはかける言葉を探したけれど、どれも薄っぺらく響く気がしてやめた。その代わりにサンドイッチを口な運んだ。
ナディアは洋酒の入ったグラスを灯りに翳しながら、敢えて独り言のように話し始めた。
「三年間の白い結婚と言われた時は、殺伐とした関係になるのだと思っていましたが、結構楽しいです。例え一緒に入れる期間が限られていたとしても、過ごしやすい関係でいることに越したことはありません」
「…………そうだな」
「ですが、時がくればちゃんと目の前から居なくなります。約束はきちんと守りますから」
「……あぁ、わかった。分かっている」
どこか晴れやかな顔をしてグラスを傾けるナディアに対して、イーサンの表情は少し暗かった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
その後、衛兵の調べにより、教会で財務を担当していた男が捕まった。
イーサンの命により財務を担当した男を厳しく取り調べようとしたところ、牢で遺体が見つかる。自殺したためにそれ以上の追求は不可能に。副司教は最後まで知らなかったと言い続けた。
他の教会も調べたが、証拠不十分で捕まるものはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます